旅立ちと出発と道中と1
(マリナのあの頬のアザ…そして今朝の地震…。
もしかしたらあの子は…、いやもしかしなくても…。)
「あのっ、エシルさん!」
「…ん、ああ、今度は何だ?」
ようやくフレイナの決心がつき、マリナの目が覚めた頃、もうすでに日は傾きつつあった。
出発するのならすぐにでも!というフレイナの言葉をエシルは「夜の森を突っ切るって…正気か?」と諌め、
とりあえず今日は宿に客を入れずに準備をし、出発は早くても明日の朝にしよう、と、なんとか説得したエシルは少々疲れた様子でぼんやりと窓辺に腰掛け、かすかに聞こえてくる波の音に思考を委ねていた。
その思考はフレイナとマリナの質問攻めにあってかなり途切れとぎれになってしまっているのだが。
「えっと、着ていく服って、これとこれのどっちがいいでしょうか?」
「うーん、正直言ってスカートはあんまりお勧めできないんだが」
「ええっ!?でも私、スカートしか持ってないです!」
「そんな力強く宣言されても……じゃあせめて長めのブーツを履くとか」
「あ!それでいいならそうしまーす!」
ぱたぱたとまたタンスの中をひっくり返しに行く背中を「旅行って訳ではないんだけどなあ…。」と生ぬるい視線で見送ると、今度はマリナがぐいぐいっと袖を引張られ、エシルはスッとしゃがんで、
「んで、こっちは何だ?」
「おやつはこのくらい持って行ってもいいのね?!」
「おやつを持つくらいなら食料か水を持ったほうがいい。というか、どこに入れるんだ?その量を」
「ええっ!?」
おやつは無しなのね!?と両腕いっぱいに様々な細々したお菓子を抱え込んだマリナに凄まじく驚いた顔をされて、困ったな……と苦笑しながらエシルは肩をすくめて答える。
「私は今マリナが凄く驚いていることに驚いているよ…せめて持っていくのは飴玉くらいにしておこうな」
「えー…そんなあ…こっちのチョコはダメなのね…??」
「…少しは私が持ってあげるから飴とチョコだけで妥協してくれ……」
「エシルも持ってくれるの?わーいありがとうなのね~!!」
「これは、墓穴を掘ったかなあ……持ってあげるからその大量のクッキーは置いていこうな。」
はーい!といい返事をしながら台所へと引っ込んでいく小さな背中を「やっぱり置いていくべきだったのかもなあ……」と、どこか遠い目で見送った直後、入れ替わるようにフレイナの自分を呼ぶ声が聞こえた。
夜はまだ始まったばかりだった。
*****************
「よーし!それじゃあ、いよいよ出発するわよ!」
「出発するのね!!」
「…ねっむ…。」
姉妹の質問攻めからエシルがやっと解放されたのは日付が変わった頃だった。
マリナがバックに絵本や人形を詰めるのを阻止したりフレイナに土鍋を持っていくことによって生じる弊害を説明している間にも時間は無情にも流れ、旅をするために必要なもの一式を彼女達のバックに収めたとき、エシルは謎の達成感と疲労感に包まれながらベッドにダイブして意識を手放した。
そんなこんなでやっと寝付くことができた彼はテンションが上がって寝付けなかった二人によって早々にたたき起こされ今に至る。
それにしてもやはり港町なだけあって三人の周りで露店の準備をする街の人たちも早朝であるにもかかわらず活気がある。もう店を開いているところもあり店先には新鮮な魚がズラリと陳列されていた。
「エシルさん?あれ、もしかして立ったまま寝てる?」
「エシルはいろんな格好で寝れるのね~。お~き~て~!!」
「…せめて…八時…出発……はあ……ふあ~ぁ、元気だなあ本当」
目頭をぐしぐしと揉んでいるエシルとは対照的に、仕事柄早起きが基本の二人は気分が高揚しているのもあって非常に元気がよくどこかはしゃいでいるようにすら見えた。
基本的に魔物というものは夜行性なのでこの二人の行動は理にかなっているのだ。
できるだけ安全に行動するには仕方がないことだ、だから頑張れ自分。とエシルは自分を励ましつつ、歩き始めた二人のあとを追った。
「えーと、とりあえず隣町まで行くんですよね?」
「ああ、ひとまずはそれが目標だな。」
「まっすぐ首都まで行かないのね?」
「まっすぐ行くのは距離的にほとんど不可能だからな。いくつかの町を経由して、休息と食料なんかの補充をしながら首都を目指すんだ。」
エシルは持ち物を確認しながら答える。
