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中に入ると、ジュジュが思っていたのとは予想外に綺麗な作りの建物内部じゃった。外から見れば石造りじゃが、壁や天井は滑らかな平面をしておる。

異世界で見たコンクリートによく似通っておるが、六百年以上も経てば建築技術も上がるのじゃろうな。

白の塗料で塗られた建物内部は清潔感があり、ガラス越しのカウンターに座っている職員達もまじめに働いておって、うむ、何だか感動したぞい。

「魔王の時に視察で見た冒険者協会とはえらい違いじゃな。あの頃は掘っ建て小屋に極悪人と小悪党を詰め込んだようなものじゃったからな」

「まだあの頃は民営事業でしたが、汚職や脱税その他諸々の汚いことが続いたので、三百年ほど前に冒険者協会は国営化されたようです。名称も冒険者協会から〝ギルド〟となり、またその頃になってようやく食挑者という職業が認知されてきました」

「そうか、ジュジュが居なくなって三百年もかかったのか……長い道のりじゃったの」

などとセバスチャンと二人しんみりしておったら、袖をちょいちょいと引っ張る感覚がする。見ればリメッタが怪訝そうな顔をこちらに向け、分かるように話してよと目で訴えかけてきておった。

「ちっ」

「あからさまに舌打ちしたわね!」

冒険者協会、もといギルドに入ってすぐ壁側に寄っておったジュジュ達じゃが、端の方に休憩用なのか複数の椅子とテーブルがあるのを見つけた。

どうやら飲食のできる区間のようで(昔も酒場が併設されとったが現代は酒類禁止となっておる)、給仕服の娘に果実水を頼むとそこに座る。

その瞬間、建物内がやけにザワついたが、何ぞしたのかの?と、給仕服の娘が大慌てでセバスチャンの手を引き椅子から立たせようとする。

「だだだ駄目ですよお兄さん! このテーブルは四天王の皆様の専用になりますから早くどけないと、あれ? お兄さんすっごい重い。ちょ、ビクとも動かないんですけど!」

セバスチャンの膂力は神をも超えるじゃろうから、グイグイ引っ張られても微動だにせん。ちょっと娘が可哀想になって……あ、涙目になってきておる。

「せっかく〝見慣れないイケメンがきて触れるなんて役得〟って思ってたらとんだ災難だったよ!」

「心の声がダダ漏れじゃなおぬし。ええと娘さんや。ここはその四天王というやつら以外は座っては駄目なのかの?」

「金髪碧眼の美少年! じゅるり」

「おいヤバいぞこやつ」

インヴィと似た獣の目を一瞬見せた娘は「今の無し無し」と頭を振り、子供を優しく叱る母親のような笑顔を浮かべた。

さっきのを無しに出来る胆力には正直驚きじゃわい。

「このテーブルはギルドがまだ冒険者協会って呼ばれてた時代からある超がつく骨董品で、座れるのは代々王都で最も実力のある四天王だけなのですよ」

「それ、ジュジュ達は初耳なんじゃが?」

「きちんと調べればすぐに分かる情報だから、玉石混交の新人を選別する基準には丁度いいのです」

「ふむ、もう既に試験は始まっておるという事か。して、ジュジュ達は何も知らず座ってしもうたが罰則でもあるのかの?」

娘はセバスチャンをどかすのを諦めたようで(腕は絡ませたままじゃが)、カウンターの奥にいる同僚に手を振って果実水を持って来させておる。

ん、実は偉いやつじゃったのか……いや、盆で頭を叩かれとるわい。調子に乗りやすいんじゃろうな。

果実水はテーブルに置かずジュジュ達に手渡しされ——そうになったがセバスチャンとリメッタは頑として受け取らずテーブルに置かせたの。

「いえ、特に罰則はないのですが。その身なりからしてどこかのご子息様御一行と思うのですが、冒険者試験を受けにきたんですよね? 最近は上流階級の方々の間で冒険者資格を取るのが流行ってるそうなので……まぁ何といいますか」

