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前哨戦?

特訓初日を終えた川田、そんな川田を心配する上打、この後とんでもない出来事がァ!?

 -翌日-


 シャワーを浴びて身支度を済ませた私は、英理ちゃん先輩がいるかもしれない食堂へとやって来た。


 他のルームメイトは早朝練習がある様で、私が起きた時には既に誰も居なかった。


 明も既に居なかったが、置き手紙が枕元に置いてあった。


「昨晩は変な事言ってごめんなさい、私の愛する川田さん……かぁ、ははっ……」


 手紙はその場で破り捨てたけど、確かに昨日の明は普通じゃ無かった。


 昨日のことを思い出しながら食事をしていると、朝っぱらからブロッコリーまるまる一本乗ったピザを、ボリボリと食べる英理ちゃん先輩の姿が目に入った。


「英理ちゃん先輩?昨日は寮に帰ったんですか?それともここで寝てたとか?」


 英理ちゃん先輩ならありえない話ではない、と言うかこの人野菜好きでしょ?


「えぇ〜?流石にここでは寝てないわよぉ?部室で寝たわぁ」


「……はぁ、ちゃんと寮に帰らないと、ルームメイトの皆も心配しますよ?」


 英理ちゃん先輩も私と同様、数名のルームメイトと共に寮に住んでいる、そのメンツが錚々たるもので、序列上位のバーゲンセール状態なんだとか……。


「英理ちゃん先輩!本日も特訓、宜しくお願いしますよ?」


 昨日、明に指摘されたことは紛れも無い事実だけど、棄権なんてしたら部員をあと4人も増やすことなんてできない、例え負けても不様な試合だけはしてはならない……。


「あらあらぁ、今日も川田ちゃんはやる気十分ねぇ?それじゃあ第2空手部の道場に行きましょう?」


「はい!よろしこ……えぇ?第2空手部ですか?」


 何故かいきなり敵の本拠地へ赴こうと提案する天才ちゃん、天才ちゃん故に凡人の私には理解し難いことが多々ある。


「あの?何しに行くんですか?試合は明後日ですよね?」


 素直な気持ちを言葉にするが、英理ちゃん先輩は食後のデザートを貰いに行ってしまった。


 凝縮された森と言わしめる、あのブロッコリーは芯も残さず完食されてしまっていた。


 その後、英理ちゃん先輩の朝食はハバネロのはちみつ漬けを食べた所で終了した。


 時間は食堂が閉まるギリギリの8時45分だった。


「アレってホントに美味しいんですか?辛いのか甘いのか味が想像出来ないんですけど……」


「えぇ?そうねぇ、よく分からないわねぇ〜」


 よく分からない物を何故に毎日食べているのだろうか、疑問は深まるばかりだった。


「さぁ、着いたわよぉ?」


 そんなこんなで、第2空手部道場へとやって来た。萌高に無数にある部室の中でも、広さだけは一二を争う道場である。


 普段は数十名の部員による掛け声で騒がしいのだが、今日はいつもとは違った。


「なんか、凄い賑わってますけど、もしかして他流試合ですか?」


 道場内は色んな部の人達で賑わっている。


「そうねぇ、なんでも遙ちゃんの所の副部長さんが滋くんに挑むらしいのよぉ〜」


 遙ちゃんとは柔術部主将の衛原遙えはらはるか先輩の事である。


 英理ちゃん先輩をライバル視しているとか、実は恋仲とかよく分からない噂が絶えない、序列20位の永源流免許皆伝……。


「柔術部の副部長……って、えっ?」


 試合場は畳が敷かれており、場外との境界線には四角く赤い畳が敷かれている。


 その中央には……。


「明!?」


「……」


 藍色の袴と純白の道着に身を包んだ、戦闘態勢万端と言った所の明は私の声に一瞬反応した様に見えたが、直ぐに正面を向き直す。


 その向かいには……。


「ったく、明後日試合があるってのに、昨日は新入生で今日は柔術部の副部長、明後日は女子ボクシングの部長かよ……モテる男はつらいぜ?」


 小川滋先輩、明後日私と戦う予定の男……。


「英理ちゃん先輩、もし明……柔術部が勝ってしまったらどうなるんですか?」


「う〜ん、私の予想だとぉ、九割九分滋くんの勝ちだと思うけどぉ〜、もし副部長さんが勝ったらぁ、相手は遙ちゃんになるわぁ」


「はぁ……」


 何故、明ではなく衛原先輩が相手なのか、恐らく英理ちゃん先輩達が勝手に取り決めてしまったのだろうが……序列こそ小川先輩に及ばないけど、打撃系の小川先輩と寝技の衛原先輩ではタイプが違う……。


