1 キプタヌイ汗からのお願いです
特に反響もなかった
「ホアキン年代記 ー神々の物語ー 」
「ホアキン年代記 ー英雄たちの物語ー 」
の作者自身による二次創作です。
「神々の物語」「英雄たちの物語」は、本来であれば原稿用紙1000から1500枚くらいは使って書くべき内容を、ふたつの物語を合わせて230枚程度にまとめ、クライマックスのみ書き連ねたつもりです。その分量でも、作者が考察してきた宗教的概念、哲学・思想、英雄像、さらには、英国の歴史家トインビーの名著「歴史の研究」のエッセンスも、折り込みました。
小説では、アーサー・C・クラークの「地球幼年期の終わり」、エドモンド・ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」にみられる概念が折り込まれているかと思います。あとは、仏教の三千大世界の世界観。プラトン哲学を反映している台詞もあるかと思います。
神々の物語、英雄たちの物語、普通の人びとの物語という流れは、ギリシャ神話の、黄金の時代、白銀の時代、青銅の時代、英雄時代、鉄の時代という時代区分、さらには、社会学の創始者と言われるオーギュスト・コントの神(神学)の時代、哲学(形而上学)の時代、産業(社会学)の時代という人類三段階発展説を下敷きにしています。
神々の物語の、本紀、列伝というタイトルは、司馬遷の史記にならっています。
超越的、天才的、英雄的人物だらけの群像劇でもあります。
リアルさは無視して、主要登場人物の行動と言動のかっこよさにこだわりました。
悪人はあえて書く気にはなりませんでした。
上記の枚数、230枚程度。通常の単行本の半分程度の分量ですので、ぜひお読みいただければと思います。
この小説、
「ホアキン年代記 ー普通の人びとの物語ー 」は、上記
「ホアキン年代記 ー神々の物語ー 」
「ホアキン年代記 ー英雄たちの物語ー 」
の作者自身による二次創作ですので(T-T)、その二作品を読んでから読んでいただければ、有り難いです。
「ホアキン年代記 ー神々の物語ー 」
「ホアキン年代記 ー英雄たちの物語ー 」
作者本人は、傑作と思っています(おやおや)。
まあ小説については、最も高く評価するのは作者自身という場合が多いのだろうと思います。
その気持ちがなければ書きません。
(私自身の価値観が強く出てしまっている作品は、という意味ですが→そういう作品を書くのはしんどい。どうでもいいことを書くのは、楽しい)。
ただ、自己評価はともあれ、客観的評価は、読んでいただいた方の評価に従わざるをえないのも当然のことです。
草原の部族、突厥の汗キプタヌイの嫡子オゴタイ、その異母姉クサンチッペなどの、突厥の若者の教師をしているトクベイは、「相談がある」と、おのれが仕えるキプタヌイ汗に呼ばれた。
呼ばれたのは、汗が政務を行う大天幕ではなく、それに付随して張られた、汗が、その家族との食事、さらには居間、応接室として使用している天幕のほうだった。
トクベイが、天幕に入ると、キプタヌイ汗の傍らには、正妻コズマも座していた。
トクベイが、ふたりの対面に用意された椅子に座ると、キプタヌイ汗が、椅子の前の机に置かれていた馬乳酒を勧めたあと、口を開いた。
「トクベイよ。そなた、今もそなたの友人、ヴァン・トゥルクとは、しばしば便りのやり取りをしているようだな」
帝国ホアキンとは、生活慣習の異なる草原であったが、郵便制度については、帝国同様整備されているのであった。
「は、今も月に二、三度は、やり取りをしております。ヴァン・トゥルクが何か?」
ヴァン・トゥルク。四年前、トクベイが不合格だった帝国の高等官任用試験に、二十歳で合格。今は、参政官見習、の地位にある。
