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「おっははははー!」

満月の光が冴える夜空の下、ジュジュとセバスチャンはドラゴンの背に乗って高速飛行を楽しんでおった。いやほんとにこれ楽しいぞい!

魔王時代は空間魔法で移動しとったから移動を楽しむなど考えた事もなかったのじゃが……うむ。多少変な性格になっていたとしてもさすが一番の側近じゃな。

「お気に召していただいたようで何よりです、アマオウ様」

「召すも召しまくったわい。スイートドラゴンといったかの? 砦サイズと中型ながらスピードもよく出て、呼べばこちらを振り向くあたり知性も高い。そしてなにより背中に生えておる小屋。これが一番驚かされたぞい」

「四百年かけて作り出した小屋を生やしたドラゴン。これがただ小屋を背中に置いているだけですと、空間魔法を使っても小屋自体が受け止められる魔法には限界がありますので大きさは二倍ほどです。しかしこの小屋は生えている、そう、ドラゴンの一部なのです。つまり空間魔法をドラゴンが受け止めて効果を最大限に発揮できる。更にドラゴンは魔法耐性が強いので何種類もの魔法を掛けられます。結果——このように何十倍に広がった小屋の内部で古今東西様々なお菓子の材料を育てる畑が作れるというわけです」

「長めの説明ごくろうじゃ!」

スイートドラゴン、名をダイフクというらしい。確かに鱗も(たてがみ)も真っ白じゃし、瞳は餡子のような黒色をしておる。生まれて二百年ほどの幼竜じゃが、これは将来が楽しみなドラゴンじゃの。

そういえば小屋の中にある畑には、異世界の物も育てているらしいの。後でどんなものがあるか確認せねば。

「っとお! 聞こえてるんでしょ!」

せっかく前世の記憶が戻ったからと、昔使っておった調理器具でもってお菓子作りをしたかったのじゃが……まさかあのような法則に『世界が作り変えられていようとは』。

神族め、一体なにを考えておるんじゃ。

「ぜーはーぜーはー! も、もうほんといい加減にしてよねっ……なんで私の事追っかけてくるのよあんた達⁉」

「その慎ましい自分の胸に聞いてみるんじゃな女神リメッタ、またの名をダメッタ!」

ジュジュはお菓子のように甘くはないぞ!




フラウマール菓子店を飛び出した直後、ジュジュはセバスチャンの先導のもと近くの山まで来ておった。

もう夜も深い時間帯。身体は十二歳の子供のものじゃから正直言って眠かった。

「こちらへ移動するために転移魔法も使いましたからね。この私めが作り出したスイートドラゴンのダイフク、その背中に生える小屋には衣食住も出来る設備が整っています。お休みになられますか?」

「いや、ここで寝たら多分じゃが目当ての奴とすれ違いそうじゃ。というかセバスチャンが物理的に排除しそうじゃから起きておく事にするぞい」

「アマオウ様の安眠を妨げるものは何人でも許しません。それでしたらまずはこちらをお納めください。アマオウ様が前世で使っていたオリハルコン製の調理器具です」

「おぉ! 持ってきておったのか。すまぬの〜」

セバスチャンが何気なく手を振って現れた黄金色のケース。それを開けてみれば中には金よりもなお輝くボウルや泡立て器、ゴムベラや粉ふるい器などが入っておった。

これこそ前世でジュジュがたどり着いた究極の調理器具、神族でさえ消滅させられるオリハルコン純度九十九パーセント製の『魔王の調理器具』じゃ。

神族の宝物庫から伝説の勇者の剣やら鎧やら盗み、怒った神族と全面戦争しながら作り上げたこの器具の数々……まぁそのせいで、魔王の調理器具で作ったお菓子を定期的に神族に渡すのが休戦の条件にされてしまったがの。