「つまりはな。箔を付けたいだけの世間知らずのボウズには殊更厳しい試験を受けてもらうって事なのさ」

背後から野太い声が聞こえ、大きな手が無遠慮にジュジュの頭へと置かれた感触がする。

声が聞こえた瞬間からジュジュは不可視の拘束魔法を唱えてセバスチャンをグルグル巻きにしておいた。

案の定セバスチャンが背後の人物を消そうと動きだそうとしたので、ジュジュは頭を撫でられながら息を吐く。

魔王時代じゃと、セバスチャンは不遜な物言いをしてきた魔人族を百回以上殺して魔道具で蘇生を繰り返しておったからの。

無理やり拘束魔法を解かないあたり丸くなったとは思うが、注意しとかんと周りが焦土に変わりそうじゃ。

「セバスチャン、すぐに手を出そうとするのは悪い癖じゃ。拘束魔法を解くが……分かっておるな?」

「かしこま」

「りました、までなぜ言わんのじゃ? あとおぬしもいつまでジュジュの頭を撫でておるつもりかの?」

「お、すまねえな。まるで女みてえにサラサラの髪だからよ、昔の俺を懐かしんで、ついな」

後ろを振り向くと禿げた筋肉の塊、いや、屈強そうな巨漢の男が立っておった。

じゃがどう考えてもジュジュと髪質違うじゃろ。百獣兵長グルルンルンのタテガミくらい剛毛そうじゃぞこれは。

「ハンナ、この堂々とテーブルを占拠してる三人組はどこのどなた様だ?」

「は、はいギルド長!」

娘が背筋を伸ばして飛び跳ねる勢いの返事をする。

というかこの男ギルド長か。

「ギルド長なら話が早いわい。だいぶ話が逸れてしまったが、ジュジュ達は試験を受けにきたんじゃよ」

「ほう、どこのどなた様が存じ上げねえが従者まで冒険者試験を受けさせるとは豪気だな。そっちの可愛い子ちゃんは妹か? しかし周りをよく見てみな、冒険者ってのはこういった脛に傷を持ってそうな奴がなる職業だ。自分の足でここまで来た事は褒めてやるが、どっかの腕利きを捕まえてそいつに冒険者試験を代行——」

「待て待て、誰が冒険者試験を受けると言ったかの?」

「あ? だがここで受けれる試験なんて……」

「まだあるじゃろ? 少なくともジュジュはそう思ってわざわざギルド本部まで来たのじゃが」

ここでやっと、ギルド長の男は思い至ったのかその目を見開いていく。そんな驚くことかの?

「まさか、おめえら……」

「ジュジュらは食挑者試験を受けにきたんじゃ。さあ、早く案内してくれんかの!!」

張り切った様子のジュジュの大声とは真逆な小声で、リメッタがぽつりと漏らす。

「いやだから、食挑者ってなに?」

……そういえば説明しとらんかったの。




食挑者(しょくとうしゃ)。冒険者が魔に連なるモノの素材を狩り武器防具作成の協力者なら、食挑者はそれらの素材を使って新たな料理を生み出す協力者、といった感じかの」

ジュジュ達はいま、食挑者試験を受けるためにギルドの裏手にある広場に来ておる。

白線の引かれたここは新人冒険者に指導するために使われ、今回のように試験を行う時も活用されるらしい。

むき出しの地面からは微量の魔力を感じるので、穴が開いても自動修復がされるようじゃ。囲っておる鉄格子にも障壁魔法が使われておるようじゃし、さすが王都のギルド本部といったところかの。

ジュジュの説明を聞いてもあんまり理解をしとらんリメッタに、セバスチャンが噛んで含ませるような声で話しかける。

「昔から魔に連なるモノや魔獣の素材を使って強い武器の作成はされていました。強い魔獣の素材を使って武器を作り、より強い獲物を狩る。極端に言ってしまえばそれが冒険者の生業です。ですが魔に連なるモノの素材、食べても通常の家畜や農作物より品質が良いという側面もありまして」

