八話・猟師になった
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数日後、深森王国の人々は沈痛な面持ちで魔学の国の大通りを埋め尽くしていた。
葬儀は粛々と営まれた。
私達七人でお父様とお母様の遺体に再会する。
「お父様……頑張りましたね」
「レアは最後まで愛に満ち、力強く暖かであったあなたを誇らしく思います」
「お母様、お疲れ様でした」
「最後までお父様を支え、国を守ろうとしたあなたを尊敬します」
「レアは……レアは幸せでした」
背後ですすり泣く声が響く。
「お父様、お母様、レアはお二人に頂いた愛を、決して忘れない」
「有り難う御座いました」
「来世で、また会いましょう……お休みなさい」
「……うっ、ううっ、お休みなさい……」
「うああ……」
私はお別れの挨拶が終わると共に泣き崩れた。
既に涙で顔がびしょびしょのミルキーが私を抱きしめ、頬を寄せる。
アリカも、カナムも、タミヤも、シルくん、マルくんも。
棺にしがみついて泣き始めた。
マルくんは
「何でレアに付いていてやらなかったんだ!」
と叫んで、慟哭した。
シルくんは
「おじさん、おばさん、平民の僕に良くしてくれた事は生涯忘れません。 レアは必ず僕が守ります」
と言って、力強く拳を握って涙を流した。
アリカは座り込み、ただただ泣き続け、カナムは地面に伏せてしまった。
タミヤは明らかに泣いている顔を逸らし、声を堪えるように震えていた。ミルキーは私を抱きしめた。
私のために強く有ろうとしてくれていた。
私はそれらを見て、何かの留め金が決壊したように泣き続けた。
民たちも泣き、その声は魔学の国全てを、揺らす様だった。
これで本当に最後。
二人ともお別れ。
私も、もう泣かない。
いつか年老いて家族を失うまで、泣かない。
五歳だから、先はまだずっと長いけど。
葬儀が終わり、私は王城に泊めて頂ける事になった。
私は泣き疲れてぼーっとしていた。
マルくんとシルくんが私がミルキーに抱かれ座っているベッドの横に腰掛けて私を見ている。
ミルキーは私を抱え、やはり天井を見上げてぼーっとしている。
タミヤはアリカとカナムを慰めている。
アリカとカナムは大分落ち着いていた。
「私……」
私が呟くと皆が体を震わせた。
「頑張る……強くなる」
皆、強く頷いた。
翌日、私たちは両親のお墓を立ててもらう。
随分前から用意されていた物らしい。
そして本当に最後のお別れ。
火葬された両親の遺骨をお墓に入れた。
そして魔学王にお礼を告げて私たちは城を出る。
その足でギルドに向かう。
ギルドに入ると柄の悪い冒険者たちが一斉にこちらを見た。
すると突然髭面でマッチョで間違い無く賊の類の風体の大柄な男が私の前に立った。
いきなり戦闘?と思ったが。
「う、うううっ、レア姫様ああっ!」
「うおおおいおいおい!」
その男は私の名前を呼んだかと思うと盛大に泣き崩れ、私より小さくなった。
ギルド中のマッチョな面子がそれを皮切りに乙女の様に啜り泣く。
(こんな光景どんなラノベやゲームでも見た事ねえよ!)
