1話 リフティング!
〇、
八幡高校二階に存在する。一年である赤星京はこの理科室の右端の一番後ろに設置された椅子に座っていた。表情はどこか固く、握った手はじんわり汗ばんでいて、体が火照っていた。なんだか場違いな感じがして気分が落ち着かない。焦りに似た動揺が足を小刻みに揺らす。
キョロキョロと左右に視線を向けて、あたりを見回した。
男子が六人、女子が三人。僕を含み十一人がこの理科室に集結していた。男子五人と女子一人は真ん中の席に座っていて、スリッパを見ると青色であった。僕のスリッパは緑色だから彼ら彼女らは一学年上の先輩なのだろう。もう一学年上の先輩のスリッパは赤色であるのだが、この理科室は誰も赤のスリッパは履いていなかった。どうやら一年と二年だけのようだ。
先輩方を見ると、どこか華やかさがあり、和気藹々と楽しそうにおしゃべりしていた。友達のような気軽な軽口が僕も何度か聞こえ、そのたびに心の距離が広がっていく虚しい気持ちになった。
話してもいないのに分かる。いや、話していないからこそ分かる。
――――彼ら彼女らは、僕と違う種類の人間だ。
最近使われている言葉で説明するならリア充。休日は友達と遊びに行き、クラスの階級の中でも上位に君臨するスペックが高い学生。彼ら彼女らは居るだけで常に華やかな空気になり、どんな状況でも周りをまとめ、行動できる力がある。まぁ、リア充がすべてそう言う事ではないのだが、それでも僕とはかけ離れた存在だった。
長い髪、歩くときは常に下を向いているのが僕の悪い癖だ。なんか暗いねと何度言われたことか。喋る時もなんかもごもごと籠っていて、面白い話なんて出来るわけがない。こんなんじゃダメだとイメチェンして華麗な高校デビューしようかと思ったが……。
……いかん。トラウマが噴き出てきた。今すぐ頭抱えてうわああああって叫びたくなる衝動にかられる。
とにかく中学のような黒い日々は二度とごめんである。高校生活は普通でもいいから楽しく充実した生活がしたい。
僕は高校生活で盛大にズッコケた事を思い出していると、
「なぁ。ここに居るってことは君も入部する気でいるのか?」
突然声がかかりビクッと体が反応した。左隣から声が聞こえたので慌てて振り向く。
「これからよろしく!」
「へ、は、はぃ!」
慌てふためいた僕とは対照的に、彼はにこやかな笑顔で対応し手をさしのばしてきた。握手の要求なんだろう。僕は彼の手を握った。
僕と同じく高校一年生だ。髪は短く軽くワックスでツンツンしている。明るい印象を受け、笑うと小さい笑窪が出来た。小顔でクリクリとした目でやや子供っぽく、幼い顔立ちをしている。美少年の雰囲気を纏った男子だった。
「君の名前は?」
「赤星京」
緊張のせいか淡泊な返事になってしまった。にも関わらず彼は不満な表情を一切見せないどころか「いい名前だね」とあどけない笑顔と共に微笑んだ。言っちゃ失礼だけど、子供のような外見に反して大人のような穏やかな性格をしているようだ。このタイプは器の大きな社長タイプだと僕は思った。
「俺の名前は円成流星。一年六組なんだけどそっちは?」
「一年五組」
「お、結構近いね。……ところで、いつになったら始まるんだろうな」
「確かに……」
――僕が高校デビューをするために決意したことは二つ。一つは『初対面の人に話す』である。まだ人間関係の形成が出来ていないこの時期に、人見知りだとほぼ間違いなくぼっちになる。そうならないためには、知り合いを増やすことが最も効果的だ。友達が多い人は知り合いが多く、顔が広い人である。友達の友達が友達になったりとかでどんどん輪を広げることが可能なのである。ぼっちは知り合いが極めて少ないものである。
そしてもう一つが『部活に入る』だ。部活と言うのは、何かを一緒に取り組むと言うことであり、部員と時間を共有する場である。同じ志を持つ人が集まり、同じ道を歩む。そこには多かれ少なかれ『友情』が必ず芽生えるはず。険悪になる可能性もあるが間違いなく利益の方が大きい。知り合いを増やすことが一番簡単であるのが部活で、学園生活を彩る楽しみの一つを言っていい。……と、中学三年で僕はやっと理解した。理解した時には何もかも遅すぎた。
