毎晩、寝言で「帰りたい」と言っているそうです。わたしの国の言葉では「おかえりなさい」なのですが、公爵様は離縁の支度をはじめました
この家で、わたしは毎晩、夫の帰りを待っています。
二階の居間の窓辺に、椅子を一つ。膝に刺繍の枠をのせて、ランプの芯を少しだけ下げます。刺しているのは、西の薔薇の図案です。霧湊の波の模様なら目をつむっても刺せますが、この家に飾れるのは、西の花だけですから。窓の下はリュエンヌ川で、夜の荷船の灯が、ゆっくり下流へ流れていきます。
待って、待ちきれずに、眠ってしまいます。
扉の開く音を、聞いたような気がします。濡れた外套の匂い。乾いた土のような、甘くて苦い匂い。故郷の薬の根の匂いに似ている、と夢の中で思います。そして、何か言ったような気がするのです。
目を覚ますと、寝台の上にいて、朝です。膝にあったはずの刺繍の枠は、卓の上にきちんと置かれています。
二年、毎晩こうでした。
わたしの名は、徐花允といいます。
海峡の向こうの青瑛国、霧湊という入江の家の、二番目の娘です。霧湊は紅根の採れる土地で、二年前、その根を西へ卸す約束が、ヴァロワールの王とわたしの国の王とのあいだで結ばれました。約束の証に、わたしはヴァルフォン公爵家へ嫁ぎました。十八の春でした。
この家では、ヴァロワールの言葉しか使いません。先代の公爵夫人、アルマンドさまのお決めになったことです。
「あなたの名は、花という意味だそうね。なら、ここではフロランスと呼びましょう」
嫁いだ日に、お義母さまはそうおっしゃいました。
ヴァロワールの言葉は、国で三年習いました。けれど、最初の冬の宮廷で「ごきげんよう」と申し上げたとき、伯爵令嬢のリュシエンヌさまが、扇の陰でわたしの「ご」の音を真似なさいました。西の「ご」は、喉の奥で一度ふるわせてから出す音で、わたしの国の言葉にはありません。わたしの「ご」は、どうしても「こ」と「ご」のあいだに落ちるのです。まわりの方々が、小さく笑いました。
それから、わたしは作法の本にある文しか口にしなくなりました。正しい文を、正しい順に、短く。そうしていれば、笑われません。宮廷の方々は、わたしを白磁の置物とお呼びになるそうです。置物なら、口をききませんから、ちょうどいいのです。
夫のジスランさまは、口数の少ない方です。お仕事は港の倉と紅根の帳簿で、朝早くお出かけになり、夜はとても遅く帰られます。
港に女の方がいるのだと、厨房の娘たちが話しているのを聞いたことがあります。わたしは聞かなかったことにしました。
夫は、わたしを名で呼んだことがありません。お義母さまのつけたフロランスとも、ファユンとも。いつも「あなた」です。
故郷の母から届いた手紙が、ひと月、文箱の中で封を切られずにいます。開ければ、帰りたくなるのが分かっていました。
その夜、夫は珍しく、夕食の時刻に帰っていらっしゃいました。
長い食卓の端と端に、二人で座りました。この家の食卓は、十二人が座れる長さがあります。二年、わたしたちはその両端で食事をしてきました。声を張らなければ届かない距離なので、ほとんど話をしたことがありません。燭台の火が揺れて、銀の食器が鳴ります。夫はナイフを置き、上着の内から、手ずれのした小さな本を出しました。商館で使う単語帳です。卓の上に開いて、こちらへ押しやりました。
青瑛の文字の横に、西の文字で読みと意味が書いてあります。夫の指が、一つの語の上で止まりました。
〈ハラン 帰る(故郷へ)〉
「あなたは毎晩、寝言で国の言葉を言う」
夫の声は、帳簿を読み上げるときと同じ高さでした。
「ハラニ、と。……帰る、という意味だそうだ」
わたしは、単語帳から目を上げられませんでした。
「眠ったまま、泣いていることもある。……長いあいだ、何と言っているのか分からなかった。分かってからも、言い出せずにいた。すまなかった」
