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そらのそこのくに せかいのおわり 〈Vol,05 / Chapter 01〉

挿絵(By みてみん)




 七月二日、水曜日。

 この日のセントラルシティは、異様な空気に包まれていた。

「ただいま戻りましたーっ!」

 勢いよく扉を開け放ったのは、王立騎士団特務部隊所属の人狼族、ロドニー・ハドソンである。彼は扉を開けた勢いそのままに、オフィスの奥、ガラスで仕切られたミーティングスペースに直行する。

「駄目です隊長! ブルーベルタウンも全域やられてました! もうあっちこっち飛び回ってて、みんなパニック状態でしたよ!」

「ブルーベルも? ということは、上級防御結界も通用しないということだな?」

「結界も魔法障壁も素通りです。全然防げません」

「そうか……とすれば、いったい何なのだ? これは……」

 そう呟きながら、視線は目の前を横切る光を追っている。

 特務部隊オフィスを飛び回る光。それは実体を持たない、薄水色の蝶だった。


 この現象が最初に観測されたのは前週、六月二十六日のことである。遭遇者は王立大学の発掘調査隊。セントラルシティのはずれに存在する古代遺跡『メラソン貝塚』の調査中、古代人の墓所と思しき遺構を発見。邪魔な土砂を取り除こうとスコップを入れたところ、この蝶が飛び出してきたという。

 発生からちょうど一週間目となる今日にいたるまで、原因はおろか、この蝶が『何か』ということすら解明されていない。そして、蝶は今もなお噴出を続けている。まるで地下水脈でも掘り当ててしまったように、あとからあとから、際限なく湧き出しているのだ。


 水色の蝶を眺めながら、二人は他の隊員らの帰還を待った。

 次に戻ったのは、ジャクソン湾の様子を見に行ったレインだった。彼はオフィスに駆け込むなり、ひどく慌てた様子で報告する。

「た、たたた、隊長、大変です! あの蝶、海水に潜れますよ!」

「なに? どういうことだ?」

「えーと、実は……」

 レインが言うには、こういうことだ。

 四方八方に拡散した蝶を追ううち、数匹が海上を飛んでいくのが見えた。彼は直ちに本来の姿、シーデビルに変化し、水中から追跡。すると沖合でイルカの群れと遭遇。そのイルカたちはヒラヒラと飛ぶ蝶に関心を持ったのか、水面から跳び上がり、尾びれで蝶を叩いたのだが――。

「いったん海中に引き込まれた後、もう一度浮上して飛び始めた?」

「はい! 水に濡れた様子も、ダメージを負った様子もありませんでした!」

「イルカには触れていたんだな?」

「はい、そう見えました!」

「ならば……」

 部下からの報告を聞いていた男、特務部隊長サイト・ベイカーは、目の前を飛び回る蝶に手を伸ばした。

 そしてその翅を指でつまむと――。

「物理攻撃ならば、ある程度は通用するということかな?」

 目の前のテーブルに置かれていたミルクティーに、ポチャンと沈めてしまった。

「うわー……こいつ、手掴みできたのかよ……」

「網で捕獲できなかったので、てっきり、物理的に触れない幻術の類だと……」

「俺もそう思ってたぜ……」

「とんだ盲点ですね……」

 これまでに中央市や衛生保健省、王立大学や魔法省職員などが、捕虫器や捕獲網を用いた捕獲作戦を実行している。しかし、誰が何を用意しても、この蝶はスウッとすり抜け、何事もなかったように飛び去ってしまった。その時点でこれは魔法か呪詛の類と判断され、『絶対に触れてはならない』との緊急放送が行われたのだ。

 現在中央市内の全教育機関、および図書館や市立体育館等の公共施設には臨時閉鎖措置が取られている。市内のどこを見ても人影はまばらで、この蝶に触れないよう、誰もがキョロキョロと周囲を警戒する有り様だ。

 蝶をつまんだ指をティーカップに突っ込んだまま、ベイカーは首を傾げる。

「……まだ動いているな。虫だったらとうに死んでいるはずだが……やはり、何らかの魔法によって発生したものには違いないか……?」

「つーか、あの、隊長? 物理的に掴めるって分かったのはいいとして、あとで指かぶれたりしません?」

「そ、そうですよぉ~。蝶や蛾の鱗粉でアレルギーが起こることもありますし……」

「……どうしよう。その可能性は考えていなかった……」

「いやいやいや! 手掴みする前に考えましょうよ!」

「隊長、そのまま! そのままでお待ちください! 今、ドクターに来ていただきますから!」

 そう言って、レインが内線端末に手を置いたときである。館内放送が鳴り響いた。


〈こちらは総務部施設管理課です。

 全職員にお知らせします。

 本日午後一時三十分ごろ、裏門横の鈴蘭花壇から青い蝶が発生しました。

 現在、施設管理課にて状況を確認中です。

 裏門付近には近づかないよう、ご協力願います。〉


 三人は顔を見合わせる。

「鈴蘭花壇って……」

「この間陥没したところですよね?」

「あ、私、ついさっき見てきたんですよ! 裏門から入ったので、そのついでに! すっごく深い穴開いてましたよ?」

「ほう、どのくらいの深さだ?」

「十二メートル三十二センチです」

「なんだその具体的過ぎる数字は?」

「自分で触手突っ込んで測ってみました!」

「そうか。何かあったか?」

「はい! 底にこんなのが落ちてたんです! 綺麗でしょう?」

 レインが満面の笑みで指差しているのは、自分の左手首に付けたブレスレットである。

 白蝶貝や動物の角、骨、翡翠に似た貴石のビーズを一連に繋いだ、シンプルなブレスレットだ。だが、妙に古めかしい。それにビーズのひとつひとつに、何かの魔法呪陣のようなものが刻まれている。

