オータムじいじのよろず店~帝都で人気のお店です~【魔石詰め放題編】
思いつきと勢いのままに書いてしまいました。
読んで下さった方々が、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
スールピナ帝国の帝都の商業区の外れ。
もう少し進めば、いわゆるスラムとよばれる地区に片足を突っ込んでしまうような、そんな場所にその店はあった。
いつからそこにあったのか――気づけばその店はそこにあり、
いつから人気があったのか――気づけばその店は話題になっていた。
名前を『オータムじいじのよろず店』。
人が良さそうな、温厚そうな――そんなお髭豊かなおじいさんの描かれた看板を掲げたそのお店は、よろず店の名の通り、生活必需品から、包丁などの調理器具、ダンジョンを潜ることを生業とする探索者向けの探索必需品に、武器や防具、薬に、果物や野菜、食肉など、ほんとうに何でも取り扱っている店だ。
だがそれらの品揃え以上に、定期的に変わったことをすることで有名だった。
そして、私はその変わったことをする日のこの店に用がある。
申し遅れた。
私の名前は、ベルベット=ブックライ。
魔導師であり、魔導学の研究者としてもそれなりに名前が知られている。
今回、私がこのよろず店に来たのは、実験用の魔石を安く多めに仕入れる為だ。
今日は近代魔導学の祖とも言われる偉大なるワイルザームが、近代魔導学の始まりとも呼べる情報を公表した日とされている。
その為、ワイルザームの日と名付けられた今日に、魔導関連のお店などが特売日をしていることが多い。
このよろず店でも例外ではなく、特売はやっている。
だが、この店においては、それ以上の目玉イベントが存在していた。
私の目的は、そのイベントだ。
その名も、『中級魔石の詰め放題』。
特殊な形状の容器に、思うまま魔石を詰め込み、その詰め込んだ魔石をすべて持って帰れるというイベントだ。
まぁこの店においては、ワイルザームの日に限った年一……とかではなく、ふつうに月一ペースでやってるイベントだが、それはさておく。
一人一回しか挑戦できず、挑戦料は8800ドゥースとやや高めだ。
だが、用意されている魔石はどれも一つあたり約750ドゥースほど。
そんな魔石が十三個ほどは確実に手に入ると考えるとお得である。
もちろん、やるからには限界を超えた量を狙っていきたいところだ。
その為にも、数日前から研究を控え、大量の魔石を手に入れる為の戦略を練ってきている。
それを踏まえつつ、研究に必要な闇属性のものと空属性のものを多めに手に入れたいところだ。
可能ならば、入手の難しい月の魔石や光の魔石もな。
カラン、カラン――
入り口のドアをあけると、ドアにつけられている鐘が鳴る。
その音に合わせて、この店の制服に身を包んだ人魚の女性がこちらを見た。
「いらっしゃいませ」
人魚は身体の各所に僅かな鱗があり、魚を思わせるヒレが背にあることが特徴的な亜人だ。
何より特有の青い肌に嫌悪感を催す差別者が多いと聞くが、笑顔で挨拶をしてくる彼女の青肌は非常に美しいと私は思う。
「今日は詰め放題はやっているかな?」
「はい。やっておりますよ」
会場へご案内しますね――と、彼女は笑って私を先導しはじめた。
空属性の何らかの魔導技術が使われているのか、店内はあきらかに外見以上の広さがある。
それがどういう技術で、どのような技法によるモノなのか、非常に興味があるのだけれど、簡単に理解できたり、教えてもらえたりするものでもないだろう。
人魚用の制服の背面から飛び出しているヒレが、目の前で揺れる。
それを追いかけるように、私はそこへと案内された。
「今日は、森林エリアなのだな」
