第8話 『2人きりで過ごす初夜①』
「リュシアン、先にお風呂はいる?」
キッチンからリビングをのぞくと、彼はソファでだらけた猫のようにくつろいでいた。
その気だるげな姿に、私は思わず口元が緩む。
二人分の夕飯を作り、食べて、今は洗い物の最中。シンクに並ぶ二人分のお皿とコップが、なんだか嬉しかった。
『誰かと暮らす』って、こういうことなのかもしれない。
「ああ。じゃあ、そうさせてもらう。大浴場のことだな?」
「…自分の世界と一緒にしないでくれる。ここ、庶民の家って事を忘れないでよね。」
「じゃあ、それに入る。」
「うん、下着とパジャマとかは、お父さんの押し入れの中から適当に取っていって。ここから出て、左がお父さんの部屋だから。」
彼は、頷いたようなそぶりを見せてから、父親の部屋へと入っていった。
その背中を見送った私は、またキッチンへ戻り、洗剤の泡を立てながら、なんだかふわふわした気分に包まれていた。
水道の蛇口を開けて、洗剤がついたお皿を洗い流す。綺麗になっていくのが、いつもより、ずっとうれしかった。
こんなにも、人のぬくもりを感じる暮らしが、心を豊かにするなんて。
思わず、小さな鼻歌が漏れそうだった。
「おい! ちょっといいか。」
脱衣所から、少し低めの声が響く。
なんだろう。
私は、洗い物の手を止めて、タオルで手を拭きながら慌てて向かった。
「はいはい! 今行くから!」
扉越しでも分かる、彼の身体のシルエット。
この扉を開けたら、どんな世界が待っているのだろう。
ま、まさか、ね?
ありもしないことを、頭の中でふわふわ考える。
「シャンプーとリンスはどこだ。文字が読めない。」
「シャンプーは右で、リンスは左!」
「ほんとか?」
彼の不安そうな声に、私は、つい、ガチャン、と、ドアを開けてしまった。
すると、彼の素の姿がそこにはあった。
湯気の暖かさで、余計に私の顔も熱くなる。きっと、それだけじゃ無いと思うけど。
白い肌、鍛えた腹筋、したたる滴で髪の毛が濡れている。
長い髪の毛をかきあげ、唖然とする私と目が合った。
そして、見てはいけない領域まで、目が勝手に滑って――
「ぎゃああああああ!!」
反射的に、バンッとドアを閉める。なんだか、みてはいけないものを見た気がするからだ。
「アンタ、わざとやってる?」
「ごめん!! 多分あってる、それ合ってるから!!」
心臓はバクバクで、耳まで熱い。
私は、その場で力が抜け、その場でしゃがみ込んだ。
彼のシャワーの音だけが鳴り響く。
耳まで真っ赤で、声も上ずる。
見てない、見てない、絶対見てない。
……でも、ちらっと……いや、そんなこと、考えちゃダメ。
それに、なんであんなに堂々としてるの。
普通、女の子に裸なんて、恥ずかしくて、簡単に、見せれないはずよね。もしかして、私の考えが子ども過ぎる? リュシアンの世界では、そういうことにオープンなわけ?
も、もしかして、リュシアンって、もう、他の女と…!?
確かに、想像できる、あの体つきと、女を魅了させられるコミュ力、異次元過ぎる美貌…
それに、さっきの、さっきのあの、あの、リュシアンの、アレ…!
「ばか! リュシアンの変態!! 」
私は、咄嗟に扉越しにそう叫ぶ。
「は?」
彼は、今まで聞いた中で、一番低い声でそういった。お風呂だから、声が更に響いて聞こえ、私の耳がおかしくなる。
なんだか、彼は、そういう場面になったら、そうやって、低い声で攻めるんじゃないかと思うと、更にドキドキした。
もう、あんなの見ちゃったら、この後、寝るときのこと、想像しちゃうよ…。
あーもう! 私も、本当にバカ!!
期待なんかしてないし!
私は、その場で、真っ赤に熱くなったほっぺたを強く自分で叩いた。
明日には続きを更新できます。