とおっさんは良く分からない事を言った。
「皆さん、有り難う御座います。 告別式に参加して下さったんですね」
「はいい……ご立派でした、姫様!」
マッチョな賊もどきさんは私を誉めて床にドンドンと頭をぶつけて泣いた。
「あ、あの、それくらいで、床壊れます」
私は彼の頭よりギルドの床を心配した。
それくらい彼が屈強だったので。
とにかく、有り難うと告げてギルドの奥に行く。
受付嬢も泣いている。
「あの、ギルドに登録したいのでお願いします」
「は、はいい……ぐすっ、ぐすっ」
泣きながらも仕事はしてくれた。
「では……レア様と……ぐすっ、お仲間皆さんを……ギルドに登録……して、ギルド……カードを、発行します」
泣き崩れそうになりながら必死に立て直そうとする受付嬢さん。
嬉しいやら恥ずかしいやら。
「少々お待ちを」
暫く後ろの、多分事務室に入って出てこなかった。
出てきた時はしっかりお役人になっていた。
「私が皆さんの担当を務めることになります、メリア・ケイと申します、よろしくお願いします」
童顔と言うか、本当に十五歳くらい、ショートの茶髪が可愛らしい人だ。
さて、ギルドに登録。
ギルドカードの説明を受けた。
ギルドカードは錬金術により本人の魔力を登録し、本人が魔力を当てると青く、別の人が当てると赤く発光する。
仕事をこなす事でレベルが変わる。
仕事それぞれにレベルが設定されていて、自分のレベル以上の仕事をクリアするとそのレベルになる。
更にレベルにより四つのランクが設けられている。
自分のランクより下の仕事は受けられず、ある程度の仕事数をクリアするとレベルに関わらず自動的にランクが上がる。
低レベル冒険者を保護するシステムだ。
仕事には採取任務、討伐任務、探索任務、護衛任務、更に傭兵の要請、犯罪者の逮捕、見回り、魔法関連物品精製調達などなど、の他に、食肉確保なるものがあった。
前世の私が飛びついた。
「これ、食肉確保って?」
「あ、はい」
食肉に食いついた幼女姫にメリアは引いた
だが気を取り直して説明。
「ギルドの方で確認しています、食べられる動物や魔物の肉をこちらで買い取ります」
「あ、少しお待ちを」
そう言って後ろの棚を開けて厚紙で閉じたファイルを取り出す。
「こちらが食用可能なモンスターをまとめた物になります」
ファイルを開いてみると魔物の他に猪や鹿、野鳥などもある。
最新の項目にグレーターデーモンも入っていた。
あれ食べるのは流石にどうなんだろう?
「ん、ドラゴンも食べられるんですか」
「最高級ですね、一頭一億Gになりますよ」
「そ、そんなに?」
「レッサードラゴンやレックスなんかは安いんですが、それでも百グラム数百G以上ですが、エンシェントドラゴンになると世界に何頭いるか分かりませんからね」
「あ、ちなみにこちらに書いてあるように人類に攻撃の意志を見せていないエンシェントドラゴンは狩猟禁止種です」
「まあ密猟しようとしても百パー殺されますけど」
「エンシェントドラゴンに勝てるかな?」
私の呟きに勇者マルくんが答える。
「エンシェントドラゴンなんて俺の先輩冒険者でも遭遇した事が無いから、やってみないと分からないな」
「まあその内倒せるようになります」
「もうレアはアークデーモンや魔王クラスにも勝ったんだけどね」
それを聞いてメリアの顔が引きつる。
「まあ密猟はご勘弁を……狩猟禁止種はしっかりご確認下さい」
「はい」
とにかく今世でプロ猟師になれると言う事でおっさん大感激。
魂が震えるので私もワクワクしてきました。
さて、一通り手続きを済ますと調味料や野菜を買い込んで帰る事にした。
日が変わり、早速当面の生活費を稼ぐ為に狩猟を開始する事にした。
ここで基準として考えたのはマルくんのギルドランクとレベル。
当然勇者マルくんAランク、レベルは四十三だったが、魔王もどき討伐から一気に百二十になったらしい。
私たちはギルドに登録していなかったのでノーカウントだ。
マルくんの以前のレベルを基準としてレベル四十以上の食肉を確保したいと思う。
そのレベルならこの三人で恐らく討伐可能だと思われるからだ。
なので、四十レベル以上から五十五までの一覧を確認する。
シーサーペント肉、五十三。
グラビティドラゴン肉、五十。
マグマボア肉、四十九。
冥界シャコ肉、四十七。
スノーレックス肉、四十五。
火炎鷲肉、四十三。
雷神ウサギ肉、四十三。
大王ナマズ肉、四十一。
火炎油鯛肉、四十。
うーん、どれにしよう?