「はい。店長に、いい加減ふつうの部屋でやったらどうかと提案したのですが、『ふつうじゃ面白くない』と返されてしまいまして」
「私もふつうの部屋でやって欲しいが、まぁお得なのは間違いないので、文句はないよ」
「前回の溶岩エリアは、案内の私がシンドすぎたので、二度とゴメンですと訴えたところ、今後はやらないと約束していただけました」
「あれは客的にもつらかったので、とてもありがたいな」
ふつうに暑かったからな。それだけで辛かったし、集中力も殺がれたし、水の魔石の様子もちょっとおかしくなっていたからな。
何より、水辺に近い場所を好む魚人の彼女からすると、溶岩の流れる熱い場所は地獄だったことだろう。
この店には、そんな風に自然あふれる様々なエリアが存在しており、それらが度々イベントスペースとして使用されている。
恐らくこの店の店主は空属性の魔導師なのであろう。
空間収納術をはじめとした、空間を歪ませたり、空間をどこかへと繋げたりというのは、空属性の特徴だからな。
それら自然エリアの本来の使い方は、特定環境下でしか保管できない特殊なアイテムの保管の為であるという。
だが、そのまま特殊アイテム保管庫にするだけというのはもったいないというのが、店主の意向なのだそうだ。
「すでに何人かやっているな」
森林エリアの開けたスペースに、専用の棚がいくつか設置されている。
「はい。ワイルザームの日にちなんだ毎月10日の恒例イベントですので、皆様、待ちかまえていたように来店されるんです」
「その気持ちはよく分かるな」
まさに、私がそうなのだから。
「では、私も挑戦するとしよう」
「ご健闘お祈りします」
店員に見送られて、私は魔石の棚へと歩いていく。
だが、まずは魔石の棚の手前のテーブルだ。
そこに、このイベント用の特殊な容器が置いてある。
材質は分からないが、金色の容器だ。
四角錐を逆さまにしたものに、輪っか状のスタンドがついたもの。
詰め放題の魔石は、この容器に入れていかねばならないのだ。
そしてもう一つ。
容器と同じような材質で、先端に弾力のある不思議な素材のつけられたトング。
この二つこそが、このイベントにおける最重要アイテムだ。
何せこの二つを駆使しなければならないのだから。
魔石は容器の外に落としてはならず、落とした時点で挑戦終了だ。
また、トング以外を使って魔石に触ってはならない。触った時点で挑戦終了だ。
さらに、魔石は割ってはならない。割った時点で終了となる。
それが大前提の三大ルール。
その三大ルールの中に、容器の外へはみ出してはならないというルールが存在していないのが、このイベントのキモとなる。
つまり、容器の外へと落ちたりしなければ、どれだけ積み上げてもよいのだ。どれだけ上手に積み上げられるかこそが、このイベントの醍醐味でもある。
だが、積み上げるだけではダメなのだ。
会計台まで、積み上げた魔石を運ばねばならない。
積み上げるだけ積み上げても、動けないでは意味がないのだ。
積み上げた魔石をトングで押さえることは禁止されているので、トングで触れずとも安定して自立する積み上げ方というのが求められる。
なんとも探求心くすぐるイベントである。
ともあれ、私はトングと容器を手に、魔石の棚へと向かっていく。
すると、顔見知りの魔導師、ディーゼル=トロイアが声を掛けてきた。
私と違い、研究よりも探索をメインにしている人物ではあるが、不思議とウマがあい、時間が合うときなどは一緒に酒を飲んだりしている仲だ。
「ベルベットか。久しいな」
「確かにな。こっちは数ヶ月研究漬けであったし、そちらもずいぶんと長くダンジョンに潜っていたようだしな」
「ああ。だが、積もる話は後にさせてもらおう。
今日こそは、30000ドゥースの壁を越えるつもりでね」
ディーゼルは自信満々に笑い、意識を私から魔石へと移した。