すまなかった、のところで、夫の声が少しかすれました。それきり、また元の声に戻りました。
「国へ帰そう。離縁は、わたしの咎で願い出る。あなたは何も悪くないまま、霧湊へ帰れる」
「……咎、とは」
「港の噂を、そのまま使う」
燭台の火が、また揺れました。
何か言わなくてはと思いました。思ったのに、口から出たのは、作法の本の三十二頁にある文でした。
「仰せのままに」
夫は小さくうなずいて、単語帳を閉じました。
部屋に戻って、わたしは窓辺の椅子に座りました。寝言など、言っている覚えはありません。けれど、言っていないとも言えないのです。
霧湊の秋の、栗の粥の匂いを、わたしは今でも思い出せます。母が戸口で父を迎える声も。帰りたいと、一度も思わなかったと言えば、嘘になります。
眠っているわたしは、本当に「帰りたい」と言っているのかもしれません。
その夜は、ランプの芯を下げずに待ちました。けれど夫の部屋の扉は、もう開きませんでした。
◇
翌朝、わたしは夫の書斎の扉を叩きました。
夫は窓を背に、帳簿を開いていました。わたしは扉の前に立って、ゆうべ一晩かけて組み立てた文を、頭の中でもう一度確かめました。主語。動詞。否定。敬語。
「わたくしは、国へ帰りたくはございません」
言い終えてから、自分の声の硬さに気づきました。作法の本の例文を読み上げたような声でした。
夫はペンを置いて、しばらくわたしを見ていました。それから、静かに首を振りました。
「あなたは、この国の言葉では、いつも正しいことしか言わない」
「……」
「条約のことなら、心配はいらない。あなたに咎がなければ、紅根の約束はそのまま残る。霧湊の家にも、迷惑はかからない」
「そういうことでは」
「眠っているときのあなたのほうを、わたしは信じる」
夫はそう言って、また帳簿に目を落としました。わたしは「失礼いたしました」と頭を下げて、書斎を出ました。それも、作法の本にある文でした。
廊下を歩きながら、思いました。わたしの持っている西の言葉は、どれも誰かが書いた文です。わたしの言葉は、一つもないのです。
昼過ぎ、お義母さまが居間にいらっしゃいました。
アルマンドさまは、いつも背筋がまっすぐで、紅茶の受け皿を一度も鳴らさない方です。発音には少しの訛りもなく、宮廷の誰よりもきれいなヴァロワールの言葉をお話しになります。
「ジスランから聞きました。七日後に、別れの食卓を設けます」
離縁の許しが下りる前の晩、夫婦は最後の夕食を共にするのだそうです。司祭さまと王の書記官が立ち会い、咎のない側が「この食卓を去ることを望みます」と誓って、指輪を卓に置く。誓いがなければ、許しは下りない。
「誓いは、ヴァロワールの言葉で。一語でも違えば、やり直しです。練習なさい」
お義母さまは受け皿を音もなく置いて、わたしの左手の指輪を、ほんの少しのあいだ見ていました。
「あなたは咎なしに、国へ帰れる。よかったこと」
居間の入口では、リュシエンヌさまが、侍女に巻き尺を持たせて窓掛けの丈を測らせていらっしゃいました。お義母さまの名付け子で、この春から屋敷に出入りなさっています。
「この窓掛け、青瑛の絹でしょう。少し重たいわね」
リュシエンヌさまは、わたしと目が合うと、にこりと笑いました。
「フロランスさま。お国へ帰られたら、お手紙をくださいね。……あら、でも、わたくし、青瑛の字は読めないわ」
それから、わたしの「ご」の音で、「ごめんなさい」とおっしゃいました。
お義母さまは何もおっしゃいませんでした。わたしは「おそれいります」と答えました。作法の本の、四十頁です。
その晩、ようやく母の手紙の封を切りました。
青瑛の文字は、二年ぶりでした。母の字は、筆が紙に触れる前にもう迷いがなくて、子どものころ手習いの手本にしたのと同じ字でした。