肉量が多ければ自分たちや民も食べられるかも、と言う事で体重の多い魔物を狙う事にした。
その中で出来るだけ狩り安くレベルも高い物。
「グラビティドラゴン行っちゃう?」
「まあそれくらいなら余裕ですか」
「ベテラン冒険者でレベル三十なんですがねえ……」
マルくんと私の発言にタミヤが呆れた。
とりあえずまだ戦闘能力の低い四人は置いて、私、シルくんマルくんで討伐に行く事にした。
再びギルドに向かいメリアに相談する。
討伐任務にグラビティドラゴンを確認し、それを受ける事に。
メリアは意外にも私が任務を受ける事を拒否しなかった。
明らかにレベルが足りない場合受付の判断で拒否出来るのだが。
「リバイブサタン一体とアークデーモン数体と戦いながら十人以上の兵士を守りきった人が、勇者まで連れてるのに反対する訳が無いです。 レベル百超えでも承認しますよ」
だ、そうだ。
アークデーモンの討伐レベルは八十を超えていた。
魔王もどき、リバイブサタンは新登録種で百二十である。
(そりゃ五十程度じゃ止めんわな)
グラビティドラゴン出現情報、討伐依頼者は赤海群島首長国。
手元の資料ではグラビティドラゴンは山深い所にしか現れない、と書いてあるが、依頼は海洋国家から来ていた。
「たぶん赤海火山帯だな……赤海は火山が多くて赤海と呼ばれるのも度々溶岩で真っ赤に染まるかららしい」
「炎は相性良くないかも知れません」
「空気を圧縮しただけで普通に爆発しそうだね」
「まあ問題ないよ、レアなら」
「はい、何か対策を考えておきましょう」
そして私たちは赤海に行くのだが、魔学の港までで一日、赤海まで船で三日、山を登るのに一日、往復十日かかる事が分かった。
しかしそこは私、普通の方法では行かない。
「うおっ、はやっ!」
「レア姫、これ落ちないの?」
「魔石の魔力は十分に残っています。 大丈夫です」
三人で空を飛んでいく。
魔石は魔力を貯蔵するのにとても便利な道具だ。
私は日頃から魔石に魔力を貯蔵するトレーニングを欠かした事が無かった。
朝一番からほぼ一日掛かったが、無事に入国、しかし途端に騎士たちに取り囲まれた。
騎士部隊長は私とマルくんを見て、入国許可を出すので詰め所に来て欲しい、と誘導してくれた。
町の人が「あれがレア姫」とか言っていたので私の事はこんな海の向こうにまで知られていると分かった。
事務手続きはすぐに終わり、グラビティドラゴン討伐も深々と頭を下げてお願いしてくれる。
「私の話はどのように伝わってるのですか?」
「魔弾の王女レア、悪魔教官レア、蘇生の女神レア、女神の再来、軍神幼女、風神の主レア、奇跡の料理人、国宝錬金姫、悲劇の幼姫レア姫、万能属性幼女……」
「ストップ、分かりました」
中二病のおっさんが身悶えするくらいたくさんの痛い二つ名が付いていた。
もう私が耐えられない。
つか最後。
私がマルくんを睨むと顔を逸らし口笛を吹くテンプレをやっている。
とりあえずエアブレットを最弱威力で撃っておく。
吹っ飛んだ勇者。
騎士部隊長はそれを見て噂に違わないと理解する。
(さっさとグラビティドラゴン狩るぞ)
前世の私が急かした。
日が暮れる前にぱっと倒して明日には帰る積もりらしい。
私は海が好きなので美しい赤海を観光したいのだが。
(明日の朝でも時間はある)
と、言う訳で私たちは入国許可を得ると直ぐに山に飛んだ。
赤海群島一の高山、アギ火山は標高七千メートルの、大火山である。
私たちはその山に一っ飛びで登った。
「やっぱりレアが居ると移動が楽々なんだよな」
「そうだね、姫様の飛行魔法を魔道具にして欲しい」
二人の意見にブイトール機か軍用ヘリだな、と呟くおっさん。
頼むから普通の物にしませんか?
