決断の日2
冒険者の食事というものは基本的にどこかの街につくまでは道中の動物や植物でまかなうか、街で携帯食料などの味気ない栄養食が主となる。
もちろん、動物を狩る術のない場合は肉にありつくことができないし、たとえ狩れたとしても捌けなければ本末転倒でこれまた肉はお預けとなる。
植物だって油断はできない。毒草や毒キノコの見分けのつかない者は下手に手を出すべきではないのだから。
またこれらの食べ物を道中で手に入れられたとしても調理する器具を持ち歩くのは困難なことなので、ワイルドに焚き火で焼いて食べる以外に食べる方法はあまりないのだ。
よって、大抵の冒険者は、大きめのクッキーのような見た目の特に味のついていない栄養食をモサモサと食べる事を余儀なくされている。
小さくてある程度の数があってもかさばらない上に手っ取り早く栄養が取れる携帯食料は冒険者達の必需品ではあるのだが、いかんせん主に味の方に改良の余地がありすぎるのが唯一の難点だよなあとエシルはつねづね思っていた。
「護衛の代金が料理、か……。う、うーん…」
「ごっご飯ならいくらでも美味しいの作れるのね!お姉ちゃんが!!」
「あのねえ!マリナ!命を守ってもらうのにお礼がご飯はないでしょご飯は!」
「えー!だっていい考えだと思うのね!ご飯はお金より重いのね!ぜったい!」
「それはないでしょ!」
「まー、それもそうかもなー……」
「な、流されないでください!」
護衛の礼を料理で払えばいいというマリナの案は正直言ってエシルにとって魅力的なものではあった。
もともと金銭にはあまり頓着しない性分なのである。
むしろ食べることの方がずっと興味がある。
うん、この依頼はかなり魅力的なのではないだろうか。
もぐもぐと口と頭を動かしながら彼の脳は決断を下した。
「うん、じゃあそれでいいかな。受けよう。その依頼」
まあ私が持ってきた厄介事でもあるしな、とつぶやく。
「やったー!よくわかんないけど良かったのね!おねーちゃん!」
本日二度目のフレイナのええええええええええ!!!!??という絶叫が響き渡った。
「ちょちょっと待ってください!そんなあっさり決められると逆に不安なっちゃうんですけど!?」
「大丈夫だ、仕事はきっちりするさ。あ、おかわり」
「あ、今持ってきますねー……って違う!」
「なんだ、おかわりは追加料金か?」
「首都まで結構危険だって行ってたのエシルさんじゃないですか!
その護衛依頼がご飯なんかで引き受けちゃっていいんですか!?」
「金なんかよりこの卵焼きを積まれた方がよっぽど心惹かれるぞ。私は」
「卵焼き美味しいもんね!」
「そりゃあ私だってご飯作るだけで護衛していただけるならそれに越したことはないんですけど………」
「けど?」
「う………………」
さらり、と銀色の髪から除く瞳に見つめられ、フレイナは恥ずかしさと申し訳なさで顔を赤くしてうつむいた。
やはり命を預かってもらう相手にはそれ相応の金額の礼金が必要だと彼女は思っている。
それは両親のいない間にフレイナがいかにお金というものが大切なのかということを学んだからでもあった。
宿屋の経営は幼い頃から両親の姿を見てわかっているはずだった。
しかし、実際自分が経営者となって宿屋を回していかなければならなくなった時、なれない売上金の管理や時期によって宿泊代を変えたり提供する食事の食材など真っ先に直面し、かつ長いあいだ苦労したのが金銭的な面での問題だったからだ。
昔から料理は好きだったし自分でもそれなりに美味しいとは思う。
しかし、やっぱりお礼に提供するにはやっぱり足りないと思うのだ。
そんなフレイナの様子をエシルはしばらく眺めていたが、ふー、とため息をひとつつくと穏やかにフレイナにつらつらと言葉を紡いだ。
「君が思っている通り、確かに万人にとってはお金の方が魅力的だろうな」
「…やっぱり、そうですよね。同情、して、OKしてくれたんですよね……」
「でもな、お金があっても、おいしいご飯を食べるのは、万人が思っているよりも難しい」
フレイナは困惑したように顔を上げてエシルを見た。
エシルは持っているフォークをくるくると回しながら続ける。
「そりゃあ、街に行きゃいくらでも美味しいものが買えるさ。それは、そうだよな。
しかし悲しいことに……私達冒険者にとっちゃ街にいる時間より獣道を歩いてる時間の方がずーっと長い。
つまりは、お金があったって美味しい料理にゃありつけない」
「でも…、」
「別にお金がなくていいってことじゃない。
でもな、私にとってはせっかく獲った獲物を美味しく調理してくれる誰かの方が魅力的だってだけさ。
まあ、何が言いたいかっていうと、お金よりおいしい料理、君の料理の方がずっと魅力的ってことだ」
イケメンによる無意識の毎日君の味噌汁が飲みたいんだ的発言にフレイナの顔は別の意味で赤くなった。
というか先ほどよりも顔が火照ってきた。
「なんならもっと褒めようか?まずこの卵や……」
「ああああああああ!!もう!もういいです!分かりました!お願いします!!