〈帰っておいで。恥ではないから。あなたの好きな栗の粥を、炊いておきます〉
手紙の日付は、ひと月前でした。夫は、わたしに告げるよりずっと前に、霧湊へ報せを出していたのです。長いあいだ言い出せずにいた、と言ったのは、本当だったのでしょう。
手紙を胸に当てて、窓辺の椅子に座りました。喉の奥が熱くなりましたが、涙は出ませんでした。わたしは、起きているときには泣かないのです。
帰りたいのも、本当でした。ここにいたいのも、本当でした。どちらの本当を口にすればいいのか、わたしには分かりませんでした。どちらにしても、口から出るのは作法の文なのですけれど。
その夜は、眠りませんでした。
真夜中を過ぎたころ、窓の下の通りを、夫の馬車が通りました。港の倉からの帰りなら、屋敷の門へ曲がるはずです。馬車は門を過ぎて、川下のほうへ曲がりました。
港です。
次の晩、わたしは侍女のニノンに頼みました。ニノンは十七で、この家でただ一人、わたしの訛りを真似したことのない娘です。
「奥さま、そんな、夜の港なんて」
「お義母さまには、内緒にして」
生まれて初めて、作法の本にない頼みごとをしました。
ニノンの兄の辻馬車で、夫の馬車を追いました。
夜の王都を、こんなふうに見るのは初めてでした。ガス灯の下で、酔った水夫が歌っています。倉の扉の前で、犬が一匹、こちらを見送りました。辻馬車の窓の覆いを少しだけ上げて、わたしは夫の馬車の後ろの灯から目を離しませんでした。見失ったら、二度と追う勇気は出ないと分かっていたからです。川沿いの倉が並ぶ通りを抜けると、狭い路地に、見慣れた形の文字の看板がいくつも下がっていました。王都の川港の、青瑛人街です。
夫の馬車は路地の入口で止まりました。夫は一人で降りて、灯りのついた小さな店に入っていきました。
軒の看板には、青瑛の文字で、紅根、と書いてありました。
◇
夫が店から出てきたのは、教会の鐘が一つ鳴ってからでした。
夫は軒の下で一度だけ振り返り、店の中へ小さく頭を下げました。それから馬車に乗って、屋敷のほうへ帰っていきました。
わたしは辻馬車を降りました。ニノンが袖をつかみましたが、そっとほどきました。公爵夫人が夜の港の路地を一人で歩くなど、作法の本のどこにも書いてありません。書いていないことをするのは、二晩続けてでした。
戸を押すと、鈴が鳴りました。
紅根の匂いがしました。夫の外套と同じ匂いです。壁一面の引き出しに、青瑛の文字の札。奥の帳場に、白髪を小さく結った老女が座っていました。
老女は眼鏡を下げて、わたしを見ました。
「オショ」
よく来たね、と。
青瑛の言葉でした。霧湊の市場のおばさんたちが、子どものわたしを迎えたのと、同じ言い方でした。
わたしは戸口に立ったまま、声を出して泣いてしまいました。二年、起きているあいだは一度も泣かなかったのに。子どものように、しゃくり上げて、止まりませんでした。
老女は何も言わずに立って、奥から湯気の立つ碗を持ってきました。生姜湯でした。
「全玉順。みんな、チョン婆と呼ぶよ」
老女は帳場に戻って、わたしにも腰掛けをすすめました。二人とも、青瑛の言葉でした。舌が、勝手に動きます。考えなくても、言葉が出てくるのです。
「霧湊の言い方だね。あんた、ヴァルフォンの奥方だろう」
「……どうして」
「紅根の約束で西へ嫁いだお嬢さんの話を、知らない青瑛人はこの街にいないよ」
わたしは、ずっと聞きたかったことを聞きました。
「この国で、青瑛の言葉を話していて、笑われませんか」
「笑われるさ」
チョン婆は、あっさり言いました。
「四十年、笑われてきたよ。亭主は訳官でね、こっちの言葉もあっちの言葉も上手だった。あたしは、こっちの言葉はいつまでも下手なまま。市場で値切ると、子どもが真似をしてついてくる」
チョン婆は、壁の引き出しを顎で示しました。