ただし懸念が一つ。それを確かめるためにジュジュはケースの中から泡立て器に触れる。

しかし手は器具を掴むことなく空を切り、代わりに聞き覚えのある女神の声が脳内へ響き渡った。

【レベル、スキル、スキルレベルが足りません。装備不可です】

「やはりか」

そう、この世界はいつのまにかレベルやスキルなどよく分からん法則が組み込まれておったのじゃ。

ジュジュが魔王の頃はそんなもの無かったんじゃが……この十二年で得た知識として、レベルは身体能力や魔力量の向上。

スキルは必殺技や特殊技能、魔法の補助。スキルレベルはスキルがどのくらい使い込まれているか計る目安のようなものじゃ。

セバスチャンが異世界に渡った時に買ってきたゲームも似た感じじゃったが、なぜそれがこちらの世界で現実のものになっておるのか。

それと、この声。

自動音声じゃが聞き覚えのある声の主がこの事態に一枚噛んでおるのは確かじゃろうから、そこも問いたださねばならぬの。

「目の前に魔王の調理器具があるというのに触らないのは辛いの~」

「アマオウ様が魔力を放ちましたので、転生した事はあちらも気づくでしょう。天使兵を差し向けてくるか依り代を使って本神(ほんにん)が降臨するかは五分五分ですが」

と、突然ジュジュ達の頭上高くから光の柱が降り注いだ。純白よりもなお白い光の粒が乱舞する中、人影が目に見えぬ階段をゆっくりと降りてきよる。

天使兵でなく本神(ほんにん)降臨とはな。おそらく厳かにやっておるつもりじゃろうが、ジュジュからすればただただ遅い。遅すぎる。

というわけで魔法構築式を瞬時に解析。神族の使う神魔法は情報量も魔力量も地上のものより桁違いじゃが、そこは元魔王のジュジュである。

干渉できるようにするなどお茶の子さいさいじゃぞい。

「ふんす!」

「えっ……ってぇぇ⁉」

降り注ぐ光の柱にビンタを一発お見舞いしただけで柱は一瞬で砕け散りおった。ガラガラと音を立てて落ちてくる光の粒子と一緒に、人影も勢いよく落っこちてくる。

あ、このスピードで地面にぶつかれば依り代が壊れて降臨キャンセルされるの……と思っておったが、そこはただの阿呆ではない、腐っても神族というべきじゃろうか。

地面に当たる寸前で転移魔法を使って落下ポイントを変更したようじゃの。

ばっしゃーん!

「ぎゃあ冷たああ! ちょっまっ水飲んだがぼがぼがぼっ、誰か助けてー!」

訂正。あやつはただの阿呆じゃ。

「はぁ、セバスチャンや。いま召喚魔法に応じてくれるモノはどのくらい居る?」

「はい、魔人族の一部の種族長や大精霊以上のモノですと再契約が必要となりますが、それ以外でしたら殆どのモノを召喚可能でございます。こちらがリスト表で、いま都合のつかないモノは灰色表示となっております」

「うむ、いくら契約上こちらが有利だとしても四六時中喚び出し可能はいかんのじゃ。異世界に跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)しておるブラック企業などもってのほか、時には命を賭ける召喚魔法だからこそ福利厚生に定期的なボーナス、各種慰安旅行などなど充実した待遇をせねばならん」

ちなみに前世の魔王軍勤務の配下達も週休二日を義務付けておったり三時のオヤツ休憩を徹底したりしておった。

毎日日付が変わるまで残業させたり、一ヶ月ほど連勤させるなど心身ともに壊れてしまうわい。働くのは程々にせんとの。

「話は逸れたが、そうじゃのそしたら……あの阿呆の着水したのはここから六ゾンほど離れた湖じゃな。となればこやつじゃ」

ジュジュはリスト表に載っている白色表示の名前を押す。名前は点滅すると灰色表示になり、六ゾンほど離れた夜空に召喚魔法陣が現れたのじゃが。

うむ、失敗したの。

「あやつらそういえば、仲が悪くなかったかの?」

そう言った直後、巨大な水柱と高笑い、悲鳴のようなものが辺りに響きわたるのじゃった。




「それで? 溺れている女神リメッタ様を助けるために水魔法でぶっ飛ばした、と貴女はそう言うのですねインヴィルゲルト?」

セバスチャンが底冷えしそうな微笑(に見えなくもない無表情)を浮かべて、目の前で正座させておる二人を見ながらそう言っておる。

セバスチャンが微笑を浮かべておる雰囲気の時は怒っとるサインじゃからな、ジュジュは巻き込まれんように遠巻きに見ておるぞい。

「だ、だって数百年ぶりのアマオウ様からの召喚なのに、いざ出てきたら目の前にこのちんちくりん。じゃなかった女神がいたんですもの。けれど助けたのは事実ですのよ! ですよねアマオウ様!」

「ジュジュに振るでない!」

ジュジュの返事に「一人称が名前呼び——素敵!」とか鼻息荒くしておる見た目人族の女性。サファイアブルーの髪と瞳が美しくドレススカートを着た妙齢の女性じゃが、本当の姿は歌や踊りで男を魅了し水中に引きずり込んで食べる水棲魔人族(ネレイス)じゃ。

下半身が魚の形をしておるのが特徴じゃが、今のように陸に上がる時は幻惑魔法で足に変えておる。

まぁ、慣れておらん正座をさせられておるからプルプルしておるがの。

そしてもう一人……濡れ鼠のまま正座させられているちんちくりん、じゃなかった女神はジト目でジュジュを睨んでおる。

銀髪緑眼な見た目は神秘さを放ち、飾りっ気のないワンピースは幼さを出しておる。魔力で作り出した肉塊に受肉する事で依り代としておるようじゃが、やはり神界にいるより神格の度合いは低いの。

あとあまり睨むとセバスチャンが怒るぞ……案の定怒られたか。ご愁傷様じゃ。

「そもそも私の降臨を邪魔したのはあなた達でしょ! どういうつもりよ一体!」

セバスチャンに怒られたので涙目になりながら、女神リメッタが甲高い声を上げる。

それを聞いたインヴィルゲルト、略してインヴィは盛大に鼻で笑い、ジュジュには決して向けない蔑みの目線をリメッタに向けおった。

「はん。神といっても末席に常時片足けんけんしながら乗ってるような女神(笑)のくせに、アマオウ様の前で神っぽくしようとするからですわ。あなたは神界で食っちゃ寝してるほうがお似合いですのよ、ねえダメッタ様?」

