③
「魔王の頃、異世界に渡った時に知ったお菓子がビスコッティじゃ。その異世界は知能を持つ種族は人族しかおらんでの、しかも魔物や魔獣など外敵も存在せんから人族が溢れかえっておった。そこのイタリアという地域で有名な焼き菓子がビスコッティで、こちらの世界のシュペンタのようなものじゃな」
粉ふるい器(オリハルコン製は装備できんので普通のじゃ)でダマを除いた小麦粉と卵を混ぜ、ベーキングパウダーを加える。魔界の暗黒砂糖を加え、小屋内の牧場で飼育されとる魔界牛の乳から作った生クリームを少量、香り付けに蜂蜜をひと匙。二つに分けた生地の一つに乾燥させたドライフルーツを入れる。
もう一つにはクルミなどを加え、手頃な大きさにちぎって細長く伸ばしてクッキングシートを敷いたプレートの上に置いておく。
「ビスコッティはビスケットという焼き菓子をルーツにしておるそうじゃが、二度焼きするから結構固めじゃ。その分保存は効くが、今回は保存するわけじゃないし多少柔らかめでいいじゃろ」
「アマオウ様、オーブンの温度は百五十度でよろしかったですか?」
「うむ……どうでもいいんじゃが、このオーブンは多機能すぎんかの。ジュジュは石窯でも大丈夫なんじゃが」
「アマオウ様が渡っていた異世界のニッポンという地域では、オーブンはこのように機能が豊富で様々な調理ができます。アマオウ様の記憶が戻られる前にベ細かな材料や調理器具など色々買い揃えておきましたので、あとでぜひ試してみてください」
異世界に渡る魔法はジュジュしか使えんが、念のため渡るための魔道具を作ってセバスチャンには渡しておいた。まぁジュジュの為にならないものは揃えてないじゃろうし、焼き上がったら他のも見てみるかの。
「アマオウ様、木苺のジャムが完成しましたので味見をお願いできます?」
小鍋をかき回していたインヴィがスプーンを持ってジュジュに近づいてくる。「あーん」と言われるままジュジュは口を開けて味見する——うむ、ちょうどいい感じじゃな。
「一度焼きあげたクルミ入りのほうに塗ってくれるかの? 焦げるから二度目の焼きあげは短時間でいいぞい」
「分かりましたわ。あ、アマオウ様お口の周りにジャムが。ふふふ、取れましたわ」
取ってくれたジャムをそのまま自分の口に含み、なんだかとても熱っぽい視線を送るインヴィ。
ジュジュはまだ十二歳なんじゃが、あきらかに肉食獣な目をしておったの。気をつけねばとって食われそうじゃ性的な意味で。
「まだなのー? 私お腹減ったんだけど」
ジュジュとインヴィがお菓子づくりをしておる間、リメッタは椅子に座ってとても暇そうにしておった。手伝わせても良かったんじゃが神族が物を作ると祝福を授けてしまうからの。ただの焼き菓子が聖遺物になっても困るので止めさせておいた。
セバスチャンはオーブンの温度を設定した後、ダイフクが降りても大丈夫な山や湖を外で探しておる。そろそろジュジュも眠気が限界じゃからの……
「よし、完成じゃ。名付けて〝アマオウ特製ビスコッティの詰め合わせ〟じゃな。これを持って神界に戻るのじゃリメッタ」
「やった! これを使えばまた神界の神族達を顎で使えるわ」
ジュジュのお菓子をエサに何をしておるんじゃこやつは……まぁよいわい。それよりジュジュが頼んだ事を忘れておらんじゃろうな。
「リメッタよ、神族の長への伝言をしっかり頼んだぞい」
「え?」
「え?」
「あ、ああアレねアレ! 大丈夫私に任せときなさいアマオウ!」
いや明らかに忘れていたじゃろおぬし。
「……ジュジュが言った伝言を復唱してみい?」
「えっとね、ほらアレよ……それよりこれ味見しちゃダメかしら!!」
「もうよい、魔道具に魔法を込めるからそれを渡すだけでよいわい。味見は別に取っておるのがあるから、そっちなら食べてよいぞ。インヴィも食べたかったら食べてよいからの」
「いえ、私が食べたいのはアマオウさ——いえ何でもないですわ。それではいただきたいと思います」
だいたい言おうとしておった事の予想はつくがあえて無視じゃ。と、先んじてビスコッティを食べていたリメッタが咀嚼の動きを止め、「アマオウ、これ……」と声をかけてくる。
「味が落ちてるとは先に言っておったはずじゃ。文句は受け付けんぞ?」
「いや、これ——」
「美味しい!」
突然インヴィが大声で叫び、見開いた目から涙を一筋流す。あまりの事に驚いたジュジュに、震える声をインヴィがあげる。
「アマオウ様……このビスコッティ、まるで私の心にある孤独や不安を溶かしてくるような優しく素朴な甘みです。生地の柔らかい甘みに、少しだけ酸味をもたらすドライフルーツ……ジャムを塗ったほうは食べた者を安心させるような甘さと違う食感をもたらすクルミ、私がこれまで食べたどのお菓子よりも美味しく心に響いております!!」
「お、おぉ。どうしたんじゃ一体?」
一体の事は昔から知っておるが、こんなにテンションが高いのは初めてじゃ。
なんか魔薬的な効果のある材料使ったかの。
「アマオウ、このお菓子ほんとに魔王の調理器具を使ってないわけ?」
「当たり前じゃろ、そもそも手に持つことすら出来んのじゃぞジュジュは」
「そう……自分で食べてみなさいよ。それであなたも分かるはずよ」
そういえば自分は味見をしていなかったの。インヴィはああ言っておるが、魔王の頃に作ったビスコッティと比べたら全然——
「う、美味いっ……!」
何じゃこれは! 魔王の頃のお菓子より更に洗練された甘みと食感、食べた一口目からまるで世界中の幸せを口いっぱいに頬張っておるような感覚に陥ってしまうぞい!