痛い二つ名量産幼女と呼ばれたくなければ。
痛い二つ名のお陰でおっさんは少し控える、と誓った。
山を探索するのは少し時間が掛かる。
そこで思ったのは鉱石を知っていれば採取もついでに出来たのに、と言う事。
また来る時の為に足元の石の色や形などをメモしながら歩く。
「本当に勉強熱心だな、レアは」
マルくんが呆れた。
所で何故ずっとレア、と呼び捨てなのか気になる。
構わないけど何故か気になる。
そこは男心、としかおっさんは教えてくれなかった。
暑いのが嫌なので結界を展開し、結界内に冷風を召還する。
これは私が空気を圧縮し熱を逃した後圧力を戻すと涼しくなる事を精霊に教えた為に精霊による瞬時召還が可能になった事で出来る様になった魔法だ。
精霊は一度展開した術式を非常に良く覚えてくれた。
と、言っても意思疎通出来る訳でも姿が見える訳でも無いのだけれど。
なので三人は快適だ。
油断するタイミングなので私は魔力探査を展開する。
以前魔王もどき、リバイブサタンに奇襲された事から魔力探査範囲は倍にしている。
これは魔力消費が殆ど無いので神経が疲れる以外に問題は無い。
魔力探査を広げていくと、明らかに強力な魔力反応。
魔力千超だ。
グラビティドラゴンはその黒いボコボコの体表、頭が隆起したような角、顎から頭に顔の横を流れるラインのように生えている二本の角、小さく沢山並んだ牙、と言う異様で
一目散に逃げ出した。
「臆病な魔物なのですか?」
「まさか、どう見てもこの島のボスだよ?」
「はあ」
「明らかにレア姫の顔を見て逃げたけど」
倒した悪魔の臭いでも着いてるのだろうか?
ちょっと臭いを嗅いでみた。
「レアはいい匂いだよ?」
(こいつこんな気障だっけ?)
と、おっさん。
匂いを嗅ぐマルくん。
恥ずかしい。
エアボールをぶつけておく。
何故か隙を見てシルくんも匂いを嗅いでいたが、疲れたからスルーした。
とにかく野生を理解しているグラビティドラゴンを狩りに行こう。
二人を残し高速で移動する。
しかしまあ、二人も流石に私の騎士を志すだけあって付いて来た。
グラビティドラゴンを発見するが目の前に降りたらたぶんまた逃げるので、上空から攻撃。
窒素結界をグラビティドラゴンの顔に展開する。
やがて呼吸ができなくなったグラビティドラゴンが激しく頭を振った。
真空剣を発生させ、グラビティドラゴンの鋼より硬いと言う鱗を斬り裂き、ほぼ体は無傷の状態で血抜きする。
私の真空剣は風の力により空気を分断する力を発生させる事で真空を生み出すのだが、その力は鋼をも切り裂くほど強力だったりする。
所で今放血しているグラビティドラゴンのこの血も貴重な薬になるらしかったのだがこの時は知らなかったので、金に匹敵する液体を乾いた熱い地面に望むまま吸わせた。
倒したグラビティドラゴン……攻撃を受けなかったので何がグラビティなのか分からなかった……を浮かせて、町まで飛び帰る。
シルくんとマルくんは放っておいた。
これも修行、と悪魔教官私は呟いて。
町はまた大騒ぎになる。
たったの三十分で幼女が町を荒らす凶悪なドラゴンを狩って血抜きして帰ってきたのだ。
この日から赤海群島では幼きドラゴンスローターと呼ばれる。
二つ名が増えた。
痛い、頭痛が痛い。
グラビティドラゴン討伐依頼の成功を確認され、鱗、牙、角も全くの無傷、肉も新鮮、内臓も腐っていない、と言うことで、討伐報酬三百万、肉他が七百万で、一千万Gを手に入れ、ランクA認定、レベル五十認定を受けた。
う~ん、思った以上に簡単だった。
これはあんまりギルドの仕事はやらない方が良いのかなあ。
シルくんとマルくんは大分私より遅れたが、ちゃんと日が暮れる前に帰ってきた。
さて、宿に泊まる事にしよう。
宿に泊まった事は何度かある。
いつもロイヤルスイートだったが。
なので、普通の部屋か馬小屋をオーダーしようとして二人に必死で止められた。
仕方ないのでロイヤルスイートを一部屋。
私だけ普通の一人部屋を頼む。
大して多くない荷物を部屋に置いて、晩御飯を食べに出掛ける事にした。
ちなみに肉のうち一トン……グラビティドラゴンは十トンほどだったので一割、を魔学に輸送してもらう事にした。
帰ったら皆でドラゴン肉食べられる!