 ベイカーとロドニーは無言で顔を見合わせる。


 これはどう見ても、古代人の装飾具である。


 セントラル周辺の貝塚、住居跡などの遺構では、よくこれに似た装飾具が見つかる。そしてそのたびに大規模な『呪詛除けの儀式』が行われるのだが――。

「ついさっき見つけたんだな?」

「はい! とっても綺麗なので、隊長にもお見せしたいと思いまして!」

「一時半ごろか?」

「いえ、それより五分くらい前です!」

「そうか。ということはやはり……お前かレイン!」

「馬鹿野郎! 古代呪物なんか持ち込むなっつーの!」

「ええっ⁉ あの、これ、持ってきたら駄目でしたか⁉」

「駄目に決まっているだろう! いいか⁉ そういうワケの分からないモノには、何の考えもなしに触ったするものではない! その後に何が起こるか、よく考えたうえで……」

「隊長! ミルクティーに指突っ込んだまま力説されても説得力がありません!」

「それはそれ、これはこれだ!」

「イエス・サーッ!」

「あ、あの、じゃあ、これもう一度穴の中に投げてきたほうが……」

「待て! それを持ち出して蝶が発生したということは、何か関連があるのは間違いない! 王立大学の考古学チームを呼ぼう!」

「それなら、魔法省の担当官も呼ばなきゃダメなんじゃないですか?」

「ああ、そうだな。しかしだとすると、中央市の担当職員も……」

「そうなると衛生保健省の事務官も呼ばないと、あとで揉めますよ? 市と魔法省は王立大卒ばっかりですけど、それ以外の省庁は私大卒が大半ですから……」

「うぅむ、学閥か……。あまり人数が増えても面倒臭いのだが……」

「あとでグダグダ文句を言われるよりマシですって」

「ではロドニー、関係各所への連絡を頼む」

「了解で~す!」

 ロドニーは内線から総務部を呼び出し、事務員らに必要事項を伝達する。彼はこれでも伯爵家の跡取り息子。ロドニー本人が電話をかけると、必ず次長級以上の人物に取り次がれてしまう。『簡単な事務連絡』では済まなくなってしまうのだ。

 その間に、他の隊員たちも続々と帰還した。それぞれ状況報告を済ませていくのだが、誰もが視線はベイカーの手元に向いている。

 全員が帰還し、報告を終えたところで、ベイカーは全員に向かってこう話す。

「よし! 面倒なので、説明は一度で済まそう! いいかよく聞け。俺は今、謎の蝶々に水攻めプレイを仕掛けている真っ最中だ。自分でもそれなりに反省しているので、あまり深く突っ込まないように。俺の繊細なハートが傷つくからな!」

 真顔で言い切るあたり、ある意味最強のメンタリズムである。

 そしてこのころには、ミルクティーの水面には真っ青な鱗粉が大量に浮き上がっていた。

 昆虫飼育を趣味とする隊員、ガルボナード・ゴヤが目を丸くして尋ねる。

「え? それ、もしかしてまだ生きてるんスか?」

「ああ、まだまだ元気にもがいている。どう考えても、普通の生き物ではない」

「沈めてから何分スか?」

「今……三十分ちょうどだな。ゴーレムやオートマトンだとしても、恐るべき耐水性能だ。それにこれだけの運動エネルギーを、いったいどこから調達しているのか……」

「それ大学の先生とかに見てもらったほうがいいんじゃないッスか⁉ 現代のテクノロジー超えてますって!」

「ああ、先ほどロドニーが連絡してくれた。そろそろ来る頃だと思うが……」

 そう言っている最中に、『ピンポンパンポーン♪』と明るいチャイムが鳴り響く。


〈職員の呼び出しを致します。

 特務部隊のロドニー・ハドソンさん、一階エントランスにお越しください。

 王立大学のチェンバー教授がお待ちです。〉


 特務部隊員は庁舎内のどこにいるか不明であることが多く、呼び出しは館内放送で行われる。ロドニーはゴヤとチョコ、レイン、トニーの四人を連れてオフィスを出て行った。

 同時にグレナシンは、キールとハンクを食堂に向かわせた。現在時刻は午後二時を回ったところ。楽しいティータイムとは言い難いが、急な呼び出しに応じてくれた教授らにささやかなおもてなしを、との命令である。二人は何の疑問も持たずにオフィスを出て行く。

