7 トクベイの便り、それからクサンチッペの便りも届きました
ヴァン・トゥルクの元にトクベイからの便りが届きました。二日後クサンチッペからの便りも届きました、
ヴァン・トゥルクは、トクベイからのいつもよりは厚い便りを受け取った。
おのれが今、仕えている草原の部族、突厥の汗キプタヌイの娘クサンチッペを、チャン・ターイー殿に紹介したい、ということ。クサンチッペは、十八歳で、チャン・ターイーの女性に関する有名な信条の、その条件に合致する娘であること。そして、以前よりチャン・ターイーに憧れており、その妻となりたい、と希望していること。
そして、トクベイが、クサンチッペ、さらには、その同母兄チャガタイ、異母弟オゴタイ、チャガタイの妻、マンドハイとともに、都を訪れることが書かれていた。
さらには、この便りが届く頃には、一行五人は、既に草原を出発しているので、返信はブルクシャフト(その地は都ホアキンから概ね二週間の旅程を要する場所であった)、の北都館にトクベイ気付で届けておいてほしいこと。都到着後の一行の宿の手配、また今回は長く滞在するつもりなので、クサンチッペ様のチャン・ターイー殿への紹介だけでなく、貴公が会うべきと判断する人物と、今回の一行との面談を取り計らってほしいことが書かれていた。 追伸には、キプタヌイ汗から託された、イワン殿下の九宝玉のひとり、テオドラ殿へのファンレターのことも記されていた。
これはこれは、随分と面白い便りが届いたな、
ヴァン・トゥルクは思った。
クサンチッペという草原の娘をチャン・ターイーに紹介するということ、そして、草原に行ったきりで一向に戻ってこないトクベイと四年ぶりに再会するということだけではない。
これまでのトクベイの便りの中で頻繁に登場し、ヴァン・トゥルクが、その人物に興味を持っていたチャガタイ、オゴタイの兄弟がやってくる、ということも楽しみだった。
そのチャガタイの十一歳年上の妻マンドハイも、トクベイのこれまでの便りで記されていたことがあった。
特に美しいというわけではないが、チャガタイ様のお世話をしている姿が実によい。妻にするならこういう女性がよい、そう思わせる、と書かれていたことを思い出した。
またその女性が、チャガタイの母が亡くなったあと、チャガタイ、クサンチッペの兄妹の日常の世話をした女性であり、草原の他の部族の若者に嫁ぎ、ふたりの子を成したあと、夫がこの世を去った未亡人であり、嫁ぎ先の柔然という部族が居住する場所まで迎えに来たチャガタイの懇願によりその妻となったということも、ヴァン・トゥルクには既知のことだった。
十一歳年上の未亡人か。
チャガタイという人物、イワン殿下とこの面では同類のようだ。いや彼にとっては、その未亡人が、ただひとりの女性であり、子供もふたりいる、ということになれば、ある種、殿下を超えている。
殿下は、執事のガーランドに、未亡人に対する依頼を行った際、子どものあるなしには、特に言及はなかったそうだが、ガーランドの配慮により、九宝玉で子のある女性はいない(幼少時に亡くした、という女性はふたりいた)。
美女、若い、子供がいない、この条件を満たす未亡人を一年間で九人探しだしたガーランドの手腕と情報収集能力は凄いということになる。
トクベイの便りにあった依頼、宿の手配については、長期滞在するというのであれば、思い付く場所はひとつしかない。
滞在中、一行五人は、その館の住人にもみくちゃにされるであろう。
トクベイのこの便りには「親展」の文字はなかった。
これは他者への披露可を意味するので、ヴァン・トゥルクは、直ちに、隣の官舎で暮らしているチャン・ターイーに見せに行った。
チャン・ターイーの官舎の居間で、執事のロイとのいつも通りの、出されたコーヒーの銘柄について述べ、いつも通りに外したあと、ヴァン・トゥルクは、
「今日、届いたトクベイからの便りだ」
とのみ言って、チャン・ターイーに渡した。
クサンチッペという娘のことは、チャガタイ、オゴタイ同様、トクベイのこれまでの便りにもしばしば登場していた。
今回の便りにも繰り返されていたが、努力家タイプではないが、明晰な頭脳を持ち、騎乗能力、剣技に勝れ、今年、女騎士百人隊の隊長となり、統率力にも勝れた生気溢れる娘である。
これが、トクベイが描くクサンチッペという娘の人間像である。が、ヴァン・トゥルクは、その容姿に対する言及がないことには以前から気付いていた。
母親は、草原一の美女と名高い女性だったそうだが、あまり、美しいと言える娘ではないのかな、ヴァン・トゥルクはそう感じていた。
チャン・ターイーは、便りを読み終わった。
「どうだ、チャン・ターイー。このクサンチッペという娘に会ってみるか」
「会う」
チャン・ターイーは、ただそれだけを答えた。心なしか顔が赤くなったような気がした。
チャン・ターイーは、クサンチッペの容姿については、何も言わず、何も訊かなかった。
ヴァン・トゥルクの気付いていることに気付かなかったのか、気付いていても訊かなかったのかは、ヴァン・トゥルクには分からなかった。
おそらく後者であろう。
ヴァン・トゥルクはそう思った。
二日後、ヴァン・トゥルクは、また便りを受け取った。クサンチッペからヴァン・トゥルク宛に初めて届いた便りだった。「親展」となっていた。
そこには、今回の件に関してのヴァン・トゥルクの労に対する感謝の言葉が述べられていた。
そして、チャン・ターイーをずっと思い続けていたという、その気持ちが記されていた。
さらには、自分は美人ではないので、チャン・ターイー様に気に入っていただけるかどうか、自信がない、とも綴られていた。
この便りは、ヴァン・トゥルクの心を蕩けさせた。
何とも素直で愛らしい娘ではないか、ヴァン・トゥルクはそう思った。トクベイが魅力的な娘だ、と評していたのもよく分かった。
便りの文章も見事である、とヴァン・トゥルクは思った。その内容であるにも関わらず情緒過多でも感傷的でもなく、それでいて気持ちがよく伝わってくる。
こんな便りを貰ってしまっては。
ヴァン・トゥルクは思った。
この話、この参政官見習ヴァン・トゥルクが必ず成就させましょう、クサンチッペ様。
先ずはイワン殿下に、報告と相談だな。
ヴァン・トゥルクは、九宝館に向かった。