「ジュジュが魔王の時は魔獣料理はゲテモノ扱いじゃったが、三百年前に食挑者という職業が出来たのなら、そういった料理も認められたという事じゃろうな。と、勘違いしてはいかんのは、魔人族側(ジュジュたち)からしたら狩ってよいのは基本的に魔獣のみじゃ。特例として害をもたらす魔人族もおるが、その他のモノは全て対等の関係じゃ」

「何となく食挑者については分かった気がするけど、そもそも強い武器って家の倉庫を探したら出てくるものでしょ? 料理だった材料はどれを使っても同じなんじゃないの?」

「……そりゃ自宅の倉庫にオリハルコン製の武器が転がってて、毎日神々の晩餐を食べておるおぬしの意見じゃ」

世間知らず、とはさすがに言えん。相手は受肉した女神、地上の常識など持っておらんし特にリメッタは何も知らなそうじゃしの。

「待たせたなボウズ——じゃなくてジュジュアンと言ったっけか。準備はこれで良いぜ」

「うむ、それで審査員はギルド長のおぬしでよいのかの?」

グラウンドの真ん中で試験の受験をしておったギルド長が来たが、ジュジュの言葉には首を振る。

「冒険者試験ならこの俺、元四天王の〝竜裂き(かいな)のバーバリー〟が相手をしても良かったんだがな。食挑者試験となるとどうにも出来ん」

「ギルド長なのに出来んのかの?」

「ぐっ、痛いとこを突きやがるなてめえ……そもそも食挑者になりたがる奴が居ねえし、一番最近の試験も十数年前だったりする。たかが数年のひよっこギルド長じゃ務まらねえよ」

最後は皮肉じゃろうが、さて、ならば試験はどうなるのじゃろうか。

というか。

(そもそも食挑者として活動して、魔獣料理を人の世に認知させたのはジュジュなんじゃよの)

普通の料理にお菓子の材料にと様々な素材を使い、事あるごとに冒険者協会に報告しまくっとった。おかげで魔獣料理にハマる人族が続出したし、噂では王族もハマってしまったそうな。

そんなこんなで基盤を築いたジュジュじゃったが人族との戦争が激化してお忍びも出来なくなり、転生前はジュジュの代わりにセバスチャンに食挑者活動を続けてもらい、冒険者と似て非なる職業として認知させるまでになった。

まさに転生したジュジュが就くためにあるような職業! 腕が鳴るというものよ!

「と、審査員が来たようだな」

バーバリーの言葉で後ろを振り向くと、外装を羽織ったいかにもな男女五人がハンナに連れられてこっちへ歩いてきておる。ハンナの服装もいつのまにかギルド職員のそれになっておるが……ウエイトレスも業務内容に入っとるんじゃろうか。

その中の一人、眼帯を付けた彫りの深い男がジュジュの前に仁王立ちする。威圧感バリバリじゃが殺気は皆無じゃ。むしろほんわかした気配を感じるぞい。

「君が食挑者試験を受けると言ったジュジュアン君だね〜。うんうん、利発そうで見た目もいいし、ハンナ君の話ではどこかのご子息なんだって? それなら良いものも食べてるだろうから味のセンスも大丈夫だろう。よし合格!」

「寝言は寝て言えリンタム。いくら食挑者になるものが少ないからって試験も無しに合格は有り得んだろ」

「そうは言ってもバミーソン、お前が受けてから今日まで食挑者試験が開催されたのが何回か知ってるかはいそこの眠そうなシュメット君!」

「ゼロ回でしょ、リンタムおじ様のテンションが高すぎてその子達が引き気味ですから少し落ち着いてくれません?」

「相変わらず小鳥の囀りのような可愛らしい声だね愛しの姪っ子は。だが久方ぶりの食挑者試験なんだ、テンションが上がるのも無理ないとガゾブ兄弟もそう思わないかい?」

「「…………」」

「相変わらずの照れ屋さん!」

な、なんじゃこのテンションの暴風を撒き散らすやつは。最初の貫禄ある顔はどうした、孫にデレデレのおじいちゃんがお酒を飲んで暴れまわっとるようなテンションじゃないか。