なので今日は海鮮!
三人で流行ってそうな食堂を見付けて入る。
茹でタイタンエビや軍船貝の貝柱の煮物、魔鯛の塩焼き、星イカのお刺身、海賊海藻サラダを注文。
んふふ、海はこれが有るから好き。
深森と違いお刺身もある。
五歳の幼女にしては注文するのは酒飲みの趣味だった。
そしてこの世界で食べた事がない半魔物系の食べ物ばかり。
シルくんは興味深々でマルくんは舌なめずりしている。
『いただきま~す!』
子供三人が山のような料理を平らげていくのを見て周りは皆こちらを見ている。
そして何人かが私がレアだと気付いている。
目立たないようにしよう。
私はまず、美味しそうな茹でエビを掴む。
ばきゃっ、と少し硬い殻を割ると肉にかぶりつく。
旨味と塩味の効いた海の香りのジュースが口から零れそうだ。
んまい。
五歳の幼女が自分の口より大きいエビをかじってニコニコしているのを見て、周囲のごろつきさんたちの頬が弛んでいる。
貝の煮物をほぐし口に放り込む。
海の旨味と甘さがずるずるとその汁とともに喉の奥に染み込む。
頬を染めつつもぐもぐと貝柱の柔らかな繊維を噛み切る。
何故か泣き出してる海賊風のおじさんが居る。
イカのお刺身はとびきり甘くてマスタードがピリリとその味を締める。
ビール飲みてえ、と前世の意識に浮かぶが、まあ後十年は待って欲しい。
海藻サラダもサクサクして美味しい。
変わった食感の海藻だ。
さて、メインの塩焼きをつつく。
ホロッと肉が解れる。
小骨は少ない様だ。
口に入れると弾力のある肉が溢れる旨味と深海の魚特有の風味を伝えてくる。
シンプルな天然塩の味がその風味を引き立てる。
「全部美味しい~っ!」
「うん、美味しいね!」
「やっぱり赤海の海鮮料理は最高だなあ」
私たちが半分食べたくらいで酔っ払いがテーブルにやってくる。
食事を中断されたら嫌だなあ。
するとその酔っ払いは金貨を一枚置いて黙って戻っていく。
それを見た他の酔っ払いがまた一枚。
この世界の通貨は金貨千G、銀貨五百G、合金貨百G、銅貨十G、石貨一Gとなる。
国同士のお金のやりとりは特殊なメダルや魔力プレートで行われる。
金貨一枚は一万~二万円の価値があると考えるのが相当か。
私にしてみれば円の価値が解らないけれど。
つまり酔っ払いの皆さんは可愛い子供たちに奢る積もりらしかった。
しかし明らかに多い。
一枚でたぶん払えるのに二十枚を超えた。
「あの……今日一千万稼いだのでいりません……」
つい言ってしまった。
皆がそれで私の正体を知る。
「幼きドラゴンスローター!」
「魔弾の王女!」
「風神の主!」
挙げ句の果てにコックさんまで「奇跡の料理人……」と呟いた。
逃げたい。
マルくんがくっくっくっ、と口元を押さえて、笑う。
「自分でバラしちゃうんだもんな」
そして私のテーブルの金貨は何故か三倍くらいに増えた。
これからはできるだけ自炊しよう、と誓う。
初めての個室で一人でのお泊まりは少し怖かった。
まあはっきり言って敵は居ないのだが。
この島のボスを瞬殺したのだし。
でも一人で天井を見ていると色々と思い出すのだ。
ジェイさんの顔、騎士団長さんたちの顔、迫る黒い群れ、両親の亡骸……。
そして想像してしまう。
リバイブサタンやドラゴンたちと戦う両親を。
両親も騎士団長さんたちも私の護符があったので殆ど外傷が無かった。
恐らくブレスに巻かれ窒息した可能性が一番高いが、風の王家の両親だ。
リバイブサタンたちが何体も倒れていた事を考えれば、実力以上の相手にかなり善戦したのだろう。
リバイブサタンは仲間を蘇生する。
