✕との付き合い方
少し残念な女性をテーマに書きたいと思って、短めですが書いてみました。
というわけでどうぞ。
薄暗い青紫の灯り、ミステリアスな雰囲気を演出する壁の奇妙な模様、部屋の真ん中に飾られた5つの煌びやかに光る銀色のリング、そして低予算を感じさせる小ぢんまりとした部屋。
そんな中に一見若そうで若くない、けれどいかにもモテそうなオーラを醸し出す女性が1人。
「次の方どうぞー!」
できるだけファーストコンタクトは明るい感じで。これは自分の山あり谷ありの人生から得た1つのノウハウだ。
それほど第一印象というものは相手といい関係を育むのに重要不可欠なものである。
ただし私がやっている占い師という職業に限ってはあまり明るすぎるのも問題なのかもしれないけれど・・・。
私の声を合図に部屋の雰囲気に若干の戸惑いを見せながらも、無駄にひらひらした布の間をくぐってお客さんが入ってくる。
見た感じ大分若そうな子・・・大学生かしら?
丁寧にセットされた前髪にどこかの女優さんみたいにクリッとした瞳、思わず嫉妬しちゃうくらいの可愛らしい子が本日最後のお客さんみたいだ。
大体このくらいの女の子の相談は恋愛相談だと相場が決まっている。大方、付き合っている彼氏についての悩みとかだろう。そうなれば私の得意分野だ。
思わず笑みがこぼれそうになるがそこはお客さんの前、これ以上ないっていうくらい口を真一文字に閉じてポーカーフェイスを演出する。
「そこの椅子にお掛けください。」
「あ、はい・・・。」
「初めまして、ナオミといいます。えーと、あなたのお名前は?あ、下の名前だけで結構ですよ。」
「ミオっていいます。」
「じゃあミオさん、あなたのお悩みを教えてください。」
ここまでの今まで何百回も繰り返しているやり取りは手短に済ます。私がしたい本題はこの後なのだ。
とまぁ、こんなことをしている私なのだが、実は占いというものが大嫌いだ。それも現在進行形でである。何の根拠もなくに、やれ手相だ、やれ生年月日がなんだと謎の理屈で他人の人生を指図するなんてどうかしていると思う。
じゃあ、なんでこんないかにもっていう部屋で占い師なんかのうのうとやっているかって?
それはただのお悩み相談室っていうのと占いっていうのでは人の持つイメージが変わるから。お悩み相談となると多くの人は自分が必死にSOSのサインを出して助けを乞うような形だと思ってしまう。だからどうしても敬遠されがちなのだ。
私はそんな風に思って欲しくなくて、本場の人には申し訳ないのだが占い師という肩書きだけを背負って人の悩みを聞いてなにかしら助言をする仕事をしている。自慢じゃないが私のこれまでの40年間は失敗ばかりの人生だった。
だけれどもそこから学べたことはたくさんある。これは決して負け惜しみなんてちっぽけなものではない。
その一つはそう、自分の持つ肩書きというのは自分のイメージを左右する非常に大事なものだということである。
この占い師という職業はどうやら私に合っていたみたいで評判も上々、過去の多種多様な失敗が私の言葉に説得力をプラスさせるのだ。
だから部屋の雰囲気だけはそれっぽいけどここには玉もないし、カードもない。向かい合ってお話しするだけの場所である。
「あの今、付き合っている彼氏がいるんですけど・・・その彼氏と最近全然上手くいってなくてもう別れた方がいいのかななんて考えてるんですけど・・・」
やっぱりどんぴしゃ。この手の相談はごまんと来る。まあそれだけに慎重に状況を見極めなければいけないわけではあるのだが・・・。
「付き合ってどのくらいになるの?それとあなたと彼の年齢は?」
「えーと、私は21歳で彼も同い年で、大体付き合ってからもうすぐ2年くらいです。」
私は彼女の顔を見て、話そのまま続けてというように顔でサインを送る。
「最近、連絡しても返信がなかなか帰ってこなかったり、私に隠れてなにかコソコソやってたりしてるようで、今までそんなことなかったのでそのことで彼と揉めて喧嘩しちゃって。私も彼にひどいこと言ってしまって、もうどうしたらいいのか分からないんです・・・」
話を聞く限り、少し付き合ってる期間が長くなったカップルにはよくある問題のように思える。
そう、男女交際の円満を阻む倦怠期問題。この頃になると、恋人との色々なことがマンネリ化してきてお互いの本性もメッキを剝がれたみたいに露わになってくる。そこからは付き合い始めた当初の面影とは程遠い、まさかこんな人だったのか・・・となる場合も残念ながらしばしば起こる。
私の場合は幸か不幸か、いわゆるメッキが剝がれるタイプ、ダメ男とばっかり愛を深めてしまっていた。ここで幸と付けたのはおかげで今はダメな男の特徴を大体のところ、把握することができ、それを仕事に生かすことが出来るからだ。
とりあえず今はミオちゃんの付き合っている相手がダメ男か、見極めることが必要だと思い質問を続ける。
