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終焉世界冒険譚  作者: niko
~第一章~扉を守るモノタチ
9/11

物流の町1

*********


OD 4014 海の月 10日 物流の町レイネ


*********


「やあぁっとついたのねー!!」


 ほっとした顔でマリナがアゾルの隣町であるレイネの街に入る門をくぐったのは、

アゾルを出発してから六日目の朝のことだった。


フレイナとマリナは街をぐるりと囲う高い壁を振り返って見上げた。


 レイネは昔、この国が領土を広げようと進軍を続けていた時代に拠点としていたかなり大規模な砦で、

国が安定して兵が離れた後は商人や冒険者が廃墟となったここに住み着き始め、今では立派な物流拠点として栄えているのだそうだ。


 魔物や野生動物の侵入をふせぐ高い壁と、もともと砦として使われていただけあってある程度の防衛能力を持つこの街は、

各地を移動しながら商いを営む多くの商隊キャラバンの中継地点であり、

物流の町でありながらもそこまで大きな港を持つわけではないアゾルとは、全くもって規模がちがっていた。


 それに加えてアゾルにはない冒険者ギルドの出張所が町の中心にあり、より多くの冒険者達が集うため、武器屋や装備屋など戦闘用品の専門店も数多く軒を連ねていた。


 円形の街には東西南北にのびる四本の大通りによって区分けされていて、

それぞれの道が街を出入りする正門につながっている。

 三人が入ったのは西正門で、両脇の北西地区と南西地区は宿泊施設と娯楽施設の多い地区だった。

娯楽施設は主に酒場や賭博場でなのでレイネの中では少し治安がよろしくない。

朝っぱらから飲んだくれたり身ぐるみをはがされて地面に転がっている駄目な大人に絡まれる前に、さっさと今日の宿を決めてしまいたいところなのだが、午前中から客を受け入れてくれる宿はこの商売好きの街にも流石にないだろう。


 エシルは一週間ほぼぶっ通しで夜の見張りを引き受けたことによってかなり重たくなってきている瞼をゴシゴシとこすってから一つ伸びをして、夕方までのもうひと踏ん張りだと気合を入れた。


「森を出てから遠目でも見えてたけど、すごく高い壁だわ……」


「この道沿いのお店ぜーんぶ宿って書いてあるのね!」


「キャラバンやら大型ギルドの中継地点になる街だからな。一回に泊まる人数が多いんだ。」


滞在期間が重なるとこれらの宿屋が全て満室になったりすることもあり、この街にとって宿が多いというのは悪いことではないのだ。


 サービスはどこも変わらないから好きなところを選んでおくといいとエシルが言うのでフレイナはできるだけ値段の安いところに泊まることにした。どこも自分の宿よりも割高で思わず眉をひそめたが。


****************


 結局、数十軒ある宿屋の中から一番とまではいかないが二番目くらいに安い宿に目星をつけ、三人は宿のチェックイン時間まで商店街をぶらぶらすることにした。


 エシルはフレイナもマリナも一週間多少休憩は入れていたものの、クタクタだろうからその辺の喫茶店か軽食屋で時間を潰してのんびり出来ると思っていたしそうしたかったのだが、

 二人共始めて訪れた町の初めて見る景色に疲れも吹っ飛んだ様子で物珍しそうに建物や道行く人々にせわしなく視線をさ迷わせていて、うろちょろするマリナを抑える頼みの綱のフレイナすら商店にふらりと入ってなかなか出てこなかったりと彼の思うようにコトが運ぶことはなかった。


