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毎晩、寝言で「帰りたい」と言っているそうです。わたしの国の言葉では「おかえりなさい」なのですが、公爵様は離縁の支度をはじめました

掲載日:2026/10/15

 この家で、わたしは毎晩、夫の帰りを待っています。

 二階の居間の窓辺に、椅子を一つ。膝に刺繍(ししゅう)の枠をのせて、ランプの芯(しん)を少しだけ下げます。刺しているのは、西の薔薇(ばら)の図案です。霧湊の波の模様なら目をつむっても刺せますが、この家に飾れるのは、西の花だけですから。窓の下はリュエンヌ川で、夜の荷船(にぶね)の灯(ひ)が、ゆっくり下流へ流れていきます。

 待って、待ちきれずに、眠ってしまいます。

 扉の開く音を、聞いたような気がします。濡れた外套(がいとう)の匂い。乾いた土のような、甘くて苦い匂い。故郷の薬の根の匂いに似ている、と夢の中で思います。そして、何か言ったような気がするのです。

 目を覚ますと、寝台(しんだい)の上にいて、朝です。膝にあったはずの刺繍の枠は、卓の上にきちんと置かれています。

 二年、毎晩こうでした。


 わたしの名は、徐花允(ソ・ファユン)といいます。

 海峡の向こうの青瑛(せいえい)国、霧湊(きりみなと)という入江(いりえ)の家の、二番目の娘です。霧湊は紅根(こうこん)の採れる土地で、二年前、その根を西へ卸(おろ)す約束が、ヴァロワールの王とわたしの国の王とのあいだで結ばれました。約束の証(あかし)に、わたしはヴァルフォン公爵家へ嫁(とつ)ぎました。十八の春でした。

 この家では、ヴァロワールの言葉しか使いません。先代の公爵夫人、アルマンドさまのお決めになったことです。


「あなたの名は、花という意味だそうね。なら、ここではフロランスと呼びましょう」

 嫁いだ日に、お義母(かあ)さまはそうおっしゃいました。

 ヴァロワールの言葉は、国で三年習いました。けれど、最初の冬の宮廷で「ごきげんよう」と申し上げたとき、伯爵令嬢のリュシエンヌさまが、扇(おうぎ)の陰でわたしの「ご」の音を真似なさいました。西の「ご」は、喉(のど)の奥で一度ふるわせてから出す音で、わたしの国の言葉にはありません。わたしの「ご」は、どうしても「こ」と「ご」のあいだに落ちるのです。まわりの方々が、小さく笑いました。


 それから、わたしは作法の本にある文しか口にしなくなりました。正しい文を、正しい順に、短く。そうしていれば、笑われません。宮廷の方々は、わたしを白磁(はくじ)の置物とお呼びになるそうです。置物なら、口をききませんから、ちょうどいいのです。


 夫のジスランさまは、口数の少ない方です。お仕事は港の倉と紅根の帳簿(ちょうぼ)で、朝早くお出かけになり、夜はとても遅く帰られます。

 港に女の方がいるのだと、厨房(ちゅうぼう)の娘たちが話しているのを聞いたことがあります。わたしは聞かなかったことにしました。

 夫は、わたしを名で呼んだことがありません。お義母さまのつけたフロランスとも、ファユンとも。いつも「あなた」です。

 故郷の母から届いた手紙が、ひと月、文箱(ふばこ)の中で封(ふう)を切られずにいます。開ければ、帰りたくなるのが分かっていました。


 その夜、夫は珍しく、夕食の時刻に帰っていらっしゃいました。

 長い食卓の端と端に、二人で座りました。この家の食卓は、十二人が座れる長さがあります。二年、わたしたちはその両端で食事をしてきました。声を張らなければ届かない距離なので、ほとんど話をしたことがありません。燭台(しょくだい)の火が揺れて、銀の食器が鳴ります。夫はナイフを置き、上着の内から、手ずれのした小さな本を出しました。商館で使う単語帳です。卓の上に開いて、こちらへ押しやりました。

