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雪化粧の思い出

作者: 一条 灯夜

「じゃあ、どうするの?」

 責める目を向けられ、軽く肩を竦めた。

「また、そーゆー態度」

 かく言う美幸の方も、どこか溜息混じりなのだから、人の事を言えないと思うのだが。

「どうしようも無いんじゃないか?」

「アンタね……」

 怒るのを通り越して呆れ果てたような声。

「俺に、浪人しろとでも?」

「開き直るな」

 強く出たそうな顔だけど、国立に落ちた俺をさらに鞭打つことまでは躊躇われたのか、大きな二重の目を半目にして、どこかしょぼくれたような声で幸恵が言った。


 うん。

 でも、開き直るしかないじゃないか。

 受験は終わってるんだし、結果はもう出てるんだし、二人で同じ大学へは行けないんだし。

 新生活といっても、誰も彼もが歓迎され、また、望むべき場所に落ち着けるわけじゃない。そういう世間の厳しさをまざまざと知った。

 そんな、季節はずれの温かさを伴った三月。

 大学の合格発表後に会おう、と、高校も終わり間際に滑り込みで恋人になった美幸と約束していた田舎の駅前。


 まだまだ咲きそうも無い桜の梢が風に揺られて――、その風が俺と美幸の間の五歩の距離を吹き抜けていった。美幸の、肩に掛かるぐらいのウルフカットの髪が風に揺られている。

 風が収まるのを待って、美幸は再び口を開いた。


「どこだっけ、大学」

「神奈川」

 正直、俺としては、国立にそんなこだわりはなかった。私立の第一志望に受かっていたから、美幸と同じところも受けたって感じでは会ったし。

 ……まあ、受かれば、そっちに行きたかったって気持ちは――少しだけ向こうのがレベルの高い大学だし――あったけど。

「関東の北と南に綺麗に別れちゃうのか」

 溜息を吐くような感じの美幸の声。

「いや、千葉が最南端で神奈川は――」

「うっさい。バカ」

 言い訳というか、気付いたから指摘しようとしただけなのに、見事に発言を遮られてしまった。

 美幸は、性格的にちょっと激しいところもある。まあ、だからこそ自由登校になる少し前なんて難しすぎる時期に付き合い始めることになったんだけど……。

「バカで悪かったな」

 そっぽ向いて呟けば、ああ、もう、とか、苛立った声だけが追いかけてきた。


 なんというか……。いや、ダメだった時を想像なんてしていなかった、というか、したくなかったが正解かもしれないけど、ともかく、付き合い始めた時は、たった数ヶ月でこんな感じになるなんて思っていなかったんだけどな。


 どこか閑散としたい中の駅前。

 観光地じゃないから、土産物屋なんか無く、コンビニと本屋、床屋なんかがチマチマとあるだけで、基本的にはほとんどが駐車場と駅の設備だけ。

 人は――、電車がついてもう大分経っているからか、周囲にほとんど居ない。


 この場所で、冬の――そう、易者の側に五本植えられた咲いていない桜並木が、まだ雪化粧を纏っていた頃。

 どこか怒っているような、そんなツンとした顔の幸恵が、学校帰りに俺を呼び止めた。

『明日からどうするの?』

『受験勉強するだけじゃん』

 告白になんて絶対に辿り津かなそうな切り出し方をされたから、こっちもそんなことになるなんて微塵も察せ無くて、普段通りに返してしまい――。

『まあ、そうだけどさ……』

『なんだよ? 珍しく、歯切れが悪いな?』

『うっさい! いいから、聞け。バーカ!』

 どこか、逆ギレ風に美幸に胸倉をつかまれて、強制的に正面を向かされ――。

『アタシと付き合えよ』

 と、男らしい告白をされてしまった。

 うっすらと雪が積もっていた。

 寒さのせいで、美幸の顔も雪化粧したような白さで――でも、言い終えた後には、耳まで顔を赤くしていた。



 まあ、後日談としては、緊張していたからしょうがない、察さない男の方が悪いと、散々言われたけど……ね。

 ぶちぶちと文句を言い続けている美幸に再び向かい直る。

 すぐさま、なによ、と、視線が威圧してきた。

 溜息とは少し違う、長い息を吐いてから、俺はゆっくりと告げた。

「捨ててっても、別に良いよ。気にしない」

「はぁ!?」

 眉間に皺を寄せた――いや、女の子があんまりそういう顔をして欲しくないが――美幸が、女子らしくないドスの利いた声を上げた。

「いや、だから、そういうことじゃないの?」

「そういうことって、どういうこと? なに? アンタは、大学が別になったぐらいで、アタシがアンタを振るとでも思ってたの? バッカじゃない?」

 参った。

 一言話せば、倍以上になって返って来る。

 ってか、愛想が尽きたから、こういうことを言われているんじゃないんだろうか?

 ん? ん!? と、額に漫画なんかでよくあるあの怒りマークが乗っているような笑顔で、こっちに詰め寄ってくる美幸。

「そもそも、どこに惚れられたのかわからん」

 一歩後退して反撃すると、急に美幸が真顔になり――。

「あー、それな。確かに」

 納得されてしまった。ちくしょう。そりゃ、お前と比べれば、頭の出来が若干下だよ。くそう。

 ポケットに両手を突っ込んで、もう、家に帰ろうとしたが、一歩も踏み出さないうちに捕まった。

「勝手にばっくれんなよ」

 いいか? と、俺の目を覗きこんだ美幸。

「なんでアンタみたいなのが良いのか、アタシも分かんないんだ。でも、好きなんだからしょうがないじゃないか。諦めろ!」

 美幸の手が俺の頬に伸び――、キスでもしてくるかと期待したが、普通に抓られた。

「昔っから、どっか、ムカつくんだよアンタ。でも、だからこそ……いや、だからこそ、じゃないよね。なんか、嫌いすぎて好きなんだ。だから、嫌がらせも兼ねて別れてやらん。覚悟を決めろ! 文句言うのも愛情表現だ」

 ガーッと、とこか楽しそうな顔で捲くし立てられ、今度こそ俺は盛大な溜息をついた。

 そして、そのまま、ん――と、唇を突き出すが、雨降って地が固まるというか、喧嘩の後の恋人のお約束を、サックリ無視した美幸の平手で遮られてしまう。

 まったく、と、腰に手を当てて気の強い恋人と向かい合う。

「降参だ」


 遠距離は大変だし、大学のレベルで少し負けたのは、やっぱり少し思うところもあるけど――まだまだ挽回の余地だって無いわけじゃない。

 あ……いや、いっそ、主夫とか目指すかな。予想の斜め上を目指すのが俺だし。

 はぁーあ、と少しだけ吹っ切れた笑みを美幸に返す。

「君らしいね」

この小説はフィクションです。

全ての受験生が、希望の進路を歩めますように、作者は心からお祈り申し上げております。

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