4話
公爵邸に戻った私はすぐに荷造りを始めた。
『明日の朝、起きたらここともお別れね』
と呟きながら。
実家の侯爵邸には先ほど、先触れで簡単な内容は伝えておいたけれど、きっと両親は驚いているわよね。お父様は間違いなく怒るでしょうね。
でもこれって私だけの責任かしら? と、ふと思う。まあ、どちらにしても結果は変わらないから考えても仕方ないわね。
暫くすると侍女のランナが
「奥様、もうお帰りになったのですか?」
と聞いてきたので、私は先ほどまでのことを全て伝えてから
「今まで色々とありがとう、ランナにはお世話になったわ」
と言うと
「そんな、本当に出て行かれるのですか?」
と言われたので
「ええ、それはもう決めたことだから変わらないわ」
と言うと、ランナは下を向いて涙を流してくれた。
そんなランナに私は
「ランナには良くしてもらい、感謝しているわ、これは私からのささやかなお礼よ」
と言って、普段使いのネックレスを手渡した。すると
「こんな大切な物、頂けません。これはいつも奥様が身につけている物ではありませんか」
と言うので
「それほど高い物ではないのよ。でも大切にしていた物だからランナに身につけて欲しいの」
と言うと、涙を流しながら受け取ってくれた。そして私は
「ここでの生活はランナがいてくれたから、旦那様が居なくても少しも寂しくなかったわ」
と告げた。
そして次の日の朝、私はランナや使用人の皆に見送られてこの公爵邸を後にした。
『決して長い期間ではなかったけれど、こちらの方たちには良くしてもらったわ。ありがとう、さよなら』
と呟いた。
そして実家である侯爵邸に着くと、いつもは居ないはずのお父様や異母兄、そしてお母様が出迎えてくれた。その後ろには、私が子供の頃から仕えてくれている使用人たちも見えた。
私は心の中で怒られるのを覚悟した。それなのにお父様がまず
「お帰り、辛い思いをさせてしまったな」
と言ってくださり、次に異母兄が
「ロザリー、お帰り」
と言ってくれ、最後にお母様が
「ロザリー、お帰りなさい、暫くは何も考えずにゆっくり休みなさい」
と言ってくれた。そして屋敷の使用人たちも
「お嬢様、お帰りなさい」
と皆で出迎えてくれた。私は思わず、涙が溢れて言葉を発することが出来なかった。
こんな思いもしなかった温かい出迎えに心が癒されるのを感じた。
暫くしてからお父様が
「ロザリー、少し話してもいいか」
と仰って、私を居間に呼んだ。
そして居間に行くとお母様と異母兄もソファーに座って待っていた。私は
「ごめんなさい。迷惑を掛けてしまいました」
と謝るとお父様は
「最初からこの婚姻は断るべきだったな。ロザリーには辛い思いをさせてすまなかった」
と頭を下げられた。
それから、お父様の話が語られた。
何でもこの婚姻は、ウェル様のお父様から持ちかけられたそうで、その理由は、うちの領地にある鉱山から金が発見されたのがきっかけだったという。
ただ、父が言うにはその金がどの程度存在するのか、それに採掘するにはかなりの資金を投入しなければならないが、必ずしもそれに見合うだけの金が存在するのか、こればかりは採掘してみなければ分からないという。
そこでその資金をウェル様のお父様が用立てて、その見返りとして採掘された金の半分の権利を主張なさったという。
そして、その約束を強固にするための保証として、うちとの縁戚を望まれたということだった。
お父様は
「別に金鉱山の存在が無くても、うちの領地はそれなりに成り立っているし、本気で探せば投資してくれる人は他にもいるからロザリーは何も心配しなくてもよいのだよ」
と仰ってくださった。
それを隣で聞いていた異母兄は
「そんな男、こちらから願い下げだ。ロザリーに皆の前で恥をかかせたんだから許せない」
とかなり怒ってくれている。
何でも異母兄は舞踏会での婚姻無効騒動を友人から聞かされたという。思わず私は
『こんなに早く、嫌な噂が広まっているのね』と溜息が出た。
お母様も
「だいたい結婚式の三日前に他の令嬢と舞踏会の場でいかがわしいことをしていたくらいですもの、そんな恥知らずな男はこちらからお断りよ」
と、かなり怒っていた。
私はこの光景を不思議な気持ちで見ていた。
あれほど冷え切っていた家族が今回の私の一件で一つになっているこの様子を。
そして、お父様と異母兄の気持ちはとても嬉しく思ったが、自分たちがしてきたことは棚に上げていることが少し笑えてしまった。
だけど『今は口に出すことはやめておきましょう』と心の中で苦笑していた。