2話
「全く、昨夜の態度は何なのだ? いくら先日のアンリ嬢とのことを見たからといっても、ちゃんと謝罪したではないか。なのに結婚した夫に対してあれはない。ロザリーの母親にしても『浮気をしない男はいない』だと? まあ、言い訳はできないが。尤もアンリ嬢のことは一言も口にしないところをみると、怒っているわけでもないのかもしれないな。元々が淡々とした女性だとは思っていたが、本当に政略結婚だから仕方ないと諦めているのか? 全くわからない。この俺のことをナメているのなら、しっかりと自分の立場をわからせなければいけないな。少しくらい顔がいいからと、いい気になるなよ」
「あー、よく寝たわ、とっても気持ちのいい朝ね」
と独り言を言いながら背伸びをしていると
「奥様、お目覚めですか?」
と言って、ランナが扉をノックした。私は
「起きているわよ、どうぞ」
と言うと
「朝食の支度ができていますので、着替えのお手伝いをさせていただきます」
と言って、手際よく身だしなみを整えてくれた。
そして私は階下に行き、食卓に着くと、旦那様が既に朝食を取っていらした。私は
「おはようございます。気持ちのいい朝ですね」
と言うと、旦那様は
「そう思っているのは君だけだ」
と仰ったので
「これは失礼いたしました」
と返した。そして私が黙々と食事を頂いていると
「どうやら君は自分の立場がわかっていないようだな」
と仰ったので
「私の立場とは、公爵家の跡取りを産み、立派に育てることかと思っておりますが、何か違いますか?」
と答えた。すると旦那様はイライラしたような態度で
「君のそのような態度に腹が立つのだよ」
と言って、席を立たれてどこかへと行ってしまった。残された私はまた、黙々と食事を続けながら『朝から何が気に食わないのかしら』と独り言を言った。
午後になり、私は退屈だったので、親友の公爵令嬢のマーガレットに先触れを出してから会いに行った。
すると彼女は
「新婚さんが結婚式の翌日に遊びに来るとは、貴女らしいわね」
と笑っている。彼女と旦那様は同じ公爵家で従兄妹同士だ。
私は昨夜の事を包み隠さず彼女に言うと、大笑いをしながら
「その言葉を言われた時のお兄様のお顔が見たかったわ」
と言っている。そして
「まさかモテると思っているご自分が初夜を断られるとは思ってもみなかったでしょうね」
と言ってまた笑っている。そんな彼女に私は
「だって子供ができる確率が高い日の方が合理的だと思っただけよ。それ以外の日なんて、ただ無駄なだけでしょう?」
と言うと
「貴女、本当にそれでいいの?」
と言われたので
「なぜ? そのためだけの婚姻だもの」
と返すと、かなり呆れられた。
そして
「まあ、お兄様の噂を聞いていればそうなるのも当然ね」
と言われた。私は
「まあ、愛だの恋だのは、他の女性に求めてもらった方が楽だもの」
と返した。すると彼女は、
「貴女は恋はしたくはないの?」
と聞かれたので、
「あの両親と、異母兄を見て育ったのよ。そんなことに憧れなんて持てないわ」
と返した。
そう、私の両親や異母兄は、私が物心つく頃から険悪気味だった。
父には常に愛人がいて、中には子どもまで産ませた人もいたそうだ。
お母様はそれらすべてを受け入れていたというか、受け入れざるを得なかったのだろう。
何故なら当時の離婚は、非常にハードルが高かったと聞いている。
それに異母兄にしても、初めは父のことを最低だと罵っていたくせに、いざ社交界デビューした途端、お父様のしていることと同じことをしている。
異母兄のお母様は、異母兄が小さな頃に流行病で亡くなり、その後、私の母と再婚した父は、異母兄のことも顧みず好き勝手に遊んでいた。
そんな父や異母兄を見て育ったのだから、男なんて皆同じだと思っても当然なのかもしれない。
多分、私も母と同じ道を辿るなら、初めから諦めていた方が傷つかないと思っている。そんな私にマーガレットは
「わたくしは愛することを諦めたりはしないわ」
と言った。私にはそんな彼女が輝いて見えた。そしてそんな彼女に
「私にはきっと、そんな感情すら持てないのかもしれないわね」
と答えることしか出来なかった。