 室内に残されたのはベイカー、グレナシン、マルコの三名。三人だけになった途端、グレナシンが奇声を発する。

「ああぁ~んっ! もうっ! なんでこうも立て続けに意味不明現象が巻き起こるのよぉ~うっ!」

「落ち着け副隊長。おそらく、原因はマルコだ」

「え? わ、私ですか? 私は何もしておりませんが……?」

「ああ、何もしていない。が、しかし。おそらく、マルコが中央で暮らすようになって、何かが『噛み合ってしまった』のだと思う。なあ、フォルトゥーナ?」

 ベイカーは後ろを振り向きながら呼びかける。すると何もなかった空間に、唐突に人影が現れた。

 勇ましい戦装束に身を包んだ美女は、運命の女神フォルトゥーナである。

「いいや、サイト。この青年の『運命の歯車』だけでは、世界という名の大車輪を回すことは出来ない。私が思うに、他に幾人か、それを持つ者がいるはずだ。確実にそうと分かる者もいるが……」

「ほう? 誰だ?」

「レインとトニーだ。あの二人は、通常の人間が持ち得る『可能性の限界値』を軽く超えている。この青年と同じか、それ以上の大きさの『運命の歯車』を持つ者だぞ」

「『神の器』でもないのに?」

「ああ。彼らはただの人間のはずなのだが……トニーのほうは、特に大きな可能性を感じる。あの者は自力で道を拓ける者だ。神が加護を与える必要もない」

 フォルトゥーナのこの意見に、他の女神たちも次々と顕現し、好き勝手に意見を述べ始める。

「ワカルワカルゥ~! なんていうの? こう、一歩も立ち止まらない感じ? 私自由の女神だから、ああいう独立心の強い子、すっごく守護したいのにな~っ!」

「ねーっ! 守護したくても、『俺に近づくな……』みたいな空気でさー」

「あら、カリストもトニー君が本命ですの? 実はわたくしも……」

「コンコルディア! いけませんよ! 貴女、婚姻の女神である立場を悪用してトニー君を一生独占するつもりですわね⁉ この私、秩序の女神であるパークスの前でそのような身勝手なふるまいは断じて許せません!」

「まあ、嫌ですわパークスったら。わたくし、そこまで具体的な策略をめぐらせてはおりませんのよぉ~? パークスこそ、秩序の維持を言い訳にお相手になりそうな女性をことごとく遠ざけるおつもりでしょう?」

「そんなことは致しません!」

「本当かしらぁ~」

「え? 二人ともトニー君要らないの? じゃあ私とリベルタスがもらうね♡」

「そうそう、私とカリストが仲良くシェアして……」

「おだまりブスども!」

「消されたいのかしら⁉」

 その後は、見るに堪えない女神たちのキャットファイトである。

 そう、残念なことに、美女軍団はベイカーの親衛隊にはなっていないのである。九人の女神のうち、きっちりベイカーについているのはニケとフォルトゥーナのみ。あとはベイカーの後ろでイケメンを物色する婚活女子状態だ。それも、そのうち四名がトニー狙いであることが判明した。

 一部始終を真顔で眺める男子二名は、心に溜まりゆくどす黒い何かを感じていた。

「なんだろう? 今トニーの顔を見たら、意味もなく平手打ちを食らわせてしまいそうな気がする……」

「お優しいのですね、隊長。私はグーで行くと思います。グーで」

「二回言うほどか」

「ええ、それはもう」

「ほどほどにな」

「心得ております」

 笑顔のまま物騒な会話を交わす二人に、グレナシンはブルッと身震いした。

「ちょっとやめてよ二人とも。アタシ影響受けやすいんだからぁ~」

 月神『月詠の尊』と融合状態にあるグレナシンには、人間の心の温度が『体感』として伝わってしまう。この場は体感気温四度。これがビールの温度ならば飲み頃だが、人が生きるには少々つらい。

 そうこうするうち、女神たちのキャットファイトも一段落ついたようだ。その他の女神たちに取り押さえられ、引っ掻き傷だらけのまま姿を消す。

「よし、一応落ち着いたようだし、俺たちも行くか」

「そうね。そろそろ全員揃ったでしょうし」

「しかし、どうにも慣れませんね……。皆さまをお待たせしてしまうのは申し訳ない気がして……」

「やあねえ。マルちゃんが先に行って待ってたりしたら、下っ端役人が全員土下座する騒ぎになるわよ?」

「そうだぞマルコ。王子は王子らしく、誰よりも後に、誰よりも偉そうに入室しなければ示しがつかない」

「はい……そのような立場にあると、理解はしているのですが……」

 マルコはこれまでの人生を『愛人の子』として、常に人より一歩下がって行動してきた。ある日突然『貴方は王子です』と言われても、行動のすべてを一瞬で改めることなどできない。放っておくと自分で客人を迎えに行ってしまうので、ことあるごとに「もっと偉そうにしろ」と注意されている状態だ。

 申し訳なさそうな顔のマルコを引き連れ、ベイカーとグレナシンは一階に向かった。


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