首都の周りには町や村が点在していて、また基本的にそのほとんどにギルドの出張所があり依頼達成を手助けしてくれる。例えば宿代が割安になったりするのだ。
フレイナ達の旅の予算的な問題からギルドの出張所のある町を経由しながら首都を目指そうとエシルは考えていた。
「ふーん、なんだか面倒くさいのね!」
「移動は金銭的に余裕がないし基本的に歩きだからな…。乗合馬車に乗れそうならそれも利用しよう。」
「隣町まで行くのには歩いて何日くらいなんですか?」
「早くて五日、でも二人共歩き慣れてないだろうし、一週間くらいと見てもいいかな」
「最低でも五日も歩きっぱなしなんですか?!ええ~……」
「ご両親を迎えに行くんだろ?このくらいで挫けるのか?」
「っ…い、五日くらいどうってことないわ!」
「はは、よし!その意気だよ」
と言っても野宿込みでの計算だけどな、とエシルは言いながら持ち物を確認する手をふと止め、
買い忘れてた…と呟いた。
「え、今道具屋さん開いてないと思うんですけれども…」
フレイナは少し眉を寄せた。
「いや、大丈夫だ。魚屋ならもう開いてるみたいだからな。
すぐ追いかけるから先に町の山側の門に向かっていてくれ。」
そう言うとエシルはタタタッと小走りで元来た道を戻っていった。
「何を買い忘れちゃったのね?」
「そうねー、魚屋で買えるものって…保存きかないんじゃないかしら?干物とか?」
「お魚好きなのね?」
「さあねえ…まあ、すぐ来るって言ってたし、歩いてましょ」
*************
「すまない、待たせたな、さあ出発しよう」
エシルが町の門に着いたのは二人が到着してすぐだった。
「いえ、今ついたので待ってませんよ。何買ってきたんですか?」
「何買ってきたのねー?」
「ま、酒のつまみだな」
「おつまみですか?」
「エシルお酒飲めるのね!?」
「だから歳はそれなりにくってるんだって言ってるだろ」
「ホントにエシルってばいくつなのね?」
ムッとした顔でエシルはマリナに言ったが、やはりどう見ても17歳かそこらの青年にしか見えないのであった。
「酒場に行ってもいっつも変な目で見られるんだよなあ……」
そうだろうな…、とフレイナは思わないでもなかったが口には出さずに心に留めておいた。
本当の年齢はわからないが彼なりに気にしているのかもしれない。
「ほらほら、私の年齢のことはどうでもいいから、さっさと出発しよう!
……せっかくの早起きが無駄になるぞ」
「おお!!いよいよ町から出るのね!マリナ初めて出るのね!」
「うん…私も…初めて街の外に出るかも……」
フレイナはふと思う。
きっと、町の外には自分の今まで見た事のもないものが、見ることもなかっただろうものが溢れているのだろう、と。
見たことのない景色が、聞いたことのない音が、会ったことのない誰かが、この先たくさん待ち受けているのだろう、と。
あくまで両親を迎えに行く事が目的の旅だけれど、昔読んだおとぎ話の英雄のような冒険をするわけでもないのだけれど、旅の同行を買って出てくれた隣に立つ彼の言うように危険も多いのだろうけれど、
それでも、彼女の心は、この先に待っている広い世界への期待と好奇心で高鳴っていた。
それはマリナも同じのようで、ワクワクしているのを隠せていないようだった。
そんな二人の様子を見てエシルは微笑ましそうに見ていたが、きゅっと表情を引き締めると二人の肩にポンと手をおいて振り向かせ、真剣な表情で交互に顔を見ながら言った。
「いいか?この町を出てしばらくは魔物がほとんど出現しない、出ても凄く弱いものしかいない平原を歩く。
でも、その先の森に入ってからは、はぐれると危険だからな。私も気を配るけれど……私のそばを離れないように気をつけてくれ」
彼の真剣な様子に、二人も釣られて顔を引き締めて頷いた。
「わかりました!」
「気をつけるのね!」
二人の様子に少しホッとしたように微笑むと、いたずらっ子のような顔をして
「それじゃ、出発しよう!」
と言って門の外に足を踏み出した。
**************
「マリナー!あんまり離れちゃダメよー!」
夏の今、活発になっているのは海の魔物だけではなく平原の草も同じのようで、
背高く伸びた草はすっぽりとマリナを隠してしまっていた。
とは言ってもフレイナとエシルが歩いている道はきちんと土が見えているのだが。
つまりは道を逸れてマリナは草の海にかけて行ってしまったのである。
「まったくもう!あの子ったら!」