 そうなると特訓はやり直しかぁ、でも明には頑張って欲しい気持ちもあるし……。


「なんかぁ、今朝いきなり試合を申し込んだみたいなのよぉ、正直無謀……としか言えないわねぇ」


 この人は時よりざっくりと思った事を口にする。


「英理ちゃん先輩、明は多分今の私よりも数段強いと思いますけど?」


「……川田ちゃんはぁ、もう少し自分に自信を持っても良いと思うわねぇ?」


「はぁ……」


 明と私の実績を比較すればどちらが上かなんて火を見るより明らかだと思うんだけど……私も少しは腕を上げたって事なのかな?


「小川部長!こんな奴部長が相手するまでもないッスよ!!」


 小川先輩と明が試合を始めようと構えたその時だった。


「俺がやります!」


 小川先輩の前に出たのは今年入った、正しくは昨日入った新入生だった。


「俺の名は喜邑玄児きむらげんじ第2空手部次期部長を約束された男!!」


「いや、誰も約束してないからな?」


 すかさずツッコミを入れる小川先輩だったが、どうやら喜邑を止めるつもりは無いらしい。


「オラァ!くらいやがれ!!」


 喜邑は常人離れした瞬発力で1歩で明との距離を詰めそのままボディに目掛けて中段回し蹴りを放った。所謂ミドルキックのそれである。


 あの蹴りを見たたげでも彼の実力はかなりのものだと理解出来た。


「暑苦しく汚らしい゛男゛ですね?」


 それは一瞬の出来事であった。


 明は放たれた喜邑の蹴りを軽く避けると、同時に差し出された右足の裾を右手で掴み、更に左手で喜邑の顔を押さえ付ける。


 そのまま蹴りの威力を利用して喜邑を押し倒した。


「うぐふっ!」


 喜邑は後頭部で自身と明の全体重を叩き付けられて気絶してしまった。


畳なのは幸いだった、板の間だったら洒落にならなかったと思う……予想はしていたけど、明はやはり……。


「……強い……」


 思わず声に出してしまう。


「そうねぇ、さすがは副部長さんねぇ、遙ちゃんの愛弟子さんだけのことはあるわぁ〜」


 この緊張した場面にあっても、英理ちゃん先輩はいつも通りのほほんとした口調だった。


 この人はほんとに分からない、まるで今の結果が分かっていてなお、小川先輩にはかなわないと思っているのだろうか?


「ふぅ、準備運動は終わりました、小川先輩……いえ、小川滋!この場で引導を渡してあげます!かかって来なさい!」


 喜邑玄児くんは口から涎を垂らしながら部員に運ばれて行った。


 彼が弱いわけではなかった、ただ相手が悪過ぎたと思う。


「やれやれ、どうやらモテモテという訳ではなく、私怨による決闘という訳か」


「貴方に川田さんを傷つかせはしない、川田さんは私が守るわ!」


「……は?」


「あら?川田ちゃんモテモテじゃないのぉ?妬けるわねぇ?うふふ」


 いやいや、こんな公衆の面前で何言ってんのあの子?


