五話・五歳になった・後編
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シルルス少年はイライラしていた。
仲良しのレア姫様に突然仲の良い男友達が出来ていたからだ。
何故イライラするのか分からなかったが、前世のお姉さんは「そういうもんだ」と言っていたので、気にしないことにした。
気にしないで、ぶっ飛ばす!
しかし魔力量だけなら自分の四分の一のマルスに、何故か勝てない。
踏み込めば雷撃トラップ、下がれば光線、撹乱しようと動き回れば重力トラップ。
こちらの攻撃はかすれば吹き飛ばせるが、それも身体強化しつつ後ろに跳ぶことでダメージを軽減。
シルルスが今までに出会った中では、レア姫様の次くらいの強敵、難敵だった。
お姉さんも「ここまでチートな奴格ゲーでも見たこと無い」と言い、若干諦めている。
なんとか対策を考えて欲しい、と魂に呼び掛ける。
お姉さんはあまり頭が良くないと日頃から言っているが、シルルスよりは遥かに沢山のアイデアを持っていた。
彼女の死は幼い自分には酷くショックなものだったので、今はその記憶を封印している。
だが、その記憶があるから僕は女の子を守りたい。
姫様を守りたい。
ここで負けられない。
そこでお姉さんが思いついたアイデアは、体表に魔法を絶縁するために魔力を集めて突っ込む。
いつもの脳筋作戦を更に一歩進めた作戦を提案された。
どうせ自分は前衛で姫様の盾になるのだからそれでいい。
剣を地面にこすりつけてアースにしつつ魔力を体表に纏めて突っ込む。
「おおおおおっ!」
「くっ、身体強化、防御!」
シルほど正確ではないが、マルスも身体強化をコントロールできる。
シルはまず力半分で殴る。
それでも相手の倍の魔力だ。
狙い通りマルスは弾け飛んだ。
地面を縦に転がるマルスを見て、多少溜飲を下げる。
自分が六つ、来年三月で七つ、マルスは十三歳……六、七歳差があるのだから実戦経験の差は仕方ない。
しかし四倍魔力があるのにこの苦戦、まるっきり勇者と対峙する魔王である。
二百メートルほど吹き飛んだ勇者マルスは、ゆらりと立ち上がると、重力と雷の合成魔法、黒雷を放った。
「勇者ともあろう人が何をやってるんですか……」
私が呆れて呟くと正座した勇者が頭を掻く。
それを見て笑うシルくん。
「少年も!」
「少年言わないで!」
ふう、私とおっさんは同時にため息をついた。
二人は半死になる寸前までやりあったのだ。
驚くべきは勇者マルスではあるが、シル少年もそんな相手と力押しだけで五分だったのは尊敬するに値する。
私にしてみればエアブレット一発二人の間で爆発させただけで倒れたので「仕方のない子たち」のように思えた。
(直撃したら死ぬな)
ヘトヘトになってる騎士さんたちや冒険者さんたちも明日は半日打ち合いし、残りは帰還と休息に充てることにした。
そもそも私は魔力にばかり目が行きすぎていた。
実際魔力は四分の一だったマルくんはシルくんを押していた。
目の前で勇者と魔王の決戦を見れたようで私の中のおっさんは満足していたが。
……実戦を全員に経験させよう。
私は回復浄化合成魔法を全員に一度に掛けた。
「明日はマルくんシルくん対残り全員で戦ってもらいます」
全員が「ええっ!」と声を上げた。
しかし多分良いバランスのはずだ。
シルくんは王宮の、今も来ている青年近衛騎士に勝っているし、そのシルくんにマルくんは互角以上で戦えるのだ。
対する十三人のうち、十人は国を守る騎士、残りの三人は歴戦の冒険者たちだ。
騎士たちは団長たちと冒険者中心に作戦会議、私はシルくんとマルくんの会議に参加した。
「数が多いから多分囲んでこようとするよね?」
「とは言っても魔法戦ですからここは鶴翼か横列陣形で押してくるんじゃないでしょうか?」
「完全に囲むと同士討ちだもんね」
マルくんが大まかな敵の作戦イメージを、私が展開予測を、シルくんがそれを補強する。