ということで、仕方なく早めの昼食を済ませて自由行動をとることにしたのだ。


「いいか?頼むから絶対にはぐれるなよ?はぐれたらもう会えないと思うんだぞ?」


「だーい丈夫なのね!!まったくー、エシルはしんぱいしょーなのね!」


 大丈夫じゃなさそうだから言ってるんだよ…とエシルはこめかみに指を当て、こっそりとため息をついた。

何を根拠に言っているのかわからないほどにマリナは胸を張って言っている。


対してフレイナは少し不安そうだった。


「エシルは一緒にまわらないの?地図を見たら結構広い街だし……」


「私はちょっと合う奴がいるから、この際今のうちに会いに行ってくるよ。

大通りをでなければ迷うことは…まあ、中々ないと思うから大丈夫だろう。

フレイナが迷うことはないと思うけどさ、マリナのことだけちゃんと見ていてくれ。

むしろそっちをメインで気をつけてくれ。フレイナが言ったとおりこの街は広いからな」


「わ、わかったわ!」


 真剣な様子で言うエシルに気圧されながらフレイナはコクコクと首振り人形のように頷いた。

エシルとしては探す手間と体力が惜しいというのが本音だったのだが、フレイナはよっぽど心配してくれていると思ったようだった。それも半分ほどは間違いではないのだが。


「じゃ、四時にこの広場の噴水に集合だからな。解散!」


いってきまーす!と手をつないで駆け出す二人に、ちゃんと時計見て行動するんだぞ~と手を振って見送ると、エシルはギルド出張所へとゆっくり歩き出した。


***********


 レイネの商店街はフレイナとマリナの見たことのない物や人でごった返していた。

それはそれはアゾルの商業地区の比ではないほどに。


 杖を模した看板を掲げる、どことなく怪しい雰囲気を醸し出している店の店先に所狭しと並べられているのは、大小、形状様々な杖や魔釜、色とりどりの薬品はまさに魔術師のための店!という風で二人は初めて見る本格的な魔法道具に目を輝かせた。


 特にフレイナは、長い銀製の杖に目が釘付けになった。

 柄の部分がだいたい1メートルほどで、杖の先端にはどういう仕組みなのか透き通るような薄い青色のクリスタルが浮かび上がっていて、

その周りを鉄製の輪がちょうど天体模型のようにくるくると回っていてとても美しい杖だった。


杖にくくりつけられていたタグを見ると、

『シルバーロッド:レア度3 効果:氷雪系魔術強化 価格:3000G』

3000G!?とフレイナは思わず叫んだ。(朝昼食事付きの宿屋一泊の一人当たりの相場が大体20Gである)


 杖だけが高いというわけではない。鎧や剣などの他の武器もこの程度の値段は当たり前なのである。

さらに言うとレア度3というのはまだまだ安い方で、レア度がひとつ上がるごとに前の値段の倍近く相場が跳ね上がるのだ。

 冒険者をやっていくにはそれ相応にお金がかかる。

これが依頼(クエスト)金が高い理由の一つであることは間違いなかった。


 値段を確認する前よりも丁寧な手つきでフレイナはそっと杖を元あった場所に戻すと、

『しびれ薬』やら

『特価!!(ドラゴン)の血』やら

『毒金魚の鱗 1ケ100G』の並べてある棚の中の、

くすんだピンク色をしているドロドロした液体である『屍竜(ドラゴンゾンビ)の皮膚』の入っている瓶に手を伸ばしているマリナの手をさっと掴んだ。

 店のものには極力触らないほうがいいだろう。傷つけたり瓶を割ったりして弁償することになったら、多分、首都に行くのは不可能になる。


 あれもっと近くで見たかったのに!と頬を膨らませて不満げにフレイナを睨むマリナの両手をギュッと握り、「おねえちゃんも我慢するから、マリナもお店の物に触らないように我慢しよう?」と言って聞かせた。


 マリナは不満そうだったが、杖の値段が自分の宿屋のひと月分の収入と同じくらいなのだと告げると、なんとなく触らないほうがいいということを理解したようだった。


それでも目を離すとどこかに走っていきそうなマリナを迷子にしないために、フレイナは妹の右手を捕まえて自分をストッパーにしなければならなかった。姉というものは苦労性なのである。


