表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/11

4  少年チャガタイは、黙って生きると決めました

英雄的資質を持って生まれたチャガタイ。だが彼が生まれた時代は、英雄的に生きることが不可能な時代であった。

 トクベイは、オゴタイのみの教師というわけではない。オゴタイの異母兄チャガタイ、異母姉クサンチッペの教師でもあるし、突厥で、優秀と見なされている若者たちの教師でもある。

が、チャガタイは、滅多に、その講義には出席しない。興味を惹く講義のときのみ出席する。


 トクベイが、現代という時代の歴史における位置付けと、この時代において如何に生きるか、の講義を行った際は、チャガタイは、珍しく出席していた。

 それは、チャガタイが、二十年になろうとするそれまでの人生で、行きついていた心境を、はっきりとした言葉で説かれた講義。

チャガタイは、そのように感じた。


 チャガタイもまた歴史が好きであった。

ホアキンが、草原以外の世界を統一するに至る歴史。トクベイが説くところの闘争の時代、そして英雄の時代。

その時代の歴史に、少年チャガタイは、どれだけ心を奮わせたことだろう。

自分は英雄という存在に憧れている。チャガタイには、そのことがはっきりと分かった。そして、自分はそうなるに足る充分な資質にも恵まれている、と感じていた。

 ホアキンは、世界を統一した。しかし、この草原は、多くの部族が、雑多に暮らしている。今の時代であっても、草原統一という英雄的事業を行うことは可能なのではないか。少年チャガタイは、そう思った。


 少年チャガタイは、ある日、父、キプタヌイにその気持ちを訴えたことがある。父上は、草原を統一しようと思ったことはなかったのか、と。


「草原統一か。まあ、お前なら、そういうことを考えるだろうな。俺も少年時代、いや青年と呼ばれる年齢になっても考えていたな。草原統一だけではない。統一された草原の、その騎士たちを率いて、帝国と干戈を交え、帝国を征服することまで夢想したこともあるぞ」

「帝国の征服、そのようなことまで考えておられたのですか」

「ああ、想像は自由だからな」

「では何故」

「それをしなかったのか、というのか。愚問だな」

「・・・」

「今のこの時代をみてみろ。どこに戦いを始める大義があるというのだ。人と人が、その命をかけて戦わなければならない、どういう理由があるのだ。

今の時代であっても、金持ちはいるし、貧しいと形容できなくはない人々もいる。だが今の時代にあっては、絶対的な貧困は存在しない。何の能力もない人も、飢えることはない。生活を営む最低限の保証は手厚くなされているからな」

「・・・」

「身分の違いというものは確かにある。生まれながらにそれが決まっているのだから、そのことを理不尽に感じるものもいるだろう。だが庶民と呼ばれる大多数のものは、こう思っているぞ。王族、貴族、聖職者、騎士階級、世の中で特権階級と呼ばれている人々は、たしかにいい暮らしはしているのだろう。だけどその身分に伴って色々な義務や厄介事も多そうだ。庶民のほうが、余程気楽でいいとな」

「・・・」

「草原も同じだ。帝国と生活様式が違うというだけだ。草原で生産するものの余剰部分は帝国へ売られ、その対価として、帝国の豊かさは、この草原もはっきりと享受している。そのような販路、そして、社会的仕組みが出来あがっているしな。たしかに草原は統一されてはいない。だがそれは統一される必要がないからだ。草原の生活様式は、大国家を必要とはしない。また、この草原において、部族による差別も存在しない。どこかの部族が自然的災禍を受ければ、直ちに災禍を受けていない部族が援助する。そういう社会的仕組みもまた出来あがっているしな。」

「・・・」

「なあチャガタイよ。今のこの時代で、草原を統一し、帝国を征服する。そういう声をあげて、一体誰が付いてくる。想像してみろチャガタイ」

想像してみた。

そのようなことを声高に唱える人物は・・・

笑い者だ。あるいは、現実認識能力のない者の誇大妄想。

「想像したな。チャガタイ。そういうことだ」

「・・・分かりました」

チャガタイは、その場を辞した。

「チャガタイ」

父が呼び止めた。チャガタイは振り返った。

「なあ、チャガタイ。人は、その資質通りに生きられるわけではない。チャガタイ、お前はこの時代に生まれてきたのだ。そのことを嘆くな。嘆きながら生きるのは、お前に生命を与えたこの世界に対して失礼なことだと思うぞ」

チャガタイは頷いた。

どうやって生きるか。これからゆっくり考えてみよう。

いや、考える必要もないのかもしれない。

だがもう嘆くことはしない。俺はこの時代を黙って生きていこう。

この時、チャガタイは十四歳だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