シュメットと呼ばれた、お母上より若い女性がジュジュに視線を合わせて膝をつき「騒がしくてごめんなさい」と謝ってきた。

「食挑者は数が少ないし受験する人も居なくて、今じゃ絶滅寸前なんて言われている職業なの。それでもあなたのように将来有望な子が食挑者を選んでくれて嬉しいわ」

「絶滅寸前か、なんとなくそんな感じはしておったがの」

転生して十二年分の知識で、食挑者が活躍したという話は聞いたことがない。やれ伝説の冒険者が巨大なドラゴンを倒しただの、冒険者パーティが魔王の側近の末裔と戦って勝利したは噂として流れてきたが、食挑者は名前すら出てこんかった。

セバスチャンに教えられて試験が受けられる事も知ったしの。

「それで試験とはどんなものなのじゃ?」

「うんうん、やる気があっていいねジュジュアン君! アンナ君、説明よろしく!」

「は、はい。まずはあちらに魔石を用いた簡易キッチンを用意しています。こちらが指定した食材を用いて好きな料理を作ってもらい、審査員の過半数以上が合格と認めれば試験突破となります」

うむ。バーバリーが準備しておったのはあの簡易キッチンじゃな。オーブンも付いておるし中々しっかりしたものじゃが、はて、食材が見当たらんの。

「食材はどこにあるんじゃ?」

「はい、今から取り出しますね」

そう言ってハンナは腰に付けた皮袋の口を開ける。すると台の上に乗った野菜や肉、小麦粉や薄力粉や卵や水など多様な食材が姿を現した。

「収納袋か。その色合いからしてショーグンガエルの胃袋かの?」

「正解です、よく分かりましたね。収納袋としてのランクは一番下ですので容量も少なく鮮度を保っておく事は二時間程度ですが、一応ギルド職員全員に配られているのですよ」

魔境や洞窟、鬱蒼とした森など、魔獣の潜む場所にいく冒険者には必須の魔道具といえよう。

高性能なほど値段も希少性も跳ね上がるが、ショーグンガエルの胃袋なら比較的入手しやすい。ギルド職員全員に配っとる事には驚いたがの。

「アマオウ様、私に手伝える事があれば何なりとお申し付けください」

「アマオウ、私お腹空いたわ。そいつらのを作るんなら私にも何か作ってくれない?」

セバスチャンの申し出は断りリメッタにはチョップをしといて、よしやるかと意気込む——じゃがジュジュのやる気は、「ちょっと待て」という誰何の声に遮られた。

「その者の料理の腕、特に菓子作りの腕前はワシが保証する。のうジュジュアン・フラウマール、またの名を〝お菓子に愛された絶世の美少年〟」

「そんな名で呼ばれた事ないんじゃが!」




見ればバーバリーと同じくらい筋骨隆々でツルピカの、たっぷりの白ひげを蓄えた年寄りがこちらに歩いてきておった。どうでもいいが顔年齢と身体がアンバランス過ぎんかの……。

「グランドギルドマスター!」

と、バーバリーが焦った声を出してその年寄りに駆け寄っていく。グランドギルドマスターという事はギルドの総元締め、一番偉いやつじゃな。

なんでそんな偉い人がここに来ておるのじゃ? それにジュジュの名前まで知っておったし。二つ名は知らん。なんじゃあの恥ずかしい二つ名。

「いつもは王城から降りてこないのに、いったいどうしたんですかい?」

「昨夜、遠く東の地で大規模な魔力の解放を感じての。その会議を朝からしておったら魔法で食挑者試験を受けにきた者がいると知らせがあったので顔出ししたまでじゃ」

「いや、珍しいとはいえ新人試験にグランドギルドマスターが出てこなくても……」

「食挑者試験があった場合は必ずワシが見届ける。それは絶対のルールじゃよ。さてそれよりも——お初にお目にかかる、ジュジュアン・フラウマール。いや、それともこう呼べばよいかの……お菓子に愛され」