「ひどいこと言ったって、まさか浮気してるでしょとか言ったんじゃないでしょうね。」
「・・・・・思いっきり言っちゃいました。」
「彼のこと信じてるんならそれは言っちゃダメ・・・かな。好きな人にそんなこと言われたら彼だって傷つくと思うよ。」
昔、彼女と同じ台詞を言ったことがある。言った相手は私の言葉に怒って、それから反抗するかのように浮気をするようになった。そしてそれがきっかけでその人とは別れてしまった。今考えれば彼にも色々と問題はあったのだろうけど惜しいことをしたと思う。もう何年前の話だろうか。
「話変わるけど、ミオちゃんは彼のどんなところが好きなの?」
そう聞くと彼女の顔はみるみる紅潮していく。私は彼がどんな人なのか知りたくて聞いただけなのだけど。
「あの・・・食べ方が可愛いところです。」
彼女は大まじめな顔をしてそう言うが、私は思わず「は?」と言いそうになる。最近の子というのはみんなこうなのだろうか。い、いやきっとこの子が少し独特なのだろう。もっとこう、優しいとか真面目だとかそういうことを期待していた自分が馬鹿らしくなってくる。
ミオちゃんは少し天然という情報を頭の中でアップデートしておいた。この子と付き合っている彼のことがさらに気になってくる。
「彼に対してミオちゃんは他になにか不満とかあるの?」
「うーん・・・たまにしか楽しそうな顔してくれないところとかですかね。付き合い始めたときから大体ムスッとした顔してて。あ、あと連絡してもなかなか帰ってこないところとか。」
最後のはさっき聞いたのとまるっきり同じだと心の中でツッコミを入れるがあくまで口には出さない。
ここで私がしなければいけないのはお客さんの話をちゃんと聞くこと。油断すると口に出そうなのでもう一度そのことをしっかり頭に覚えさせる。
その後も彼のことや彼女自身のことについていくつか質問したが、それにしてもこれは倦怠期とかじゃなくて彼が不器用な人なために起きた事案なのではないかと私は考えを改める。
ミオちゃんと彼はもう付き合って2年、こんな天然で振り回されることもあるであろう彼女に、彼はいつもムスッとした顔をしていてもその表情とは裏腹に変わらぬ優しさで一緒にいたのだ。おそらく彼女と性格は真逆だけどいい彼氏なんじゃないかなと自分の今までの男と比べてしまって羨ましく感じる。
いや、そういえば私にもそんな人がいたな、と記憶の破片に思わず手を差し伸べそうになるが、それは今することじゃないと自制を掛けた。
「私もナオミさんみたいに綺麗だったら、彼の心も離れたりしないんですかね・・・。」
突拍子もなく彼女はいきなりそんなことを言う。正直、嫌味にしか聞こえないが、さっきと同じように大まじめな顔で言うので仕方なく誉め言葉として受け取ってしまう。
それにしても彼がいい子だとしたら、なんで最近は彼女に対しての対応が不自然なくらいに冷たくなっているのだろうか?
きっと不器用な彼なりの理由があるはずだ。
「付き合ってから今まででなにか喧嘩したことはなかったの?」
「ほとんど喧嘩なんてしたことありません。あ、けどちょうど1年前くらいに軽いのならあったかも・・・。」
「それってどんなことで!?」
もしかしたら手がかりがつかめるかもしれないと思って自分でもビックリするくらいの大きな声が出る。
そんな私に対して彼女は目をまんまるくして驚いている。
しまった・・・、ポーカーフェイスと平常心はいつも心がけていたつもりなのに。
「え、えーと、ちょうどその時は付き合ってから1年の記念日だったんです。けれど彼は恥ずかしかったのか、せっかくの記念日だっていうのにおめでとうって一言いうだけで、友達と遊びに行っちゃって。そのことに私が怒ってしばらく気まずい感じになったんですけど、まあ最終的には彼にそういうのを期待した私が間違ってたんだと思って自然と普段通りに戻ったんですけどね。」
なるほど、彼の人となりがよく分かるエピソード。それにしてももっと世の男性は記念日の大切さを知るべきだと思う。いつの時代も女性にとって恋人との記念日はかけがえのないくらいに大切なもの、少しは気遣って欲しい。そんなことを思いながらもその時、ピカンと頭の中に稲妻が落ちる。
もしかして・・・、となんとなく彼の謎が解けたような気がした。
「付き合って2年の記念日ってもしかしてもうすぐ?」
「あ、はい。ちょうど1週間後です。まあ今年もどうせなにも無く終わっちゃうんだろうけど。」
となるともしや最近彼からの連絡がなかったり、隠れてなにかやっているというのは去年お祝いしなかったことを悔やんで今年は去年の分もなにかしようとしているからってことかな。しかもサプライズ的に。
確実な理由なんて一つもないけれどいわゆる女の勘というやつがそう私に語っている。