「魔王時代より美味くなっておる、なぜじゃ!」
使った材料は昔の方が高級じゃった。となるとこのオーブン……いや、これだけではここまでの味の向上を説明できんぞ。なぜなのじゃ!
「もしかして……アマオウ、あなた自分のステータスを確認してみて」
「自分の状態が数値化されておるアレか、そういえば幼年式の時から見ておらんの——〝オープン・ステータス〟」
五歳の時に参加した幼年式以来じゃから、約七年振りのステータスの確認じゃ。黒い板のようなものが目の前に現れ、見ればレベルは一のまま、体力や魔力も……って!!
「数値の後ろに無限を意味するマークがくっ付いておるのじゃが……」
「やっぱり。ステータスの下のほうに〝New〟って文字が浮かんでない? その文字を押すイメージを浮かべてみて」
浮かび上がっているNewの文字を言われた通りに念じると、数字の浮かんでいた画面が別の文字に切り替わっていく。
称号一覧? なんじゃ、これ。
「称号アマオウ——全能力値∞(むげん)補正、全スキル十段階UP、全スキルポイント限界突破——おいリメッタ、いったいどうなっておるんじゃ……」
「た、たぶん私や神界の奴らがあなたの事アマオウって呼んだから称号に認定されちゃったのかも。称号は獲得するのは難しいけど簡単に強くなれる裏技バグみたいなもので……まさか元魔王にも適用されるなんて思ってなかったわ。吃驚よ」
「つまり、なんじゃ。おぬしらにアマオウと呼ばれたせいで称号なんぞというものを獲得して、ジュジュの努力関係なしに腕前が上がってしまったというわけじゃな。ほぅ、そうかそうか」
レベルやスキルまではまだ何とか我慢したが、これはさすがに無いの。己の努力など関係なしに恩恵を与える世界のルールなど、ジュジュからすれば悪意以外の何物でもないわ。
「これもあんの親バカ神の仕業じゃろう! 今すぐあやつの御使いを降臨させて問いただしてやる!」
「お待ちくださいアマオウ様! さすがに大神アンドムイゥバ様の御使いを喚べばここ一帯が聖域、または魔境になってしまいますわ。せめて呼び出すのは障壁魔法と幻惑魔法を巡らせた後でお願いいたしますっ」
インヴィの慌てた声に少しだけ冷静さが戻ってくる。確かに大神というだけあって、御使いでも地上に多大な影響を与えてしまうからの。
くそ、転生前の身体ならば事象も影響も全て捻じ曲げ意のままに操れたというのに!
人族の身体がこれ程もどかしく思えたのは初めてじゃ。
「アマオウ様。いまよろしいでしょうか?」
と、外に通じておる扉からセバスチャンの声がジュジュに話しかけてくる。そして扉は開かれ、セバスチャンが一礼した後「お客様がお見えです」とその身を横にずらす。
「久しぶりだな、魔王ジュジュアン……いや、アマオウよ」
「この感じ……アンドムイゥバかの?」
姿を現したのは、白絹の一枚布を身体に巻きつけた二本足で立つ白い猫。尻尾は二股にわかれ背中には天使の羽根、頭には水晶で出来た王冠を被り……ものすごく申し訳なさそうな顔をしておった。
「うむ、御使いを通して話している。まぁ、とりあえず、うむ。すまない」
そう言って頭を下げた白猫の御使い兼大神アンドムイゥバ。大神の威厳もなにも感じられない雰囲気に、そこはかとなく悲しくなったのはジュジュだけではないじゃろう。
「い、いい加減追いかけ回すのやめなさいよねー!」
うむ? 大神アンドムイゥバが訪れた時の事を考えて無言になっておったので、最初の指示通りダイフクは女神リメッタを追いかけ続けていたようじゃな。
かれこれ一時間くらいじゃろうか?