因みに、トクベイが、今、草原の部族、突厥で教師をしているのは、四年前の任用試験の発表の日、合格したヴァン・トゥルクとともに、酒場で飲んでいた際、キプタヌイの命で、教師を物色していた突厥のオルエンにスカウトされたためなのであった。
「いや、ヴァン・トゥルクに用があるわけではない。用があるのは、その友人のチャン・ターイーのほうだ」
チャン・ターイー。三年前、二十歳で、帝国騎士剣技会で優勝。長い歴史を誇る剣技会で、史上二番目の若さであり、当時は大きな話題となった。
が、一昨年は決勝戦で負け準優勝。昨年はなんと一回戦で敗退。
ヴァン・トゥルクからの便りに、話のついでに、という感じで、チャン・ターイーは、最近スランプのようだ、と書かれていたのを、トクベイは思い出した。
チャン・ターイー。近衛師団第一連隊第二大隊長、二十三歳にして少佐であった。
「チャン・ターイーですか」
はて、何の用だろう。見当がつかない。
用件について、説明したのは、キプタヌイ汗の傍らに座すコズマだった。
「ヴァン・トゥルク殿を介して、チャン・ターイー殿を、クサンチッペに紹介していただきたいのです」
既に亡くなっている、キプタヌイ汗の愛妾、ホルフェの第二子、クサンチッペ。
正妻コズマの嫡子である、異母弟オゴタイと同じく、トクベイの講義を受けている。
オゴタイが、書を深く読み込み、理解しようとする秀才タイプであるのに対して、直感で理解しようとする天才肌。ただ読書はさほど好きではなく、努力家ではない。
女騎士百人隊の隊長にも任じられており、言わば文武両道に勝れている。
ただ、草原一の美女と言われたホルフェの娘としては、その容姿はやや平板で、見方によっては、美人と言えなくもない、という程度である。容姿については、母よりも父のほうを色濃く受け継いだようであった。今、十八歳である。
「娘はホアキン、帝国に憧れておってな」
キプタヌイが、口を開いた。
「帝国で暮らしたい。できれば、帝国の男の嫁になりたい、などと言うのだ。まあ可愛い娘の望み、叶えてやりたい、と思うのだが、帝国はなにせ、男女の恋愛については、極めて不道徳な慣習がある。クサンチッペは、やはり草原で育った娘だな。自分の夫が、他の女性と男女の仲になるのは、耐えられないというのだ。で、目をつけたのが・・・」
「童貞の騎士、チャン・ターイーですか」
「さよう。三年前に、帝国騎士剣技会で優勝し、そのあと、かの男の、帝国の男子とは思えぬ男女の関係に関する厳格な道徳観の持ち主であることも、有名になったな。その頃からクサンチッペは、チャン・ターイーについて、「この人こそ、私の未来の夫」と心に決めていたらしい」
なるほど、伝え聞くチャン・ターイーの男女の関係についての信条を考えると、草原の娘を嫁にするというのは、たしかにグッドアイデアだ。
これでクサンチッペ様が絶世の美女とかであれば、この話、これで決まりだろう。
だが、チャン・ターイーという男。女性の好みはどうなのだろう。ヴァン・トゥルクのような面食いだったら、ちょっと厳しいかもしれない。
「分かりました。では私は何をすれば、よろしいのでしょうか。この件を、ヴァン・トゥルクへ便りして、チャン・ターイー殿の意向を、確認してもらう、ということでしょうか」
「うむ、そのこと頼みたい。で、それだけではなく、そなたにクサンチッペに同行し、ホアキンに連れて行ってほしいのだ」
「クサンチッペ様とおふたりで、ですか。よろしいのですか」
どう考えても、道中、男女の仲になってしまうことが許される状況ではないが、若い娘とふたりで長旅というのは、胸がときめくな。
トクベイは、そう思った。トクベイにとってクサンチッペは。
魅力を感じない娘、というわけではなかった。
「ふむ、いやふたりというわけではない。この話、先日、チャガタイとオゴタイにも話したのだが、ふたりとも、そういうことであれば、私たちも同行したい、と行っておる。若い者にとっては、都はやはり、行ってみたい、場所なのだな」