「あ、明……?」


 声が上手く出せなかった。


 恥ずかしさや恥ずかしさ、恥ずかしさ等で顔が熱くなる。


「えー、これより、第2空手部部長小川滋と柔術部副部長上打明の他流試合を始めます!お互いに礼!」


 審判を担当するのは、第2空手部顧問の革立かわだて先生だ。


 お互いに礼、それは日本の古き良き文化、礼を重んじる古流武術から伝わる習わしであり美徳だ。


 ボクシングにも、試合開始直後互いの拳を合わせる文化があったりする。


 でも、永源流柔術にその様な習わしは存在しない。


「ぐっ!?」


 明のとった行動は、深々と礼をする小川先輩の左耳に平手打ちをする事から始まった。


 お互いに古流武術だと思い、礼をすると思い込んでいた小川先輩は単純な平手打ちをまともに貰ってしまった。


 左耳から少量の出血が確認できた。


 恐らく鼓膜が破られたのだろう、しかし明の攻撃は止まらない。


 萌高共通のルールとして、目突きと金的は禁じられている。


 明は小川先輩の太い首を手で押さえて、大外刈の要領で小川先輩の右足に自身の右足を引っ掛けた。


 小川先輩の巨体はいとも簡単にぐらついて、尻餅を着いてしまった。


 さらに明は目にも留まらぬスピードで小川先輩の背後を取った。


「ぐぅおっ!?」


「非礼は承知の上ですが、貴方を倒すならこれ位はしないと……」


 チョークスリーパー、裸絞……。


 相手の頸動脈を腕で直接圧迫し、締め上げる技である、柔道家や柔術家であれば常に気を配っている為、滅多な事では決まらない技だけど、打撃系格闘家には案外すんなり決まってしまう事がある。


「いや、油断したのは俺だ、気にするな……」


 苦しそうな表情の小川先輩だが、明を首に引っ掛けたまま立ち上がる。


「さ、さすが小川先輩ですね?常人ならとっくに落ちてますよ?」


 明も余裕の表情を崩さない。


「一応、衛原対策もやってるからな?」


 衛原対策……恐らく完璧に決まったように見える裸絞も数ミリ頸動脈から外されたのかも知れない。


「そらよ!!」


 小川先輩はそのまま思い切り後ろに倒れる。


「明!!」


 全体重……100kgが明に襲い掛かるが、明も直ぐに技を解いて脱出した。


 そのまま小川先輩は両手を着いてバク転する。


 大きな体に似合わず俊敏な動き、正直更に自信が喪失される。


 小川先輩と明の距離は少し遠くなり、小川先輩の射程距離となっていた。


 ここだ、私もこの距離で戦う事になる……明はどうするつもりなのだろうか?


「さて、振り出しに戻ったな?降参するなら今のうちだぞ?」


「まさか?ここ迄は私の予想通りですよ?」


 お互いに構えながら距離を測る。


 必殺の間合いとは言え、小川先輩も簡単には手を出せない、衛原先輩対策をしているという事は永源流柔術についても調べている筈だし、考え無しに手を出す迂闊さは理解しているに違いない。


「待つのは性分じゃねえからな、行かせてもらうぜ?」


 そう言うと、小川先輩は素早く距離を詰めて、右正拳突きを明の顔面に目掛けて打ち込んだ!!


「あ……!?」


「あらぁ〜」


 その大きな拳が明の顔に直撃する直前、明は瞬時に左肘を顔の前まで持って行った。


 エルボーブロック……英理ちゃん先輩との特訓の1つ、英理ちゃん先輩と同じ位正確で、もはや回避は不可能な距離とタイミングだった。


「うぅっ!?」


 明の肘が小川先輩の拳に触れるや否や、明の左腕はあらぬ方向へ弾き飛ばされてしまった。


 エルボーブロックが通用しなかった……?


 私は驚いている英理ちゃん先輩を見た。


「……流石は滋くんねぇ、あははは」


 英理ちゃん先輩は私の視線を避けるように笑った。


 鉄製の定規でデコピン喰らわせたい。


「肘ごと砕いてやろうと思ったが、ギリギリで受け流したか……」


「なんて硬い拳してるんですか?一撃で左肩と肘が同時に外されたのは、初めてですよ?」


 苦痛に表情を歪ませる明、だがまだ右腕だけで構えを取る。


 降参する気は毛頭ないのだろう……強いね明も……。


「そんじゃあ、右腕も使えなくして終わらせるか」


 再び正拳突きの構えを取る小川先輩、もはや一欠片の油断も無かった。


「……」


 道場内の空気が張り詰めて行くのがわかった。


 先程まで沸いていた観客も、この空気を感じてか静まり返る。


 ジリジリと距離を詰める二人、明の額には大粒の汗が流れていた。


「あんまり長引かせても辛いだけだしな、直ぐに終わらせてやるよ!?」


 小川先輩は先程の再現のように正確無比な右正拳突きを放った!