じゃがそれだけの時間では腹の虫が収まらぬジュジュは、ダイフクの頭の上まで移動して未だ追われ続けておるリメッタを一喝する。
「この考え無しのポンコツ女神! ダメダメ女神め!」
「ダメダメって言うなー!」
「うるさい! 元はと言えばおぬしが発端でステータスだのレベルだの出来たのではないか。それを今の今まで忘れておって反省せい」
セバスチャンが連れてきた大神の御使いの事を思い出す。妖精猫は大神アンドムイゥバの御使いとして有名じゃが、大神自らが依り代に使うのだから特別仕様の御使いじゃった。
といっても、物凄く魔力と生命力が小さくて普通の猫ほどの力しか持ってないという意味での特別仕様じゃ。
しかも依り代に使うために百年ほど地上で過ごさせておるから魔力も地上に馴染みやすく、現れた場所が変化することはないとの事。
(しかしまさか、酒に酔った勢いで大規模改変魔法を使うとは……それもリメッタに唆され神器まで使用しての魔法。一瞬で世界を七度滅ぼし七度蘇らせる事のできる神器を使ったんじゃ。容易に元に戻すのは無理じゃろうて……)
「とことん末っ子女神に甘い神とは思っておったが、お酌してくれただけでほいほいお願いを聞くとは——まったく情けない大神じゃの」
「い、いちおう偉大な我が主なのでそれ以上は言わないでほしいニャ」
逃げておるリメッタを見下ろすジュジュの隣で、空中を浮遊しておった大神の御使い、確か名をクリームといったかの。
そのクリームが目を細めてジュジュを見ておる。
「事実じゃから仕方ない! それよりクリームは神界に戻らんでいいのかの?」
「出来ることなら今すぐ戻ってこんな面倒くさそうな案件から離れたいニャ。でも我が主から監視するように言われてるから、ビスコッティの詰め合わせは他の御使いに任せてクリームは社畜よろしく命令に従うのニャよ」
……なんかまた濃いのがきたの。まぁ良いか。ならば後のことはこやつとセバスチャンに任せるとしようかの。
それにしても、リメッタのやつアンドムイゥバから祝福を与えられておったの。後でどんなものか聞くとしよう。
「称号アマオウの効果を封じる腕輪を貰ったし、魔王の調理器具は調理スキルを上げれば使えると太鼓判も押してもらったからの。地上でのサポートにリメッタとおぬしが付いてくる事になったが……正直リメッタのほうは要らないが我慢するとしよう」
「そうしてくれたら嬉しいニャ。その腕輪も三百年ものの月桂樹から作ってるから大切にしてほしいとの事だニャ。というか聞き忘れてたんニャが、なぜお嬢様は追いかけられてるんだニャ?」
「降臨したての神族は、いうなれば歩く自然災害のようなものじゃからな。そこにいるだけでその地域を聖域や魔境にしかねん。そうならぬよう魔力を地上に馴染ませるには魔法を使うのが一番なんじゃよ」
「ニャるほど……それなら飛行魔法じゃなくて他の大規模魔法のほうが良くないかニャ」
正論を言ってのけるクリームに、ジュジュは前方をひと睨みして一言。
「それだと面白くないしジュジュの気が収まらん」
あとは納得してくれたのか黙っておったので、魔力が馴染むまでの追いかけっこはセバスチャンとこやつに任せ、ジュジュは小屋に引っ込むとしようかの。
「あ、おかえりなさいませアマオウ様〜」
ベッドルームに行くと当然のようにインヴィが裸で待っておったので、召喚魔法で無理やり帰還させたのは言うまでもない。
さて翌日。
ふかふかのベッドから名残惜しく抜け出し小屋の外に出ると、山々の間から覗く朝日を全身に浴びながらうつ伏せに寝るリメッタの姿が見えた。心なしか全身ボロボロなようじゃが、うむ、気のせいじゃろ。
「だいぶ魔力も地上に馴染んだようじゃな。これなら小屋の中に入れても作物に影響は出んじゃろ。セバスチャンとクリーム、それにダイフクもご苦労じゃったの」
ダイフクが寝そべった首を持ち上げ眠そうな声を上げる。ダイフクが横たわっているのは山麓に広がる湖畔じゃ。こういった手付かずの自然には魔獣が住み着いておるものじゃが、ドラゴンに近づこうと思うモノはおらんかったようじゃな。
クリームは猫らしくリメッタの近くで丸まっており、こちらも気だるそうに尻尾を振るだけ。
セバスチャンだけ常と変わらぬ無表情で立っておるが、そういえばこやつ昔から疲れ知らずじゃったの。
「セバスチャン、リメッタをベッドに寝かせてやれ」
「では二階にあるゲストルームに放り投げ——運び込みましょう」
いま放り投げましょうって言おうとしたかの?