 店の物に触るのは値段を見てから躊躇われたし、何かを欲しいと思っても買うことはできないのだが、

それでもレイネの商店街を歩くのは二人にとって新鮮な発見ばかりでとても楽しいものだった。

時折走る三つ目牛の引く牛車や、

背の低い顔が見えないほどもじゃもじゃと髭を生やしたドワーフが酒樽のように大きい槌を振るっている鍛冶屋、

屋根スレスレを箒に乗って飛ぶ魔術師に、

急に降ってきた大きな影に空を見上げれば、魔導飛行船が頭上をゆったりと飛んでいた。


「すごぉい…。」


となりで同じように空を見上げているマリナが目を輝かせてつぶやく。

 飛行船はまるで空飛ぶ鯨のようで、フレイナは、アゾルでいつも聞いていたあの海の音が、聞こえてくるような気がした。


************


 フレイナとマリナの二人がレイネ観光を満喫している頃、エシルはドルダスに会いに商店街からそう遠くない町の中心部にある冒険者ギルドの出張所に来ていた。


 なんだか依頼を受けた当初とは状況が変わってしまってはいるが、とりあえずドルダスにあの依頼の真相とこれからのことを話しておけば、何か手助けしてくれるかもしれないと思ったのと、アゾルを出発するときに買った酒のつまみを渡すためだ。


 少し古びた(ギルドの歴史を感じるともいう)ドアを押して建物に入ると、出発したときより明らかに中にいる人が多く、どこか雰囲気がピリピリと殺気立っているように感じてエシルは首をかしげた。


 この、いつもは明るく活気付いてるギルドが異様な様子になっている理由はすぐに見つかった。

 依頼掲示板クエストボードの真ん中にポスターのような大きさの真っ赤な紙が鎮座していて、近寄って内容を確認してみると、そこにはこう書かれている。


『!緊急クエスト発生!その他依頼受付停止中』


「緊急…?珍しいな」


 緊急クエストとはその名の通り解決に急を要する依頼のことである。

 報酬金は高いが同時に危険度も高く、迂闊に受注するのは避けるべきで、油断して受けると命を落としかねない場合が多い。

内容としては、町に向かって魔物の大群が押し寄せてきたときや、何処かの町が進行形で襲われている時などに発生する。


 そういったひっ迫した内容がほとんどなのだが…、

(ここに来るまでにそんなに沢山の魔物なんて…見てないような気がするけどな?)

