魔法を使って幸せになれますか
「この追加依頼、対応出来る人はいるかな?」
はぁ、何自発的に受けさせるような聞き方するかな。取引先の追加要求、何でも請けてくんな。リスケ調整これ以上無理。うちのメンバー限界…リスケ?調整?あっ
『追加依頼』という言葉を聞いた瞬間酷い頭痛と共に、私は前世を思い出した。
前世では、日本という国の会社という場所で散々働いた上、ある日過労でふらつきながら歩いているところで、多分トラックというものに惹かれ短い生涯を終えた様な、そうでない様な曖昧な記憶が蘇ってきた。冒頭の様なセリフをいつも引き受けるお人好しな人物だったので、前世を思い出すきっかけとなったのだろう。
前世の記憶はどこかの物語のようで、今世の自分が変わることはない。
レナ・ニールセン、私は魔法王国ボルダリアのS級魔術師だ。ボルダリアという魔法を使える魔法使いが大半を占める国に生まれ、地道な努力の結果、国の中央にある大魔術ギルド「ボルダ」で魔術師として働いている。
「ボルダ」は国外、いや別次元の世界も含め様々な依頼を受け、魔術師を派遣するギルドで、この国の一つの産業だ。
「ボルダ」に赴任し約7年、先日、これまでの実績が評価され、新任魔術師とバディを組む教育魔術師になり、担当するラミー・ホーナーと全体会議に参加しているところだった。
前世と同じ轍を踏まないように、ここは聞こえなかった、うん。仕掛中の仕事もあるし、ここはスルーすることにした。
「私達なら対応できると思います。」
平坦なトーンの聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。振り返るとラミーが手を挙げているではないか。え、私達って言った?自主性があるのはいいけど、自分の責任で捌けることが条件でしょ。ラミーは新人でも落ち着きがあり大人びた子だと思っていたけど、まだ独り立ちもしていない新人。一人で処理できないのは明らかな上、相談もなく私達と言い切っている。
「私と先輩で対応します。」
ラミーは業務分担担当の職員の所へ躊躇なく歩み寄り書類を受け取る。
あー、私に相談するのが先でしょ。報連相、あーそういう所からかぁ。何考えているんだろう。こんな公で引き受けてしまったら、この場でNGはだせない…うぅ。後で指導しないと。
八方美人の小心者のレナ、何となく前世を引きずっている感がいなめない。
ーーー
「ラミー、仕事を受けるときは先に相談してからにしてほしいわ。今、私達は他の案件を対応している最中なのに新しい依頼受けてどうするの。」
「依頼内容はそれほどの内容ではないですよ。他に受ける人がいないみたいだから受けてもいいかな、と思ったんです。」
「なら、先ず私に相談してからにしてちょうだい。私に限らず一緒に仕事をする人に相談することは必要でしょ。」
「でも、先輩なら大丈夫かなーと。」
「・・・・・・・・・・・・」
若者特有なのか、軽い。何も考えてないの? 大丈夫かそうでないという話ではないが、感覚的な答えに絶句し、依頼内容を確認してみた。
『某国の継母と義姉に虐げられている娘。その娘の心の安寧と幸せになることの依頼。依頼者は黄泉の国にいる実母。対象者の情報は以下…』
「うわっ、何この依頼。極稀に紛れ込む漠然とした明確な答えのない依頼じゃないの。この手の依頼が一番厄介なのよ。」
「可哀想な人を魔法を使って幸せにしてあげれば良いんですよね。」
ボルダに集まる魔術師は各地から選抜された代表のはずなのになんて迂闊な子なの?確か、ボルダの代表の従兄弟の奥さんの弟の子供が初縁故採用されたという噂があったけど、それなの?え、そんな子押し付けられたの、私。
転生してもその手の巡り合わせにあるレナ、前世は曖昧な記憶と言いながらも人格と運が引き継がれている。
「安寧と幸せなんて物は個人の主観なの。その人の望みを的確に捉えないといけないのよ。」
「そんなの本人に聞けば良いんじゃないですか?」
経験値がないとそういう考えになりがち、新人あるあるだわ。
「貴方の望みは何ですか?って急に聞かれても答えられない人が大体。それに欲を満たす事と幸せはイコールではないのよ。」
「はぁー、そうなんですか。」
「先ずその調査が必要ね。それも直接接触するのではなく、自然な状態の対象者の心情を掴まないと。私は今仕掛中の仕事を片付けるから。貴方は先に対象者の近くに潜入して、身辺を調べて頂戴。大丈夫?出来るわよね。」
