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3 トクベイはオゴタイに、現代の歴史的位置付けと、如何に生きるかを語りました

教師トクベイが、生徒オゴタイに行った講義です。この、普通の人びとの物語が描く時代。

その時代の基本的思潮ということになります。

 ホアキンに行ける。都をこの目で観ることができる。

 草原の部族、突厥の汗、キプタヌイと、その正妻コズマの息子、十四歳のオゴタイの胸は躍っていた。

 オゴタイは、幼い頃から本好きであり、十歳の時からは、帝国出身のトクベイが、彼の教師となった。

 

 博覧強記のトクベイ。その知識をオゴタイは吸収していった。

 トクベイは、帝国の都、都の名も国名と同じホアキンであるわけだが、都の出身ではなく、都の西南、オヅで育った。が、オヅ中学を正規の年限より一年短い四年で修了。第一高等学校に入学。三年後、ホアキン帝国大学に進学し、大学在学中に、オヅ時代からの親友で、トクベイと同じ進路をたどったヴァン・トゥルクとともに受験した高等官任用試験で、不合格となったことを切っ掛けに草原にやって来たのであった。

 帝国以外の世界も見ておこうという気持ちで草原に赴き、一年程度で、帝国に戻り、大学に復学するつもりだったトクベイだが、結局、そのまま草原に居座ってしまった。

 その理由のひとつに、オゴタイの、生徒としての優秀さがあった。

 トクベイは、オゴタイにそれまでに自分が得ていたものを教え、育てたい。そのように思ったのであった。


 トクベイは、世界史において、現代は、歴史的にみてどう位置付けるべきかを語った。

「文字が生まれ、記述される歴史が始まってから、この世界において、様々な国家の興亡がありました。そして、その歴史の中に様々な宗教、思想・哲学、芸術が生まれました。」

「・・・」

「三百年前に、この草原を除く全世界が、ホアキンを都として、国名もそのままホアキンと称する帝国によって統一されました。この統一は世界史において、どういう意味を持つのか」

「・・・」

「闘争の時代の終わりです。それは、国家同士の戦争の終わりを意味するわけですが、それだけではありません」

「・・・」

「闘争の時代において、様々な宗教、思想・哲学、芸術が生まれました。歴史が開始された古代から、ホアキンの統一にいたるまで、その時代、時代により最も勢力を持った国家、宗教、思想・哲学、芸術思潮も様々に移り変わっていきました。ある特定の宗教、思想によって国民を治めようとした実験的な国家も、世界史の中で数多く誕生しました」

「・・・」

「国家興亡の闘争の時代は、宗教、思想・哲学、芸術思潮においてもまた、闘争の時代だったのです」

「・・・」

「人類が創造した様々のそれら。人類にとって、最も理想的な宗教、思想・哲学、芸術は何か。それを追い求める闘争の時代でもあったのです」

「・・・」

「オゴタイ様、あなたならもうお分かりでしょう。人類が創造した代表的なそれら。大宗教、大思想、大芸術。それらは、いつ生まれたものか」

「はい、おっしゃられていること、分かります」

「そう、全て、ホアキンが世界を統一する、それ以前に生まれたものです。むろん、それ以降の時代においても、目新しい宗教、思想・哲学、芸術思潮は、生まれました。だがそれらは、いずれも、それまでに既に生まれていたもののバリエーション、応用に過ぎません。世界統一以降、人類は、本質的な意味において、創造という形容詞に相当するようなものは、何も生んではいないのです」

「・・・」

「闘争の時代は英雄の時代でもあったと言えましょう。軍事と政治だけではない。宗教においても、思想・哲学においても、芸術においても、英雄の名に相応しいと言える人物は、全て統一以前の人物です」

「・・・」

「もうひとつ、歴史が始まる以前、神々の、あるいは神々に繋がる半神的人物による理想的社会があった。多くの宗教の正典が、そのように語っています」

「・・・」

「が、現代においては、それは宗教的心情によって創作された物語であって歴史的事実ではない。それは普遍的な了解事項となっています」

「・・・」

「そう、英雄の時代だけではなく、それ以前にあったとされる神々の時代もまた終わったのです」

「・・・」

「では、我々が現に生きているこの時代は、どういう時代なのでしょうか」

「・・・」

「普通の人びとの時代です。そして、人びとの中には、本質的な戦いはもう存在しないのです」

「先生、では私は何を目的にしてこれからの人生を送っていけばいいのでしょうか」

「本質的な目的は不要です。さらに根本的な意味における理想、理想的観念、英雄的観念に対する憧憬は、もう意味がありません。いや、無意味という以上に害悪です」

「何らかの思想を持つということも害悪なのでしょうか」

「人類が創造した大宗教、大思想、大芸術、そして歴史を全て知り、理解し、それらの概念をその身に包含されること。その上で、それらに対し中庸の姿勢で臨み、特定の概念に片寄らないこと。日常生活で遭遇する様々な出来事に対し、必要に応じて対処療法的に、包含された宗教、思想・哲学、芸術思潮、歴史的概念を道具として使いこなされること。そのように人生を送っていかれればよいでしょう」

「・・・」

「日常を心愉しく過ごす。そして、理想とか観念とかいう夾雑物に煩わされることなく、この世界の広さ、豊かさを味わい尽くすこと。そのように人生を送られて下さい」

「分かりました、先生」


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