「元気だなあ、ま、この平原は安全だから好きにさせてあげるといいんじゃないか」
「おねーちゃーん!」
「わっ!どこから出てきてんのアンタは!」
フレイナの真横からガッサア!と勢いよくマリナの顔が飛び出してきてフレイナは驚いて思わず尻餅をついた。
「みてみてー!綺麗な石!」
「どこ行ってもアンタのすることは変わらないわね…。」
フレイナは若干ぐったりしながら、ポンポンとスカートについた土を払う。
「エシル~、見てみて~!」
「おー、確かに綺麗な石だな。でもあんまり荷物増やすようなことはしないようにな。」
マリナはそのエシルの言葉を聞いたのか聞いていないのか(多分聞いていない)あげるね!と言って彼の手に石を押し付けると、また草の中に消えていった。
「あーもう、妹がすみません。捨てちゃっていいですよ、それ」
「いや、こんな小さい石なんだし君らの旅の始まりの記念として貰っとくよ」
記念って……とフレイナは思わすフフッと笑う。意外とそういうことを大事にする几帳面な性格なのかもしれない。
コロコロと石を手のひらの上で転がしながらエシルは答えた。
そして、ふと石を転がす手を止めた。
「この石…、微弱だけど魔力を感じる……」
「え?何か?」
ポツリと一人呟いたエシルにフレイナが聞き返すと、
「いや……何でもない」
彼はそう言って石をポケットへと滑り込ませた。
「さ、もうちょっとペースアップしよう。五日が一週間になるぞ?」
「うわ、それはきついです!マリナ!マーリーナー!!」
草の中のどこからか、なあにー?という声が聞こえ、フレイナはその声のする方へ走っていった。
*************
鬱蒼と深い緑の葉を持つ木が生え並び、その葉と葉は重なり合って降り注ぐ太陽の光を遮って影を落としていた。
そのせいか森の中の空気は夏だというのに少し肌寒いくらいで、平原でうっすらとかいた汗が冷えて体の熱を奪い、マリナは「寒いのね…」と、ブルリと体を震わせた。
「うわあ、結構暗いんですね。」
フレイナの言葉にエシルはコクリと頷く。
「ああ、だから魔物が繁殖しやすいんだ。」
そこ、苔が生えていて危ないから気をつけて。と二人に注意しながら彼はこう続けた。
「と、言ってもこの森に魔物が出始めたのはここ50年くらいからなんだけどな」
「え…じゃあ昔はいなかったんですか?」
「そうらしいな」
「何でこの森で魔物が出るようになったのね?」
マリナの質問にエシルは首を振りながら、
「調査はされたが…わからなかったんだ。
でも、魔物の出現報告は各地で増えているからな。魔物が増えているのは世界的なものなんだとか……どこかのギルドで見た報告にあったな」
「戦争と言い、魔物と言い、物騒な世の中になってきてるんですね……」
ふーん、とエシルの話を聞いていたマリナは、はいはーいと手をあげると、
「あ、エシルに質問しつもーんなのね!」
「ん?何だ?」
「魔物ってどこからくるのね?」
「あ、そういえば……もともとはいなかったってことは、どこかから来たんでしょうか?」
エシルは、お、いい質問だなと言うと、立ち止まってしゃがみ、落ちていた木の枝を拾って地面にガリガリと図を書きながら説明し始めた。
彼によると、
・この世界と同じ位置、違う次元には魔界という別の世界がある
・この二つの世界は別の次元にあるため物質が行き来することは基本的に不可能である
・しかし、魔術を使うことによってほんの極僅かであるが時空が歪み、この歪みがひどくなると世界に穴が空いてこの世界の一部分が魔界とつながってしまい、この穴から魔物の魂がこの世界に侵入してくる
・魔物の魂はこの世界の知性の低い生物の魂に寄生して身体を乗っ取り変異させてしまう。この変異した状態の生物のことを一般的に魔物と言い、魔物と元いた生物が交配すると魔物が生まれてくる
「ま、こんなところかな。わかったか?」
「じゃあ、魔物ってこの世界に元いた生き物がなっちゃうんですか?!」
「つまりはそういうことだ。厄介なのは魔物との子供は全部魔物になるところだな。これによって原生生物が減って魔物が増えるってわけだ」
「魔術を使っちゃダメなのね!」
「そうだな、でもこの世界に住む人々の生活は魔術無しじゃ成立しないだろうし、何より筋力じゃとてもじゃないけど太刀打ちできないからなあ。
魔物を除けるために魔術を使い、そしてそれによってまた魔物の侵入を許す。悪循環だな」