僕が思うに、自分以外に時間を使うことが青春なんだろう。そして大人になった時に思い出すのは、誰かと笑いや涙を共有する時である。良くも悪くも、人間は一人では生きていけないのである。
結論を述べると、学生は友達または恋人が必要なのである。
――なので、僕は部活に入ることにしたが、なんせ無趣味な人間のせいで非常に悩んだ。苦行の挙句くじと言う荒業を行い選び取ったのは――。
「サッカー部に入部してくださった皆さんありがとうございました。こんな雑魚サッカー部に新入部員が六人も入ってくれるなんて、棚からボタモチ……いや、鴨が葱をしょって来た気持ちでいっぱいです」
澄み渡った綺麗な声を発したのは真ん中の席の一番前に座っていた女子の先輩だった。彼女は皆から浴びる視線を涼やかに受け流し、氷のような冷たい視線であたりを見回した。
鴨が葱しょってくるなんて発想する時点で利用する気満々かよ! とか心でツッコんでたら「意味一緒じゃないかー!」とか二年側から声を飛ばしている先輩がいた。まぁ、悪徳度が激しく上がっただけで意味は一緒だしなぁ。
それにしても、彼女はとてつもなく美しかった。やや冷酷で鋭い目つきが雰囲気をトゲトゲしいものに変えているが、さらりと肩までかかった糸のようなきめの細かい黒髪や、恐ろしい程まとまった顔のパーツ。和風美人、大和撫子などの言葉が似合うタイプの人だ。目つき悪いけど。
彼女は、学生服と言う皆が着る服なのに、誰よりも着こなし、存在感をひしひしと放っていた。氷細工のような触っては溶けてしまうが、視線が釘付けになるほど完成された繊細な人だ。
間違いなく僕の出会った中で一番の美人だった。それもダントツの。タイプとかそんな次元では無くて美しい。ただただ美しかった。……ただ、悪いけど鋭利な目のおかげで氷細工と言うかダイヤモンドのナイフみたいだなぁと思ったが光の速度で胸に収めた。
「申し遅れました。私はこのサッカー部の副キャプテンの椎名亜由です。以後よろしくお願いします」
それを聞いて、僕や一年生勢たちは多かれ少なかれ驚いた表情を見せた。てっきりマネージャーかと思っていたら副キャプテンだとは! 確かに強そうだけど、男女で決定的に違うはずの運動能力はやはり劣っているだろう。となると司令塔かな?
正直ゴボウのようなスラリとした足や、チョップすれば折れるのではないかと思うほど細い二の腕などを見ると、サッカーには向いていない気がする。と言うか女子ってサッカーの試合に出れるんだっけ?
左を見ると、円成君も驚いたような表情を浮かべていた。さっき大声でツッコんだ長髪の先輩は何故か誇らしいそうに胸を張っていた。なんでだよ。
「それじゃあ、二年で二人ほどいませんが、せっかく集まっているんだし自己紹介でもしましょうか。ん」
そう言って一人の先輩を顎でクイクイと命令した。苦笑い混じりでその先輩は立ち上がった。投げ捨てるような雑さで自己紹介を終え、どうでもいいようなテキトーオーラを発した彼女、椎名先輩は元の席に着いた。それから顎で指示された先輩を始め、一人一人じっくりと自己紹介を行った。初めに二年が名前、趣味、ポジション、これから頑張りたいことを話、それから一年も前の席から順に先輩にならって自己紹介した。僕もなかなかキョドっていたが、別にバカにされなかったのでセーフゾーンだったらしい。
自己紹介で分かったこと。
このサッカー部は椎名先輩が支配していた。
顎で支持された先輩は実はキャプテンだった。
サッカー初心者は、僕一人だった。
……やっていける自信がねぇ……。
「うーし。んじゃー自己紹介も終わったし、練習でもすっかー」
キャプテンの大町レオ先輩は呑気に髪をいじりながら、誰に言うのでもなく呟いた。
相変わらず、打ち上げのようなワイワイな雰囲気と共に、サッカー部一同が理科室を退場し、グラウンドに向かう。
僕の気持ちはどんどん沈む。不安で今のも押しつぶされそうだった。
現在の時刻は午後五時。完全下校まで残り――――1時間。
初めての投稿です。
雑っぽい文体ですが、僕なりに精一杯に書かしていただきました。
執筆スピードはゆっくりですが、諦めないのをモットーとして書いていきたいと思います。