「はあ? 黙って聞いてれば女神に向かって数々の汚い物言い。さすがは各魔人族の中でダントツで口と尻が軽い水棲魔人族(ネレイス)ね。この数百年の間に一体何万人の男を食べたの、ねえインヴィルゲルト?」

「なんですって!」

「なによお!」

「あぁもうやめよやめよ。リメッタもインヴィも落ち着くのじゃ。ともかく月の女神リメッタ、おぬしに聞かねばならぬ事がある。レベルやスキルを確認する際に脳内で響く声、あれはおぬしで間違いないの?」

掴みあいの喧嘩をしそうじゃった二人を窘め、ジュジュはリメッタへと問いかけた。リメッタは火魔法で身体の水分を乾かしながら「なに言ってんだこいつ?」みたいな顔をしており、白魚のような指で顎を触りながら首を傾げる。

「確かにあれは私の声だけど、六百年くらい前に録音した声よ。なんで今更そんな事聞くのよ?」

うむ、ジュジュは勇者に倒されてその時は居なかったと思うぞい。

「アマオウ様が倒されて数十年後、神々の長である大神アンドムイゥバ様が娘たるリメッタ様の願いを聞き、レベルやスキル、スキルレベルを世界のルールに組み込んだと聞いております」

「それは誰から聞いたんじゃ?」

「アンドムイゥバ様ご(ほん)(にん)からでございます」

娘には甘いと思っておったが、あの親バカ神め……あとセバスチャンも知っておったのなら先に教えてほしいものじゃ。

「これは失礼しました。久しぶりにアマオウ様がリメッタ様とお会いしたいのかと思い気を利かせたつもりでしたが」

「じゃから思考を読むでない思考を」

「で、なに? わざわざ私を降臨させて聞きたい事ってそれ? そんな事よりアマオウ——様」

踏ん反りかえりそうなくらい胸を反らしたリメッタがジュジュを呼ぶが、呼び捨ての時のセバスチャンの顔が怖かったのだろう。様を付けてくる。

この小娘女神(こむすめがみ)が何を言いたいかだいたい察しておるので、ジュジュは先回りして答えることにする。

「無理じゃ」

「まだ何も言ってないわよ私!」

「おおかた神々の晩餐用お菓子を作ってほしいといったところじゃろ。世界のルールが変になったせいで魔王の調理器具が使えんからジュジュにはあの完成度のお菓子は作れんのじゃ」

「この世界で唯一お父様と張り合えて、世界樹ムルベンゲの枝から異世界に渡れるあなたならルールを曲げるくらい、訳ないでしょ?」

世界樹ムルベンゲとは神界から空に伸びる巨大な樹の事じゃ。世界樹ムルベンゲの頂点は星の膜を破り、枝は別の世界に繋がっている。それを使って異世界を渡り歩いてはいたが。

「ジュジュは人族に転生したからの。神族の長が決めたルールを変えられるわけないし世界を渡るのも身体が耐えられん。魔王の調理器具が使えん限り、以前のようなものは作りきれんのじゃよ」

「そんなっ! あなたが居なくなってから神界じゃお菓子ロスが広がって、神々が黄昏(たそがれ)ちゃって最終戦争(ラグナロク)が始まるところだったんだから!」

「どんだけお菓子が恋しいんじゃ神族は」

「さすがですアマオウ様抱いてください!」

「黙りなさいインヴィルゲルト、アマオウ様を抱いていいのは美の付く少年少女です」

「おぬしらちょっと黙っとこうか?」

なにげに恐ろしい事を言い出すセバスチャン達を黙らせて、ジュジュは空を見上げる。

うっ、夜空に浮かぶ月を通してこちらを見ている視線を物凄く感じるぞい。わくわくしてる感が伝わってくるようじゃ。

「まぁこの後リメッタにはお願いをするつもりじゃったし、神界に持って帰るお土産くらいは渡さねばならんじゃろうな」

「なら!」

「ただし、六百六十六年前と違い材料も調理器具も、おそらく腕も落ちておるからの。そこら辺はちゃんと理解してくれるのなら作ってやるわい」

「大丈夫よ、あなたのお菓子ならたとえ黒焦げのクッキーでも美味しいって言って食べる(やつ)ばかりだから」

「そこまでの味音痴じゃと逆に食べてほしくないんじゃが。さて、それじゃ何を作るか。セバスチャンよ、ダイフクの小屋で育てているのは何がある?」

セバスチャンから説明を受ける。こちらの世界や異世界のものを多様に育ててはいるが収穫できるものはまだ少ないらしい。使えるのは魔界鶏の卵や純金麦、異世界で種苗を買って育てた果物くらいじゃの。

「ここは洒落たものじゃなく、手堅く〝ビスコッティ〟にしておこうかの」

リリアンから譲り受けた調理帽を被り、さて。

魔界の良質な材料を使ってのお菓子づくりじゃ。どこまで出来るか試してみるかの。


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