 青瑛の文字の横に、西の文字で読みと意味が書いてあります。夫の指が、一つの語の上で止まりました。


〈ハラン 帰る(故郷へ)〉


「あなたは毎晩、寝言で国の言葉を言う」

 夫の声は、帳簿を読み上げるときと同じ高さでした。

「ハラニ、と。……帰る、という意味だそうだ」

 わたしは、単語帳から目を上げられませんでした。

「眠ったまま、泣いていることもある。……長いあいだ、何と言っているのか分からなかった。分かってからも、言い出せずにいた。すまなかった」

 すまなかった、のところで、夫の声が少しかすれました。それきり、また元の声に戻りました。

「国へ帰そう。離縁は、わたしの咎(とが)で願い出る。あなたは何も悪くないまま、霧湊へ帰れる」

「……咎、とは」

「港の噂を、そのまま使う」

 燭台の火が、また揺れました。

 何か言わなくてはと思いました。思ったのに、口から出たのは、作法の本の三十二頁(ページ)にある文でした。


「仰(おお)せのままに」


 夫は小さくうなずいて、単語帳を閉じました。

 部屋に戻って、わたしは窓辺の椅子に座りました。寝言など、言っている覚えはありません。けれど、言っていないとも言えないのです。


 霧湊の秋の、栗(くり)の粥(かゆ)の匂いを、わたしは今でも思い出せます。母が戸口で父を迎える声も。帰りたいと、一度も思わなかったと言えば、嘘になります。

 眠っているわたしは、本当に「帰りたい」と言っているのかもしれません。

 その夜は、ランプの芯を下げずに待ちました。けれど夫の部屋の扉は、もう開きませんでした。


◇


 翌朝、わたしは夫の書斎(しょさい)の扉を叩きました。

 夫は窓を背に、帳簿を開いていました。わたしは扉の前に立って、ゆうべ一晩かけて組み立てた文を、頭の中でもう一度確かめました。主語。動詞。否定。敬語。


「わたくしは、国へ帰りたくはございません」

 言い終えてから、自分の声の硬さに気づきました。作法の本の例文を読み上げたような声でした。

 夫はペンを置いて、しばらくわたしを見ていました。それから、静かに首を振りました。

「あなたは、この国の言葉では、いつも正しいことしか言わない」

「……」

「条約のことなら、心配はいらない。あなたに咎がなければ、紅根の約束はそのまま残る。霧湊の家にも、迷惑はかからない」

「そういうことでは」

「眠っているときのあなたのほうを、わたしは信じる」


 夫はそう言って、また帳簿に目を落としました。わたしは「失礼いたしました」と頭を下げて、書斎を出ました。それも、作法の本にある文でした。


 廊下を歩きながら、思いました。わたしの持っている西の言葉は、どれも誰かが書いた文です。わたしの言葉は、一つもないのです。


 昼過ぎ、お義母さまが居間にいらっしゃいました。

 アルマンドさまは、いつも背筋がまっすぐで、紅茶の受け皿を一度も鳴らさない方です。発音には少しの訛(なま)りもなく、宮廷の誰よりもきれいなヴァロワールの言葉をお話しになります。


「ジスランから聞きました。七日後に、別れの食卓を設けます」


 離縁の許しが下りる前の晩、夫婦は最後の夕食を共にするのだそうです。司祭(しさい)さまと王の書記官(しょきかん)が立ち会い、咎のない側が「この食卓を去ることを望みます」と誓(ちか)って、指輪を卓に置く。誓いがなければ、許しは下りない。


「誓いは、ヴァロワールの言葉で。一語でも違えば、やり直しです。練習なさい」

 お義母さまは受け皿を音もなく置いて、わたしの左手の指輪を、ほんの少しのあいだ見ていました。

「あなたは咎なしに、国へ帰れる。よかったこと」


 居間の入口では、リュシエンヌさまが、侍女(じじょ)に巻き尺(まきじゃく)を持たせて窓掛(まどか)けの丈を測らせていらっしゃいました。お義母さまの名付け子(なづけご)で、この春から屋敷に出入りなさっています。


