1話
今、私はいったい何を見せられているのかしら? 目の前で抱き合い、口づけをしているこの二人は、私がこの部屋に入って来たことさえ気づかず、行為に没頭している。
それにしても男性の方は、三日後に私との結婚式を控えたルイノート公爵家嫡男のウェル様よね。
女性の方は、私にここへ来るよう、ここのメイドに伝言したという、レンフリー男爵令嬢のアンリさんご本人だったのね。
ということは、私に見せつけるためかしら? と思い、ため息をつきながら
「あのーレンフリー男爵令嬢、ここに来るようこちらのメイドに伝言しましたよね? 何かご用でしたか?」
と声をかけると、公爵家嫡男のウェル様の方が、思いっきり驚いて
「いつから居たのだ?」
と尋ねてきたので
「ほぼ初めからでしょうか」
と返した。すると
「これは違うのだ。アンリ嬢が急に抱きついてきてだな」
としどろもどろになっている。それを見た私は
「大丈夫ですよ、他人には言いませんから」
と言うと、今度はアンリさんが
「あら、これはエドリアン侯爵令嬢のロザリー様、見られてしまいましたか」
とわざとらしく言うので
「私の勘違いかしら、見せるために呼び出したのではありませんか?」
と返した。するとウェル様は彼女に
「それは本当なのか?」
と聞いている。すると彼女は
「あらウェル様ったら、わたくしのことが気になっていたと仰ったではありませんか」
と答えた。するとウェル様は焦った様子で
「いや、あれはだな」
と言い訳をなさろうとしていたので、私は何の三文芝居を見せられているのかしらと思い
「用が無いようなので私はこれで失礼致します」
と言ってその場を後にした。
舞踏会の会場に戻った私は、一緒に来ていたお母様に
「やはりお母様が言っていた通りでしたわ」
と言って先ほどの光景を母に伝えると
「いくら何でも結婚式三日前にしなくても」
と憤っていた。
お母様は私に常日頃から『男は地位とお金がある者ほど、浮気をするものよ。まず浮気をしない男など、いないと思いなさい』と言っている。まさに私のお父様も同じだった。
だから私もずいぶん前からそう思っていたので、先ほどの光景もさほど驚きもしなかった。
しばらくするとウェル様がばつが悪そうに私の元にやって来た。
そして一生懸命言い訳をしているので、私は
「大丈夫ですよ。気にしていませんから」
と言って差し上げた。それでもまだ言い訳をしているので、いい加減うんざりしていたので
「別に怒ってもいないし、それ以前に興味もありませんから」
と言ってから、隣にいるお母様に
「ねえ、お母様」
と同意を求めた。すると母は
「娘の言う通りですよ、浮気をしない男はいないと言い聞かせ、育てましたのでお気になさらず」
と言ってくれた。それを聞いてウェル様は
「本当に申し訳ない」
とまだ謝っている。私は
「政略結婚なんて皆そんなものですわ、だから本当にもう謝らなくていいのですよ」
と言って差し上げた。そんな私にお母様は
「では今日はこの辺でお暇いたしましょうか」
と言ったので、私はウェル様に
「そういうわけですので、お先に失礼させて頂きます」
と告げて退出した。それをただ呆然と見送るお姿が笑えた。
それから三日後、ついに結婚式当日を迎えた。
ウェル様はなんだか少し緊張したご様子で、それでもマナーとして女性を褒めることを忘れずに
「ロザリー、今日はいつにも増して綺麗だ」
と言って私のベールを上げて口づけをした。私はそれを儀礼的に受け流しながら
「ウェル様も素敵です」
と言って差し上げた。
こうして結婚式は予定通り無事に終わり、今、私は侍女によって初夜に備えての支度をされ始めた。そんな侍女のランナに私は
「今夜は私、私室で一人休みますので初夜の支度は必要ありません」
と言うと、ランナはかなり驚いた様子で
「そう申されましてもご主人様がお待ちになっています」
と言うので
「では、私が直接お断りをしてきます」
と言って部屋を出てウェル様の待つ夫婦の寝室へと行った。そして扉をノックすると、中から
「どうぞ」
と声がしたので
「失礼致します」
と言って、中に入るとそこにはベッドに座っているウェル様がいらしたので
「ウェル様、本日は初夜を迎えましても子供は出来ない日ですので意味がありません」
と言うと、ポカンとしたお顔で見つめてきた。なので私は
「今から丁度一週間後からの三日間が一番確率が高いので、その日の夜にこちらに来ます。では、今夜はこれで失礼させて頂きます」
と言って、部屋を後にした。残されたウェル様は呆然としながらも何か言おうとしていたが、私はそれを遮るように部屋を出た。
私室に戻った私はランナに
「ウェル様にはきちんと伝えましたから、私はこれで休みますのでランナも下がって大丈夫ですよ」
と伝えた。すると
「本当にこれで宜しいのでしょうか?」
と心配そうに聞くので
「全く問題ありません。だからゆっくり休んでちょうだい」
と言って下がらせた。
それから私は朝まで爆睡した。