「はあ、では四人でホアキンへ、ということですね」
「いや、あとチャガタイのたっての希望で、あやつの妻のマンドハイも一緒だ。連れ子のふたりは、ホアキンに行っている間は、可哀想だが、うちで面倒をみる」
キプタヌイ汗、結構、子供好きだからな。三年前に、チャガタイ様が、十一歳年上の、子供もふたりいる未亡人と結婚したことによって、突然出来た、ふたりのお孫さん、ずいぶんと可愛がっておられるから、今回の話、結構、嬉しいのかも。トクベイはそう思った。
それにしても。今回のことでトクベイはあらためて思った。
キプタヌイ汗は、帝国の世情に詳しい。まあ、帝国の各地方から、週刊単位で印刷されている瓦版は取り寄せているようだし、詳しくもなるだろう。
ヴァン・トゥルクからの便りについても、何か面白いことは書いていなかったか。と直ぐに訊いてくるし。
それにキプタヌイ汗は、ミーハー的心情を多分に持っている、ということもトクベイは気付いていた。
汗は、有名人好きだ。
さらに汗は、演説好きでもある。突厥では年に何度か大掛かりな宴席が設けられるが、開会の際の汗の挨拶が長いのだ。
トクベイも閉口していた。
が、ある日、トクベイは、キプタヌイ汗が使っている、個人用天幕の中に置かれた本棚に、「人を感動させるスピーチ」という題名の書物が並べられているのを発見した。それも、上中下に分かれ三冊あった。
トクベイは、直ぐに、帝国から、同じ三冊本を取り寄せ読み込んだ。
今では、キプタヌイ汗の長い挨拶のスピーチも、三冊本のどこを参考にしているのか、手に取るように分かるので、それを楽しみにして、聞けるようになったのであった。
今回の都訪問、一行の人数を、トクベイは、念のため確認した。
「では、今回、ホアキンに参りますのは」
「うむ、五人だな」
「かしこまりました」
トクベイが、天幕を辞すると、キプタヌイも天幕から出てきた。
今少し付き合ってくれ、と、汗の個人用天幕に誘われた。
トクベイは、書棚に目を走らせた。本は増えていた。予想通り、今の帝国でのベストセラーが並べられていた。
「汗、「九宝館日記」取り寄せられたのですね。もうお読みになられたのですか」
トクベイも既に読んでいた。それは、友人であるヴァン・トゥルクが送ってきてくれたものだった。
「うむ、読んだ。帝国は羨ましいのお」
「今回のホアキン訪問、汗もご一緒にいかがですか」
一応、お愛想を言ってみた。
「うむ、行きたいと思うぞ。だが今回は俺がくっついて行っても煙たがられよう。遠慮しておく」
たしかにそれが賢明であろう、トクベイは思った。
「実は、九宝玉の肖像画も取り寄せておるぞ。見せてやろうか」
そうか、それもか。トクベイも持っていた。ヴァン・トゥルクが、「九宝館日記」と一緒に送ってきた。
「いえ、私も持っております。」
「そうか、そなたもか。でもまあ、見てみろ」
キプタヌイ汗は、ひとりひとりの公式と称されている肖像画だけでなく、その後販売されたという、私的生活を連想させる肖像画、様々な組み合わせでの集合画なども持っていた。
それを全て観ると、ある特定の女性の肖像画が多いことにトクベイは気づいた。
「汗は、テオドラ殿が、お気に入りのようですね」
「うむ、これをそなたに頼みたい」
キプタヌイ汗は、トクベイにそこそこ厚みのある便りを渡した。
「テオドラへのファンレターだ。そなたの友人、ヴァン・トゥルクは、九宝館をしばしば訪れているようだし、そなたもホアキン在京中、九宝館に行く機会もあるであろう。頼んだぞ」
「かしこまりました」
トクベイは、受け取った。
では俺も九宝玉の誰かにファンレターを書いてみるか。
トクベイは、思った。誰がいいかな。
ひとりの女性の肖像画が、トクベイの脳裏に浮かんだ。