「この窓掛け、青瑛の絹(きぬ)でしょう。少し重たいわね」

 リュシエンヌさまは、わたしと目が合うと、にこりと笑いました。

「フロランスさま。お国へ帰られたら、お手紙をくださいね。……あら、でも、わたくし、青瑛の字は読めないわ」

 それから、わたしの「ご」の音で、「ごめんなさい」とおっしゃいました。

 お義母さまは何もおっしゃいませんでした。わたしは「おそれいります」と答えました。作法の本の、四十頁です。


 その晩、ようやく母の手紙の封を切りました。

 青瑛の文字は、二年ぶりでした。母の字は、筆(ふで)が紙に触れる前にもう迷いがなくて、子どものころ手習いの手本にしたのと同じ字でした。


〈帰っておいで。恥ではないから。あなたの好きな栗の粥を、炊いておきます〉


 手紙の日付は、ひと月前でした。夫は、わたしに告げるよりずっと前に、霧湊へ報せを出していたのです。長いあいだ言い出せずにいた、と言ったのは、本当だったのでしょう。


 手紙を胸に当てて、窓辺の椅子に座りました。喉の奥が熱くなりましたが、涙は出ませんでした。わたしは、起きているときには泣かないのです。


 帰りたいのも、本当でした。ここにいたいのも、本当でした。どちらの本当を口にすればいいのか、わたしには分かりませんでした。どちらにしても、口から出るのは作法の文なのですけれど。


 その夜は、眠りませんでした。

 真夜中を過ぎたころ、窓の下の通りを、夫の馬車が通りました。港の倉からの帰りなら、屋敷の門へ曲がるはずです。馬車は門を過ぎて、川下のほうへ曲がりました。


 港です。


 次の晩、わたしは侍女のニノンに頼みました。ニノンは十七で、この家でただ一人、わたしの訛りを真似したことのない娘です。


「奥さま、そんな、夜の港なんて」

「お義母さまには、内緒にして」

 生まれて初めて、作法の本にない頼みごとをしました。

 ニノンの兄の辻馬車(つじばしゃ)で、夫の馬車を追いました。

 夜の王都を、こんなふうに見るのは初めてでした。ガス灯の下で、酔った水夫(すいふ)が歌っています。倉の扉の前で、犬が一匹、こちらを見送りました。辻馬車の窓の覆(おお)いを少しだけ上げて、わたしは夫の馬車の後ろの灯から目を離しませんでした。見失ったら、二度と追う勇気は出ないと分かっていたからです。川沿いの倉が並ぶ通りを抜けると、狭い路地(ろじ)に、見慣れた形の文字の看板がいくつも下がっていました。王都の川港の、青瑛人街(せいえいじんがい)です。

 夫の馬車は路地の入口で止まりました。夫は一人で降りて、灯(あか)りのついた小さな店に入っていきました。

 軒(のき)の看板には、青瑛の文字で、紅根、と書いてありました。


◇


 夫が店から出てきたのは、教会の鐘が一つ鳴ってからでした。

 夫は軒の下で一度だけ振り返り、店の中へ小さく頭を下げました。それから馬車に乗って、屋敷のほうへ帰っていきました。

 わたしは辻馬車を降りました。ニノンが袖をつかみましたが、そっとほどきました。公爵夫人が夜の港の路地を一人で歩くなど、作法の本のどこにも書いてありません。書いていないことをするのは、二晩続けてでした。

 戸を押すと、鈴(すず)が鳴りました。

 紅根の匂いがしました。夫の外套と同じ匂いです。壁一面の引き出しに、青瑛の文字の札。奥の帳場(ちょうば)に、白髪を小さく結った老女が座っていました。

 老女は眼鏡(めがね)を下げて、わたしを見ました。


「オショ」


 よく来たね、と。

 青瑛の言葉でした。霧湊の市場のおばさんたちが、子どものわたしを迎えたのと、同じ言い方でした。

 わたしは戸口に立ったまま、声を出して泣いてしまいました。二年、起きているあいだは一度も泣かなかったのに。子どものように、しゃくり上げて、止まりませんでした。

 老女は何も言わずに立って、奥から湯気の立つ碗(わん)を持ってきました。生姜湯(しょうがゆ)でした。


「全玉順(チョン・オクスン)。みんな、チョン婆(ばあ)と呼ぶよ」


 老女は帳場に戻って、わたしにも腰掛けをすすめました。二人とも、青瑛の言葉でした。舌が、勝手に動きます。考えなくても、言葉が出てくるのです。


「霧湊の言い方だね。あんた、ヴァルフォンの奥方だろう」

「……どうして」

「紅根の約束で西へ嫁いだお嬢さんの話を、知らない青瑛人はこの街にいないよ」

 わたしは、ずっと聞きたかったことを聞きました。

「この国で、青瑛の言葉を話していて、笑われませんか」

「笑われるさ」

 チョン婆は、あっさり言いました。

「四十年、笑われてきたよ。亭主は訳官(やっかん)でね、こっちの言葉もあっちの言葉も上手だった。あたしは、こっちの言葉はいつまでも下手なまま。市場で値切(ねぎ)ると、子どもが真似をしてついてくる」