「囲むなら魔法戦より肉弾戦だもんなあ。 剣はどうするの?」
「抜き身は禁止です」
「じゃあ打撃戦か」
「マルさんの魔法警戒してくるよね」
「だろうな、向こうの聖騎士辺りに封印魔法持ちが居たら厳しい」
「僕もそれは厳しい」
「だからさ、先制のトップスピードで聖騎士をぶっ飛ばしてよ」
「なるほど、まずシルくんが向かい、もし封印魔法が来たら後ろからマルくんが解術してそのまま、ですね」
「最初はそんな感じで、シル少年はトラップさえ踏まなければ」
「少年って言うな」
マルくんは少年の主張をスルー。
「聖騎士が二手に別れたら?」
「いきなりで悪いけど黒雷か白雷、まあ二頭竜まではやり過ぎか」
「マルさん手加減してたんだ?」
「二人とも手加減はしていましたね」
「そうなの? ちょいと俺もショック」
そもそも二人が全力で戦うとそれは戦争になる。
「で、お二人の奥の手は教えて下さらないんですか?」
「僕の奥の手は多重身体強化」
「え、そんなことできるんですか?」
「俺の奥の手は五色魔法陣」
「ええっ、三属性で!?」
「神聖魔法の状態異常と身体強化の反転を使って光、重力、雷、全状態異常、身体脱力の五つ」
「器用なんですね!」
二人とも私にさえ見せてない奥の手があるのか……。
「姫様は?」
「レア姫はやっぱり風と光合成とか?」
何故か私の名前をマルくんが呼んだことでむっとするシルくん。
またおっさんが笑い転げている。
無視。
「私の奥の手は……やると皆死んじゃいますから……」
二人の顔が引きつる。
ハッタリではなく、割と本気で。
「私の奥の手は、真空世界と言う魔法です」
五百メートル四方くらいを結界ドームで包む。
ドーム内の空気を一点に超圧縮。
真空で全員窒息、耐えても全身沸騰。
それに耐えきったところで超圧縮した空気が爆散、大轟音、しかも圧縮して熱を失った固体寸前の気体が気化する事で一気に熱を奪う氷結作用。
こちらも魔力結界でギリギリまで魔力を使う本当の奥の手だが、耐えたらちょっと感心する。
「……」
「レア姫は敵に回さないことに決定した」
「僕も……もちろん守るべきレア姫様とは戦わないけど」
若干怯え始めたマルくんにシルくんが何故か対抗した。
「あと今考えてるのは窒素ボールで窒息とか、魔力防御が小さいか死にかけてる相手なら直接血管に空気を送りますね」
「酸素ボールも毒物ですし、あ、憧れてるのが核融合です」
「核融合!?」
シルくんが盛大に反応、未知の世界に冒険者であるマルくんも目を白黒。
憧れてるだけですよ?
「お手軽なのはダウンバーストとかデスエリアですね。 あ、ダウンバーストは超強力な下降気流で全体攻撃、デスエリアって言うのは魔力を叩きつけて一定範囲にいる敵から急速、強引に魔力を奪い取って相手を昏倒させるもので……」
「ストップ、レア姫ストップ!」
まだあるのに……。
「あ、真空剣二刀流とかエアハンマーなら皆さんも想像がつくのでは?」
「まあその辺りなら僕も見たことあるし」
「後は結界ですか」
「それも今日思いつきました」
「ええっ」
「速いよ……お姉さんが頭抱えてるよ……ちゃんと勉強するんだったよ、あたしも……」
シルくんが狼狽して前世のお姉さん口調で喋り始めた。
「と、言っても実現したわけじゃないんです……かなり高度な魔法になるので……」
「聞かせてくれる?」
マルくんは流石に興味津々だ。
「マルくんにもできるかも……封印魔法を結界として展開するんです」
「封印結界か!」
「実在するんですか?」
「いや、歴史上一回登場しただけの魔法だ……しかも女神の戦いの記述の中で」
「ああ、それでは調べても駄目ですね」
自力でやるしかない。
「女神の再来か……」
マルくんは空を見上げて呟いた。
翌日。
チートな二人が全力を出すと皆殺しになることが分かった。
なのでこれは実力が近い相手に如何に手加減しながら勝利するか、と言う、非常に難易度の高い戦いになる。