「それでも、ここがあたしの家だよ。船を降りたばかりの若いのが戸を開けて、オショ、と言われて、ほっとした顔をする。それを見ると、ああ、帰ってきたな、と思う。あたしが帰ってきたわけでもないのにね」
わたしは碗を両手で包んで、聞きました。
「さっきの人は、毎晩ここへ来るのですか」
チョン婆は眼鏡を押し上げました。
「お客の話は、しないよ。約束でね」
それきり、何を聞いても首を振るだけでした。
けれど、帳場の上に紙が残っていました。
見覚えのある字でした。几帳面で、一画ずつ定規で引いたような字。屋敷の帳簿で、毎日見ている字です。
青瑛の文字で、花允、と書いてありました。
一枚に、びっしりと。数えはしませんでしたが、百はあったと思います。初めのほうは形が崩れていて、終わりに近づくほど、母の手本のようにきれいになっていきます。
その横に、青瑛の言葉の短い文が並んでいました。「あなたの国の春は、どんな匂いがしますか」。「今日は寒い。風邪をひかないで」。どれも、少し綴りが違っていました。
そして、紙の端に、西の文字で一行。
〈ハラニ……オ、ショ?(かすれて聞こえない)〉
わたしは、その一行から目を離せなくなりました。
ハラニ、オショ。
父が帰ってくると、母は戸口で必ずそう言いました。帰ってきたのね、よく来たね。おかえりなさい。父はそれを聞くまで、靴を脱がなかったし、家の者は誰も夕餉に箸をつけなかった。霧湊の、徐の家の決まりです。
毎晩、扉の音で目を覚ましかけて、わたしは、眠ったまま夫を迎えていたのです。
「チョン婆」
声が震えました。
「わたしは、寝言で、ハラニ、オショと言っているのでしょうか」
チョン婆の顔から、すっと血の気が引きました。
「……あたしは、ハランしか聞かれなかった」
眼鏡を外して、目頭を押さえました。
「あたしは西の字が読めないんだよ。あの人がそこに何を書いていたのか、知らなかった」
「一年前だよ。ハランは何だ、と聞かれた。帰る、故郷へ帰る、と教えた。後ろは、かすれて聞こえないと言っていた。あたしも、それ以上は聞かなかった」
一年、毎晩、この店の戸口で「オショ」と迎えられていた人なのに。
チョン婆は帳場の引き出しを開けて、黒い表紙の帳面を出しました。
「今夜で終わりだと言ってね。もう要らなくなった、と。これを置いていった」
「……」
「明日の朝、シャルトランの大聖堂へ発つそうだよ。離縁の願いを出しに。別れの食卓の日まで、戻らないって」
チョン婆は帳面を、わたしの膝にのせました。
「お客の話はしない約束だ。だけど、これはお客のことじゃない。あんたのことが書いてある帳面だよ。持ち主に返すだけさ」
◇
屋敷に戻ったとき、夫の部屋の灯りは消えていました。
夜明け前に、馬車の音がしました。窓から見下ろすと、夫の馬車が門を出ていくところでした。わたしは呼び止めませんでした。帳面を、まだ一頁も読んでいなかったのです。
朝の光で、帳面を開きました。
初めの頁には、日付と、西の文字の短い書きつけが並んでいました。
〈夜半過ぎ。今夜も言った。ハラニ〉
〈泣いていた〉
〈ハラン。帰る、故郷へ。――帰りたいのだ〉
〈それでも、扉を開けると言う。今夜も言った〉
同じような行が、何十頁も続きました。日付の間に、青瑛の言葉の練習が挟まっています。数の数え方。天気の言い方。花の名前。どれも、子どもの手習いのような一語ずつでした。
中ほどの頁に、花允、の書き取りがありました。チョン婆の店で見たのと同じに、何十も。その余白に、西の文字で小さく。
〈母上のつけた名では呼びたくない。正しく言えるまでは、名を呼ばない〉
わたしは長いあいだ、その一行を見ていました。
最後の書きつけの日付は、一昨日でした。三百二十一夜目、と数が振ってありました。
その頁にだけ、青瑛の言葉の、少し長い文が書いてありました。綴りは三か所間違っていましたが、意味は分かりました。