 そうなのだ、緊急クエスト以外の依頼の受注停止の措置を取るような場合は、町の人間を避難させるくらいの大事になるはずなのだ。


しかし、街の中に入った時は、住人はいたって普通に生活しているように思えた。

エシルはますます首を傾げた。


とにかく依頼内容を見てみようと、人並みをかき分けて掲示板に近づこうとしたエシルは、後ろから肩を強い力でグイッと引っ張られてたたらを踏んで振り返った。


「よお!エシル!一週間ぶりじゃあねぇか!」


「久しぶりドルダス。お前はもっと普通に話しかけることはできないのか……」


ガッハッハッと笑うドルダスをエシルは肩をさすりながら睨みつけると、

一つため息をついてから周りを見回し、さりげなく緊急クエストについてドルダスに問いかけた。

「で?いつからここのギルドは酒場みたいに混むようになったんだ?」



 エシルの言葉によくぞ聞いてくれた、と頷くと、

ギルドマスターらしく表情を引き締め、

まあ座って聞いてくれや、とエシルに椅子を勧めて自分もテーブルを挟んで前に座ると、おもむろに話しはじめた。


「ちいと困ったことになってなあ……」


***************


 さて、何度も言うようにレイネは物流によって栄えてきた町だ。

アゾルからレイネに商品を運んだり、またその逆もしかり、港があるため船舶による大量輸送ができることは双方にとって大きな強みだ。

 もうひとつ、レイネには他の町とは一線を画するものがあった。

1500年ほど前にヒルリア山脈をブチ抜いて作られた首都までの一本道『ヒルリア首都直通道』である。


 レイネと首都のあいだにはヒルリア山脈という険しい山脈がそびえており、この山脈を馬車で超えるのは到底無理な話であった。

かと言って迂回して首都に向かうには時間がかかる。

そこでこの地に住む人々は、山脈をくりぬいて首都までのトンネルを作ろうと考えたのだ。

この一本道の完成によって、レイネから首都まで最短二週間ほどで行けるようになったである。

特に、長い時間と犠牲を払ってようやく開通したトンネルは、掘削を指揮し続けたドワーフの一族の名前から、

『バルバトンネル』と呼ばれ今日も多くの商隊に利用され続けている。


 ここまでの話を聞いただけならば、商隊と共に多くの冒険者が利用していそうなこの道には欠点があった。

このバルバトンネルを含む一本道の途中にはほとんど町がないのだ。

もともと魔物が多かったのに加えて原生生物も凶暴なものが多く、気候的条件も人間が住みにくい場所だからである。

よって、食料を十分に積むことのできる馬車を持つ商隊(キャラバン)しか使うことができないので、一般の冒険者は町を経由して山脈の向こう側を目指すしかない。

 エシルがフレイナに言ったアゾルから首都までの移動期間が一ヶ月ほどだというのは、この直通道を通らなかった時の長さだった。


 さて前置きが少し長くなってしまったが、緊急クエストというのはこのヒルリア首都直通道が大きく関係しているものだった。


 なんでも五日ほど前、山脈内部に(ゲート)が出現して侵入してきた魔物の魂が原生生物であるイワクイイモムシに寄生してそれが瞬く間に細胞を変異させて凶暴化し、

クローラー(強力な毒を持つ超大型のイモムシ)という魔物に変異してしまったそうだ。

さらに悪いことに、

ちょうどバルバトンネルを通っていたところをこのクローラーに襲われた商隊の荷がアゾルから運んできた魚介類だったらしく、それを食らったクローラーがトンネル内で大繁殖してしまい、

通行不可能なまでになってしまったのだという。


 トンネルが使えなければ直通道の意味がなく、直通道が使えなければ首都とレイネ間の商隊の移動がかなり制限されてしまい取引に支障が出る。

トンネルが完全に使えなくなって今日でだいたい三、四日ほどしか経過してはいないものの、食べ物を運ぶ業者たちはすでに危機感を覚えているらしい。


クローラーが一体や二体ならば通常の討伐任務として扱うものの今回は十を優に超える数になってしまっているので少人数の冒険者のパーティーでは危険であることと、

この状況が続けば町の存続に関わると言う町議会や一刻も早く荷物を運びたい商隊のリーダー達の強い希望もあって、通常討伐任務を緊急クエストにしたのだ、というところまで話すと、

ドルダスはちょっと待ってろやと言って自室に引っ込み、酒を注いだ木のジョッキを両手に戻ってきた。


「昼から飲むのか?」


 琥珀色の強い酒の匂いを漂わせる液体が並々とつがれたジョッキを呆れ顔で受け取りながら、

ああそうだ、と呟くとドルダスに魚の干物の入った包を渡した。

それを嬉しそうに受け取って中身を確認しながらドルダスはグイっとジョッキを煽った。


「町長のヤローも商隊のヤローも早くどうにかしろってうるせえ割に依頼金出し惜しむから受注者は集まんねえし、

まぁたタイミングもおよろしいことに丁度ギルドの若ぇ奴らは依頼で遠出していねえしよお、

仕方ねえから引退した老いぼれかき集めて行ってやろうかって話を昨日鍛冶屋のオヤジと飲みながらはなしてたんだぜぇ!!

