表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

第5話  『君と、雨の中で』

今回も短めです。

 放課後を知らせるチャイムがなる。今日は部活がないので、早く帰れる。


 ある意味、良かったかもしれない。だって、今日から彼が私の家に来るから。彼に、学校からの自宅までの道を教えたりしないと行けないし、何よりも、合鍵を作ってないから、必然的に一緒に帰らなければならないのだ。


 窓ぎわの後ろの席から、彼の行動を監視する。相変わらず、女子生徒に囲まれている。スマホで、写真を撮っているようだった。


 私は彼女らにばれないように、きっとにらむ。もう、たくさんリュシアンを味わったじゃない。そろそろ、変わりなさいよ。


 私達は、今日から同棲するんだから。


「桃香―。怖いぞ、じゃあね。」


 莉々の背後からの言葉に、私ははっと我に返る。やだ。私に、そんなに怖かったかな。


 驚きのあまり、私はその場で固まり、彼女に手を振ることしかできなかった。


 こう見えて、元々受け身な性格なので、あの大勢を前にして、リュシアンに話しかけることが出来ない、勇気が出ないのだ。ただ、後ろで彼のことを見守っているだけ。あわよくば、彼の方から話しかけてくれないかな、などと、ご都合主義の事を考えている。


 でも、いつまでも、もじもじしていたら、彼女らにリュシアンを取られてしまう。時間ばかり過ぎていく。


 このままじゃ、だめだ。


 私は、息を大きく吸い、彼と気づかれようと、嘘を叫んだ。


「リュ、リュシアンくん、だよね? あ…職員室で担任が呼んでた! 至急だって!」


 思わず、私は彼との距離があるのに、彼に向かって叫んでいた。周りにばれないようにするためには、これしかないのだ。


 女子生徒は、私を異物を見るような目付きをし、その視線に私は、肩身が狭くなる。


 空気が重くなった私は、教室を後にし、彼が来るであろう、職員室に向かった。


 私が、職員室について、すぐ、彼が歩いてくるのが見えた。荷物をきちんと持ってきている。よかった、どうやら、作戦は成功したようだ。


 彼は、きつく締まったネクタイを少し緩めていた。


「だろうと思った。わかりやすい嘘過ぎる。あいつらがアホで助かったけどな。」

「もう、人のこと、アホって言わない。私の家は、しばらく道なりで、道路標識の所で左に曲がるから。覚えてよね。」


 人がいないか、しつこいくらいに、私は、辺りを見渡す。


「オレ様に命令すんな。下落庶民が。勘違いするなよ?」

「ほんとひどい。言葉遣い気をつけた方がいいよ。嫌われちゃうから、クラスメイトにも。」

「まあ、学校は良い子でいてやる。後々、面倒くさそうだからな。」


『学校は』このフレーズに思わず嬉しくなって、思わず笑みがこぼれる。だって、私だけには、リュシアンの素を見ることができる。それって、なんだけ特別扱いされているみたいで嬉しくなる。


 私が、いつもプレイしていた、乙女ゲームと一緒の展開? 


 それじゃあ、私はやっぱりいつか、彼と…。


「なにニヤニヤしてるんだ。アンタ、変に優しくすると、コロッと落ちるだろ。しぶとそうだからな。オレって、本当罪な男だわ。」

「誰がアンタなんかと。甘く見ないでよね。」


 ぐぬぬ、見抜かれてる。恥ずかしい。

 私は、照れ隠しの代わりに、強気な言葉を彼にぶつけておいた。


 下駄箱を出た私達は、どんよりとした空に不信感を覚える。朝より、明らかに天気が悪くなっているからだ。


 耳を澄まさなくても、自然とザーザーと雨が降っている音が聞こえ、鉛色の雲が空一面を覆い尽くしていた。


 もともと今日は、傘を持って来なかったのは分かっている。間違いなく、鞄の中には、折りたたみ傘は、はいっていない。それなのに、私はわざとらしく傘をごそごそと探そうとした。


「まじかあ。雨降っちゃったか….。今日急いで学校行ったから、あー困った、困った。」

「なに、アンタ。オレ様にアピールしてんの?」

「ええ!? 別に?」


 彼は、本当に私の心の中を読み取る。よほど、私は感情が顔に出やすいのだろうか。心臓がふわりと躍動感を覚え、鞄の中を探すスピードが遅くなり、それと同時に、冷や汗をかいた。


 そんな私の様子を見て、彼は首を傾げた。

 とぼけたような、無邪気な顔で。


「残念だな。オレもないぞ。アンタのとこから盗む訳にはいかないし。」

「えええ。嘘。どうしよう…。」


 パニックになる私を、彼は気に掛ける様子もなく、鞄を頭の上に持ち上げた。私の許可もなく、大雨の中、走り出す。


「道案内、するんだろ。」

「あ! 待って!」


 彼は本当に走るのが速い。私自身、中高と運動部に所属しており、走るのはそんなに苦手ではない。しかし、彼の運動神経は異次元級で、後を追いかけても、距離が離れるばかりだった。


 土砂降りの雨。時間が経つほど、どんどん暗い闇になっていく。視界がぼやけ、思わず、大きな水たまりを勢いよく踏んでしまう。


 靴下が少しずつ、湿り始めて不快感を覚える。

 彼は、私の家のルートが分からないくせに、私を置いて、先を走ってしまう。彼が前にいることを信じるしかない。


「アンタ、運動神経鈍い? 遅いんだけど。」


 声が近くなる。


 顔を上げると、目の前にリュシアンがいた。


 濡れた前髪が額に張りついて、頬を伝う雨粒が光っている。

 その姿に、思わず息をのむ。なにか、叫びたくなるほどに。

 いやいや、私ってば、なに惚れそうになってんの。


 こいつは、私に信じられないくらいの悪口を吐く、最低な男なんだから。


「リュシアンが速すぎるだけでしょ! ちょっとは合わせてよね!」

「合わせるわけないだろ。アンタが合わせろ。」


 すると、彼は私の手を取り、マッハ級で走り出した。

 彼の背中は広くて、大きくて。雨に濡れたワイシャツが、余計に彼の色気を漂わせる。


 もう、なんで。なんでなのよ。


 初めて、男の人と手を繋いだかもしれない。


 大きくて、指先1本1本、ゴツゴツしてて。


 こんなことで心がぐらぐらするなんて、悔しい。


 もう、私ってば、今日直接会ったばかりなのに、悔しい。私ばっかり、喜んだり、悲しんだり、感情がジェットコースターみたい。


 リュシアンは、こんなこと慣れっこなんだろうな。なんだか、乙女ゲーム内でも、女性をエスコートするシーンもあったから、余計に悲しい。


「ここか? ここを左だな?」

「あ…うん!」


 私の声は、雨音にかき消されそうだったけれど、それでも、彼には届いたようだった。


 手のぬくもりも、呼吸の荒さも、全部雨の中に溶けていく気がして、胸がいっぱいになる。


 認めたくないけど、彼のことで、頭がいっぱいだった。この悔しい感情も、雨と一緒に流して欲しいくらいに。


 私は、少し遅れて、大きく頷いた。


頻繁に投稿できるように、頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
リュシアン、モテモテですな。 まあ当然と言えば当然か。 そして良い感じにツンデレしてるところが良いです。
Xの方から伺わせていただきました。 ここまで読んだ印象として、とにかく細けえ話は脇に置いといて物語をゴリゴリと進めていくみたいな独特のノリを感じます。 主人公がちょっとイタい感じのあるオタクっぽさがあ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