七章 第三話 シロイラ・アルドリレイズ
とある日の真夜中。真っ暗闇の中に誰かが歩いてくる足音が聞こえた。ザクッザクッという音が段々と大きくなっていく。思わず身構えた。ハッと気配を感じ後ろを振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
「ヒッ!」
思わず声を上げ、手にしていた薪を落としてしまった。
「しっ、シロイラ?」
その声を聞いて、私は安心した足音の主は兄だったからだ。
「驚かさんどってよー」
私は今ではすっかり馴染んでしまった方言で話した。おばあさんは旅の民族だったらしく、この方言はどこのものかはわからないらしい。私たちも最初は違和感はあったものの、話してみれば案外かわいらしく、今では兄も方言で話している。
「にしても、どげんしたと?」
いつもだったら用がないときは私に近寄ろうとしない兄がここに来たことは珍しかった。兄は黙ったまま話さなかった。まあ、気が向いたら喋るだろうと思い、落とした薪を広い集め小屋に戻ろうとしたところでふとあることに気がついた。
兄が未だ微動だにせず、冬だというのに汗をかいているのだ。おまけに私が落とした薪を、拾おうともしなかった。
「クロイラ…?」
そう話しかけたその時だった。
「動くな!」
森の中に低い声が響いた。その声は兄の後ろから聞こえた。ゆっくりとそちらを向き、暗闇を見つめる。そこから剣をこちらに向けた一人の兵士が現れた。兵士は兄の横に並んだ。あぁ、とうとうバレたんだ。兄は抵抗する意思がないことを示すために両手を上げた。私も足元に薪を置き両手を上げた。
「シロイラ・アルドリレイズだな」
「はい」
無駄な抵抗はしない方がいい。これは今までの五年間で学んできたことだ。
その兵士は馬車を呼び、私たちを馬車に乗せた。顔をあげると、明かりのついたあの小屋が見えた。きっとあの小屋には戻れない、そう直感で感じた。
兵士団本部へ着いた私たちの対応は驚くべきものだった。
「いや〜お二人さん突然ごめんな!」
目の前で話している眼鏡の髭親父は兵士団の団長らしい。よくもまあこんなふざけたやつが、と思ったが口に出してはいけない。
何も話さない私たちを置いて彼の話は続いた。
「五年前さ、うちの兵士が失礼しちゃったね。僕は二人を保護するよう言ったんだけどね」
私はあ…と思った。
「二人を奴隷にしちゃったみたいだね。そして一生変わることのない階級と、傷をつけられた。許してとは言わないが…」
彼はここで息を吸った。
「ここで兵士として働かないか?」
その台詞に兄がガタンと音をたてて立ち上がった。
「出来ることなら僕たちをあの森へ返してください」
「それは無理かなぁ」
「どうしてですかッ!」
「それはねぇ、」
彼は怪しく笑った。
「僕らは国の治安を守る兵士。犯罪者は捕らえなくちゃ」
兄と私は固まる。
「いくら内乱軍の捕虜でも、勝手に殺しちゃダメだろ?」
それから私たちは兵士としての訓練をした。幼い頃からの訓練もあり、直ぐに課題は合格した。ただ私たちは人を寄せ付けなかった。私たちを捕らえたのが国を守る兵士だったこともあり、何も信じられなかった。唯一信頼のおける兄と同じ部屋にしてもらい、兵士の中から孤立した生活を送っていた。
そんなある日、私たちに転機が訪れた。
その日もいつものように訓練をして部屋に帰ってきた。扉を開けるとそこには黒髪の女性が座っていた。彼女は私たちを見ると微笑んだ。思わず私は扉を閉めてしまった。
「お…お兄ちゃん、あれ彼女?!」
「ち…違う!そもそも僕には友達すらおらんよ!」
「じゃあ、誰なん?!」
「知らんよ!」
そんなやり取りを交わしていると、控えめに扉が開いた。
「ええと、私はアリアと申します」
その声に私たちは驚き、文字通り飛び上がった。
「あ…アリアさんって、ふ…副団長の…?」
「そうよ。あと、後ろにいるのが兵士長のリオナ」
「初めまして」
後ろから茶髪の女性が顔を出した。彼女がリオナというらしい。長い前髪をクロスさせたピンで留めていて、ストレートに伸ばした明るい茶髪が印象的だ。顔もきれいに整っていて、兄と並ぶと美男美女カップルに見えた。
「ホントにクロイラの彼女じゃないと?」
「違うって。どこば見て言いようと?」
反応を見る限りどうやら違うらしい。その様子をアリアさんとリオナさんは、クスクスと楽しそうに笑いながら見つめていた。
「二人はその首やらいろんなところに残った傷痕、気にしてる?」
廊下に出たまま話していた私たちはとりあえず部屋に入り、アリアさんが話始めた。アリアさんの質問に頷く。
「だろうね。いくら兵士になったとしても、奴隷身分出身てのはねぇ」
事実、枷を取ったときに残った錆や、奴隷時代についた傷痕が人目につくのを恐れて、真夏でも長袖長ズボンが手放せない。お陰で訓練中に何回も倒れた。
「そこで二人にあるものをあげようと思って」
そういってアリアさんはあるものを取り出した。
「これなら枷の痕は隠せるわ」
彼女は黒い手袋とブーツを私たちにプレゼントしてくれた。
その年の誕生日、リオナさんからそれぞれ白と黒のイラをもらった。長年誰も信じていなかった私たちが初めて、人を信じていいかなと思った瞬間だった。けれど、リオナさんはもう…。




