第4話 『転校生と私の昼休み戦争』
今回は短めです。
昼休みになった。生徒達は、購買に行くもの、学食に行くモノ、お弁当を広げ、黙食しているものなど、皆、それぞれの過ごし方で時間を楽しんでいる。
私は、無意識にリュシアンの方を見つめる。あんな、あんなイケメンが、今日から私と一つ屋根の下で同棲生活だなんて。
今日1日、彼のことが頭から離れなかった。現代文の授業も、数学の授業も、化学の実験の授業も。彼がいるだけで、周囲の雑音すらも消えてしまうような気がしていた。
彼は文字の読み書きができない。近くに座っている女子生徒が、頑張って文字を教えているのが遠くからみえ、彼女は頬を赤らめながら、嬉しそうに小声で彼に教えていた。リュシアンも興味深そうに話を聞いている様子で、周りの生徒達も、少しでも彼の役に立とうと、言語について教えているのが見えた。
これで、お世話係が私だったら、こんな興味津々に話を聞いてくれないだろう。『アンタに教わる筋合いはない。オレ様は天才だから、自分でやる。』とかいいそう。
一応、学校側には、『フランスからきた』となっている。どうやら、『リュシアン』という名前は、フランス語で『Lucien』と書くらしく、フランス語で「光」や「輝く」という意味が込められているらしい。確かに、教室内で彼から放たれるオーラが、他の誰よりもまばゆい気がする。
「桃香―。聞いてる?」
振り返ると、莉々が私の隣の席でにっこりと笑っている。目を細めて、真剣に話しかけてくる。莉々の目元には、少しだけラメが光っていて、朝とは違う雰囲気なのがわかった。きっと、私がいない間、化粧直しでもしてたのだろう。
「わ! なに、莉々。驚かせないでよ。」
「さっきからずっと呼んでたよ。ずっと、上の空だったから。なに、あのイケメン?」
「違う! ただ、変わったひとだなあって。」
「違くないじゃん。まあいいや。私、今日彼氏とお昼行くから。よろしく。」
「ええ!? 聞いてないよ。」
「聞いて無くない。先週言ったはず。ほんと、人の話聞かないよね。」
「そんなことないもん。やだ、1人になっちゃう。私も行く。」
「却下。じゃあ、また5限にね。」
莉々の手に無理矢理しがみつくと、彼女は当然のごとく私の手を振り払う。
彼女の姿が、教室を出ていくのを見送り、私はため息をついた。急に頭の中が真っ白になる。
嘘。どうしよう。今日お昼1人だ。莉々以外、特別仲がいい人がいない。困った。
このままじゃ、リュシアンに、ぼっちでご飯食べていることがばれてしまう。
と、とりあえず落ち着こう。今日は遅刻ギリギリだったから、お弁当作ってないし、購買でパンでも買いに行こうかな。
私は売り切れる前に、急いで購買売り場にむかった。
少し、行く時間を間違えてしまっただろうか。売り場には人だかりができ、背の低い私は、何が売り切れて何が残っているのかも見えなかった。
財布を握りしめる力が強くなる。朝は、食パン1枚だし、これで何も食べれなかったら、本格的に倒れてしまう。なんとしてでも、奪わないと。
小柄なことを生かして、私は、人混みの隙間を怒られない程度に、すり抜けた。
「本日の日替わりパンは、サーモンとクリームチーズのクロワッサンですー! さあ、買った買った!」
購買のおばちゃんのかけ声が徐々に近くなる。活気のある声が、売り場を埋め尽くす。私の背後で、客たちのざわめきが少しずつ静まり、次第にその声だけが響き渡ってきた。
今日は、クロワッサン。しかも、チーズ入り。これは買わないと女が廃る。
私は、勢いよく短い腕を伸ばし、なんとかして、プラスチックの袋の感覚を手で確かめようとする。
まだまだあるようだ、よかった。
日替わりパン以外に、私はコロッケパンと、抹茶あんぱん、黒トリュフとチーズのフランスパン、ベリーのタルト風パンなど、その他5種類も購入。今日はいろんな事がありすぎて、お腹がすいてしまった。お腹をさっさと満たさなければ。
廊下で、彼を見つけた。そう、リュシアンである。今日は1日中彼のことを考えていたため、そこに存在しているだけで胸が高鳴る。どうやら一人のようだった。周りに人だかりができている様子もない。
彼の側に行こうと、足が自然に彼の方向へ向き、走り出そうとしている。
べ、別に、一緒に食べたいとかじゃないし。ただ、今日転校してきたばかりだし、お昼の買い方も分からないだろうから。今日だけ、特別。変な意味じゃないし。
今日買った『黒トリュフとチーズのフランスパン』。なんだか、これをみたら、ついつい彼のことを思い出して、購入してしまった。これなら、彼も気に入ってくれると思ったから。
きっと、庶民味は嫌うでしょう。何てたって、お坊ちゃまなんだから。
「あ! いたいた! リュシアンくん! うちらと一緒にお昼ご飯たべよ!」
げ。うちのクラスの陽キャ集団。いつからそこに。
私は何事もなかったかのように、フランスパンの持つ手を後ろに隠す、彼目当てだと思われないように、ふらふら歩きながら、財布を確認する。
「嬉しい! ありがとう! でも、オレ、お昼まだなくて…。」
リュシアンが少し照れたように、困った顔を見せた。彼の目がほんの少し見開かれて、長い睫毛が揺れる。何気ない仕草の中にも、どこか上品で気品が漂っている。
その顔を見て、陽キャ女子たちが目をキラキラと輝かせ、軽く彼の肩を叩いた。
「いいのいいの! 丁度今日さ、5人でタコパしようって決めてて、リュシアンも一緒に混ざってよ!」
「へえ、タコパ?」
「そうそう! ほら、早く早く!」
彼は陽キャ女子にされるがママに、教室に連行された。
陽キャ女子の1人が、リュシアンに嬉しそうに教えていた。その彼女もまた、リュシアンの視線を受けると、顔を赤くしながらも、満面の笑みを浮かべていた。
そして、彼女らは、リュシアンに腕を絡ませて、引っ張るようにして教室内に誘っていく。
彼は、少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐにその手を払いのけることなく、穏やかな微笑みを浮かべて応じていた。
その仕草が、まるで上品な紳士のようで、周りの女子たちが思わず、彼の虜になっているかのように見えた。
そして、彼は、彼女たちの誘いを断る様子も見せず、ゆっくりと歩き出した。
その一部始終を目撃した私は、先ほどの自分の感情に何だか腹だたしくなり、廊下で、勢いよく、フランスパンの袋をぶち開けた。
あー! もう! 私、別にそんなんじゃないからね!
私が買ったパンの方が美味しいのに!
心の中で、グチグチ言いながら、パンを信じられないほどの大口で、かじりついた。
大口過ぎて、その場で咳き込んだ。
恥ずかしさで顔が熱くなる。でも、周りの生徒たちは無関心そうで、私だけが浮いてるような気がして、余計に腹立たしくなった。