2話 リフティング!
部活に入るにしても、別にサッカー部ではなくてもよいでもないのか、と言う疑問が僕の頭から出てきたが、今さら部活を変えると言う状況は考えられなかった。
まず第一に、くじ引きと言う運決めと言う荒業を行ったが、そのくじに含まれる選択肢の中で、文科系は含まれておらず、運動系の部活のみのくじ引きだったのだ。
実は僕は極度な人見知りだが、運動そのものは得意で、体育の成績はほとんど五だった。体力には自信は無いけど、運動神経はそこそこ誇りを持っていた。
それ上に、中学校はなぜ部活に入っていなかったのかと今になって悔やまれる。まぁ、僕の家はちょっとした軽食屋で、家の手伝いに追われていたから部活する暇なんて皆無だったんだけど。
――――それも言い訳か。
結局、怖かったんだと思う。小さい頃から人付き合いが苦手で、よく一人の世界に閉じこもっていた。それでも成長して、大きくなれば人付き合いもうまく出来ると信じて疑わなかった。
成長したのは、体だけだった。
人見知りはこれっぽっちも改善されなく、むしろ悪化しているようだった。人と話すだけでガタガタ体が震えて、簡単なコミュニケーションも伝わらないことがたびたびあった。
――――こんな自分は嫌だ。
――――暗くて惨めな生活から脱したい。
何度もそう思った。
だが、心の根っこでは諦めていたのだろう。どんどん殻にこもり、ひたすら逃避する毎日だった。こんな自分は大嫌いだったが、この日陰の生活も慣れてしまえば、何とかなった。
だから、僕は高校になり部活に入った。
心の底から信頼し合える友達と出会うために。
それに、どんなに場違いな空間でも、高校では逃げないと誓った。場違いなのは当たり前だ。場違いだと分かっているからこそ、部活に入る事を誓ったのだ。
正直、部活が何なのかは問題ではなかった。僕の目標は、常に人見知り改善の一つだった。
だから、
大きく歩け、僕。
グッバイ、人見知りの自分。
戦え、僕!
恐怖心と戦いながらも、心でそんな言葉を反響させながら、僕たちサッカー部はグランドへと向かった。
* * *
「一年で体操服持ってきてない人は見学なー」
キャプテンの大町レオ先輩はそう言って大きな欠伸をした。カービィみたいな大口を開けて気だるそうに背中をボリボリ掻いて、サッカー部の部室へと入っていった。流石に、初日から部室にズカズカ入るのは気が引けたので、学校のほとんど使われていない螺旋階段でいそいそと着替えをした。残念ながら体操服は持ってきた。
ちなみに、初めに螺旋階段に行き、着替え始めたのは円成流星だ。彼は羞恥心が無いかと疑いたくなるぐらい堂々と服を脱ぎ始め、こちらの方が慌てたぐらいだ。
――――それにしても。
先ほど、チラッと彼の裸が見えたのだが、いや、ホモじゃないぞ! ホントだぞ! ……で、円成君の肉体はなかなか筋肉質だった。
円成君は、身長は160ぐらいで高校生としてはやや小柄な部類に入るだろう。健康的な肌色はしていて、活発そうな雰囲気があるが、全体的にシュッと引き締まっていて、細見のような印象を受けた。
――――だが、僕が見たのは綺麗に六つに割れた腹筋だった。制服姿では想像できないほど筋肉が凝集されており、僕は思わず息をのんだ。
慌てて螺旋階段を上に昇り、僕も体操服に着替える。……で、僕の筋肉の無さに愕然とした。
はんぺんのような白い肌。骨と皮だけ……とまで酷くないが、確実に細いの範疇を超え、ガリガリの域まで達していた。
運動には自信があったが、円成君のようなサッカーに適した体からは程遠かった。ひょっとしたら、足が普通の人よりも少し速かったのも、スポーツに適した肉体では無くて、ただ単に体が軽かっただけではなかったのか?
別に軽いも長所かも知れないけど、体のぶつかり合いのサッカーでは虚弱な肉体は不利に思えた。
……なんだが、急に不安が込み上げてきた。大丈夫か? 僕?