「でも…、どうして急に魔物が増えたんでしょう?」
「そりゃあ…まあ…。戦争で強力な魔導兵器をたくさん使うようになったからだろうな……」
エシルの言葉にフレイナは苦い顔をした。
「戦争ですか……」
「全くもう!!戦争はいいとこなしなのね!なんでするのね!?」
「本当にそうだな。いつだって自分の首を絞めるのは自分だ」
マリナの言うとおり、フレイナはどうして戦争をするのかがわからなかった。
しかし、わかってくるだろうか、この、両親を危ない目に合わせていて、
それどころか、関係の無いところで害をなしているこの戦争が起きた理由が。
全部はわからなくても、今までのように知ろうともせずにいるのはやめよう、
せめて、知る努力をしてみよう、そうフレイナは思った。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
フレイナが決意を固めているとマリナが目を覗き込んでいた。
また妹を心配させちゃったな、と彼女は少し情けない気持ちになりながら、安心させるようにマリナの頭をそっと撫でる。
「んーん、なんでもないわ。さ、行きましょう」
「うん!」
返事とともにマリナはまた歩き始めた。
フレイナもよいしょと立ち上がって歩きだそうとすると、後ろから
「君も、あまり無理するなよ」
そう、エシルが声をかけた。
「……大丈夫です」
「会ったばかりだし、素性もよくわからない私には……話しにくいかもしれないが…、一人でいろいろ抱え込むのは良くないからな」
「……。」
「暗い顔するくらいなら、誰に対してでもいいから、思っていることを吐き出したほうがいいときもあるから、な」
「それは…わかってはいるんです。でも……」
「…………」
エシルはフーとため息を吐くと、フレイナの頭にポンと軽く手を置いから、あんまり先行くとはぐれるぞーと言いながらマリナの後を追いかけていった。
「そう、わかっては…いるんだけど……」
そう呟くと、フレイナは足早に少し先を歩く二人を追いかけた。
**************
途中に昼食に携帯食料を食べつつ三人は休むことなく歩き、その甲斐あってか森の三分の一程進むことができた頃、もう日はかなり傾きつつありただでさええ薄暗く不気味だった森は更に不気味さを増し、どこからともなく夜行性の魔物の鳴き声が聞こえ始めている。
「よし、今日は歩くのはここまでにしておこうか」
「結構歩きましたね……」
「まだ五分の一くらいだけどな」
「マリナもう歩けないのね~!」
「まだ三分の一なんですか……はー、先は長いですね……」
エシルの言葉にようやく歩みを止めることができた二人はその場にへたりこんだ。
その様子にエシルは苦笑しつつ言った。
「歩き慣れてないにしては一日でここまで来れれば上出来だよ。
これなら一週間かかると言っていたところが五日か、六日くらいで隣町までいけるんじゃないかな。」
「明日もこのペースで歩くのは…ちょっと自信ないですよお……」
「ぜえったい無理なのね……」
「初日だからまだ体力があるってのもあったんだろうな」
エシルはぐったりしている二人に道の脇に生えている大きな木の方に移動するように言い、二人の周りに魔物よけの香油をまいてから薪を拾いに行ってくると告げて森の中に消えていった。
「あー、歩いたねー。マリナ足痛くない?」
「ちょ~っとだけ痛いかも……それよりも疲れちゃったのねー……」
「マリナ、お姉ちゃんに寄りかかって少し寝ちゃっていいよ?」
そうフレイナが言うとマリナはもぞもぞ動いてフレイナの背中にぴったりとくっつき、寄りかかってすやすやと寝息を立て始めた。
(よっぽど疲れてたのね…わからなくはないけれど)
私も眠くなってきたなー、とフレイナもうつらうつらとしばらく眠気に耐えていたが、やがて静かに寝息を立て始めた。
*****************
パチパチと何かの爆ぜる音でフレイナは目を覚ました。
「あれ…私……」
「お、起きたか。おはよう。」
ゆらゆらと炎をたなびかせる焚き火がいつの間にかフレイナとマリナの前に鎮座していて、フレイナのちょうど向かい側にエシルが座っていた。橙色の炎が、ぼんやりと三人を照らしている。
「エシルさん……」
フレイナが辺りを見回すともうすっかり日が暮れていて、木々の葉が頭上の星をすっかり覆い隠してしまっているせいで、目の前で燃える焚き火だけが異様に明るく見えた。