 チョン婆は、壁の引き出しを顎(あご)で示しました。

「それでも、ここがあたしの家だよ。船を降りたばかりの若いのが戸を開けて、オショ、と言われて、ほっとした顔をする。それを見ると、ああ、帰ってきたな、と思う。あたしが帰ってきたわけでもないのにね」

 わたしは碗を両手で包んで、聞きました。

「さっきの人は、毎晩ここへ来るのですか」

 チョン婆は眼鏡を押し上げました。

「お客の話は、しないよ。約束でね」

 それきり、何を聞いても首を振るだけでした。

 けれど、帳場の上に紙が残っていました。

 見覚えのある字でした。几帳面(きちょうめん)で、一画(いっかく)ずつ定規で引いたような字。屋敷の帳簿で、毎日見ている字です。

 青瑛の文字で、花允、と書いてありました。

 一枚に、びっしりと。数えはしませんでしたが、百はあったと思います。初めのほうは形が崩れていて、終わりに近づくほど、母の手本のようにきれいになっていきます。


 その横に、青瑛の言葉の短い文が並んでいました。「あなたの国の春は、どんな匂いがしますか」。「今日は寒い。風邪をひかないで」。どれも、少し綴(つづ)りが違っていました。

 そして、紙の端に、西の文字で一行。


〈ハラニ……オ、ショ?(かすれて聞こえない)〉


 わたしは、その一行から目を離せなくなりました。


 ハラニ、オショ。


 父が帰ってくると、母は戸口で必ずそう言いました。帰ってきたのね、よく来たね。おかえりなさい。父はそれを聞くまで、靴を脱がなかったし、家の者は誰も夕餉(ゆうげ)に箸をつけなかった。霧湊の、徐の家の決まりです。

 毎晩、扉の音で目を覚ましかけて、わたしは、眠ったまま夫を迎えていたのです。

「チョン婆」

 声が震えました。

「わたしは、寝言で、ハラニ、オショと言っているのでしょうか」

 チョン婆の顔から、すっと血の気が引きました。

「……あたしは、ハランしか聞かれなかった」

 眼鏡を外して、目頭(めがしら)を押さえました。

「あたしは西の字が読めないんだよ。あの人がそこに何を書いていたのか、知らなかった」

「一年前だよ。ハランは何だ、と聞かれた。帰る、故郷へ帰る、と教えた。後ろは、かすれて聞こえないと言っていた。あたしも、それ以上は聞かなかった」

 一年、毎晩、この店の戸口で「オショ」と迎えられていた人なのに。

 チョン婆は帳場の引き出しを開けて、黒い表紙の帳面(ちょうめん)を出しました。

「今夜で終わりだと言ってね。もう要らなくなった、と。これを置いていった」

「……」

「明日の朝、シャルトランの大聖堂(だいせいどう)へ発つそうだよ。離縁の願いを出しに。別れの食卓の日まで、戻らないって」

 チョン婆は帳面を、わたしの膝にのせました。

「お客の話はしない約束だ。だけど、これはお客のことじゃない。あんたのことが書いてある帳面だよ。持ち主に返すだけさ」


◇


 屋敷に戻ったとき、夫の部屋の灯りは消えていました。

 夜明け前に、馬車の音がしました。窓から見下ろすと、夫の馬車が門を出ていくところでした。わたしは呼び止めませんでした。帳面を、まだ一頁も読んでいなかったのです。

 朝の光で、帳面を開きました。

 初めの頁には、日付と、西の文字の短い書きつけが並んでいました。


〈夜半過ぎ。今夜も言った。ハラニ〉

〈泣いていた〉

〈ハラン。帰る、故郷へ。――帰りたいのだ〉

〈それでも、扉を開けると言う。今夜も言った〉


 同じような行が、何十頁も続きました。日付の間に、青瑛の言葉の練習が挟まっています。数の数え方。天気の言い方。花の名前。どれも、子どもの手習いのような一語ずつでした。