「うぅお?」


「うぐ!」


 正拳突きが放たれた刹那、明は一気に正拳突きとの距離を詰めて自分から当たりに行った。


 硬く大きな拳が明の右頬にめり込む。


「……はぁーはぁー」


 小川先輩の腕が伸び切るか切らないかの微妙な所で拳は止まった。


 

 ――そして――


 ボキッと嫌な音が道場内に響いた。


 拳を受け止めた直後、明は右腕だけで小川先輩の腕を抱え込み、小川先輩の肘の辺りを軸にして脇固めの体勢になり、肘を逆に曲げてへし折ってしまったのだ。


 その間およそ1秒……。


 正拳突きの威力を最小限に抑えられる距離とタイミング、そしてそのタイミングは空手家の防御がもっとも疎かになる……。


 明はその一瞬の好機を見出す為に、敢えて死地に踏み込み、決死の覚悟で攻撃を受け止めた。


 最大の勝因はその勇気と言えるだろう。


「……遙ちゃん、私と同じ事教えてたんだぁ〜」


 英理ちゃん先輩がボソッと呟いた。


 英理ちゃん先輩は私にアレをやらせようとしていたのだろうか?私の事散々不器用とか言っておいて……。


「あの、私にはアレは難しいと思いますよ?」


 英理ちゃん先輩の耳元で囁いた。


 フワッとした女の子の良い香りが鼻腔をくすぐる。朝シャンは欠かしていないらしい。


「うーん、川田ちゃんにはぁ、滋くんの拳が伸び切った瞬間……あの子が顔で受けたタイミングねぇ、あそこで滋くんの肘にカウンターのフックでぇ、肘をポキッとぉ〜決めてもらおうかなぁ〜って思ってたんだけどねぇ?」


 う〜ん……どの道、明後日までにそれが出来たかは甚だ疑問ではある。


「おぉっつ!!」


 場内に再び歓声が沸く、試合は決した……?


「ぐおぉぉ!!」


 苦痛にうち震える小川先輩の足元に明は倒れていた。


「勝負あり!勝者小川滋!!」


「え?」


 私の予想を覆す結末に驚きを隠せなかった。


 どうやら勝負は先程の正拳突きで決していたらしい、明の意識は脳震盪によってあの瞬間飛んでしまっていた。


 その後の攻撃は無意識下、体だけが動きを覚えていた為に行われた、それは明の勝利への執念だったのかも知れない。


「全く……アンタの川田ちゃんへの思いには呆れるのを通り越して尊敬すら覚えるよ……」


 そう言いながら試合場に現れたのは、柔術部主将の衛原遙先輩だった。


「女子ボクシング部長、川田!規定により明後日の他流試合は柔術部が引き継いだよ?」


 他流試合を予定していた部員が別件の他流試合により負傷して、戦闘不能となった場合、その他流試合の相手の部から代役を立てなければならいと言う規定。


「ほらぁ、川田ちゃんお返事してあげてねぇ〜?」


 様々な部の部長クラスが注目する中、私は英理ちゃん先輩に促されて試合場へと出てきた。


「衛原先輩!宜しくお願いします!!」


「「「「「うぉぉおぉぉーー」」」」」


 その後、小川先輩は不服そうな表情で医務室へと歩いて行ってしまった。


 序列では小川先輩より下の衛原先輩、だけど……先程の試合、もし私だったらあそこまでやれただろうか?


 空手対策は立てられても、柔術対策なんて立てられるのだろうか?


 第2空手部と柔術部の他流試合は、大盛り上がりで幕を閉じた。


 新たな対戦相手、他流試合まであと2日!!

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