「はい!変身術は得意です。」
根拠のない自信と勢いだけで答えられてもね。やる気があるのはいいのだけど大丈夫かしら…
結局、あまり強く指導ができないレナであった。やれやれ、そういう所なんだよね。
ーーー
「対象者の年齢は16歳、この国の子爵令嬢。幼い頃に母を亡くし、父親が再婚した義母と連れ子の義姉二人と同居と..」
依頼を受けてから2週間後、私は仕掛中の依頼を片付けながら、身辺調査中のラミーの元に向かった。途中で改めて依頼内容を確認するとどこか既視感がある。
「…対象者の父親も亡くなり、継母と義姉に虐待され、使用人以下の扱いでこき使われており、その見窄らしい姿から『灰かぶりのエラ』と呼ばれている」
『灰かぶりのエラ』、これってシンデレラじゃない。前世で知らない人はいない超有名童話が記憶に蘇り、前世を思い出した時よりも興奮した。
シンデレラの亡くなった母親から幸せにしてほしいと魔術師に依頼を受けたということは、私はシンデレラの魔法使いに転生したってことだわ。転生系物語が流行っている事は何となく知っていたけど、まさか自分の身に起きるとは。
ラミーのせいで厄介な仕事を受けたと思ったけど、あの子のお陰、結構な引きを持っているのね。
前世の記憶がそれほど強くない、と言っていたレナ、ここに来て認識した転生者の自覚、そして役割に前のめりになった。いきなり前のめりになると危ないよ〜。
ーーー
「ラミー、ラミー、どこに居るの?」
対象者であるシンデレラの住む屋敷内にラミーの痕跡があるが、呼びかけても姿をあらわさない。
見つからないように認識阻害の魔法で屋敷内を探していると、ゴソゴソと音がした後にネズミが1匹現れた。
「チュー、チュー、チュチュ。チュ。」
「ネズミは苦手なのでどこかに行ってくれると嬉しいのだけど。ネズミは認識阻害じゃなくて直接的な駆除魔法使わないとだめかしら。」
「チュッ、チュ、チュ、チュー」
しつこく纏わりつくネズミに駆除魔法をかけようとすると、ネズミの輪郭がぶれ始めた。ぶれた輪郭はネズミから人型に変わり、ラミーの姿になった。
「先輩〜。駆除しないでくださいよ。」
「あら、ラミーだったのね。あまりに素晴らしい変化術だったので分からなかったわ。」
というのは嘘で魔術痕跡で分かっていたが、意趣返しで駆除したくなっただけだったりする。
「目立たない場所へ移動よ、で、報告をお願い。」
屋敷の裏庭へ移動し、ラミーの潜入捜査の結果を確認することにした。
「エラはひどい虐待を受けてます。部屋は屋根裏部屋、衣服も1着しか与えられず着たきり、食事も水と僅かなパン、そんな状態で屋敷内の家事すべてを押し付けられています。使用人の給料を節約するために解雇してエラにやらせているんですよ。少しでも仕事に難があれば、殴る、鞭打つ、罵倒する。もう、見るに耐えられないです。」
「正にシンデレラね。で、何で貴方はネズミに化けてたの?」
「シンデレラってなんですか?」
「シ、シンデレラというのは、遠い国のお話の主人公で、まぁ、境遇が似てるのよ。それは置いておいて、ネズミの理由よ。」
「はい、ネズミに化けたのは、エラの話し相手になるためです。他の動物候補もあったんですが、エラの部屋が屋根裏だったのでネズミで現れるのが自然かなーと思ったわけです。これまで、色々話を聞きましたよ。」
シンデレラでもネズミが唯一の話し相手だったわね。ちゃんと原作に沿ってるじゃないのこの子。
「それでどんな話を聞いたの?」
「色々ですが、聞いてみて人となりはわかりました。エラ・ホールディ 16歳、継母と義姉達に虐げられていながらも、小動物に当たり散らす事もない優しい娘です。ただ、虐待の所為で自己肯定感が低く、自己主張ができないが、その孤独な境遇から強い承認要求を持っている。自分なんてと自己否定しながらも、自身の能力を認めてほしいという渇望が見られます。」
しょ、承認要求?自己肯定感?この子急にキャラ変わってない。シンデレラは健気で幸薄い女の子でしょ。そういう分析は要らないのよ。
「何か望みは話してなかった?」
「望み、ですか?」
「そう、例えば綺麗なドレスを着たいとか、お城の舞踏会にでたいとか…」
シンデレラのこれからの山場、というか魔法使いの腕の見せ所よ。
有名な物語への転生でリナのテンションが通常から5割増、ちょっと冷静にならないと。