「いや呼ばんでいいから」

頑なにその二つ名を使いたがるなこやつは。じゃが大規模な魔力の解放、おそらくジュジュの発動した大規模魔法ではなく、リメッタが降臨した時のものじゃろうな。

障壁魔法を張っておけばよかったが、大規模魔法を使った直後じゃからそんな余裕は無かったわい。

「見届け人がいくら増えても構わんが、ジュジュの腕を保証してくれるのはなぜじゃグランドギルドマスターとやら?」

「おま! グランドギルドマスターになんて口を!」

「構わん構わん。ワシは実際にお菓子屋フラウマールに行き、お主の菓子を食べた事があるからの。手渡してきた時の天使のような笑顔、まさに二つ名通りの美少年ぶりじゃったわ。もちろん味も素晴らしく、王都の一流菓子店に劣らぬ味じゃったよ」

「無類の甘党として有名なシュガンド殿がそう言うのなら腕前は合格のようなものだね。なら今すぐ合格にして歓迎会を——」

「リンタム、お主は腕は良いのにうるさいのが邪魔をして評価に繋がらんのじゃ、何度も言うておるじゃろ。見るのは料理の腕前でなく腕っぷしのほうじゃ。料理の腕が良くても素材を狩れなくては食挑者とは言えんからの」

リンタムからシュガンド殿と呼ばれたグランドギルドマスターがそう言うと、高性能っぽい収納袋から布を被せた巨大な鉄檻が姿を現わす。ふむ、この大きさと強度ならスイートドラゴンのダイフクも閉じ込められる逸品じゃの。

「お菓子屋の跡取りなら知っておろうが、チョコやココアの原料となるカカオマスはカカオ豆から出来る。そしてカカオ豆じゃが……この、ビーンズツリーナイトメアと呼ばれる 魔族が実らせておるのじゃ」

そう言って布を取ると、めきめきという木のしなる音と共に悪寒を感じさせる唸り声が耳に届く。

檻の隙間から見えるそれは、まさに動く大樹。幹の真ん中に人の顔に似た模様があり、目の部分に空いた穴には青白い炎が灯っておる。

ビーンズツリーナイトメア、聞いたことはないがこの六百年で新しく生まれた魔物、いや、こやつはどうやら魔力を糧にしておるようじゃし魔獣じゃな。

それにしても『魔族』か。魔人族や魔物、魔獣さえも一緒くたに呼ぶ蔑称じゃが、お父上も使っておったしこの時代では完全に定着してしまっておるようじゃの。

「こんなデカさのビーンズツリーナイトメアは初めて見ました……苗木クラスのモノならまだしも、これはAクラス冒険者の俺でも手こずりますぜ。はっきり言って新人試験に使うレベルじゃない」

「グランドギルドマスター、ジュジュアン君のステータスを事前に拝見しましたがレベルは一でステータスも標準です。危険すぎるものは世間の風聞もありますので……」

バーバリーとハンナが苦り切った顔でシュガンドに言うが、当の本人は頑として譲る気はないらしい。

あのテンション高めのリンタムは楽しそうな顔をしておるが、審査員の残り四人も概ね否定的な雰囲気をしておる。いや、というかその前にジュジュは確認せねばならん事があるんじゃが。