「30000ドゥースの壁、か」
このイベントの会計は後払いだ。
そして、会計の際に通常会計で購入した場合はどれだけの金額になったのかを教えてくれる。
レコードホルダーである人物の最高記録は、30010ドゥース。
これを越える金額を出したものはいない。何よりそのレコードホルダー自身も、その記録を出した一度きりで、以降は30000ドゥースを越えられていないという。
かく言う私も、24800ドゥースが自己ベストだ。
「私は無理せずに自己ベスト更新を狙うとしよう」
だが、やるからには全力だ。
ディーゼルのいる手前、無様は晒せない。私の本気を見せるとしよう。
私はトングをカチカチと鳴らしながら独りごちると、まずは土の魔石に狙いをつける。
土の魔石は、基本的に三角錐ないし四角錐の形をしている茶色い石だ。
多少の歪みやサイズの差はあれど、ほとんどがそういう形なので、まずはこれを容器の底へ入れる。
次に目に付いたのは水の魔石だ。
藍色をしたこの石の基本形は涙滴型。入れるのであれば、容器の中だ。外へはみ出すような状況では、まず入れる方法がないからな。
だが、今回はパスだ。
自己ベストを目指す上で、これを使うのはあまりにも悪手。
「ならば、次は火か」
赤い立方体型の魔石を見やる。
形やサイズに差はあれど、基本的に立方体の赤い魔石は敷き詰めやすい。
ある程度火の魔石を敷き詰めたら、次の魔石へと手を伸ばす。
そう……私が次に手にしたのは、どのような状況でも活躍してくれる板状の魔石――風の魔石先生だ。
形やサイズはバラバラであるものの、だいたい子供の小指ほどの厚さの板なので、使い勝手が良いのである。
壁にしても良し、柱にしても良しの万能魔石。
思わず先生呼びしてしまうほどに、八面六臂の活躍をしてくれる素敵なやつだ。
わざと隙間を残した火の魔石の隙間に、先生を衝立のように立てて入れていく。
次に狙うは、空の魔石だ。
空の魔石に基本的な形は存在しない。ただ、すべてが空色である。
この魔石は、スライムが石化したのではないかと思うような、不定形という言葉が似合う形状のものが多い。
その中から、とりわけ板状に近いものを選んで、風の魔石の隙間へと入れていく。
こうして、下地を作りつつ、タワー型か、噴水型に発展させて積み上げていくのが、今回の私の戦略だ。
さて、次はどうするか――そんなことを思いながら、ふと私はディーゼルの方へと視線を向けた。
すると――
「おお」
思わず、感嘆が漏れた。
奴の魔石はすでに器から溢れている。
だが、それを奇跡的とも言えるバランスで、落ちない形を成立させているのだ。
ベースは噴水型だろうか。
中心軸となるように火の魔石を使い、お互いがお互いを押さえあう用に扇状に広がる形状で風の魔石先生を設置していく。
面白いのはその先だ。
花か木を思わせるように広がったそこへ、三日月型をした黄色い魔石――月の魔石を引っかけていっているのだ。
月の魔石だけでなく、それに近い形状の空の魔石もだ。
それはまるで、巨大な木に実る奇跡の木の実。まるで一種の芸術だッ!
ディーゼルのやつは、ここで器に世界樹でも作りだそうというのではないだろうかッ!?
「ううむ……」
思わず唸りながら、私は自分の器を見る。
いや――ここからディーゼルの真似をするのは、難しい。
あれは噴水型を大前提としたその応用。
どっちつかずのまま下地を作ってしまった私がやれば、バランスはとれないだろう。
「ここは素直にタワーにするしかないな」
あれを見てしまうと、欲が出る。
奴に対抗してしまいたくなってしまう。
ならばこちらは、ここからでも発展させやすいタワー型をベースとして、伝説のダンジョンが一つである、かの塔――遙かなる摩天楼をここに建てるみせるしかないだろうッ!