まったく、飲まねえとやってらんねぇよ!!」


 ドンっとジョッキを机に叩きつけながらドルダスは大声でぼやいた。

そしてジョッキを受け取った時と同じ呆れ顔で話を黙って聞いているエシルに額を近づけてニヤリと笑った。


「エシル、お前さんこの依頼受けてはくんねえかい?」


 やっぱりそうきたか、というふうにエシルはジョッキを傾けて中身を少し啜ってはあとため息を着くと、

それはちょっと今の依頼主様にきかないとな。と言った。


エシルのその言葉にドルダスは虚をつかれた顔をしてから難しい顔をしてうなった。


「んん?アゾルにゃお目当てのお嬢さんはいなかったってことかい、そりゃあ?」


「ま、ちょっと色々あってな。今そのお嬢さんに雇われてるのさ」


なんだそりゃあ?とドルダスは首をかしげた。何がどうなったら配達依頼に行ったはずのエシルが受取人の少女に雇われることになるのだろうか。

 訝しむようなドルダスの視線に気づいているのかいないのか、エシルはもう待ち合わせの時間だからと言って立ち上がってしまった。


「一応土産話を聴かせるって約束だったからな。夜また来るよ。」


そう言ってジョッキの酒を一気に飲み干すと、ごちそうさま、と言ってエシルは出張所を後にした。


****************


「あ、エシルー!!」


 噴水の淵にちょこんと座っていたマリナがぴょこんと立ち上がった。

そのすぐそばに立っていたフレイナが振り向くと、今のマリナの声でフレイナ達を見つけたらしいエシルがこちらに向かって走って来るのが見えた。


「悪いな、待たせたか?」


「待ってないわよ、むしろ時間的には早いくらいだわ。

マリナが噴水見たいって言うから早めにきて正解だったわね。」


「エシル来るの早いのね~!!」


 まだ噴水を見ていたかったらしいマリナは不満げに頬をふくらませた。

エシルとしては二人を待たせては悪いだろうと思っての行動だったのだが、マリナにとってはどうやら余計なお世話だったようだった。

エシルは苦笑しながらポリポリと頬を掻いた。


「そうだったか…すまない。マリナ、まだ見ていくか?」


「また後で来ればいいじゃないの。一旦宿に行って荷物を置いてきましょ?」


 街に住む人々憩い場兼待ち合わせ場所である中央広場には、

直径10メートルほどの大きな円形の噴水があり、魔術によって制御された水がまるで踊っているかのように様々な動きを見せ、

どんなに長い時間見ていても飽きが来ないというほど見事なものだった。

 そして噴水の中心の高い石の台座の上には、かつてこの街の発展に尽くした四人の中心人物たちの銅像がそれぞれ東西南北の門を見つめるように設計されており、常に街の外から来る者たちを監視するような労わるような目で見つめている。


 また、この街唯一の観光スポットのようなものなので、

道具屋などでたまにこの噴水を模したクッキーやストラップを見かけることがある。

(エシル曰く商売根性がたくましいらしい。)


 フレイナが見繕った中で一人当たりの一泊の代金が一番安い(推定)『宿 ウサギの巣』は木造三階建ての老夫婦が営んでいる宿だった。

カランコロンとベルのついているドアを開けて中に入ると、

トンネルが現在通行止めになっている影響で足止めをくらった商隊の者とおぼしき数人の男たちが、こじんまりとしたエントランスにある長テーブルの上に地図を広げて話し込んでいた。