それが何体も倒れていたと言う事はリバイブサタンは全滅に近い状態まで追い詰めた筈だ。
ジェイさんの事を考えれば蘇生限界点まで蘇生を妨害したのだろう。
逆に言えば私の加護のせいで余計に長く苦しんだのではないか。
それでも皆亡くなったと言う事は更に強い存在が居たのだ。
私は自分の胸元に掛かっている封印無効のアミュレットを見た。
せめて私がこれをお父様に返していれば。
いや、そこに私が居るだけで勝てた。
それはきっと驕りでも誤算でもない。
私のせい……。
そう思った時、扉をノックする音。
「開いてます」
「不用心だろ、レア」
「そ、そうだよ」
私の騎士たちだ。
「やっぱり泣いてる」
「な、泣いてない」
「嫌な予感がしたから、さ」
「そ、夜這いはこいつの提案です」
「よばっ……」
おっと、宿を壊す所だった。
解った、マルくん私をからかってる。
幼女をからかうな。
「今日だけ一緒に寝るの、駄目かな?」
「ロイヤルスイートはちょっと肌に合わないしね」
私は少し考えた。
前世の意識にも聞いてみた。
(ん~、まあ十三歳と七歳なら大丈夫だろう)
「分かりました、お願いします」
二人は私のベッドに座った。
ちょっと怖い。
でも二人とも私に凄く気を使っていた。
いつも生意気なマルくんでさえ恐縮している。
寂しさと愛しさがその状態を望んでいる。
ちょっとの恐怖と自立心がそれを拒む。
しかしそれはすぐ瓦解した。
マルくんが自分の冒険記を語り始めたのだ。
マルくんは五歳の頃には魔力が人の十倍、数値にするなら百を超えていたらしい。
私は五歳現在で五千を超えてるが比べてはいけない。
話を戻そう。
マルくんは五歳でギルドに登録した。
まず最初に討伐するのは絶対ドラゴンが良いと考えていた。
普通は最終目的だが。
私はグレーターデーモンだったが。
私と比べてはいけない。
マルくんはまずレッサードラゴンの子供か草食竜の子供を考えた。
そしてできるだけ強くなりたかったのでレッサードラゴンを狙う事にした。
レッサードラゴンは大人で三十レベル。
熟練冒険者でも難敵だ。
当然マルくんは依頼を受けていない。
事後報告で報酬を貰う積もりでいた。
初めての旅は厳しい物だった。
家宝の剣だけ持ち出し、水も持たず食料も持たず、三日目には泥水を啜り、食べられると知ってた野草を生でかじって飢えを凌いだ。
そこからまた三日掛けて死ぬ思いで家に帰り小遣いから袋を買い、水筒を買い、食料を買った。
お金を全て使った為もう諦めるかドラゴンを倒さないと旅は終わりだと思った。
だから走った。
強行軍だった。
自分の属性は神官に聞いていたので平坦な道では魔法の訓練をする。
雷と重力は難解な魔法だ。
特に重力はイメージが中々作れない。
やっと相手の体重を少し重くする魔法を思い付く。
そして山の中に入り、レッサードラゴンを見つける。
子供では無かった。
マルくんは強くなる為にドラゴンに挑もうと考えるちょっとぶっ飛んだ子供だ。
自分の中で一番通用しなさそうな戦術、剣での攻撃から始めた。
まず大型の魔物の弱点である脚を狙う。
しかしレッサードラゴンは素早くそれを交わしつつ強靭な顎で噛みついてくる。
命辛々で交わす。
その時感覚が有った。
今、自分は少し強くなった、と。
考えてみれば死地に入って感覚が鋭さを増した結果のイメージだろう。
でもそれでレッサードラゴンの動きはスローに見え始めた。
攻撃を交わし着実にダメージを与える五歳児。
やがて蹂躙する事を考え始めた。
明らかな侮り。
私に説教した前世の意識ならばこれは完全に怒り狂っただろう。