「武闘会?ですか。確かに武道を修めることで心身共に自信がつくかもしれないですが、その様な場がありますかね。」
「舞·踏·会、舞い踊るほうね。王宮で近々開催されるじゃない。」
そこは調べてるわよ。そこで始まる真のシンデレラストーリー。
レナの脳内では前世で有名ないつか◯◯様が〜な歌も流れている。
「あぁ、王子の嫁を探す為に下位貴族も参加OKな夜会ですか? ちょっとこの国おかしいですよ。そこには関わらない方がいいと思います。」
「な、何言ってるの。見初められれば王子妃になれるチャンスじゃない。」
「いつも冷静な先輩にしては珍しいですね。一国の王子の嫁を下位貴族OKな夜会で見つけるっておかしいですよ。取り敢えず見てくれだけで良いんですかね。そもそもそんな事しないと嫁を見つけられない王子って結構問題物件な気がします。絶対に裏がありますよ。」
うっ。正論で攻めてきた。夢の童話をそんなに冷静に分析しないで。でもこれはシンデレラ。舞踏会に行かないと始まらないのよ。
完全に某映画のシンデレラが脳内展開しているレナ、多分止められない。
「きれいなドレスを着てみたいとか言ってなかった?」
「そうですね。義姉達を見て呟いていたと思います。」
「でしょ、でしょ、継母と義姉が先に出ていった後に舞踏会に参加させるわよ。」
欲を満たす事と幸せはイコールではないってどの口が言ったのか、と思うほど強引に童話に話を寄せるレナ、何が何でも舞踏会に参加させる方針に揺るぎがない。
「そうですか…」
何、あまり納得していない顔ね。でも、これは決められたことなんだから、夢のシンデレラストーリーの始まりよ。
ーーーーーー
舞踏会当日。
継母と義姉達がエラをあれこれこき使い出発した後、いつも通りの家事をしながら、一言「あぁ、私も綺麗なドレスを着てみたい。」と呟いたところを狙ってラミーと一緒にエラの前に登場した。あ、光の粒を閃かせBGMの演出も忘れずにね。突然現れた人物に驚いている様だったけど、優しく語りかけた。
「私達は魔法使い。貴方のお母様から頼まれてやってきたの。舞踏会に参加できるようにしてあげる。」
「え、私なんかが舞踏会に行ける訳ないわ。」
シンデレラの答えの後、すっとラミーが横にやってきて私に耳打ちした。
「ね、『私なんて』から話し始める、つまり自己肯定感が低いんですよ。自分に自信を持たせることが…」
「だから舞踏会なのよ。素材がいいんだからここは変身させるの。時間がないわ、予定通り分担してやるわよ。」
まったく物語がわかってない。変身し、王子様に見初められてこれまでの不遇な人生が逆転するのよ。
事前に指示した通り、浄化、ボディメンテ、髪結い、化粧、馬車、馬、といった繊細な調整や大物は私が担当し、ドレス、小物の手配と御者はラミーが担当することで、短時間に一気に魔法をかけた。
「ビビデバビデブー。さあ、いってらっしゃい。でも12時の鐘がなる頃に魔法は解けるので注意してね。」
はぁー。やったわ。舞踏会に参加さえすれば、後はもう決まったようなもの。役割を問題なく勤め上げることができて良かった。この世界に転生できて良かった。
シンデレラの話ではまだ前半戦だが、魔法使いの役割は終わったとばかり気を抜くレナ。
「ラミー、彼女をお城に送り届けてね。」
ラミーは御者に変身し、かぼちゃの馬車にシンデレラを乗せお城へ向かった。
ーーー
12時の鐘が鳴る、夢の時間はもうおしまい。魔法が解けるギリギリにシンデレラはお城から飛び出した。美しく着飾った姿からいつもの姿に戻ったところでラミーがピックアップして家に戻ってきた。
後はガラスの靴で王子様がシンデレラを探すのよね…
1週間後…
あの時の美しい娘を探すためのお触れは? ないわね。
3週間後…
落としたガラスの靴に合う娘を探す使者は? あれ?そんな話は欠片もない。
あまりに動きがないのでお城に忍び込んで調べたら、舞踏会で名乗らず去った娘がいたが、その娘によく似たドレスを着ていた侯爵令嬢が婚約者候補になったそうだ。えぇ、ガラスの靴はどうなった。
「ラミー、あの子がお城から帰る時だけど、階段でガラスの靴を片方残してたわよね。」
「はい、確かに片方脱げてましたよ。ただ12時で魔法が解けたのでいつも履いているボロ靴に戻ったと思いますけど。」
「何ですって!靴は戻っちゃだめじゃないの。庶民の汚い靴があってもゴミだと思って捨てられるだけでしょ」