「とりあえず仲間と話をさせてもらってよいかの?」

「構わんぞ。仲間も入れて三人、いや、審査員の四人を貸し出してもよい。危なくなったらワシとバーバリーが助太刀するから安全は確かじゃ」

安全は気にしとらんがな。セバスチャンとリメッタを引っ張って彼らから離れる——ここくらいなら声も届かんじゃろう。一応障壁魔法を張ってと。

「さてセバスチャン、アレは何じゃ?」

「はい、ランダムで三種類の豆を実らせる事のできる新魔獣でございますアマオウ様」

「ジュジュはカカオ豆やコーヒー豆を普及させろとは言ったが、魔獣として広げろとは言った覚えがないぞい?」

「私も最初は通常の広め方をしようとしたのですが、どうやらこちらの世界にカカオ豆などは適応できなかったようでして。ならばいっそ魔獣として広め、更に美味しい豆をしようと模索した結果がアレでございます」

「仕事熱心じゃけど何か方向性がおかしいからの」

しかしまあ、魔獣化した事で勝手に育つし味も良くなっておるのは確かじゃろう。魔獣に実る豆じゃから魔豆……うむ、普通にカカオ豆やコーヒー豆でよいか。

ジュジュが頼んだ事を一生懸命した結果なのなら仕方ないが、自然発生じゃない魔獣じゃからの。後で生態系にどんな影響が出たか調べんといかんわい。

「それとリメッタ。あやつが言っておったのはおぬしが降臨した際の魔力の事じゃ。偽造の幻影魔法と神秘封じの魔法はかけておるが、くれぐれも自分が女神などと言わぬようにの」

「分かってるわよ。私も好き好んで人族に崇めてもらおうとは——ちょっと良いかもしれないけど。もし足を引っ張ったらお父様からこれ以上どんな呪いをかけられるか」

祝福ではなく呪いと言われておるが、まあ十中八九お仕置きの意味もこもっておるじゃろうからの。

「話し合いは終わったぞい。これくらいジュジュ一人で大丈夫じゃ。要は実っておる豆を取ればいいんじゃろ?」

「正気か! あの太い枝を見ろ、あれで叩かれたらボウズなんて一発でお陀仏だぞ!」

「いいねジュジュアン君! その無謀、俺は大好きだ。あ、けど危なくなったら助けるからね」

シュガンド達のところに戻りそう言ったのじゃが、バーバリーが唾を飛ばして止めようとする。顔に似合わず世話焼きじゃの、じゃからこそギルド長になれたのかもしれんな。

「グランドギルドマスターもジュジュなら出来ると思うて言っておるんじゃろ? それに危なくなったら助けるとも言っておるし、そろそろ立ち話にも飽きた。とっとと試験を始めよう!」

「ああくそ! てめえら収納袋から武器を出してすぐに飛び出せるようにしとけよ」

「よかろう、では試験を始める——いくぞ」

シュガンド達が十分に離れた直後、檻の鍵が開いて魔獣が出てくる。うねる根っこは触手のように蠢きながら地面を這いずり、バサバサと揺れる木の葉は瘴気を出しておるのか空気を澱ませていく。

眼窩で燃える青白い炎がジュジュを見据え、腕にも見える太い枝が獲物を狙う蛇のように鎌首をもたげ——

とりあえず豆以外、全てを風魔法で輪切りにする。

「え?」

変な声を出したのはアンナじゃな。ジュジュはそちらを見ずに更に風魔法で豆を足元に運び、駄目押しとばかりに火魔法で輪切りにした魔獣を燃やす。

ちと火力が強すぎたのか、燃やした瞬間に炭にもならず焼失してしまったが、これくらいやれば腕っぷしも納得するじゃろうて。

「さて、これで満足かの?」

「…………」

「なんじゃ皆して押し黙りおって。一応蘇生魔法で復活もさせられるが豆の実は小さいままじゃと思うぞい」

「な、なにをしたんだいったい……?」

かろうじて、という感じでバーバリーがそう言うてきたが、はてそんな大仰な事はしておらんはずじゃが。

「なにって、風魔法で切って火魔法で燃やしただけじゃが?」

「え、詠唱は?」

「いや言わんでもあれくらいなら出来るじゃろ」

「ビーンズツリーナイトメアは魔法耐性が高いから剣や斧で切り倒すのが最適なんだが……」

「そんなまだるっこしい事せんでも風魔法で刻めばいいじゃろ? それにジュジュはひ弱な十二歳、剣や斧など振り回せんよ」

大神アンドムイゥバから貰った腕輪で称号アマオウを封じる今、ジュジュのステータスはレベルに準じておるので弱い。果物ナイフならまだしも斧など重くて持てるはずなかろうて。