「いらっしゃいませ。何泊、されていかれますかのぅ?」


 ベルの音を聞いたらしい柔和な笑みを浮かべた老人が、台帳の置いてあるカウンターの奥からいそいそと出てきて三人を迎えた。

老人は台帳の横に置いてあったメガネケースから丸いレンズの老眼鏡を取り出してかけると、光で少し薄茶色に焼けたぶ厚い台帳をペラペラとめくってすまなそうな顔をした。


「申し訳ないんじゃが、いま、ちと空き部屋が二人部屋一室しかないんじゃが、どうしますかのう?」


「別に私はソファーでもあればそこで寝るからかまわないが、

どうする?相部屋でもいいか?ほかを探すか?」


「わ、私は相部屋でも全然いいけど、エシルも疲れてるだろうし…

ちゃんと全員ベッドで寝れた方がいいわよね。」


 フレイナは頬に手を当てながら困り顔でエシルをチラリと横目で見ると、

エシルもまたフレイナにどうする?と目だけで問いかけてきた。

でも他のお店を探すのもなあ……とフレイナが腕を組んでうーんとカウンターの前で唸っていると、

その様子を見ていたマリナがフレイナの服をグイグイと引っ張った。


「なあに?どうしたのマリナ?」


「おねーちゃんとマリナが一緒のベットで寝ればいいのね!」


「えー、狭いじゃない。やっぱり申し訳ないけど別のところにしたほうが……」


「ここにしようよ!!狭くないのね!!ぜったい!!」


どこか必死さを感じるマリナの主張にフレイナは少したじろいだ。

カウンターをはさんで前に立つ老人は申し訳なさそうな顔で事の成り行きを見守っている。


「ど、どうしたのよ、別にそんなにこの宿にこだわらなくてもいいのよ?」


「だってぇ!!他のとこ探すんならまた歩かなきゃダメなのね!!マリナもう歩きたくないからここ!!

ここに泊まろおよおおおお!!」


「それもそうなのよねえ……」


 マリナの切実な叫びにフレイナはこの子はもう…と諦めたように肩をおとし、

エシルはそうだよなー、疲れたよなーここにするかぁと言うと力なく笑った。


**********


 マリナの言葉には呆れた表情を見せたもののこれ以上歩きたくないというのはフレイナも同じで、

できることならすぐにでもベッドに倒れ込みたい気分だった。

なので仕方なくという体を取りながらも部屋代金を払って泊まる部屋の鍵を受け取ると、ようやくきちんとした寝床で眠れるという実感がわいて少しホッと息を吐いてしまう。


 老人に教えられたカウンターの横の階段を二階に上って右の部屋の扉に、

受け取った使い古されてすり減った鍵を差して回すとカチリと小さく音を立てて木でできたドアは開いた。

 部屋の中は二人部屋ということもあってかなりこぢんまりとしていて、

シングルサイズのベットが二つとその間にランプがひとつ、

それと小さめのテーブルと椅子が一脚あってドアには端っこが少し欠けた鏡取り付けられているがあるだけだったのだが、

それらの家具によって部屋が狭くなっているように感じるほどの広さしか無いようだった。

しかし小さいながらも大通りを見下ろせるベランダがついておりエシルがガラス戸を開けると、

通りを歩く人々の賑やかな喧騒が部屋の中に飛び込んできた。


 洗面所やシャワーは一階にまとめてある共同のものを使うしかないそうなので、フレイナは混みだす前にマリナと一緒に早めに入ってしまおうと思った。

 バッグをベッドのそばの床におろしながら、ドアを開けた瞬間に隙間から入ってベッドに一直線に走って行って倒れこむようにダイブしてから微動だにしないマリナをゆさぶる。


「マリナー、寝る前にせめてシャワー浴びなさい。お布団汚れちゃうでしょー?」


 肩をゆすればくぐもった声は聞こえるがすでに半分夢の中らしく、

飛び込んだ格好のままベッドにうつ伏せになってシーツにしがみついて同化しているマリナは一向に起きようとはしない。

 このままベッドと同化してしまったほうがマリナにとっては幸せだろう。確実に。

 しかしそういうわけにもいかないのだ。

森の中ではタオルなどで拭くのが精一杯できちんと身体を清めることはできなかったのだ。

不潔な状態でこのきちんと整えられている清潔なシーツの上に転がるのは、

何というかフレイナのプライドが許さなかった。もちろん一緒に寝るマリナのことも同様に。

 なのでフレイナはマリナを揺さぶって起こすのを諦め、今度はマリナとシーツの間に手を突っ込んでマリナのお腹辺りに手を回すとそのまま引き剥がすように、おりゃっと言いながらおもいっきり引っ張った。


