表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

他流試合当日

遂に試合当日、部活存亡をかけた戦いが始まる。

「ハッ!?」


 気が付くと、自室のベッドの上だった。


 何故かパジャマを着ており、下着は……。


「……はぁ」


 何故か枕元に鎮座している。


「風呂入って脱衣所で倒れた所までは覚えてるけど……」


「あら?起きたの?おはよう」


 向かい側のベッドから純蓮が顔を出した。


 切りそろえられた前髪と艶やかな長髪の純蓮、一見すると外国人と見間違う銀髪……。


「お早う純蓮、もしかして純蓮が介抱してくれたの?」


「偶然よ!偶然通り掛かったからここ迄運んであげただけ!重いったら無かったわ!」


 凄く怒られ挙句、年頃の女の子に対して重いとか言われてしまった……。


 確かに純蓮と比べれば体重はそれなりにあるけど……。


「……あの、下着が枕元に置いてあったんだけど?」


「う、知らないわよそんな事!」


 何故か顔を真っ赤にして布団を被ってしまった。


 何だかよくわからないが、純蓮は普段通りのツンデレさんで何よりである。


「……あ」


 あまり働かない頭で暫く今の状況を整理して、時計に目をやる。


「12時……」


 12時か、お昼を食べに食堂に行こうかな?……12時!?


 やばい、試合は10時開始の約束だった!すぐさま下着を履いて試合着に着替える。


「行ってらしゃーい」


 純蓮にいい加減な感じで見送られて、私は歯ブラシ片手に部屋を飛び出した。


 試合はボクシング部の部室、第五武道場で行う予定だった、部室までの道中歯磨きを終えて口を濯ぎながら部室に到着した。


「ごめんなさい!寝坊しまし……た?」


 部室には大勢の観客がリング上へ声援を送っていた。


 あまりの盛況っぷりに歯磨き粉を飲み込んでしまった。


「良いぞ新入生!そこだ!やれー!」


「英理ちゃん先輩頑張れー!」


 英理ちゃん先輩に新入り?脳裏に牙芽ちゃんの顔がよぎる。


「ちょっと通して下さい!」


 人混みを掻き分けてリングの前に辿り着く。


「え?……誰?あの子?」


 リング上には例のコスチュームの英理ちゃん先輩と、ジャージ姿の長身の女性が対峙していた。


「主役が揃ったみたいですね?それではコレで終わらせますよ?」


「そう?もう少し遊んであげたかったけど、次で決着ね?」


 あの口調、マジモードの英理ちゃん先輩と互角に打ち合っている?


 腰まで伸びるポニーテールを靡かせて、ジャージの子は思い切り右腕を振り被る。


 全力で放たれる右ストレート、大ぶり過ぎて英理ちゃん先輩が当たるとはとても思えないが……。


 私の予想通り、英理ちゃん先輩は完全に拳の軌道を読みきり、かなりの余裕を持って回避行動をとっていた。


「うっ!?」


 私を含めこの会場にいる誰もが、英理ちゃん先輩のカウンターが容易に決まると予想していただろう。


 しかし……。


 そのジャージっ子は、私の予想を軽く覆したのだ。


 かなりの速度で放たれた右ストレートの軌道は、物理の法則を完全に無視する形で有り得ない変化をした。


 慣性とか惰性とかを無視するその拳は、強引に軌道を変化させて真っ直ぐ英理ちゃん先輩の顔面へ向かって打ち込まれた。


「ぐっ……流石英理だな……ここでエルボーブロックとは……」


 英理ちゃん先輩は咄嗟にエルボーブロックでジャージっ子の攻撃を防いでいた、我が先輩ながら末恐ろしい子……。


「本当はその拳、砕いてあげようと思ったんだけどね?」


「はぁ?」


 思わず口から疑問符が飛び出る。


 あの速度で打ち込まれた拳、肘に突き刺さって砕けないはずは……。


「ギリギリですけどね?」


「あ、有り得ない……」


 思わず呟いてしまう程、非現実的な現象が起こっていたのだ。


 ジャージっ子の拳は英理ちゃん先輩の肘に突き刺さる直前で、その動きを完全に止めていたのだ。


 英理ちゃん先輩のエルボーブロックを予測していたならば、どんな達人であってもパンチの速度がある程度落ちるはずだが、この子の拳は100から0に瞬時に止まった。


 あの軌道の攻撃を防いだ英理ちゃん先輩も、あの速度のストレートを瞬時に止めるこの子も……。


「本当に人間?」


「ほらほら?そろそろ主役に代わりなよ?英理?」


 あまりに現実離れした出来事が起こり、誰もが反応に困り静まり返った会場に、リングサイドから衛原先輩の明るい声が響いた。


「衛原先輩……?」


 そうか、英理ちゃん先輩は遅刻した私の為に前哨戦をしてくれたのか……。


「英理ちゃん先輩!ありがとうございます!」


 汗ひとつかかないでリングから降りる英理ちゃん先輩に、取り敢えずお礼を言う。


「えぇ〜?どうしたのぉ?わたしはぁ、ナマイキ言っちゃう後輩ちゃんにぃ、お灸をすえてあげようと思っただけなのよぉ?」


「はぁ……」


 私は衛原先輩の方を見ると苦笑いで軽く頷いていた。


 なんだ……喜んで損した。


「さて!川田ちゃん!走ってきたみたいだから、準備運動は要らないね?」


 朱色の袴と純白の道着を着た衛原先輩、準備は万全のように見える。


「はい!宜しく御願います!衛原先輩!」


 英理ちゃん先輩とジャージの子がリングを降りた後、私と衛原先輩がリングに上がる。


「英理ちゃん先輩?さっきのジャージの子は誰ですか?」


「……さぁ、分からないわぁ」


英理ちゃん先輩はそれだけ言うと、リングサイドにパイプ椅子を置いて座った。みんな立ってるのに……可愛い!


