アルドワ92号世界
「後は任せたぞ……ヘイビア……」
クエンサーはそう言い残し、絶命した。
「く、クエンサーああああああああああああああああああ‼」
相棒の死に、ヘイビアが珍しく取り乱す。
「少佐! ウィンチェル上等兵のバイタルに異常値が……‼」
「落ち着いて、ヘイビア‼」
「これが落ち着けるかって話ですよフローレイチアさん‼ アンタ人情まで爆乳に吸い取られてんのかよ、ヘイ‼ クエンサーが死んだんだぞ‼ 取り乱しちゃいけねえって分かってても無理でしょ、そりゃ‼」
「だからこそよ‼ クエンサーを無駄死ににしたいの⁉」
「うるせえ‼ 黙れ‼ やってられっかよ、こんなの‼ 次は誰が死ぬんだ⁉ ニョンリか⁉ 俺か⁉ 俺だな、多分‼ 激昂した俺は馬鹿みたいに突っ込んでゴレムスに踏み潰されんだ‼ それか敵兵の接近に気付かず撃ち殺されんだ‼ アンタの読みではどっちだよ、フローレイチアさん‼ 賭けるか⁉ アンタが負けたら支払うのは身体だけじゃ済まねえかもだぜ‼」
「落ち着いて、ヘイビア‼」
「それしか言えねえのか、馬鹿爆乳上官様よ‼」
ヘイビアは動転していたが、それでも自分の言っていることの異常性に気付いていた。普通ではない。狂っている。これは元々のヘイビアの気性の荒さに、ブレーキ役の相棒が死んで歯止めが利かなくなってしまったためだろう。
「まだお姫様は戦ってる‼」
「ああ⁉ お姫様⁉ はっ! それこそ馬鹿だぜ! 旦那が死んで未亡人になったからってヤケクソの殴り込みか⁉ 勝てる訳ねえ‼ 相手は最強のレールガンを持つ、ゴレムス『オンリーマイレールガン』だぜ⁉ あんな逝かれた破壊力のレールガン相手に、俺らがどうしようってんだ‼ もうクエンサーもいないんだぜ⁉」
クエンサーがいない。先程まで馬鹿話していた少年がいない。それだけでヘイビアの心はもう完全に折れてしまっていた。戦意も敵意も殺意すら足りない。軍人失格だ。大失格だ。
「聞いて、ヘイビア。もしかしたら」
「何だ⁉ クエンサーを持ち霊にする話か⁉ オーバーソウルして襲ってやろうか⁉」
「茶化さないで。もしかしたら、勝てるかもしれない」
何に、とは聞かない。そこまで捻くれてはいない。
「クエンサーの死は無駄ではなかった。と証明して」
「オンリーマイレールガンには決定的な弱点がある」
「決定的な弱点?」
「決定的というより致命的というべきかもね。クエンサーが何箇所かに粘着爆弾を切り分けて設置していたでしょ? その爆破により導き出された答え」
「何だよその答えって」
ヘイビアの素直な問いに、調子を取り戻したフローレイチアさんは妖艶に微笑む。
「レールガンに金を掛けすぎたんでしょうね。そこ以外の守りが甘い」
「守りが甘い?」
「データをデバイスに送るから確認して」
ヘイビアはデバイスを起動させ、そこに送られた情報に驚く。確かに部分的に装甲が損傷している。ヘイビア達歩兵にとっては僅かな、しかし確かな綻び。
「お姫様にも勿論同じデータを送り、今まさにその弱点を突こうとしている。後はお前の出番だ、レーダー分析官ヘイビア・ウィンチェル上等兵‼」
クエンサーが遺した情報。それをお姫様が利用し、ヘイビアが
「任せろ‼」
破壊の確率を爆発的に上昇させる。確実な破壊。それこそがクエンサーへの贐なのだから。
クエンサーの戦死と、彼の遺した戦果により、フローレイチアさんは少佐から大佐へ昇進し、お姫様は女王様と呼称されるようになった。そしてヘイビアは
「おそいねヘイビア」
「ああ、せっかくの祝勝会なのにな」
女王様となったお姫様の呟きに、大佐となったフローレイチアさんは答える。女王様はクエンサーの死を一番惜しんでいたが、やはりディアブレイブを操るキングスというべきか、すぐに立て直しいつものように戦場に戻って行った。フローレイチアさんも少し落ち込んでいたようだが、彼女は根っからの軍人ゆえにその強靭な精神力で乗り越えた。ならば、ヘイビアは
「わりーわりー、遅れた。いやー、やっぱレーダー長ともなると部下のこととかで忙しいよなー」
レーダー長となったヘイビアは、颯爽と二人の下へ現れた。
「ヘイビア、もうへいき?」
「ん? 何が?」
恐らく理解しているだろうに、女王様の心配を他所にヘイビアは白を切る。女王様は少しむっとし、ヘイビアは少し動揺する。
「はは、冗談冗談。確かに相棒は死んだし、これからどうすりゃ良いかもよく分からなくなってきた。元々は武勲手に入れるために軍人になったのに、こんなに偉くなって辞めるに辞めれねえしよ」
ヘイビアの言葉には真に迫るものがあり、二人は少し顔を伏せる。
「でもま、アイツが生きてたら言うよな。『俺らは二人で一つなんだから、一人でも生きてる限り死んでない。死んでないなら生きるしかないんじゃないのか。というか、お前は俺と組むために軍人になった訳じゃないだろ。初心を見失うな。クエン子ちゃんはあの世でメイド服着て待ってるぞ。頑張れヘイビア』ってな。くそ、アイツのせいで俺まで臭え奴みたいになっちまう。アイツの真似してるだけなのによ。くそう」
ヘイビアは凄く悲しそうな、悔しそうな顔で必死に涙を堪えた。泣いたらアイツが浮かばれない、とかではなく単純に泣くのが恥ずかしかったのだ。クエンサーにあの世で笑われそうな気がして。待ってろクエンサー。武勲とAV持ってそっちへ逝くよ。いつか、な。心の中でそう呟き、ヘイビアは顔を上げた。