〈気をつけて、お帰り。あなたの国で、あなたの名で、暮らしてほしい〉
別れの日に、わたしに言うつもりだったのでしょう。
その下に、西の文字で、一行だけ。
〈それでも毎晩、あの声を聞きに帰ってきた。帰りたいと言われているのに〉
その日のうちに、手紙を書きました。
青瑛の言葉で書きました。西の言葉で書けば、また作法の文になってしまうからです。
一枚目は、書き出しの挨拶だけで紙が尽きました。二年使っていなかった筆の運びは、手が覚えているのに、どこで止めればいいのか心が迷うのです。二枚目は、途中で涙が落ちて、字がにじみました。三枚目で、ようやく書けました。あなたが毎晩聞いていたのは、帰りたい、ではありません。おかえりなさい、です。わたしは二年、あなたの帰りを待っていました。――そう書いて、封をして、ニノンに渡しました。シャルトランの大聖堂の宿坊へ、早馬で。夫なら、一年習った言葉で、きっと読めます。
翌日の昼、お義母さまが、わたしの部屋の扉を叩きました。
手に、わたしの手紙を持っていらっしゃいました。封は切られていませんでした。その下に、黒い表紙の帳面。わたしが文机に置いていたものです。
「この家の手紙は、すべてわたくしの手を通ります」
お義母さまは、宛名の青瑛の文字を見ました。
「この家では、この家の言葉で書きなさいと申し上げたはずよ」
「お義母さま」
わたしは立ち上がりました。今だけは、作法の文を探しませんでした。
「ジスランさまが聞いていたハラニは、帰りたい、ではないのです。おかえりなさい、なのです。わたしは毎晩、眠ったまま、あの方を迎えていたのです」
お義母さまは、何もおっしゃいませんでした。
わたしの文机の椅子に腰を下ろして、ニノンが置いていった紅茶の碗を、手に取りました。受け皿に戻すとき、かちり、と音が鳴りました。
この方が受け皿を鳴らすのを、わたしは初めて聞きました。
「……わたくしも、言っていたのよ」
お義母さまの言葉に、訛りがありました。西の言葉の、北の訛り。クローネンヴァルトの、硬い子音です。
「嫁いだ最初の年。寝言で、国の言葉を。わたくしの名は、イルムガルトといったの」
窓の外を見たまま、お義母さまは続けました。
「亡くなった夫が、ある晩、わたくしを揺り起こして言ったわ。やめてくれ、と。何を言っているのか分からなくて、気味が悪い、と。だから、やめたの。夢の中でも、国の言葉を使わないように。名前も、言葉も、訛りも捨てた。それで、この家を持てたのよ」
お義母さまは、わたしを見ました。
わたしは帳面の端を、指でそろえていました。何度も、そろったあとまで。
「別れの食卓で、あなたが国の言葉を一言でも口にしたら、笑われるのはあなたではない。ジスランよ。妻の言葉もわからない夫。妻に港の女のことで捨てられる夫。宮廷は、そういう話がいちばん好き」
「でも、あの方は」
「あの子は、西の言葉でしか、誰にも迎えられたことがないの。わたくしは、あの子が子どものころ、おかえり、と一度も言わなかった。言えばわたくしの訛りが出るから」
お義母さまは立ち上がりました。手紙と帳面を、胸に抱えたままでした。
「黙って、お帰りなさい。それがあの子の名を守る、いちばん静かなやり方です」
扉が閉まりました。
その夜、夫は帰ってきませんでした。シャルトランは、王都から馬車で一日です。
わたしは窓辺の椅子に座って、ランプの芯を下げずにいました。卓の上には、母の手紙と、司祭さまから届いた誓いの文の写しがありました。
「この食卓を去ることを望みます」
声に出して読むと、一語も違えずに言えました。作法の文なら、わたしはいくらでも上手に言えるのです。
黙って誓えば、わたしは霧湊へ帰れます。栗の粥と、母と、わたしの名と、わたしの言葉のあるところへ。誰にも笑われずに。夫は咎を負いますが、それは夫の選んだことです。
