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柔術対策

予想外の結果に驚きを隠せない川田、しかし英理ちゃん先輩は全く別の事を思い描いていたのであった。

「はぁ〜〜〜」


 女子ボクシングの部室に着くなり、私は大きな溜め息を吐いた。


 明は軽い脳震盪と左肩と左肘の脱臼で全治1週間との事、小川先輩は右肘の骨折で全治4ヶ月、春の全国大会の欠場が決まった。


 萌高は普通の高校とは異なり、3年生も夏秋冬の大会にも出場するので、それまでの休憩期間だと口では言っていたけど、かなり複雑な顔だった……。


「滋くん、もしかしたら引退しちゃうかもねしれないわねぇ?」


 相変わらずハッキリとものを言うな……でも、いやいや、今はそんな事よりも目の前の問題を解決しなくてはいけない。


「はいここで質問タァ〜イムぅ!」


 まるで私の機先を制するかのように、英理ちゃん先輩がハンモック上から声をかけてきた。


「伝統派空手の滋くん、永源流柔術の遙ちゃん、さて、川田ちゃんにとってこの2人の大きな違いはなぁに?」


 本当にこの人は人の心が読めるんじゃないかと、今本気でそう思った。


「距離……ですかね?使用する技と言うよりも、戦う距離が全く違う」


「おぉ?川田ちゃん、流石ねぇ?正解よ〜」


「一見リーチも体格差もある小川先輩との対決の方が、私にとっては不利な様に思えますけど、実際に闘う事を想定すると衛原先輩の方が私にとってはやりにくい相手……ですかね?」


 因みに衛原先輩の身長は160cmリーチは170cm位で、明よりも一回り以上小さく、胸も84のCカップだ。


「そう、そこまで分かっているのならぁ、私から言う事は特に無さそうねぇ?」


 そう言って英理ちゃん先輩は、再び目を閉じて眠る体勢をとり始める。


 この幼児体型の先輩を愛でてやりたいが、今はまさに急を要する事態であって、こんな所で立ち止まっている暇は無い。


「英理ちゃん先輩!どうすれば衛原先輩に勝てますか!?」


 正直な所、同じ打撃系格闘技の小川先輩に対しても、自信を持って対策出来たとは到底思えないのに、ましてや全く毛色の違う格闘技を相手にどう対策を練れば良いのか、その足がかりすら掴めていない状態だった。


「……う〜ん、大丈夫だと思うわぁ〜、滋くんが相手の時はぁ〜、どうやってダメージを与えるのか?そこだけに全力を注ごうと思ってたけどぉ〜、遙ちゃんだったら当たれば勝てると思うしぃ〜」


「はぁ……」


 当たれば勝てる?この人本当に格闘家なの?


「当たれば勝てるなら。当てられるように特訓するんで、リングに上がって貰えますか?」


 ちょっとイラついてる雰囲気を敏感に感じとったのか、英理ちゃん先輩は渋々リングに上がった。


「川田ちゃん〜?一言言っておくとねぇ?遙ちゃんは柔術家であって、打撃に対しては空手家程の対応力は無いのよぉ〜?」


「でも英理ちゃん先輩?小川先輩は明……柔術部の副部長に危うく負けそうだったんですよ?」


 あの戦いを見せられて良くそんな事言えるな?と言う皮肉を込めて言ってやった。


 実際の問題として、アレで明の打撃への対応力が低いと言われたら、更に強い衛原先輩に対して、私の打撃なんて通用しないと言う事になる。


「う〜ん、前に言ったけどぉ〜川田ちゃんはもっと自分に自信を持った方が良いと思うの」


「自信を……ですか?」


 ストレッチもそこそこに、スパーリングを開始する。


 私の最速の左ジャブを難なく避ける英理ちゃん先輩、かすりもしない……フットワークはそこまで良いわけでも無いが何故か当たらない、コレを1年間やられたら自信も無くなるというもの……。


「本当に、私強くなってますか?」


「そうねぇ〜パワー、スピード、ボクサーとしてのテクニックは既に私を飛び越えちゃってるわよぉ?」


 そう言いながら、涼しい顔して私の本気のコンビネーションブローを避けまくる。


「いや、自信無くなりますよ……たまには当たって下さいよ?」


 つい愚痴みたいなモノがこぼれてしまった。


 泣き言を言っている暇がない事は百も千も承知と、頭では理解しているが、同レベルのスパーリングパートナーが欲しい。


「……わかったわぁ〜それじゃあ、昨日みたいに本気でストレートを打ってきてちょうだい?……すこしでも手を抜いたらぁ、痛い目見ることになるからねぇ?」


 昨日は軽く受け止められたけど、わざと当たってくれるのかな?