「これより、女子ボクシング部部長川田さんと柔術部部長の衛原さんの他流試合を始めます!お互いに礼!」


 来た!ここで奇襲するのが永源流な筈?


「……」


 衛原先輩は特に警戒する事もなく礼をしていた……永源流には礼をする習慣は無いと随分前に明が言っていたのを思い出す。


 礼をする衛原先輩の様子を見ていると、衛原先輩は礼をする動作から勢いよく飛び跳ねた!


「やば……」


 気付いた時には衛原先輩の右足の踵が私の頭頂部に振り下ろされていた。


 衛原先輩は勢い良く礼をする動作をとり、前転宙返りの要領で一回転して踵落としを敢行したのだ。


「くっ!」


 咄嗟に頭を動かして避けるが、右肩に踵が打ち降ろされてしまった。


「うぐぐ……」


 右肩に激痛が走り、肩を抑えて蹲ってしまう。


「ダメだよー?川田ちゃん?永源流相手に油断したらさー、小川くんみたいになっちゃうかもよ?なんてね?」


 悪びれる様子も無い衛原先輩……。


「……分かりました!これからは一切の油断はありません」


 右肩の痛みが、衛原先輩への憎悪を増幅させる……この凶器の様な拳で全力で打ち込むことに、未だに躊躇してしまっていた自分を恥じる。


 でも、もうそんな考えは無い、逆にこの一流の格闘家を相手に何処まで通用するのか、どうやって衛原先輩を破壊できるのか?それだけが私の思考を支配していた。


「油断……ねぇ?それが本当なら、頼もしい限りだよ!」


 衛原先輩の声が背後から聞こえた瞬間、私の首に朱色の帯が巻き付いてきた。


「うぇっ!?」


 帯はきつく締まり、私の気道と頸動脈を同時に塞いだ。


「はぁ〜油断し過ぎだよ?」


 呆れ混じりの衛原先輩のため息が私に更なる怒りを呼び起こした。


 いや、違う、恐らくこれが永源流なのだ、相手を怒らせる挑発的な言動こそが永源流の根底なのだ。


 思えば明も小川先輩に対して挑発していた、だからこそ小川先輩は冷静さを失って余裕で勝てるはずの相手に思わぬ苦戦を強いられたのだ。


 私や小川先輩のような冷静さの欠けらも無い者は、永源流の術中に簡単にハマってしまうだろう……。


「んんー?やっぱり川田ちゃんは明よりも弱いね?胸も全然勝ってないよ?」


「うぐぐ」


 悔しさと怒りが最高潮に達するが、同時に私の目の前が暗転し全身が痺れるような感覚に襲われて意識が遠退いて行った。




「………………」




「…………」




「……」


「川田ちゃん!?川田ちゃん!!」


 英理ちゃん先輩の声と大勢の歓声が聞こえてくる。


「英理ちゃん……先輩?」


「川田ちゃん!」


 後頭部に柔らかい感触……英理ちゃん先輩の顔が目の前にある事から、恐らく膝枕の状態だと理解出来た……何となく緊張した。


「私……負けたんですよね?」


 分かりきった事を呟くように言った。


「……そうねぇ……完敗、だったわねぇ〜」


 衛原先輩はリング中央で観客の声援に応えている。


「英理ちゃん先輩……言い訳……しても良いですか?」


 意識がハッキリしてくると、ぶつけようの無い悔しさが込み上げてくる。


「……川田ちゃん、また泣いちゃってるわよ?」


 言い訳……そんなもの何も無い……全て衛原先輩の戦略なのだから……私を挑発した事、帯を使った絞め技も全ては永源流の技……。


 衛原先輩と対峙した時から、私は負けていたのだろう……。


「お?川田ちゃん、意識戻った?」


 衛原先輩がこちらへ歩いて来る、涙は見られたくなかったので着ていたTシャツで涙を拭いた。


「衛原先輩、完敗でした……流石です」


 やばい、また泣きそう……。


 こんな泣き虫が始めから勝てる相手ではなかった。


「いやいや、ギリギリだったよー実際、英理や川田ちゃんが予想してる通り、川田ちゃんのジャブ1発で私の防御力だったら、殆ど戦意喪失もののダメージなのは間違いなかったからね、川田ちゃんが戦いの体勢になる前に仕留めないと100%負けてたからさ」


 そう言った衛原先輩は一枚の写真を見せてくれた。


「これ……」


 私が部室の柱に渾身の右ストレートを打ち込んだ直後の写真だった。


「偶然通り掛かってね、偶然目撃しちゃったわけ」


「……そう、だったんですね……」


 色々な感情が湧いてくるが、1番多く湧いたのは安堵感だった。


 油断さえしなければ負けてなかった、結果は悔しいけど……衛原先輩程の1級品の実力者に100%負けてたと言わしめた事、コレだけで救われた様な気がした。


「あのね、川田ちゃん?少し喜んでる所水を差す様だけどね?」


 英理ちゃん先輩がリングの外を指さした。


「いやー、予想通り衛原さんが圧勝かぁ〜」


「やっぱり柔術部はつえーなー」


「私!柔術部に入部しようかなー?」


「ボクシング部雑魚乙」


 口々に勝手な事を行って退室していくギャラリー達……。


「それじゃ川田ちゃん!廃部しない様に頑張ってね!バイバイ!」


 衛原先輩は悪びれる事もなく部室を後にした。


「……英理ちゃん先輩……」


「……う〜ん、まだ時間もあるしぃ〜これから頑張ってね?川田ちゃん?」


「英理ちゃん先輩も頑張るんですよ?」


「う〜ん……」


 廃部期限まで、あと27日!!






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