 お腹を急に圧迫されたことでマリナはぐぇぇ…とうめきながら、ベリベリという音が聞こえてきそうな感じでシーツから引き剥がされてフレイナの背中におぶられ、

フレイナはマリナを背負ったままバッグの中から着替えを引っ張りだすと「混みだす前にシャワー浴びてきますっ!」と言い残し、

エシルの返事を待つことなくバタバタと慌ただしく部屋から出て行った。


 部屋に荷物を置いたら一言出かけることを告げてからまたドルダスの所に行こうと考えていたエシルは、フレイナが出て行ったドアを見つめてため息をついた。

 何も言わずに出て行って心配させては申し訳ない。

仕方ないな、とエシルはベッドに腰掛けてそのまま後ろに体を倒すと、ごろりと仰向けに寝転がって小さなシミがある天井を見上げた。


 確かここの宿は夕食が出なかったはずだ……ならば夜は外で済ますことになる。

 その時ついでに会いに行けばいいか、とエシルはそこまで考えると、そのままベッドに沈み込んで眠ってしまいたい気持ちをぐっと抑えて体を起こして立ち上がり、

あくびを噛み殺しながら自分も今のうちにシャワーを浴びに行こうと部屋を出て鍵をかけた。

髪は長いがどうせ烏の行水だ。

二人より後に部屋に戻ることはないだろう。

エシルは年期が入って軋む階段をゆっくりと降りて行った。


**********


 シャワーを浴びて体も頭の中もさっぱりとしたエシルはタオルを肩に引っ掛けて多少服が濡れてしまうのを防ぎながら部屋に戻った。

シャワールームから部屋に戻るまでにフレイナ達を見なかったところを考えるとやはりまだ帰ってきていないようだ。

 長い銀色の髪は水分を含んでじっとりと重く、

長い付き合いなので慣れてはいるものの、タオルの許容量を超えて服に浸透して通り雨に降られたがごとく服が濡れるのは正直気持ちが悪かった。

そこでエシルは少しでも早く髪も服も乾くようにベランダに出て日に当たることにした。

期待はできないが部屋の中で突っ立っているよりはいくらかマシだろうと思ったのだ。


 ベランダに出て空を見上げればもう日は大分西に傾いていて、そよそよと吹く風は初夏であるにもかかわらず少し肌寒かった。

湯冷めするだろうか。そう思いながら手すりに寄りかかって視線を下に向け、

大通りを歩く人々をぼんやりとした眼差しで観察した。

 忙しなく行き交う人々の様子はいつも通りに見えるが、なるほど、宿屋の前に停めてある商隊(キャラバン)の荷車や馬車が多い。宿屋にとっては予期せぬ稼ぎ時だろうが何日も足止めを食らっては旅費がかさんで商隊は商売あがったりだろう。


 正直言って平時のエシルならばドルダスの頼みを二つ返事で受けていただろう。しかし今は必死に両親を迎えに行こうとしている少女二人が自分を頼っているのだ。

 トンネルまで行くのに二日、長いトンネル内部のクローターを殲滅するのに三日、帰ってくるのに二日。

クエスト自体は三日程度で終わっても行って帰ってくることを考えると一週間はかかる。

一刻も早く神殿にたどり着きたい彼女たちにとっては貴重な時間を潰すのは惜しいだろう。


(いっそ討伐したその足でそのまま首都まで行ければ早いんだけどな。)


 それはつまり二人をクエストに連れて行くことになるので危険性を考えるとあまり選択肢に入れたくないのだが。


 エシルはブルリと身体を震わせた。大分冷えてきたようだ。

部屋に戻って窓をしめると、部屋の外から微かに階段を登ってくる足音が耳に入った。

どうやらようやく帰ってきたらしい。


「おかえり。」


先手をとってドアを開けると、フレイナとマリナの驚いた顔が並んでいてエシルは少し笑った。


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