私もここにいる全員と手加減して戦うのは難しい。
子供二人と大人十三人が対峙する光景。
しかもたぶん強いのは子供側。
私の中のおっさんは新しい玩具を見る子供のような目をしている。
開戦。
まずマルくんの黒雷が地面に突き刺さり、轟音、爆発。
私もびっくりする中、シルくんは最初から聴覚遮断していたらしく平気で前進、聖騎士を一人五百メートルくらい投げ飛ばす。
返す刀、もう一人、おそらく既に超反射状態なんだろう、全く相手が反応しないうちにもう一人。
恐らく精神修行も行っている騎士たちが混乱する。
そうしているうちにマルくんもどんどん遠距離から魔法を放ち、どんどん騎士サイドの数が減る。
シルくんが聖騎士長に向かう。
たぶん聖騎士長は封印魔法を使わないことにしている。
化け物、シルくんと打ち合えないなら自分は魔物に向かえない、と考えたらしかった。
格好良い。
身体強化を……たぶん大幅に手加減している少年に、聖騎士長は全力で向かい合う。
彼がその時使っていた魔法、オートヒールが目を引いた。
傷を負った瞬間、自動的に魔力を消費し傷を塞ぐ。
魔力が続く限りおよそ無敵なのではないか。
私がそう思った瞬間、マルくんが全く空気を読まず聖騎士長に封印魔法を叩きつけた。
「あぶっ!?」
魔法を封じられた挙げ句シルくんに殴り飛ばされた聖騎士長に、同情せざるを得まい。
騎士団長、そして冒険者たちはその隙を逃さず、長時間魔力蓄積した魔法を発動した。
二人を束縛し、全属性魔法を叩きつける、王国最高の秘術だった。
二人を全属性の衝撃が襲う。
おっさんは「お前ら本気出し過ぎだろ!」と叫んだが
まあ二人がその程度でやられるわけ無いか、と、一人ごちた。
次の瞬間勇者マルくんは「全体全回復」と呟いた。
二人は体力を全回復、あとは虐殺である。
私はパワーバランスを間違えていたことをはっきり自覚した。
全員に全回復をかけた後。
「全員で私にかかってきませんか?」
全員引いた。
開戦のゴングと言うわけではないが、エアブレットを地面に叩きつける。
不意を突かれた騎士たちは皆吹き飛んだ。
聖騎士長、騎士団長、マルくん、シルくんは既に事態を理解し、全力で私を攻めてきた。
マルくんの五重魔法陣を私は発動寸前に大魔力を叩きつけ、潰す。
聖騎士長と騎士団長が奥の手である合体魔法、束縛多属性攻撃を放つが圧縮した空気の爆弾、エアハンマーで物理的に叩き潰す。
シルくんが多重身体強化で超高速で向かって来るのでエアブレットを最小威力で額に。
最後に後ろに飛び、威力を抑えたダウンバーストを放つ。
戦闘は、終わった。
「良い汗かきましたね~」
「冷や汗しかかいてないわ!」
比較的無事だったマルくんとシルくんに突っ込まれた。
まだ私と彼らの間には厚い壁がある。
少し寂しくなった。
「はあ、レア姫が化け物なのは理解していたつもりだが、ここまで違うか……」
「奥の手を一撃で粉砕されるなんて……」
「聖騎士辞めようかな……」
「と、言うかこの国騎士いるのかな……」
全員が泣き顔になってしまった。
流石に反省している。
「皆さん、今の戦いは生きてるだけでも凄い戦いでしたよ!」
手加減していたのはバレるわけにいかない。
「僕がレア姫様のフルパワーのエアブレット食らったら死んでた」
「あう……」
たぶん一番信頼してくれているシルくんに裏切られた。
しかし皆が手加減している中で殺さないように手加減していたとは言え、ほぼ全力だったんだから、私が大人気なかっただけなのだ。
四歳児とその四歳児に子供と思われるおっさんだし。
たぶん皆が手加減しなかったら魔力を封印された時点で四歳児の私は大敗だ。
勢いで押し切ったのは完全におっさんの趣味である。
(ちょっとしたレクリエーションだ)
と、おっさんは考えたが、掃討戦前に明らかに空気を暗くしてしまった。
ああ、おっさんの馬鹿!