私を首都まで連れてってください!朝昼晩ご飯作るのを条件に!!!」
もういろいろといたたまれなくなってフレイナは真っ赤な顔のままエシルのさらなる言葉を遮るようにして叫んだ。
するとパアアという効果音が聞こえてきそうなほど表情を明るくした彼はその表情のままスッと手を差し出すと、
「じゃ、依頼成立だな。
これからしばらくよろしく。」
フレイナは若干手汗が気になってあまり握手をしたくなかったのだが彼のイイ笑顔を見てどうにでもなれ!と半ばヤケクソ気味に、パァン!と手を握りキッと彼の目を見て言った。
「よろしく!お願い!します!」
***********
なんだか姉が赤くなったりしょぼくれたりまた赤くなったりして忙しそうにしていたものの、どうやら丸く収まったようだ。
マリナには二人の話はよくわからなかったが、とりあえず姉の役にたてたようなので、一人満足そうにうんうんと頷いていた。
両親がいなくなってから姉には迷惑をかけっぱなしだった自覚がマリナには多々あるのでようやく一つ自分にも何かすることができて少しホッといていると、エシルと何か話していた姉が手招きしたのが見えたので、褒めてくれるのかも!と思ったマリナはテテテッと小走りで姉の傍にいくと期待に満ちた表情で、なあに?と問いかけた。
しかし、褒めてくれるはずの姉の口から出たのは、マリナが思ってもいなかった言葉だった。
「マリナ…、お姉ちゃんちょっと遠くにお父さんとお母さん迎えに行ってくるからね」
「………へ?」
「お姉ちゃんが帰ってくるまでマリナはお隣のおばさんにお世話になってね。
頼んでおくから…」
「…お、お姉ちゃん…?どこかいっちゃうの…?」
「うん、でも、お父さんとお母さんと一緒にすぐ帰ってくるから!
マリナ、いい子だから待っててくれるよね…?」
フレイナはかがんでマリナの目を見ながらはっきりと告げた。
その瞳にはマリナの見たことのない姉の強い決意が見て取れた。
「お姉ちゃん…、お姉ちゃんまで、どこか行っちゃうの…?」
マリナの目にじわじわと涙が膜を張る。
そこには確かに、両親が家を出るときにマリナが見せた悲壮感がまた顔を覗かせていた。
両親が家を出るとき、こんな気持ちだったのだろうか。そうフレイナは思いながらもはっきりともう一度告げた。
「すぐ、帰ってくるから…待ってて…!」
ポロリ、マリナの目から涙がこぼれ落ちた。
フレイナの心をえぐる言葉も一緒に、
「嘘つきっ!!!!!!!!!」
「っ!」
「そういって、お姉ちゃんもかえってこないんでしょ!
マリナを、一人ぼっちにするんでしょ!!?
すぐ帰ってくるなんて!!!
嘘って!!!知ってるのね!!!!!」
ぼろぼろぼろぼろと止めど無くこぼれ落ちる涙が白木の床に歪な染みをつくる。
「う、嘘じゃないわ!ちゃんと、帰って、」
「嘘つき!嘘つきうそつきーーーー!!!!!!!」
フレイナがマリナが生まれて初めて癇癪を起こしたのを見た、その瞬間だった。
ガタガタッ…
ガタガタガタガタッ!!!!!
宿屋全体が大きく揺れ動き、テーブルや戸棚がけたたましい音を立てて不自然にたわむ。
「きゃあっ!地震!?マ、マリナ!危ないから戸棚から離れてっ!!!」
マリナは興奮しきっているようで自分の後ろにある戸棚が倒れそうなのに気がついていないらしい。
揺れは大きくなる一方でついに戸棚がぐらり、と大きく傾きマリナに襲いかかった。
「危ないっ!!」
次に思い浮かぶ恐ろしい光景に思わずフレイナは目を覆った。
エシルは戸棚がまさにマリナを押しつぶそうと倒れた瞬間、間一髪マリナを抱きかかえて横に転がり彼女がぺしゃんこになるのを阻止した。
「マリナ!マリナァ!」
危うく妹を失いかけたフレイナは駆け寄って必死に妹の名前を呼んだ。
「…おね…ちゃ…」
「!マリナ!!大丈夫!?ねえ!!」
「おね…ちゃ…ん…置いて…いかないで……!」
「あ…。」
涙を流しながら、エシルの腕の中でマリナは意識を失った。
フレイナは妹の言葉に呆然として言葉が出てこなかった。
棚が倒れそうになった瞬間に確かに感じた、マリナを失うかもしれないという絶望。
もしかしたら、あの時の自分と同じ絶望にマリナは駆られてしまったのかもしれない。
そう思うと、フレイナの顔も自然と不安と悲しみに歪む。
「…マリナも、一緒に行かせたらどうだ…?」
「…妹を、危険な目に合わせたくないんですっ!!」
「首都まで行く道は確かに魔物が出没して危険だが、ある程度戦えれば歩ける…。
君が一人で行くのは相当危険だが…。私がいる。二人共、守るよ」
「でも、」
「それにそれにそんな歴戦の冒険者じゃないと通れないような道なら誰も首都に行けないだろう?
あと、これ以上マリナの心に負担をかけない方がいいと思うんだ…。
この様子なら、もう相当参ってきてるんじゃないのか」
昨日会ったばかりの私が、言えることじゃあ無いかもしれないけどな、と、そっと抱きしめたままのマリナの頭をなでながらエシルが静かにつぶやく。
「それは…そうですけど…。」
しばし二人の間に沈黙が流れる。マリナのかすかな寝息だけが聞こえていた。
やがてフレイナは意を決したように顔を上げてエシルを見ると、決意のこもった声で問いかけた。
「あなたを、信じても、いいんですか?」
エシルはゆっくりと頷く。
「私たちを、マリナを無事に両親に合わせてくれますか?」
「ああ、約束しよう。必ず、君たちをご両親のところまで送り届けると」
シン…と静まり返った室内に、二人のまるで確かめ合うような声が響く。
そしてフレイナは、決断する。
「あなたを信じます。だから…その、姉妹ともどもどうぞよろしくお願いします」
フレイナはようやく微笑みをこぼした。
エシルもそれに応えるようにフッと笑うと、言った。
「改めて、こちらこそよろしく。二人とも」