しかしマルくんは確かに強かったのだ。
雷撃でレッサードラゴンの力を削ぎ取り、立ち上がった所で重力を掛けて押し潰す。
踏ん張る竜の脚に斬りつける。
「アンギャアアアアアアアアアアアアア!!」
「くおおおっ!」
身体強化全開、レッサードラゴンの脚はへし折れた。
どうっ、と倒れたドラゴン。
そこまで聞いてシルくんの目がキラキラしているのを確認。
しかし私も前世の意識も分かっていた。
まだ止めを刺してない。
「脚を斬っても死にませんよね?」
「御名答、流石魔弾の王女様」
「二つ名はやめてください、魂から萎えます」
「はいよ」
やめる気無さそうだ。
「続けるよ?」と、マルくんは続ける。
倒した。
そう思ったマルくんは竜に近付く。
決して終わったと思っていた訳では無かった。
だから十分な間合いから止めに行こうと考えていた。
しかし。
跳ねた。
片足で竜は跳ねて、必殺の一撃を放ってくる。
かじられた。
マルくんは起き上がりシャツをめくり揚げる。
腹部には殆どお腹を一周する傷跡があった。
そのころは回復魔法もまだ十分に使えなかったマルスはその傷を負ったまま山道を、血の臭いを嗅ぎつけてくる魔物を振り切って下りてきた……。
それは五歳にして初めて味わう死地。
私はマルくんの傷を見つめる。
そして同時にベッドの上で異性の裸を見ていることに気付いて目を覆う。
するとマルくんもシャツを下ろし、恥ずかしそうに頬を染めていた。
勇者は無事にドラゴンを倒し、一気に名声を高める事になる。
それから数年、彼は自分を鍛え直す。
自分の弱さも、自然の恐怖も、摂理も、色々な事を思い知ったから。
私と共通点があった。
色々油断していた。
自分の力を過信していた。
そして痛い目を見た。
力が無ければ自由もないと知った。
でもそれだけじゃない。
私は自由がない事は不幸じゃない事も教えてもらった。
マルくんは知ってるのかな……。
「面白かった?」
「え、はい」
「……」
「僕も負けない」
「は、勝負にならないでしょ」
「負けない!」
二人の間で火花が散る。
困ってしまった。
凄く困ってしまった。
前世の意識はイライラしてるものの、切れるわけにもいかないらしい。
マルくんの冒険は確かに鮮烈だったから、少しこの勇者を認めてしまったそうだ。
覚悟があると。
マルくんは更にシルくんを弄る。
「そう言えばギルド登録初任務はレアもドラゴンだな、仲間仲間!」
「レベルが違うだろ!」
「確かにね、でも自分の無力を感じて修行しようとしたりさ、俺たち似てるよな!」
ドキッとしてしまった。
確かに思っていたから。
(おーい、焦るな、こいつは知らないけどあたしらだって共通点有るだろ!)
お姉さんの声が強くなった。
そうだった。
僕らだって険しい道のりを二人で乗り越えてきたんだ。
ミルキーさんが溺れた時も、手術の時も。
それに転生組って共通点だってあるんだ。
僕だって負けてない。
マルさんに負けてない。
でもレア姫はマルさんの方ばっかり見てる。
どうしよう。
なんでこんな風に苛立つんだろう。
もう一度お姉さんの声がする。
(落ち着けったら)
(がっついても良い事無いぞ)
「うわあああっ!」
叫んで、シルくんは部屋を出て行った。
「お、おい、待てよ!」
それを追ってマルくんも出て行く。
「ごめん!」
とだけ言い残して。
私はどうしたらいい?と、問う。
(十年早い、気にするな)
前世の意識のイライラはなんとなく私にも向けられていた。
ミルキーに会いたいな。
明日は観光して直ぐ帰ろう。
そう決めた所で、眠気に負けた。
海のご馳走が食べたいです。