まあグレーターデーモン程度でこのパーティーが負けないことははっきりしたし、良いかな。
そして私たちは、年末大掃除を実行する。
騎士団長は緊張に満ちた声で言った。
「東の森に生息する全魔物の討伐、魔物たちの目的の把握に、全力を尽くすように!」
十五人全員で叫ぶ。
『おーっ!』
この殲滅戦における最大の問題は、姫様がキレる前に魔物から情報を引き出すこと。
十五人の乱取りに大人気なく突っ込んだ姫様が手加減するとは思い辛かった。
早くグレーターデーモンサイドの目論見を把握する必要があった。
しかし東の森には魔力反応が少なかった。
魔物がいない訳ではない。
だが、明らかにグレーターデーモン出現前に比べても魔物が少なかった。
二十八日……これから大晦日まで討伐に励むつもりだった騎士たちも王女たちも、少し油断した。
その油断を見逃さず、最大威力で放たれたその魔法を受けるまで。
油断していた。
身体強化を掛けていなかった私たちは魔力探知領域外から突然現れた魔物によって放たれた魔法に、反応出来なかった。
その結果。
騎士三人が、死んだ。
私は三人に回復魔法を掛け、蘇生を試みた。
魔法発動を中断しようと幾十の魔法の槍が私を襲う。
聖騎士長がすかさず結界を放つ。
私は三人の病状を超反射で把握、回復浄化合成魔法で癒やす。
しかしその僅かな間で聖騎士二名、近衛兵一名、冒険者一名が死亡する。
私には焦りしか無かった。
「これは……罠だ!」
騎士団長は叫ぶ。
「あれは……、アークデーモン!?」
周囲を囲っていたのは黒く巨大なグレーターデーモン二十体。
そして、グレーターデーモンを統率する、アークデーモンと呼ばれた小柄な人形のような魔物五体。
死地、だった。
私は回復の手を止めて放つ。
「エアブレット!」
アークデーモンの三体が弾け飛ぶ。
シルくんが身体強化から細剣を一閃、更に一体。
マルくんが剣に雷を纏わせ一体、続いて黒雷にて土煙の中から起き上がってきた一体、計二体を倒す。
……数が合わない。
アークデーモンたちの奥に、更に一体。
アークデーモンを上回る魔力を持つ存在がアークデーモンたちを蘇生していた。
言うなれば魔王もどき。
読まれていた。
私の力さえ読まれていた。
私は全員を蘇生するために必要な魔力、時間と、アークデーモンの奥にいる、恐らく魔王の一角を倒すのにかかる魔力と時間の収支を一瞬で考え、この魔王もどきを、倒す。
全力で放つのはエアブレット。
時間が止まるように緩やかに流れる。
魔王もどきはグレーターデーモンの数倍ほどもある巨大な片腕を前に突き出す。
しかし、超音速のエアブレットは結界発動の間も与えず、容赦なくその腕を砕け散らせた。
しかし倒せない。
一発では出力不足だった。
兵士たちは起き上がり、自分たちの奥義を放とうとする。
シルくんとマルくんは情勢を読んで、グレーターデーモン、アークデーモンを殲滅する。
私がこの魔王もどきを倒すことを信じて。
私には広域殲滅魔法は沢山あったが、この魔王もどき一匹を倒す手段は少なかった。
真空の剣を両腕に纏い、魔王もどきの再生する腕を次々切り落とす。
やるしかない。
私の奥義の中で比較的に魔力を使わないもの。
私はもう一度エアブレットを選択した。
仲間の蘇生を放棄し、そして敵を打ち砕く。
一瞬で展開されたエアブレット五発が魔王に向かう。
魔王もどきにはそれを抑えきる防御手段が無かった。
吹き飛ぶ魔王もどきと、
襲ってくる爆発の衝撃。
私の展開した真空と高密度窒素の多重結界に、自分の魔力が跳ね返ってくる。
魔王もどきは砕け散った。
それはもう容赦など無かった。
エアブレットは一発でも致命的な部位なら魔王もどきを倒せる威力があった。
それが五発である。
魔王もどきは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
この王女にして、エアブレット五発展開はかなり無茶だった。
逆らえるはずがなかった。
死せよ、と言う幼女の一撃に。
私は急いで全員の回復に当たる。
多くの兵たちが絶命していた。
超反射を発動。
回復させた。
だが
間に合わなかった。
自分の全知識を費やし
全魔力を費やしたのに、一人。
一人だけ蘇らなかった。
死んだのは、私が海上歩行靴を最初に作ってあげた、シルくんの師匠の近衛騎士だった。
私は魔力の全てを掛けて彼を治療した。
外傷は完全に完治している。
しかし、息を吹き返さない。
