記憶喰いのシェリー
「皆さん、忘れられない辛い記憶ありますか?」
「そんな時に『記憶喰い』の方に食べて貰いましょう!」
「辛い過去を食べて貰い、新たな自分へ生まれ変わりましょう!」
そんなCMが僕の仕事場であるテレビに流れる。
これを見て僕は新たな自分へ生まれ変わるという魅力的な言葉を入れて、お客さんが注目しやすく出来ているなと思っていた。
そういう僕も『記憶喰い』であり、この『記憶喰い屋』で働いてる。
見た目は髪と瞳の色が真っ白、それ以外は周りの人達と同じ姿である。
だが本当は形を持たない煙みたいな存在で、今は人間と共存するために変身している。
僕たち『記憶喰い』は人が寝ている時にこっそりと嫌な記憶を食べて、その嫌な記憶を忘れさせるという生き方をしていた。
だがある日、人間と共存してみたいと思った『記憶喰い』は、人間と同じ姿になり、こうして僕たちは生きているのだ。
なるべく人通りが少ない場所を選んで、お客様の記憶を食べながら生活している。
僕はそう思い出しながらいると、扉の呼び鈴がカランカランと鳴り、お客様が来たことを知らせる。
僕は一旦深呼吸をし、お客様の元へ向かう。
黒いマスクをしているが、とびっきりの営業スマイルを向ける。
その方がお客様は安心してくれるのだ。
「すいません…記憶を食べてくれると聞いて、ここまで来ました。大丈夫ですか?」
と女子高生が一人でやってきた。
こんな人通りがない所の怪しいお店に女子高生一人でやってくる事自体、一見危ないと思われるが、こういう学生のお客様が社会人よりも多いのだ。
「いえ、大丈夫ですよ!では、こちらへ座って下さいね。」
と僕は優しくお客様と対面出来る席へ座らせ、食べて欲しい記憶を聞いてみる。
そうしないと余計な記憶さえ食べてしまい、忘れたくない記憶を忘れてしまう苦しみを与えてしまう。
僕がそう話すと、その女子高生のお客様は話し始める。
その話を良く聞くと、どうやら周りからとても仲が良いと言われるほどの親友らしい子がいたらしい。
だがある日、お客様は別の県へ引っ越す事になり、どうして置いて行くの!?とその親友から言われ、揉めてしまった。
そこから仲が悪くなり、話しかけても無視してくるようになり、やがてお客様は違う県へ引っ越してしまったのだ。
その記憶がお客様の中に強く残っており、今でも思い出すというのだ。
「確かにお辛い記憶でしたね……お疲れ様です……」
僕はメモに取りながら聞いてきた。
確かにこの記憶はそのお客様のトラウマにもなり、辛い記憶なのはわかった。
だが、そんな簡単に食べて欲しいと思っていいのかと、僕の中に小さな悩みが出てきていた。
これは最近良く思う悩みで、まるでもう一人の僕がいるような感覚がする。
平気に記憶を食べる僕とその記憶をこのまま食べていいのか疑問に思う僕が対立してて苦しかった。
だが今はやるべき事をやらなければいけないので、僕は女子高生のお客様に「分かりました、では目を閉じてその記憶を思い浮かんでくださいね」と伝えると、お客様はしっかりと目を閉じてくれる。
僕はその女子高生のお客様の頭へ右手を伸ばし、意識を集中すると、お客様の頭から煙が発生し、僕の右手に吸い込まれていく。
その煙は記憶で、その記憶を思い出していたお客様の顔は苦痛の顔をしていたが、僕がその煙を吸っていくと、顔が段々と安心した顔になっていく。
僕もその記憶の煙を吸っていくと、その記憶の味が僕の右手から伝わり、その味は少し苦味のあるコーヒーのような深い味わいだが、何処か抜けているような味であった。
「ありがとうございました!本当に忘れてて、気持ちも楽になりました!」
とその女子高生のお客様は笑顔で話す。
感謝されて嬉しい反面、大切な記憶を忘れる事に抵抗ないのが恐ろしいと思ってしまった。
「いえいえ、これが僕の仕事ですから。もし何かあればまた来てくださいね!」
それでも僕は営業スマイルで最後の見送りをし、この仕事を終える。
お客様の去った後の店内は落ち着いた雰囲気を取り戻し、やっと余計な力を抜く事が出来る。
僕はフゥと息を吐くと、お店の休憩室からパチパチと拍手が聞こえたので振り向く。
そこに立っていたのは黒いスーツを着て、黒いハットも被ったまるで狐のような目付きの男性であった。
彼、伊藤直也は僕の知り合いで、関わると少々疲れてしまう。
なので仕事を終えた今頃にやってきたのがめんどくさかった。
「お~お~、お疲れ様やでシェリーちゃん」
「だからちゃん付けないで下さい」
伊藤はめんどくさく絡んでくるが、それに対し僕は冷たく対応する。
どうも僕はこの人の雰囲気が苦手である。
こんな対応された伊藤はアチャ~と左手の項をおでこに当てるが、「まぁ、言うことはこれじゃないけどな」とケラケラと笑い出す。
「シェリーの仕事の様子、じっくり見させて貰ったわ~これなら上の人にも安心して伝えられるわ~」
と伊藤は話す。
こう見えて伊藤は政府関係の人で、こんな僕を『記憶喰い屋』として働かせてくれている頼れる人なのだ。
こんな性格じゃなきゃもっとマシなんだけど。
伊藤は店の出入口に向かって歩き出すが、その時僕はふと思ってしまった事を口に溢してしまった。
「……ほんとこんな感じに『記憶』を食べていっていいんだろうか」
小声でそう呟いたんだ。
伊藤さんには聞こえないぐらいの小声で。
なのに伊藤さんは、
「--なぁ?あんちゃんまたそんなこと言ってるのか?」
そう怒りの含んだ声で話し、気づいた時には僕の目の前にやって来ていた。
話す声も先程ケラケラしてたのと違い、とても威圧的で、あの細目の目が少し見開いて僕の事を見つめてくる。
そんな感じの伊藤さんに僕は恐れてしまった。
「……確かに『記憶』を消すには悪いことだと思うが、それによって助かる人達がいること、忘れんな」
そう僕を叱る伊藤さんの目には何故か悲しそうな目をしていた。
僕を叱り終えた伊藤さんは政府に連絡するために戻り、今この仕事場には僕だけとなった。
叱ってきた伊藤さんの圧はまだ僕の中に残っていて、少し身体が震えていた。
「…とりあえずコーヒーでも飲むかな」
僕は精神的に落ち着かせるためにコーヒーの準備をする。
僕たち『記憶喰い』は例え人間の食べ物や飲み物を取っても全て味がなく、なかなか腹が膨れないのだ。
それでも僕はコーヒーを飲むのは、香りを楽しむ為で、僕の心の疲れにとても響くから、こうして気持ちが疲れた時に飲むようにしている。
今、コーヒーを作り終える。
出来立てのコーヒーは香りが良く、僕の心を落ち着かせてくる。
僕は香りを楽しみながら飲むが、女子高生のお客様の「記憶」よりもこれの方が香りが深い感じがした。