* * *
着替えを終え、数段階テンションが低下した僕は(と言っても始めっからブルーな気持ちなんだけど)みんなを待たせないと急ぎ足でゴールポスト付近に集まった。
すでに二年生達が始める準備をしており、部室からポンポンと発射されるボールをドリブルorパスからのシュートで、ゴールネットを揺らした。
……ふと思ったが、顧問の先生は今日は居ないのだろうか? 先生がメニューを考えたり、指示を出したりするものだと思っていたのだが。
僕はグラウンドを見回した。野球部、陸上部、ソフトボール部、やや珍しいがラグビー部などの運動部が、時に笑い、先生の怒鳴り声にビビッていたりとそれぞれの部活が活発的に動き回っていた。今日は四月なのに太陽の日差しが燦々と僕らを突き刺して、激しい運動をしたらすぐバテそうだ。
だが、風は中度いい具合に吹いていて、なかなかのスポーツ日和な日でもあった。
「集合~~!」
大町先輩が号令を掛け、サッカー部全員が大きな円を作るように集まった。自己紹介こそしたが、一度に八人の名前など覚えることも出来ないわけで、先輩の名前など忘れたら失礼だろうなーとか、始まっちゃったよどうしよ初心者なのに大丈夫かー? とか頭で考えていたら、さっそくパニックになってきた。心臓の鼓動がうるさい。
慌てながらも、次の日に偶然学校とかで出会って気づかなかったら失礼なので、サッカー部の顔を覚えようとした。大町先輩が二人来ていないとか言っていたから、女子も男子も先輩も同級生も僕も全部含めて11人。ジャストである。去年はどうやって試合とかしていたのか疑問がふと出たが、考えて解決できるものでもないので後回しだ。
今いる中では、男子の先輩が二人。女子の先輩が二人。体操服では無くてサッカーっぽい服を着ているのが先輩なので、覚えやすい。
同級生は、僕を含め男子四人、女子が一人。体操服を着ているのでマネージャーでは無いようだ。僕はその中でも喋ったことのある人は円成君のみであった。これから仲良くなれたらいいなと本気で思う。
「んじゃー今日は時間が無いし、ゲーム練でいいな? ハイ異論は?」
シーンと沈黙が起きる。それが合図となった。
「よっし。決定! じゃあテキトーにストレッチしてアップして、ゲーム練しよっかー」
パンと大町先輩が手を叩き、かなりゆるーく練習は開始した。
* * *
見よう見まねでグラウンドを軽く二列に並んで二周して、キョロキョロしながらストレッチを終え、簡単にボールをいじって、ついにゲーム練が開始された。
ゲーム練とは、簡単に言えば試合形式の練習で、部員を半分に分けて戦い合うと言う訳である。今回の場合は九人しかいないため、五対四の点数の取り合いになるわけだ。
流石に人数が少ないく、サッカーコート全部を使うと広すぎるため、試合で使うゴールよりかなり小さいミニゴールを立て、ゲーム練をすることになった。
「オフサイドはナシで、十五分を二本やしー」
大町先輩は相変わらずのんびりと指示をしたが、初心者の僕には呪文のようでナニソレタベラレルノ? 状態であった。当然恥ずかしくて聞くことも出来ず、始まってもいないのに挫けそうになった。
「なぁ、オフサイドって何?」
いつの間にか隣にいた円成君が、僕に尋ねてきた。そんな事知らないよ、僕が知りたいぐらいだよ。……と、返事がしたかったが、慌てて意味不明な言語を並べてしまった。
「え!? あのその……ぼ、僕も、……え~と、……よく、わか、ら……無いです」
「そっか。じゃあこれが終わったら後で聞きに行こうぜ」
それでも最後まで聞いてくれた円成君に感謝し、やっぱりいい人なんだぁと再確認した。
目標。円成君と仲良くなろう。
「今日は、一年の実力も知りたいって意味で、二年生チームと一年生チームに分かれるって言うのでいい? 一年は不利とか思ってるかもしれへんけど、ぶっちゃけ二年も大した事ないでー。特に僕とかー。それに一年のが一人多いし、ぶっちゃけ二年瞬殺かもなー」
大町先輩がおどけながら言うと、男子の先輩の一人が大声で食いついて来た。
「はんっ。ぜってー負けねーし。ぼろ雑巾になるまでボコボコにしてやるよ!」
冗談だと思うが、坊主頭の怖い顔で言われるから、思わず「ひっ」と声を上げた。
すると大町先輩が、さぞ思い通りに行ったのかニヤリと笑い、
「じゃあ負けたら鬼っちの家で焼き肉パーティーなー」
「……お、おう。男に二言はねぇ!」
顔を引きつらせながらも、鬼っちと言われた先輩は元気よく返事した。
僕はと言うと、不安でもうゲーム練どころでは無かった。大町先輩は冗談で言ったつもりなのだが、僕は胸が張り裂ける思いだった。緊張とプレッシャーで体はガチガチに硬直し、それでも迷惑を掛けないためには頑張らなくてはと焦りが火山のように吹き出し、胃がズキズキと痛んだ。
――――頑張れ、超頑張れ――――。
無理矢理足を動かし、不安を取っ払うように意識する。イメージトレーニングを入念に行い、いかにしたら迷惑のかからないプレーになるかを頭の中で振り絞る。
そして、ゲーム開始のホイッスルが鳴った。