 中ほどの頁に、花允、の書き取りがありました。チョン婆の店で見たのと同じに、何十も。その余白に、西の文字で小さく。


〈母上のつけた名では呼びたくない。正しく言えるまでは、名を呼ばない〉

 わたしは長いあいだ、その一行を見ていました。

 最後の書きつけの日付は、一昨日(おととい)でした。三百二十一夜目、と数が振ってありました。

 その頁にだけ、青瑛の言葉の、少し長い文が書いてありました。綴りは三か所間違っていましたが、意味は分かりました。


〈気をつけて、お帰り。あなたの国で、あなたの名で、暮らしてほしい〉

 別れの日に、わたしに言うつもりだったのでしょう。

 その下に、西の文字で、一行だけ。

〈それでも毎晩、あの声を聞きに帰ってきた。帰りたいと言われているのに〉


 その日のうちに、手紙を書きました。

 青瑛の言葉で書きました。西の言葉で書けば、また作法の文になってしまうからです。

 一枚目は、書き出しの挨拶(あいさつ)だけで紙が尽きました。二年使っていなかった筆の運びは、手が覚えているのに、どこで止めればいいのか心が迷うのです。二枚目は、途中で涙が落ちて、字がにじみました。三枚目で、ようやく書けました。あなたが毎晩聞いていたのは、帰りたい、ではありません。おかえりなさい、です。わたしは二年、あなたの帰りを待っていました。――そう書いて、封をして、ニノンに渡しました。シャルトランの大聖堂の宿坊(しゅくぼう)へ、早馬(はやうま)で。夫なら、一年習った言葉で、きっと読めます。

 翌日の昼、お義母さまが、わたしの部屋の扉を叩きました。

 手に、わたしの手紙を持っていらっしゃいました。封は切られていませんでした。その下に、黒い表紙の帳面。わたしが文机(ふづくえ)に置いていたものです。


「この家の手紙は、すべてわたくしの手を通ります」

 お義母さまは、宛名の青瑛の文字を見ました。

「この家では、この家の言葉で書きなさいと申し上げたはずよ」

「お義母さま」

 わたしは立ち上がりました。今だけは、作法の文を探しませんでした。

「ジスランさまが聞いていたハラニは、帰りたい、ではないのです。おかえりなさい、なのです。わたしは毎晩、眠ったまま、あの方を迎えていたのです」

 お義母さまは、何もおっしゃいませんでした。

 わたしの文机の椅子に腰を下ろして、ニノンが置いていった紅茶の碗を、手に取りました。受け皿に戻すとき、かちり、と音が鳴りました。

 この方が受け皿を鳴らすのを、わたしは初めて聞きました。

「……わたくしも、言っていたのよ」

 お義母さまの言葉に、訛りがありました。西の言葉の、北の訛り。クローネンヴァルトの、硬い子音(しいん)です。

「嫁いだ最初の年。寝言で、国の言葉を。わたくしの名は、イルムガルトといったの」

 窓の外を見たまま、お義母さまは続けました。

「亡くなった夫が、ある晩、わたくしを揺り起こして言ったわ。やめてくれ、と。何を言っているのか分からなくて、気味が悪い、と。だから、やめたの。夢の中でも、国の言葉を使わないように。名前も、言葉も、訛りも捨てた。それで、この家を持てたのよ」

 お義母さまは、わたしを見ました。

 わたしは帳面の端を、指でそろえていました。何度も、そろったあとまで。

「別れの食卓で、あなたが国の言葉を一言でも口にしたら、笑われるのはあなたではない。ジスランよ。妻の言葉もわからない夫。妻に港の女のことで捨てられる夫。宮廷は、そういう話がいちばん好き」

「でも、あの方は」

「あの子は、西の言葉でしか、誰にも迎えられたことがないの。わたくしは、あの子が子どものころ、おかえり、と一度も言わなかった。言えばわたくしの訛りが出るから」

 お義母さまは立ち上がりました。手紙と帳面を、胸に抱えたままでした。

「黙って、お帰りなさい。それがあの子の名を守る、いちばん静かなやり方です」

 扉が閉まりました。


 その夜、夫は帰ってきませんでした。シャルトランは、王都から馬車で一日です。

 わたしは窓辺の椅子に座って、ランプの芯を下げずにいました。卓の上には、母の手紙と、司祭さまから届いた誓いの文の写しがありました。


「この食卓を去ることを望みます」

 声に出して読むと、一語も違えずに言えました。作法の文なら、わたしはいくらでも上手に言えるのです。

 黙って誓えば、わたしは霧湊へ帰れます。栗の粥と、母と、わたしの名と、わたしの言葉のあるところへ。誰にも笑われずに。夫は咎を負いますが、それは夫の選んだことです。


 口にすれば、夫を宮廷の笑いものにするかもしれません。夫は、ハランしか知らないのです。人の前で言って、もし通じなかったら。それは、皆の前で「帰ります」と言うのと同じに聞こえるでしょう。