恐らくは致命的な怪我を受けてしまい、治療が間に合わなかった。
人が死ぬ、と言う現象が初めて目の前に現れた。
私は狼狽し、自分の全魔力を費やし、蘇生に掛かった。
しかし、間に合わなかったのだ。
彼の若く美しい顔は、再び笑顔を向けてくれなかった。
魔力を使い果たした私は、ゆっくりと昏倒する…………。
目覚めたのはもう年の終わり、三十一日だった。
部屋のベッドで、ステンドグラスから差し込む明かりで目を覚ました。
彼はどうなっただろう。
思えば傷は全て癒えていた。
後は心臓が自発的に動いてくれたら助かった筈だ。
しかし、マッサージしても魔力を注入しても、動かなかった。
彼の魂が、死を受け入れてしまったのかも知れなかった。
死。
この世界に生まれ変わり、初めて、どうしようもない死と言うものを、味わった。
ミルキーが両腕を私のベッドに掛け、そこにまつげの長い可愛い顔を乗せて、寝ていた。
体のあちこちが痛い。
ずいぶん長く眠っていた。
昏倒から回復した私の体には、以前より強い魔力が宿っているのが解った。
この力があればあの戦況ももっと余裕で乗り越えられたかも知れない。
常に自動発動している身体強化が無ければ、私も初撃で死んでいただろう。
私の探知外から魔法を放たれた時点で、敗北していた。
ミルキーの手を握る。
「んっ」と呟き、ミルキーは目を覚ました。
可愛い顔には涙の後と、隈が出来ていた。
「ミルキー」
「姫様……ひ、姫様!」
さっきまで夢心地だったミルキーは跳ね起きた。
そして私の気持ちを察したのか、優しく抱きしめてくれた。
「ミルキー……、ミルキー……!」
「姫様……」
私が泣くことを、前世の私もミルキーも、止めなかった。
泣いた。
既に水分の足りなくなった体で、更に全ての水分を吐き出すように。
泣いた。
溢れてくる涙を止める術がなかった。
どうしようも無かった。
あの戦局を乗り切った私を責める者はいない。
私はまた失敗してしまったのだ。
私は部屋を飛び出して東の森が見える城壁に飛び乗った。
私の必殺魔法の一つ。
エアブレットの弾を自分の頭ほどの大きさに作り上げて放つ、エアキャノン。
放とうとして気付いた。
誰か騎士が森に調査に入っているかも知れない。
「うわああああああああああああああああああああ!!」
エアキャノンははるか上空まで超音速で飛び、大爆発した。
その音で城中が騒然となったが、王女が起きたことを知った配下はまた別の意味で沸いた。
私の元に騎士団長と聖騎士長がやってくる。
そして城壁から飛び降りた私を抱きしめてくれた。
二人は何も言わない。
しかし四日も寝ていた私はふらふらで、二人の間で倒れた。
慌ててミルキーが水差しを持ってきて私に水を含ませてくれる。
シルくんもマルくんもエアキャノンの爆音を聞いて駆けつけてくれた。
寝ている間にシルくんが栄養や水を喉に詰まらせないよう管を差し込んで流し込んでくれていたらしい。
やっぱり頼りになる。
年末年始の祝いは全てキャンセルされ、近衛騎士、ジェイ・ファクルタートの葬儀が行われた。
彼の両親は私に感謝の言葉を述べた。
砕けた彼の肉体を傷一つなく回復したことに、感謝してくれる。
私は、蘇生できなかったことを泣きながら謝った。
しかしそもそも蘇生など誰もできないのだ。
だから二人は私を責めなかった。
ただ王国を守った姫に、感謝する。
それがまた私を苦しめる、罪の一つとなった。
私の誕生日。
葬儀から間が開いてなかったが、たくさんの人が私の五歳の誕生日を祝ってくれた。
ミルキーとアリカ、カナムを引き連れて、町に出ると、皆口々に祝いの言葉を掛けてくれる。
(少しは癒されたか?)
前世の意識が言う。
私の心は確かに癒された。
去年一年を思い返す。
春に前世の記憶を取り戻し、夏には死者蘇生と手術をし、秋には初めて魔物を狩った。
熊さんを食べた。
冬になって皆と訓練し、あの凄絶な戦い……。
私は五歳になった。
この一年間で、それは凄まじい成長を遂げた。
その私が幾つかの失敗をした所で、誰も私を責めなかった。
それがまた、私を成長させ、今日、五歳。
シルくんとマルくんが仲良く喧嘩しながらやってきて、二人とも優しく微笑んだ。
マルくんはロケットペンダントを、シルくんは熊のぬいぐるみをくれた。
私はペンダントに亡くなった近衛騎士ジェイさんの絵を入れる。
熊さんと共に私の自惚れへの戒めとして。
二人とミルキー、アリカ、カナムの三人、そして何故か付いて来た神官タミヤと共に、新年の町を歩いていく。