九章 第一話 姉弟
生まれも育ちもずっと城の中。部屋すらも出してもらえず、空を見上げる毎日。絵を描いたり本を読んだりしたりするのには、もう飽きた。早く月末にならないかとばかり考える日々。それは、姉ちゃんぐらいしか俺の本音を話せる人がいないから。姉ちゃんの笑顔があれば病気も治っちゃいそうな気がするから…。
俺が生まれたのは9月28日、涼しい秋の日だった。13才年上の姉がいたのだが、俺が2才のときに「兵士になる!!」と言って飛び出して行った。別に親は反対もせず、むしろ行ってこいと言われていたらしい。元気がありすぎて毎日毎日城の中を走り回られたら困るからだそうだ。
反面俺は元気以前の問題だった。変な物を食べなくとも腹を壊す。ちょっとでも空気が汚れていればすぐに喘息が出る。月に2、3回は風邪を引き、熱を出す。そんな有り様だったから、なかなか部屋から出して貰えなかった。でも暮らしには不自由していなかった。というのも、父が現在の王の次男、つまり第二王子。王族の分家であったからだ。
何年か前の月末。久しぶりに姉が帰ってきた。その姉は出ていったときよりも元気を増しており、両親は頭を抱えていた。俺にとっては初めて話し相手が出来たような気がして嬉しかった。
そんなある日、城に招待状が届いた。それは父の友人からであった。その招待状には是非子供さんもと書かれていて、俺たちは付いていくことになった。
そして当日。生まれて初めてのパーティーに参加する日。俺は初めて正装をした。シャツと短パン蝶ネクタイと極めて普通の格好なのだが、普段寝巻きしか着ていない俺にとって、この格好は大人になれた気がして晴れ晴れとした気持ちで出掛けた。しかし、慣れない馬車のお陰でかなり酔ってしまっていた。馬車には姉も乗っていた。彼女は「ヒロガのボディーガードは私におまかせ!!」と叫び、ビシッとスーツを着こなしていた。隣に座る父は呆れてものも言えなかった。
屋敷につくと、まず主人へ挨拶をするため、中に入った。父の横に立っていたのだが、気分が悪くて吐きそうだった。それを見た姉が俺を抱え、そっと外に連れていってくれた。だが、吐くことはなかった。しばらく外にいると気分は落ち着いてきたので、父のもとに帰ろうとした。
しかし、どこからかボソボソと話し声が聞こえた。声からして、小さな少年少女だろう。声の聞こえるところに、まず姉がそっと近づいた。どうやら、茂みの陰にいるようだった。俺もそっと近づく。そこには黒髪の子供二人が座っていた。
「あっ!!」
少女の方が声を上げた。俺たちに気がついたようだ。少年が少女の前に立ちはだかった。
「な、何をするつもりだ!!」
少年の叫びに姉は冷静に答えた。
「何もしないよ。私たちただの招待客だし。それに…」
姉は俺を見る。
「弟と遊んでくれそうだしさ」
すると、少女が少年の後ろから顔を出した。
「何もしない?」
「うん、何もしない。あ、自己紹介まだだったね。私はリオナ。リオナ・フォレスティオよ」姉はにっこりと笑った。こんなときは美人はとてもいいなと思う。笑顔に安心したのか、少女が前に歩み出た。
「わ、私はクラティ・ツォフォル。この家の子供です」
クラティと名乗った少女は隣の少年を見た。少年は「しないとだめか」という顔をしたが、自己紹介をしてくれた。
「…俺はダイティ・ツォフォル。クラティの双子の兄…」
なるほど、双子か。どうりで目元が同じなわけだ。
「…アンタは?」
「へっ?」
突如、ダイティに話しかけられる。頭がこんらんし、いまいち理解出来なかった。
「ど…どういうこと?」
俺の問いかけにダイティは「ハァ?」という顔をした。
「アンタの名前だよ、名前。普通そっちから名乗るべきだと思うよ」
あぁ、そういうことか。人と話す機会がなかったので、理解するのに時間がかかった。
俺が自己紹介をしようとすると、クラティがダイティに注意をした。
「ダイティ、そのしゃべり方とアンタって言うの失礼だよ!!」
「うぅ…わかったって、気を付けるから…」
…こんなとき、どうすればいいのだろう。
「あ、ごめんね。あなたのお名前は?」
黙ってしまった俺にクラティが気付き、話を振ってくれた。
「お…俺は…ヒロガ・フォレスティオ…です。リ、リオナは…姉ちゃんです…」
最悪だ。なんだこのカミカミの自己紹介は。思わずうつむいてしまったが、クラティはそんなことは気にせず、
「ヒロガっていうのね。素敵な名前ね!!」
と笑顔で言ってくれた。
「あ…ありがとう!!」
俺はお礼を言った。するとクラティはうんうんと頷いた。
「やっぱりダイティよりいい子だね!!」
…意味がわからない。しかし、隣でメソメソと泣き出したダイティを見ると、酷い言葉だということがわかった。
泣き出したダイティをなだめようとせず、「メソメソ泣くな」と言ってダイティを殴るクラティの横で、それを見て笑う姉ちゃんの横で、俺とトラウマが静かに生まれた。そう、女性が苦手というトラウマが。
帰りの馬車に揺られながら姉は今日のことを父に話していた。眠たくて仕方がなかった俺だったが姉の衝撃発言のお陰で、未だはっきりと覚えている。
それは、父が姉を面倒見が良いと誉めた直後だった。
「にしても、ダイティ君、かっこよかったな〜。結婚するならあの子かな!」
その発言に眠気は吹き飛び、父と固まった。このまま平和に終わらせるわけがないと思っていたが、予想の斜め上をいく発言だった。
「リ…リオナ、本気かい?」
父は震える声で質問する。その震えが娘を嫁にやりたくないからなのか、衝撃発言からなのかはわからなかった。
「うん!本気だよ!」
笑顔の答えに父は口を開けたまま静止する。
俺は別にダイティでも構わないと思った。年齢差が10歳以上だということを抜きにすれば、きっとふたりはいい夫婦になるだろうと何故か感じた。
このあと、城に戻った父は一週間寝込んだ。当事者である姉はなんのことかわかっていないようだった。
それから何回か、4人で話をしたりした。しかし、ツォフォル一家殺人事件がおきて、二人は行方不明になった。
どんな運命のめぐりあわせか、二人とはまた出会った。だけど二人は俺のことも姉ちゃんのことも覚えていなかった。