 ランプの火が、少し揺れました。

 わたしの西の言葉は、どれも誰かの書いた文です。どんなに本当のことを言っても、あの方の耳には作法にしか聞こえない。

 けれど、眠っていたわたしの言葉を、あの方は一年かけて聞こうとしてくれました。三百二十一夜。名前を、百回。


 なら、起きているわたしの言葉で、もう一度だけ言おう。


 わたしは誓いの文の写しを、ランプの火にかざしました。紙の端が茶色くなりかけたところで、やめました。燃やすのは、作法の本にないことの中でも、少し行儀が悪すぎます。

 四つに畳んで、引き出しの奥にしまいました。


◇


 七日目の夕方は、雨になりました。

 食堂の長い卓に、白い布がかけられました。上座(かみざ)に司祭さまと、王の書記官。お義母さま。親族の方がお二人。リュシエンヌさまは、立会いの数には入らないのに、お義母さまの隣の席にいらっしゃいました。


 わたしの皿の横には、小さな銀の皿が置かれていました。誓いのあと、指輪をそこへ置くのです。わたしは決まりどおり、指輪を外して、その上にのせました。

 夫の席だけが、空いていました。

 シャルトランからの馬車は、夕刻に着くはずでした。スープが運ばれ、冷め、下げられました。燭台の蝋燭(ろうそく)が、指一本ぶん短くなりました。お義母さまは一度も時計をご覧になりませんでした。親族の方がお二人、小声で港の噂の続きをしていらっしゃいました。


 わたしは、銀の皿の上の指輪を見ていました。嫁いだ日に、この指にはめてもらった指輪です。あのときも夫は何もおっしゃいませんでした。ただ、指輪が少し大きかったのを、ひと月後に黙って直させてくださいました。


「公爵がお戻りになり次第、奥方の誓いを」

 司祭さまがおっしゃいました。

 リュシエンヌさまが、扇の陰で、わたしにだけ聞こえる声でささやきました。

「最後くらい、訛らずに言えるとよいわね」

 今夜も、夫は遅いのです。

 二年、毎晩そうでした。わたしは待つのに慣れています。


 玄関のほうで、扉の開く音がしました。

 廊下を急ぐ足音。食堂の扉が開いて、夫が戸口に立ちました。外套の肩が雨で黒く濡れていて、紅根の匂いがしました。息が少し上がっていました。

 司祭さまが、誓いの文を書いた紙を、わたしのほうへ差し出しました。

 わたしは、紙を見ませんでした。

 立ち上がって、戸口の夫を見ました。

 毎晩、この人は扉を開けて、帰ってきたのです。わたしの「帰りたい」を聞きに。

 息を吸いました。作法の本の文は、一つも浮かびませんでした。浮かんだのは、母の声でした。


「おかえりなさい(ハラニ、オショ)」


 起きたまま、はっきりと、言いました。

 食堂が、しんとしました。

「まあ」

 リュシエンヌさまが、扇を口元に当てました。


「何の鳴き声かしら」


 誰も、笑いませんでした。

 夫は、戸口から動きませんでした。

 唇(くちびる)が、声を出さずに動きました。オ、ショ。わたしにはそう見えました。一年、毎晩、チョン婆の店の戸口で迎えられた言葉です。帳面の端に、かすれて聞こえないと書いた、後ろ半分です。

 夫の目が、わたしから離れて、何もない宙(ちゅう)を一度だけ見ました。それから戻ってきました。

 表情の動かない人の顔が、ほどけるのを、わたしは初めて見ました。


「ただいま(ハラッソ)」


 ひどい訛りでした。ハの音が、西の人の喉の奥でつぶれて、ほとんどカに聞こえました。霧湊の子どもが聞いたら、笑ったでしょう。

 夫は、もう一度口を開きました。今度も青瑛の言葉でした。


「遅くなった。……ファユン」


 ファ、のあとに、小さな間がありました。ユン、の音は、少しだけ長すぎました。


 二年で初めて、夫がわたしの名を呼びました。


 わたしは、笑ってしまいました。泣くのではなく。起きているときに笑ったのも、この家では初めてだったと思います。

 夫は、わたしが笑ったのを見て、自分の発音が違っていたのだと思ったのでしょう。少し困った顔をして、もう一度「ファユン」と言い直しました。今度は、ユン、が短すぎました。