「あまり手荒にせぬようにな。それで今はどのへんなのじゃ?」
「はい、当初の予定通り人族の王都の近くに来ております」
リメッタを担ぎながら答える声に、ジュジュの心が自分で思っていた以上に高鳴るのを感じる。
「この山の向こうに〝食挑者〟本部があるんじゃな!」
雲も少なく、空気も澄んでおる。気力も体力もたっぷり寝たから充分。絶好の食挑者試験日和と言えるぞい。と、その前に。
「まずは腹ごしらえじゃな」
空腹を訴えるお腹を抑えながら、なにを作ろうかと思案する。
そういえば昨日あのオーブンレンジで四角いパンを作ったの。フレンチトースト風にして、うむ、エッグベネディクトにでもするとしようか。
壁に設置された魔石の出力ボタンをオンにし、戸棚に入れておいた昨日のパンを取り出す。サイコロ状に切るとコンロの火にかけたフライパンにバターを入れパンも投入。
ほどよくバターが絡んだら皿に取り出し、空飛び豚の燻製ハムをスライスして乗せ、海潜り豚のベーコンをカリカリに焼いて乗せる。
畑で少しだけ採れた異世界ニッポンで苗を買い育てたレタス、ポーチドエッグを乗せオランデーズソースをかければ完成じゃ。
確かオキナワというとこで食べたものじゃが、うむ、ジュジュが作ったやつのほうが美味しそうじゃぞ。
「まぁお菓子作りでは全然ないんじゃがの」
とりあえずセバスチャンとリメッタの分も用意して、次に機会があれば甘味の朝食も挑戦してみようかの。
この後ジュジュが用意した朝食をみてセバスチャンがなぜか鼻血を出したりと一騒動あったが、目的の王都に無事入る事ができたのじゃった。
「まだ眠気で頭が重いわ……」
「なんじゃ、おぬしが来たいというから連れてきてやったというに。ならばダイフクのところに帰るかの?」
王都の外壁を抜けた先に広がる城下町、石畳の敷かれた幅広の道を大勢の人と一緒にジュジュ達は歩いておった。
外壁にある屯所で検問もやっておったが、ジュジュの家名と紋章を見せたらすんなり通ることが出来た。フラウマールの名は伊達ではなかったようじゃな。
様々な色合いをした建物が盤面のように等間隔に建てられ、大通りから目を移せば小道の窓から向かいの建物の窓へロープをかけ洗濯物を干してある。
どこからか花びらが飛んできて風に遊ばれれば、非日常な風景の出来上がりじゃ。
「異世界にあるヴェネツィアというところに行ったとき、こういったものを見た事があるの。懐かしいの〜」
「あそこはゴンドラが有名ですが私は特にマルゲリータピッツァが気に入りました。カフェラテ発祥の店にも行きましたが、店内は暑くとてもカフェラテという気分ではありませんでしたが。あちらで買い求めたコーヒー豆ですが、カカオ豆と同様この世界でも普及させる事に成功しました」
「そうか。ビスコッティもじゃが、コーヒーとともに楽しむお菓子もあるからの。これでまたレパートリーが増えそうじゃわい」
そうやって楽しい気分に浸りながら周りを見る。
行き交うのは馬車や人族ばかりじゃが、時たま重い荷物を持っていたり荷車を押している、鎖に繋がれた魔獣や魔人族もおる。
六百年以上も経っているというに、この世界はまだ奴隷制度などが存在しておるのか……まったく。
「ねえ、アマオウ……様?」
「なんじゃリメッタ。あぁ、あとセバスチャンも呼び方にいちいち目くじらを立てんでよいぞい。して何かの?」
「わかったわ。いま私達ってどこに向かってるのかしら? お父様に言われたから地上でのサポートをするけど、私、疲れる仕事とか汚れる仕事はしたくないわよ。だって女神だし」
「こやつ面倒くさっ」
「直球で文句言うのやめなさいよね!」
まぁ仮にも月を司る三姉妹女神の一柱じゃからの。というかセバスチャンがいる現状、弱体化した女神などお荷物以外の何物でもないんじゃがの。
「おぬしはそうじゃの。いつか売り子でもしてもらおうかの。まだ先の話になるじゃろうから、今のところはタダ飯食らいに甘んじておれ」
「そういうのほんとオブラートに包まないわよねあなた」
「それよりもアンドムイゥバから祝福を受けたようじゃが、どんな内容なのじゃ?」
「ああ〜、私も確認してなかったわ。〝オープン・ステータス〟」
「う〜む、昔と違ってステータスを見れば内容が分かるというのは楽じゃの」
そこだけは評価してもよいと声をかけたのじゃが、リメッタは身体を震わせるだけで返事をせん。
不審に思ったジュジュは魔法でステータスをこちらにも見えるようにしてこっそり覗き込んだ。
(各パラメーターの数値はジュジュより高いくらいじゃな……魔力値が小国の国家予算並みの単位なんじゃが神族じゃし仕方ないのかの。おかしなところは別に——うん? 称号〝成長する神〟?)