口にすれば、夫を宮廷の笑いものにするかもしれません。夫は、ハランしか知らないのです。人の前で言って、もし通じなかったら。それは、皆の前で「帰ります」と言うのと同じに聞こえるでしょう。
ランプの火が、少し揺れました。
わたしの西の言葉は、どれも誰かの書いた文です。どんなに本当のことを言っても、あの方の耳には作法にしか聞こえない。
けれど、眠っていたわたしの言葉を、あの方は一年かけて聞こうとしてくれました。三百二十一夜。名前を、百回。
なら、起きているわたしの言葉で、もう一度だけ言おう。
わたしは誓いの文の写しを、ランプの火にかざしました。紙の端が茶色くなりかけたところで、やめました。燃やすのは、作法の本にないことの中でも、少し行儀が悪すぎます。
四つに畳んで、引き出しの奥にしまいました。
◇
七日目の夕方は、雨になりました。
食堂の長い卓に、白い布がかけられました。上座に司祭さまと、王の書記官。お義母さま。親族の方がお二人。リュシエンヌさまは、立会いの数には入らないのに、お義母さまの隣の席にいらっしゃいました。
わたしの皿の横には、小さな銀の皿が置かれていました。誓いのあと、指輪をそこへ置くのです。わたしは決まりどおり、指輪を外して、その上にのせました。
夫の席だけが、空いていました。
シャルトランからの馬車は、夕刻に着くはずでした。スープが運ばれ、冷め、下げられました。燭台の蝋燭が、指一本ぶん短くなりました。お義母さまは一度も時計をご覧になりませんでした。親族の方がお二人、小声で港の噂の続きをしていらっしゃいました。
わたしは、銀の皿の上の指輪を見ていました。嫁いだ日に、この指にはめてもらった指輪です。あのときも夫は何もおっしゃいませんでした。ただ、指輪が少し大きかったのを、ひと月後に黙って直させてくださいました。
「公爵がお戻りになり次第、奥方の誓いを」
司祭さまがおっしゃいました。
リュシエンヌさまが、扇の陰で、わたしにだけ聞こえる声でささやきました。
「最後くらい、訛らずに言えるとよいわね」
今夜も、夫は遅いのです。
二年、毎晩そうでした。わたしは待つのに慣れています。
玄関のほうで、扉の開く音がしました。
廊下を急ぐ足音。食堂の扉が開いて、夫が戸口に立ちました。外套の肩が雨で黒く濡れていて、紅根の匂いがしました。息が少し上がっていました。
司祭さまが、誓いの文を書いた紙を、わたしのほうへ差し出しました。
わたしは、紙を見ませんでした。
立ち上がって、戸口の夫を見ました。
毎晩、この人は扉を開けて、帰ってきたのです。わたしの「帰りたい」を聞きに。
息を吸いました。作法の本の文は、一つも浮かびませんでした。浮かんだのは、母の声でした。
「おかえりなさい」
起きたまま、はっきりと、言いました。
食堂が、しんとしました。
「まあ」
リュシエンヌさまが、扇を口元に当てました。
「何の鳴き声かしら」
誰も、笑いませんでした。
夫は、戸口から動きませんでした。
唇が、声を出さずに動きました。オ、ショ。わたしにはそう見えました。一年、毎晩、チョン婆の店の戸口で迎えられた言葉です。帳面の端に、かすれて聞こえないと書いた、後ろ半分です。
夫の目が、わたしから離れて、何もない宙を一度だけ見ました。それから戻ってきました。
表情の動かない人の顔が、ほどけるのを、わたしは初めて見ました。
「ただいま」
ひどい訛りでした。ハの音が、西の人の喉の奥でつぶれて、ほとんどカに聞こえました。霧湊の子どもが聞いたら、笑ったでしょう。
夫は、もう一度口を開きました。今度も青瑛の言葉でした。
「遅くなった。……ファユン」
ファ、のあとに、小さな間がありました。ユン、の音は、少しだけ長すぎました。
二年で初めて、夫がわたしの名を呼びました。