「あ、有り得ん……だいたいレベル一だったら魔力も弱いはずで魔法なんて使えるわけがないだろうが」

「ギルド長は目で見たものを信じれんのかの? 無いなら借りればいいじゃろ」

「借りるとはどういう事だい? あ、いやその前に、素晴らしい手際だったよジュジュアン君」

「これくらい出来て当たり前じゃと思うが、まあありがとうと言っておくわい。じゃから借りるんじゃよ、大地、空、海、精霊、動物。人族や魔人族、魔物や魔獣からも。自然界にある魔力や、生き物から無意識に漏れている魔力を借りれば、どんなに自身の魔力が少なくても消費せんでよい」

まぁその分精神的にだいぶ疲れるがの。あれくらいなら全然じゃが、昨日の大規模魔法くらいになると疲れて眠くなってしまう。

「なんだそりゃ……そんな事が出来るやつなんて初めて聞いたぜ。ボウズ、いや、ジュジュアン、お前いったい何者だ?」

そこでやっと、ジュジュはやり過ぎた事に気付いた。十二年の知識があるとはいえ、まだ常識が測りきれておらんかったか。そういえば六百年前でもこれ使えるのごく少数じゃったの。

「これほどの才……まさかワシの代で〝転生〟してくるとはの。バーバリー、アンナ、あと食挑者の五人。今見たことは他言無用じゃ、もし喋ったらワシが直々に制裁を加えるからそのつもりでの。さて、ジュジュアン・フラウマール。いや、なんと呼ばせてもらったほうが良いかの?」

一人納得しておるシュガンドが他の者に口止めを念押しする。どうやらジュジュの『正体』を知っておるようじゃが、ジュジュアンという名前は後世に残らぬようにしておるはずじゃが。

まあ良いか、バレてもどうとでも出来るし。

「好きなように呼んで構わんが、名前以外の呼び名は禁ずる」

「……その言葉で委細承知したわい。なにを呆けておるアンナ、早く食挑者証の手続きをしてこんか」

「え、あっ、はい!」

シュガンドに言われ大慌てで建物へ戻るアンナを尻目に、他の面々はまだ納得していない表情をしておる。納得していないというより、未知への恐怖といったほうが正しいか……さてこの気まずい雰囲気、どうしたものか。

「そうじゃ。のうギルド長?」

「な、なんだジュジュアンさん?」

呼び捨てから敬称付きになったが、あえて突っ込まんでおこう。

「今から簡易キッチンを使わせてもらってよいかの?」

「……別に構わねえが、料理の腕はグランドギルドマスターが保証してくれてるから作っても意味ねえぞ?」

「意味ならあるじゃろ」

ジュジュの言葉にバーバリーが分からないといった顔をする。

「料理を作る。美味しいものを食べる。食べた者が笑顔になり幸せになる。それだけで作る意味はあると思わんかの?」

「く、ははははははは! いい、素晴らしいよジュジュアン君! 君は確かに食挑者の気概を持ってる子だ。俺は君の事が大層気に入ったよ!」

「お、おうそうかリンタム」

突然笑い出すからビックリしたぞい。さて気を取り直して、先ほどビーンズツリーナイトメアから採れた豆を見る。巨大なカカオ豆とコーヒー豆、あと、これはソラ豆か。なぜサヤに入っておらず剥き身で実っておるのかは考えんほうがいいじゃろ。ならアレとアレを作る事が出来るの……収納袋からリリアンの調理帽を取り出し、意気込みも十分じゃ。

「さて、それでは〝世界征服(お菓子で皆を笑顔に)〟するとしようかの」


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