「魔物よけの香油って言ったって万能ではないんだから、次は寝ないようにな」
「あ…す、すみません……」
やんわりと不注意をたしなめられ、フレイナはぎくりと肩を震わせ慌てて頭を下げた。
「ま、疲れてるのは重々承知だから強くは言えないけどな」
だから、そんなに謝らなくていいからとエシルは落ち着いた声で言い、枝を火の中に放り込むとしばらくじっと目を閉じて黙りこんだ。
パチパチ、と木のはぜる音だけがする沈黙が訪れ、すっかり目が冴えてしまったフレイナは少し気まずく感じたのだが、かといって何を話せばいいかもわからず揺らめく炎をぼんやりと見つめていた。
お腹すいたなあ……と、フレイナがぼんやりした頭で考えていたとき、少しの気まずさを持っていたのはフレイナだけではなかったらしい。エシルが目を閉じたまま、独り言のように、
「あー、そうだ、昼間から言おうとは思ってたんだが……、」
フレイナはエシルの声に顔を上げ、何をですか?と短く次の言葉を促した。
「そんなに…丁寧に話さなくていいぞ」
「へ……」
「うまく言えないけどさ、あんまり好きじゃないんだ。その、敬語で話されるのが」
「えっと、でも……」
「これから先少し長い付き合いになるんだし、硬っ苦しいのはナシにしないか?」
「私はいいですけれども、でも、エシルさんって、すっごく若く見えるけど結構年上なんですよね?嫌じゃないんですか?」
「ああ、私はむしろ普通に話してくれた方がいいんだ。……正直見た目は君と変わらない自覚はあるしな」
「うーん、そこまで言うなら…わかりました。普通に話しますね。えーと…エシル?」
「ああ、うん、そんな感じが一番いいな。よろしく頼む」
フレイナがそう言うと、焚き火の炎の向こうでエシルは少し口元を緩ませたように見えた。
どうして敬語が嫌なのかなあとフレイナは少し不思議に思わなくもなかったが、気を使ってくれたのかもしれないと思うことにして、深く考えないことにした。
「あ、なら、私からもエシルさ…エシルに一つお願い」
「ん?」
「君って呼ばないで、ちゃんと名前で呼んで欲しいの」
エシルはフレイナの言葉に、
「わかったよ。フレイナ」
と言ってクスリと微笑んだ。
その笑顔がやたらと様になっていて、思わずフレイナはカアアっと顔も耳も一瞬で赤く染めた。
(うわああ!昨日とか昼間は忙しくって意識してなかったけど…やっぱりすっごい綺麗な顔してるわ!!)
小枝で焚き火をつつきながら火加減を調節しているエシルに気取られないようにかかえている膝にバッと顔をうずめると、自分でもわかるほどに顔が熱くなっていることが感じ取れてますます恥ずかしくなる。
そのフレイナの行動をまた眠気がきたのだろうとエシルは思ったようで、フレイナの向かいから見張りは自分に任せて今日はもう寝ていいと声が聞こえてきた。
しばらくは眠気がふっとんだせいで眠れなかったフレイナであったが、溜まった疲れには勝てずいつの間にかそのままの体勢で眠りに落ちていった。
*************
「うう…首いったいいい……」
「おはよう。あの体勢で寝ればなー、そうなるだろうな」
「お姉ちゃんどんなカッコで寝たの?マリナ見たかったのね!!」
寝違えたかのように痛む首をさすりつつフレイナは懐中時計で時間を確認して目を見開いた。
「えっ、もう十時なの!?」
「暗いからな、まだ早いと思ったか?」
エシルとマリナは先に起きて山菜やキノコをとってきていたようで、エシルはマリナが採ったらしいそれらを食べれるものとそうでないものに分けているようだった。
もうすっかり日は昇っているはずの時間帯でも森は変わらず薄暗く、唯一どこかで鳴いている鳥の鳴き声が新しい一日の始まりを告げていた。
「この森はいつも薄暗いから《常夜の森》って呼ばれたりもしてるんだ」
「床屋さんの森なのね?」
「ハハ、違う違う、常に夜の森で常夜って読むんだよ」
「??よくわかんないのね……」
マリナには名前の意味がよくわからないようで、腕を組んでうーんとうなった。
そのうーんという声と同時にぐぅーというお腹の音も重なって唸り、その様子にフレイナは思わず吹き出した。
「昨日何も食べずに寝たからお腹すいたよね、一応調味料は持ってきたし…、
その山菜で朝ごはん作りましょうか!」
「そのつもりで採ってきたんだ。はい、よろしく頼む」
エシルから山菜とキノコの束を受け取り、フレイナは鼻歌交じりに早速朝食の準備に取り掛かった。