十章 第二話 真実
「何しに来たの」
薄暗い部屋の中に、高い女性の声が響いた。その声に輝きはなく、氷のように冷たい声だった。
「少しだけ、ききたいことがあったから」
高い声に答えるように、低い男性の声が響いた。低い声の主は女の横に座った。しかし、女は男から遠ざかった。
「ここは寒いね、シル」
「…早く言って、ハルヴィン」
シルはハルヴィンを睨み付けた。その目をみたハルヴィンは少しがっかりしたような表情を見せた。
「なぜ、四人を殺したの」
ハルヴィンはゆっくりと言った。彼にとって嫌いな言葉に重きを置いて。
「…わかるでしょ、邪魔だったからよ」
「僕にはわからないな」
「嘘。自分は自分の敵となる人を次々と消していったくせに」
ハルヴィンは一瞬、傷ついた顔をした。
「君にとって彼らは、どんな風に見えたの」
「…リオナはカウンセリングみたいなものをしているだけならよかったの。でも、変に私のことを探ろうとするからいけないの」
「クロイラは」
「リオナと仲がよかったもの。二人で探ってきていると思ったの」
「アリア団長とカレンは」
「リオナとクロイラと同じよ。だけどヒロガは」
シルは短く息を吸う。
「シロイラ同様気づいていないと思っていた。まさか、リオナを殺したあとそれを引き継ぐなんて…」
宙を見つめるシルにハルヴィンは言った。
「邪魔だったから殺した?それは間違っている」
シルはハルヴィンを睨む。
「何を言っているの。あなたが言えることではないわ」
「君は妄想に取りつかれて、妄想の中の奴のために人を殺すのか」
「妄想なんかじゃないわ。私はカシミアの生まれ変わりよ!!」
「カシミアは実在した。僕はそんなことを言っているんじゃない」
「私はカシミアよ!!きっとハイザントも生まれ変わって私のことをまっ――――――」
「待ってなんかいないよ」
ハルヴィンはシルの言葉を遮った。
「カシミアは生まれ変わっていたら、僕を探すだろう。だけど生まれ変わっている僕を見て彼女は愛しているなんか言わない」
シルは意味がわからないという顔をしていた。
「彼女は僕を殺す。何度生まれ変わろうとも」
ハルヴィンはゆっくりと立ち上がり、部屋の窓を見た。部屋の中が明るいので鏡のように、ハルヴィンの姿が映っていた。そこには亜麻色の髪をもつ、青年が一人立っていた。
「もし君が邪魔なものは全て排除するというのならば」
青年はゆっくりとてのひらをシルに向けた。その動作を見ていたシルは、このあと起きることを理解しているようだった。
「僕はそれに乗っ取り、君を排除しよう」
すると、なぜかシルは笑った。
「ええ、それがいいわ。最期になっちゃったけれど」
シルはハルヴィンの目を見つめた。
「シル・フィオラティスはハルヴィン・ヴァケラオンドのことを愛しているわ」
次の瞬間ハルヴィンの手のひらから音もなく銃弾が打ち出された。辺りに鮮血が飛び散り、ハルヴィンは呆然と立ち尽くしていた。ハルヴィンの耳にはシルの最期の言葉が延々とこだましていた。
「うんとまぁ、こんなところだ」
ハルヴィンは話を終えた。話をしている間、人参を食べようとしていたヒロガだが、人参は全くもって減っていなかった。
「…す、すみません。イマイチわからないです…」
シロイラはお手上げという顔をした。
「まあ、わからないのが普通だよ。シルは狂っていたから」
しばらくシロイラは考えていたのだが、わからなかったのか理解したのか考えるのをすぐにやめた。
「人参…」
ハルヴィンは食器を片付けながら、机にうつ伏せていたヒロガを見ていた。
「まあ、いきなり話せって言われたのもあったし、また整理してから分かりやすく話すよ」
シロイラは「了解です!」と敬礼をしてみせた。
「あの頃と比べたら二人ともけっこう変わったね」
ハルヴィンが言った。
「そうですか?年取ったからでしょうか」
「うん、シロイラはね。ついこの間までお兄ちゃんっ娘だったのに。ヒロガに関してはどこから来たの、人参嫌いと生意気大人」
「ひどいっすよ」
その日、ベッドに入ったシロイラは今日、ハルヴィンが言っていたことを思い出していた。『この間までお兄ちゃんっ娘だったのに』と言われたことだ。
確かシロイラとハルヴィンが出会ったのは17年前、16歳の頃だ。もう十分に大人だったのに、当時から甘えたがり屋の妹だったのだろうか。シロイラは子供の時からだろうかと思ったが、シロイラには10歳までの記憶がなかった。当初はただ単に忘れているだけだろうと思っていたのだが、クロイラは断片的に覚えていたので、きっと違うのだろうと思い始めた。とはいっても、クロイラもダイティとクラティという名前と誕生日のことだけしか覚えていなかった。
そういえば、とシロイラはあることを思い出した。なぜクロイラはアルドリレイズを名乗ったのかということだ。ハンナの日記を見てからずっと気がかりだった、孫のクロイラとシロイラの存在。だけど、私には関係ない、きっと。私はクラティ・ツォフォルなんだから。
シロイラは未だに頭に残るハンナの日記を閉じて、眠りについた。
その頃、ヒロガは墓地にいた。深夜に墓参りをしようとする人はヒロガしかおらず、明かりはヒロガの持つランタンだけだった。
ヒロガのいる墓地は一般市民用の墓地で、本来リオナは王族の墓地に入れられるべきなのだが、王がリオナの記録を抹消してしまったため、それは出来なくなってしまった。
ヒロガはお墓の前にしゃがんだ。ちょうど二つの墓石の前だった。一方にはリオナ・フォレスティオ、もう一方にはクロイラ・アルドリレイズと刻まれていた。その二つの墓に祈りを捧げたヒロガは地面におしりをつけて座った。
「ここに来るのは久し振りだなぁ」
ヒロガは呟いた。
「今日は二人にハルヴィンさんのこと、話にきたんだ」
声は誰もいない広い墓地に寂しく響き、やがて消えた。
「本当は俺が仇を取りたかったんだけど。やられちゃったなぁ」
夜空には沢山の星が瞬いていた。ヒロガはそれを眺めると、なぜかリオナとクロイラが見てくれているように感じた。なぜか安心したヒロガはゆっくりと目を閉じた。
「どこ行ったんだ、ヒロガは」
店で明日の準備をしていたハルヴィンは、手伝うと言っていたヒロガがいつまでも来ないことに腹をたてていた。
「シロイラも寝ているし、どうするんだよ…」
などとぶつぶつ言いながら準備をしているハルヴィンの目に鏡が映った。その鏡は『身だしなみぐらい整えんね、シロイラ』と口を酸っぱくして言っていたクロイラが設置させたものだった。しかし、シロイラがそれを見ることはなかった。
鏡を見ていたハルヴィンは左目にかかっている前髪をかきあげた。そこには右目のような機械じみた気味の悪い目ではなく、光のあるエメラルドグリーンだった。けれども、左目の視力は失われていた。ハルヴィンはほほに刻まれた『H-28ST1』とう文字を撫でて、前髪をおろした。
「もうそろそろ寿命かな…」
青年は呟いた。その声はだれにも届かず、闇に吸い込まれていった。