わたしは、笑ってしまいました。泣くのではなく。起きているときに笑ったのも、この家では初めてだったと思います。
夫は、わたしが笑ったのを見て、自分の発音が違っていたのだと思ったのでしょう。少し困った顔をして、もう一度「ファユン」と言い直しました。今度は、ユン、が短すぎました。
夫は戸口から司祭さまのほうへ向き直って、西の言葉で言いました。いつもの、帳簿を読み上げる声でした。
「願いを取り下げます。わたしは姦通していない。この一年、毎晩、港の青瑛人街の薬種屋で、妻の国の言葉を習っていた。証人は、六十八の婆さんです」
親族の方のお一人が、咳払いをしました。もしかすると、笑いをこらえたのかもしれません。
「遅れたのは、大聖堂の帰りに港へ寄ったからです。置いてきた帳面を、取りに。……店は閉まっていました」
あとで聞くと、戸に青瑛の文字で「今夜は休み」と貼り紙がしてあったそうです。チョン婆は、わかっていて店を閉めたのだと思います。答えは、あの人自身が食卓で聞くべきだと。
書記官が、書きかけの書類から顔を上げました。
「誓言のない離縁は、成りません。願い出た側が取り下げるのであれば、なおのこと」
わたしは銀の皿から指輪を取って、左手の指に戻しました。少し、指がふるえていました。
夫は、食卓の向こうの端の自分の席へは行きませんでした。召使いに椅子を一つ運ばせて、わたしの隣に置きました。十二人が座れる食卓の、片方の端に、二人で並んで座りました。
「公爵さままで、あんな訛りで」
リュシエンヌさまが、扇を閉じながらおっしゃいました。
やはり、誰も笑いませんでした。
お義母さまが、受け皿に紅茶の碗を戻しました。かちり、と音がしました。
「この家の食卓に」
北の訛りでした。硬い子音を、隠そうともしない声でした。
「訛りを笑う方の席は、ございません」
リュシエンヌさまの扇を閉じる手が、途中で止まりました。しばらくして、リュシエンヌさまは立ち上がり、どなたにも挨拶をなさらずに、食堂を出ていかれました。
お義母さまは、膝の上に置いていたものを、わたしの前の卓に置きました。黒い表紙の帳面と、封の切られていない、わたしの手紙でした。
お義母さまは、夫のほうを見ていました。息子の訛りを、どんな顔で聞いたのか、わたしの席からは見えませんでした。
夫はわたしの手紙を手に取って、宛名の青瑛の文字をしばらく見ていました。
「開けてもいいか」
「読めますか」
「……三か所くらいは、分からないと思う」
「では、分からないところは、わたしが読みます」
夫は、帳簿を扱うときと同じ慎重さで、封を切りました。
客を送り出したあと、夫は濡れた外套のまま、わたしの前に立ちました。
「春の船で」
青瑛の言葉でした。一語ずつ、確かめるように。
「一緒に、霧湊へ行こう。あなたの母上に、挨拶を」
春、の音が、また少し違っていました。わたしは直しませんでした。
廊下の先で、お義母さまが足を止めて、振り返りました。夫に向かって、何か一言、おっしゃいました。わたしにも、夫にも分からない言葉でした。
「母上、今のは」
「あなたの父上に、一度も言えなかった言葉よ」
お義母さまはそれだけ言って、階段を上がっていかれました。
その夜、わたしは母に手紙を書きました。青瑛の言葉で、迷わずに。
〈帰る家が、二つになりました〉
書き終えてから、窓辺の椅子に座りました。夫は、チョン婆の店に礼を言いに出かけていました。今夜は早く戻る、と言って。
わたしは眠りませんでした。ランプの芯も、下げませんでした。
扉の開く音がしました。濡れた外套の匂い。紅根の匂い。
「おかえりなさい」
「ただいま」
発音は、食堂で聞いたときより、少しよくなっていました。
わたしの国の言葉で、それは「おかえりなさい」です。
この家の言葉でも、今夜から。