 夫は戸口から司祭さまのほうへ向き直って、西の言葉で言いました。いつもの、帳簿を読み上げる声でした。


「願いを取り下げます。わたしは姦通(かんつう)していない。この一年、毎晩、港の青瑛人街の薬種屋で、妻の国の言葉を習っていた。証人は、六十八の婆さんです」

 親族の方のお一人が、咳払(せきばら)いをしました。もしかすると、笑いをこらえたのかもしれません。

「遅れたのは、大聖堂の帰りに港へ寄ったからです。置いてきた帳面を、取りに。……店は閉まっていました」


 あとで聞くと、戸に青瑛の文字で「今夜は休み」と貼り紙(はりがみ)がしてあったそうです。チョン婆は、わかっていて店を閉めたのだと思います。答えは、あの人自身が食卓で聞くべきだと。

 書記官が、書きかけの書類から顔を上げました。

「誓言(せいごん)のない離縁は、成りません。願い出た側が取り下げるのであれば、なおのこと」

 わたしは銀の皿から指輪を取って、左手の指に戻しました。少し、指がふるえていました。

 夫は、食卓の向こうの端の自分の席へは行きませんでした。召使(めしつか)いに椅子を一つ運ばせて、わたしの隣に置きました。十二人が座れる食卓の、片方の端に、二人で並んで座りました。


「公爵さままで、あんな訛りで」

 リュシエンヌさまが、扇を閉じながらおっしゃいました。

 やはり、誰も笑いませんでした。

 お義母さまが、受け皿に紅茶の碗を戻しました。かちり、と音がしました。

「この家の食卓に」

 北の訛りでした。硬い子音を、隠そうともしない声でした。


「訛りを笑う方の席は、ございません」


 リュシエンヌさまの扇を閉じる手が、途中で止まりました。しばらくして、リュシエンヌさまは立ち上がり、どなたにも挨拶をなさらずに、食堂を出ていかれました。


 お義母さまは、膝の上に置いていたものを、わたしの前の卓に置きました。黒い表紙の帳面と、封の切られていない、わたしの手紙でした。

 お義母さまは、夫のほうを見ていました。息子の訛りを、どんな顔で聞いたのか、わたしの席からは見えませんでした。

 夫はわたしの手紙を手に取って、宛名の青瑛の文字をしばらく見ていました。

「開けてもいいか」

「読めますか」

「……三か所くらいは、分からないと思う」

「では、分からないところは、わたしが読みます」

 夫は、帳簿を扱うときと同じ慎重さで、封を切りました。


 客を送り出したあと、夫は濡れた外套のまま、わたしの前に立ちました。

「春の船で」

 青瑛の言葉でした。一語ずつ、確かめるように。

「一緒に、霧湊へ行こう。あなたの母上に、挨拶を」

 春、の音が、また少し違っていました。わたしは直しませんでした。

 廊下の先で、お義母さまが足を止めて、振り返りました。夫に向かって、何か一言、おっしゃいました。わたしにも、夫にも分からない言葉でした。


「母上、今のは」

「あなたの父上に、一度も言えなかった言葉よ」

 お義母さまはそれだけ言って、階段を上がっていかれました。


 その夜、わたしは母に手紙を書きました。青瑛の言葉で、迷わずに。


〈帰る家が、二つになりました〉


 書き終えてから、窓辺の椅子に座りました。夫は、チョン婆の店に礼を言いに出かけていました。今夜は早く戻る、と言って。

 わたしは眠りませんでした。ランプの芯も、下げませんでした。

 扉の開く音がしました。濡れた外套の匂い。紅根の匂い。


「おかえりなさい(ハラニ、オショ)」


「ただいま(ハラッソ)」


 発音は、食堂で聞いたときより、少しよくなっていました。


 わたしの国の言葉で、それは「おかえりなさい」です。


 この家の言葉でも、今夜から。

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