「12時で魔法が解けるという制約をつけたのは先輩じゃないですか。馬車も馬も戻ってしまって帰るのは大変だったんですよ。馬車を戻さないで欲しかったですよ。」
シンデレラストーリーの重要なイベントを失敗してしまった?変な動悸と汗が止まらない。確かに時間制限しているのに靴だけガラスのままというのもおかしな話。童話は何で片方の靴だけ残ったんだろうか。それは童話のご都合主義?落ち着いて、レナ。状況を整理しようか。えっと、舞踏会には参加できた。そして王子と出会うことはできた。うん、ここまではよし。12時になったので名乗ることなく帰宅。うん、そう伝えたので、そうなるよね。で、途中で片方靴が脱げた、でも12時過ぎたら庶民のボロ靴に戻った。だから王子は気づかず、手元にガラスの靴が残らなかった。う、ここからが問題。で、手がかりは出会ったときのドレスと容姿だったから、侯爵令嬢が候補になったと。あ、やってしまった。
「先輩〜、声に出てますよ。いいじゃないですか。容姿だけで嫁を選ぶ王子なんてロクでもないですよ。雰囲気が似ていれば別人でも大丈夫みたいだし。大体、エラに王子妃なんて務まらないですよ。」
「そんな、王子に見初められれば継母や義姉達を見返すことができるのよ。」
「確かに一時見返すことはできるでしょうが、その後は?虐待されて育った子爵令嬢がいきなり王子妃?本人は望んでいるんですかね。望みだったとしても、欲と幸せはイコールではないって先輩の言葉です。」
「・・・・」
ぐ、何も言い返せない。確かに、もともとの依頼はエラを幸せにすること、だから念入りな調査を、と思っていた事を思い出した。そう、初心忘れるべからず。
「貴方の言う通りだわ。ラミー。貴方はエラを幸せにするには何が必要だと思う?幸せにする、と言ってしまうこと自体が傲慢なことなのかもしれない。だからエラの話しを聞いてきた貴方の意見を聞かせて」
あぁ、始めからこうして話を聞けばよかった。
「私も第三者が幸せにする事はできないと思います。本人が幸せを感じるために何をすればいいか考えたいと思います。」
物語の登場人物に転生したって浮足立っていた私よりもこの子の方が堅実に仕事に取り組んでいたということが分かった。続きを聞きたい。
「エラは善良で優しい娘ですが、長年の虐待で精神も傷つけられ極端に自己肯定感が低いのが難点です。あの継母や義姉達から離れても『私なんかが』という呪縛から先に進められない。先ず、このひどい環境を引き剥がし、心が安定できる場所を作ること。そして、信頼できエラを肯定する人と生活することではないかと思います。」
「良い分析だわ。で、具体策はあるの?」
そう、評論だけなら誰でもできる。具体的に何を行うかが重要。
「へへへ、実はそれまだ考えてないんですよね〜。」
考えてないんかい。おっと、前世のノリで突っ込んじゃった。まぁ、新人でここまで考えられれば充分かな。後は経験値ある魔術師として、私が挽回しないといけない。
ここにきてやっと冷静になったレナ。
「継母たちからの虐待から救うため、先ずはこの家から逃げださないといけないわね。隣国の修道院に逃げる、というのはどうかしら?確か、身を守れる護身術や生計を立てる術を学べたはずよ。」
「いいと思います。」
「じゃ、ラミー、逃げる時間を稼ぐために、身代わりを作ってちょうだい。すぐ実行するわよ。」
「了解です。」
それから、エラに脱出計画を話し、実行に移すことになった。
エラそっくりの人形を作り出し、代わりに生活をさせ、その間に家を出て、魔法で一気に修道院へ送り届けた。始めからそうすれば良かったのよね。幸せにするのではなくて環境の改善だけだけど、でも、それが先ず第一歩。環境改善された後にエラがどう生き、幸せを感じるかはわからない。でもそれでいい。
前世を思い出した所為で危うく間違える所だった。ラミーのお陰だわ。
「ラミー、ありがとう。」
「え、何でですか、先輩?」
「大事なことを気づかせてくれたから、ありがとう、なのよ。」
ーーー
その後、隣国の修道院に逃げたエラはそこで学んだ護身術が肌にあったらしく、体術の道を極め、隣国で開催された武闘会でかなりの成績を上げ、体術の指導者として大成功を収めたそうだ。
継母達は勝手に没落。見た目だけで嫁取りをしようとした王子は、愛妾、庶子を何人も持つ好色王として国を傾ける原因を作った。
End