場を慣らす用に、小さい火の魔石を選んで隙間を埋めていく。
光の魔石はふつうに欲しかったのだが、タワーの為にここは諦めるとしよう。
あの白い魔石は、ウニやイガグリを思わせる形状故に、なかなか扱いが難しい。
続いて黒い魔石――闇の魔石だが、これも小さな球体なのでパスとしよう。
なので、ほかの魔石を使うことにする。
まずは器に余力があるうちに、器の縁に月と空の魔石を引っかけていく。
土の魔石を互い違いに敷き詰めていき、器からはみ出したところで、風の魔石をその上と、月と空の魔石の上に乗るように敷く。
これで器よりも大きい面積の安定した土台の完成だ。
「あ……!」
うまく土台ができてニヤリとしていると、ディーゼルが小さな悲鳴を上げていた。
どうやら、引っかけていた空の魔石の一つが落ちてしまったようだ。
「残念でしたね。魔石はこちらの入れ物へどうぞ」
芸術的大樹となっていた魔石の山は、店員が用意した大きなカゴの中へとザバザバと移されて、会計台へと運ばれる。
その会計台にある秤の上に載せられると、本来の値段が表示されるシステムだ。
「こちら、28910ドゥース分ですね。
では、チャレンジ料の8800ドゥースを頂きます」
「冷静になってみると、これだけの魔石を9000ほどで買えるのだから、ガッカリする必要はないのだよな」
ディーゼルが自分に言い聞かせるように独りごちながら、会計をしている。
30000までもう少しだったようだな。惜しいことだ。
「さて、他人を気にしている場合ではないな」
私も続きをしなければ――
ややして、私のチャレンジも終了する。
そもそもからして、私はバランス感覚がないので、器を水平に保つのが難しいのだと気がついた。
噴水型のような互いを支え合って石が固定されていた方が良かったかもしれないな。
だが、器を水平に保つのが難しかったのは、重量がかなりのモノになっていたというのもある。
筋力の問題もあるからな。
特殊な採取の仕方が必要とはいえ、魔石とて鉱石などの一種だ。ひとつひとつの重量も石なりにある。
それが一つの器の中に盛られれば、相応の重量になるというわけだ。
うーむ、これは新しい課題となったな。
真面目に記録を狙おうとすると、自分の筋力やバランス感覚のなさ、魔石の重量などへの対策も必要になってくる。
「本日の挑戦、26180ドゥース分となりますね。
チャレンジ料、8800ドゥースとなります」
「ああ」
だがまぁ、難しいことはさておき、今日は自己ベストを更新できたので由としようか。
そうして私は満足して帰路につく。
いささか、魔石の入った袋が重いが、この重みは充足の重みと言えるだろう。
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自宅へと戻り、魔石の保管庫へと足を運ぶ。
その時、私は気がついた――
「うおおおおおおおおおッ!?
一番の目的だった闇の魔石を一つも買ってこなかったッ!!」
思わず頭を抱えて叫び声をあげる私。
「しかもッ! 火と風と土は、もう置き場所がないほどあるッ!?」
毎度毎度挑戦する度に、風の魔石先生と火の魔石さんに活躍してもらってるせいもあるんだよな、これ……。
「――っていうか、レア系魔石である光も安く手に入れるチャンスだったのに一つも入れなかったッ!!」
記録に満足しすぎて、必要なモノを買えてないとかアホか私ッ!
「うわあああああああんッ! 次回はッ、次回こそはッ、量より質を目指すぞ私ぃぃぃぃぃぃぃッ!」
前回の時も同じことを保管庫の中で叫んだ気がするけれど、気にしない。
――気にしたくもないッ!!
天を仰いで叫ぶ私の脳裏に浮かぶのは、看板で笑っているオータムじいじの顔である。
ふつうに見れば温厚な好々爺のような笑みながら、今の私にとっては腹黒ジジイのニヤケ顔にしか思えなかった。
気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、嫁さんと某おばさんのクッキーを詰めに行った時に思いついた話です。
調べてみるとこの詰め放題――中々に奥深い沼のようです。
何はともあれ、また何か異世界のお店でのイベントを思いつきましたら、オータムじいじのよろず店にて開催したいと思いますので、その際はよろしくして頂けたらと思います。
ここまで読んで下さった方々に、最大級の感謝を。では。