 私は、英理ちゃん先輩の考えが理解出来ないまま、言われるがまま渾身の右ストレートを放った。


 かなり大ぶりのラビットパンチ……先ず当たらない攻撃だった。


「えぇっ!?」


 英理ちゃん先輩は何処から取り出したのかは分からないが、五寸釘が刺さった厚めの木の板を構えていた。


 アレって、かなりヤバくない?


 拳の危機を感じながらも、今からパンチの軌道を変えることも出来ず、全力でもって五寸釘目掛けて拳を叩き付けてしまった。


「え?」


 拳に痛みは無かった……骨折位は覚悟して打ったのだが……。


「……流石ねぇ?」


 恐る恐る手元を見てみると、五寸釘は木の板に根元まで突き刺さっており、木の板には拳の跡がくっきりと残っていた。


「英理ちゃん先輩……これは……」


 あまりの出来事に言葉を失ってしまった。


「高速で打ち出された拳はねぇ?拳自体を鋼鉄の強度に変えるのよぉ〜?それとぉ〜」


 英理ちゃん先輩は、未だに事態が飲み込めずに放心している私の拳に軽く触れる。


「川田ちゃんの拳の硬さは天からの贈り物、川田ちゃんのパンチはねぇ〜、鉄球を高速で振り回すのと同じなのよぉ〜?」


「は……ハハっ、あの、えーっとぉ……少し、休憩しましょう?」


 此処は少し落ち着かなければダメだ、冷静に……落ち着け私!


「そうねぇ〜今日の練習は終わりにしましょ〜?今日中に頭の中を整理して来てねぇ〜?明日は最後の特訓する予定だから〜」


 そう言いながら英理ちゃん先輩は手をひらひらと振りながら、部室を出て行ってしまった。


 昨日英理ちゃん先輩が、エルボーブロックしようとして止めたのって……もしかして……。


 と言うか、英理ちゃん先輩があのままエルボーブロックしていたら、英理ちゃん先輩の肘はどうなっていたのだろう?


 いや、そんな事よりも……。


「……も、もう一度だけ……」


 辺りを見回すと、殴りがいのありそうな柱に目が行く。


「……ふふふ」


 私はニヤケ顔で先程と同じ様に、渾身の右ストレートを柱に向かって打ち込んだ。


 鈍重な音が室内に響く……。


 やはり拳に痛みは無く、拳は数cm程柱にめり込んでいた。


 「これって人を殴っても良いの?」


 少しの不安はあったが、自分自身がここまで強くなっていた事実に……ヤバい……顔のニヤニヤが治まらない……。


 私は昂り続ける何とも表現し難いこの気持ちを、どうにか落ち着かせるために、取り敢えず寮へ戻る事にした。


 この時間は誰も居ないだろうし、ベッドに横になれば多少は落ち着くかもしれない……。


「うははぁっ!あはははは〜あは〜」


 無意識のうちに歩行はスキップになり、傍から見たら不審者間違いなしと言える顔で帰宅した。


「ただいまぁ〜?」


「……」


 予想通り部屋には誰も居なかった。


 明は医務室に入院中、他の皆は部活だ。


「……」


 すぐさまベットに飛び乗り、布団を頭からかぶる。


「落ち着け、試合は明後日だ……試合前から浮かれてる場合じゃない!今日の明と小川先輩の試合を思い出せ、事はそんなに簡単なものでは無い筈……」


 私の拳が柔術に通じるのか?


 頭の中で明との試合を予想してみる。


 私の拳は空を切り、明の一本背負いをくらい転倒……そのままチョークスリーパー……あれ?


 勝てない?何度も脳内でシュミレーションしてみるが、衛原先輩所か明にすら勝つ場面が想像出来なかった。


「……」


 次第に落ち着きを取り戻す。


 いくら強靭な拳を持っていても、当てられなければ何の意味も無いのだ。


 いや、でも……本当に全てのパンチを避けられるのものなのか?英理ちゃん先輩とのスパーリングの所為で、パンチを当てる場面が上手く思い浮かばない。


 そんな考えを巡らせて行くうちに、自然と微睡み、気が付いたら熟睡してしまった。


 柔術部との他流試合まで、あと1日!

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