「効果アマオウの作ったものを食べる事で体重プラス一ゾン。神族の固有スキル、その他魔法よりもこの効果は優先される……リメッタ、これ」
「読んだの……読んじゃったのね。うふふふふお父様もやってくれたわ。神族は不老だから体型も変わらないからって油断してたらこの仕打ち。すでに二回食べてるから二ゾン太ったって事じゃない!」
ビスコッティとエッグベネディクトを食べてもいきなり二ゾンも太らんからの。祝福じゃなく呪いじゃなこれ。
「リメッタ様。体型を変えたくなければアマオウ様の作る物を食べなければいいのです」
「無理でしょ!? 今朝エッグベネディクトっての食べたけど美味しさが神々の晩餐レベルよあれ。称号アマオウを封じてるのにあの美味しさって、お菓子作られたら私が耐えられるはずないじゃない!」
「そんな言い切られてもの。まぁ美味しく食べてくれて感謝じゃよ。さてダラダラと話をしておる間に着いたようじゃぞ。ここが食挑者本部、兼冒険者本部の建物じゃ」
飾り気も何もない石壁と、二本の長い煙突が特徴といえば特徴の建物じゃった。入り口にたむろしておるのは剣や弓を担いだ軽装の男女数人、意外としっかりした作りの皮鎧とブーツ、揃いのマークの彫られたガントレットを付けておるから駆け出しではなく中堅の冒険者かの?
ジュジュ達三人が近づくとお喋りをやめこっちを見てニヤニヤしだす。特に一番前にいる年若い茶髪の男が、かなり侮蔑の混じった笑みをしておるの。
「よう金髪のお坊ちゃん。その身なりからしてどっかのボンボンかお貴族様だろ。こんな腐ったビックルみたいな場所には近づかない方が身のためだぜ?」
ビックルとはこの世界の豆類の一種で、味はともかく長期保存ができるので旅をする者には重宝されておる。それが腐ってるって大概なのじゃが、いやそれより、こやつ口調とは裏腹に心配してくれてるようなんじゃが実は良い奴なのかの?
「心配してくれて感謝するが、ジュジュ達はここに用が」
「アマオウ様への無礼な言動死を持って償いなさい」
「やめるんじゃセバスチャン——遅かったか」
言った直後、話しかけてきた茶髪の男が二階建ての家くらいまで跳ね上がるのを見た。
目の前では綺麗なアッパーカットを決めた態勢のセバスチャン。思ってなかった事態に反応しきれていない他の男女達。
暇なのか欠伸をしておるリメッタ。
ジュジュは溜息を吐くと吹っ飛んだ男に風魔法をかける。静止の言葉が間に合ったのか寸止めだったので怪我はしておらんが、一応回復魔法もかけておく事にしようかの。ここまでで一秒にも満たない時間じゃ。
風魔法が補助となり緩やかに着地してこれまたゆっくりと尻餅をついた男は目を瞬かせ、何も分かってない顔で「へ?」と呟くだけじゃ。
きっと視界に映っておるのはアッパーの姿勢から微動だにしないセバスチャンと、寝不足で不機嫌そうな目のリメッタと、ニヤニヤ不敵な笑みを浮かべるジュジュじゃろう。
とりあえずはこれで、ただのボンボンや貴族とは思わんじゃろうて。
「すまぬがこの中に用があってな。どけてくれぬか?」
「あ、ああ……」
きょとんとした顔のままどけた男女達を一瞥して、さて、遂に食挑者本部へと突入じゃ。
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