こういう勘がすぐに働くのも今までの経験のおかげ。過去に記念日にそういうことをしてくれるような男の人が私にも一人だけいた。その人も結局は上手くいかなかった過去の散々な恋愛の一つなのだけど。
けれど私と違って今悩んでるミオちゃんは、あと1週間すればきっと幸せが、彼の優しさが待っている。別れるなんて言ってたけどそんなもったいないことは絶対させてはいけない。
「そんなことないと・・・」
そう言いかけるがネタバラシするのは不器用な彼に申し訳ないと思い、なんとかオブラートに包んで上手くこの旨を伝えようと私も彼のサプライズに一役買うことにする。
「とりあえず記念日までは彼のこと信じて様子を見てみない?私はミオちゃんの彼氏、話聞いててちょっと不器用なところはあるかもしれないけれど絶対いい彼氏だと思ったからそう簡単に別れたりしたらきっと後悔する。もししばらく経っても状況が変わらないなら私が何度でも話聞くから。」
私は真剣な眼差しを彼女に向けてそう言うと、彼女はコクリと小さく頷く。話をして彼女はだいぶ楽になったのか、表情もいくらか柔らかいものに変わっていた。
これならもう大丈夫かなととりあえず私も身体のどこかで張りつめていた緊張がようやく収まりを見せる。
「あの、話聞いてくれて本当にありがとうございました。私、彼のことをもうちょっと信じてみようと思います。あと、浮気してるって疑ったことも謝らないと・・・。」
「大丈夫。ミオちゃんたちならきっとこれからも仲良くやっていけるよ。」
その台詞だけは占い師っぽく確信めいた口調で言った。
「私、ナオミさんみたいな経験豊富な大人の女性にとっても憧れます。」
帰りの支度をしている途中にまたも突拍子もなく彼女はそんなことを言う。けれど真っ直ぐな瞳から察するにどうやら本気みたいだ。
私はこんな女に憧れちゃダメとは思いながらも、一方ではどうしようもなく嬉しい気持ちになってしまう。
気が付くとおもむろにミオちゃんはスマホをいじり出す。そして少ししたら急に思いっきり小さい腕を伸ばして私にスマホの画面を見せてくる。初めはなんだろうと思ったが、画面を見るとそれは私のツイッターのアカウントのプロフィール画面だった。
「もし迷惑じゃなかったらフォローさせてもらってもいいですか?」
普通、今日初めて会った、しかも40才の占い師にそんなことを言うだろうか。いろいろな経験がある私もさすがに今まで経験のないものだった。私のアカウントをすぐに見つけたこともそうだが、予想なんて1mmもしてなかった言葉に驚きすぎて、訳も分からぬうちに頷いてしまう。
この子と付き合っている不器用な彼氏に今さらながら感心してしまった。
一方、ミオちゃんはというと私が頷いてから嬉しそうな顔をして私のアカウントを熱心に見てるようだ。
普段、何気なく書いていることをいざ目の前で読まれてると思うと思わずどうしようもない恥ずかしさに襲われる。
けれど、スマホの画面を見ている彼女の顔が急に時がそこだけ止まったみたいに突然硬直し、動かなくなる。
そしてさっきとはまるで変わった、痛いくらいの怪訝な顔色で重そうに口を開く。
「ナオミさんってバツ5なんですね・・・。」
私が何か答える間もなく彼女は私ともう決して目を合わせることなく部屋を逃げるように出て行ってしまった。
別に隠していたつもりはない。けど彼女からしたら大切な恋愛相談をバツ5の女なんかにしてしまったと裏切られたような気持ちになってしまったのだろう。
経験豊富な大人の女性からバツ5のどうしようもない女に認識が変わった瞬間にこのざまである。
やっぱり肩書きって大事なものだなと再認識した。
だけど私はバツ5の事実をひた隠しにする気はこれまでもなかったし、これからもするつもりはない。
なぜかって、多くの人に助言をすることができるこの言葉はバツの経験から得た私のアイデンティティだから。意地を張っているだけだと思われるかもしれないけれど紛れもなくバツは私を成長させたものなのだ。
部屋の中央に吊るされた銀色の5つのリングを見ながら私はせめてミオちゃんの幸せを心から願うのであった。
あれから1週間後になった。ひどいお別れの仕方をしたけれど、やっぱり最近では変わったお客さんだったミオちゃんのその後が気になる。
驚くべきことにツイッターのフォロワー欄にはなんとミオちゃんがまだひょっこりと残っていた。きっとフォローを外し忘れたのだろう。天然のミオちゃんらしいなと自然と微笑んでしまう。
ミオちゃんのいちばん最近の今日の投稿にはちゃんと彼氏との幸せそうな2ショットがあった。そして一緒にコメントも。
ーーーーーHappy 2years! まさか隼があんなことしてくれるなんて思わなかった(ToT) これからもよろしくー
私は慣れない手つきでお気に入りボタンを押してからスマホを静かに閉じた。
読んでいただきありがとうございました。
次回作に乞うご期待!