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第27話  『私は君が好きで、君は……』

神回なので、ぜひご覧下さい。

 夜が明けた。


 昨日の夜のぬくもりがはっきりと残っている。


 私は喉が渇いたので、少し早めに目覚めてしまった。




 隣を見ると、彼の姿がない。




 もう起きてるのかな。

 リュシアンってば早起きだな。


 昨日の出来事を思い出しては、ニヤニヤが止まらない。

 夢だったんじゃないかと、錯覚するくらいに。


 奪われた唇を、何度も、何度も触った。



 私はリビングへ向かう。



 しかし、彼の姿がいない。


 トイレにでも行ったのだろう。



「リュシアンー? いるんでしょー?」





 いない。





 家中、どこにも。


 血の気がサーっと引く。





 まさか…。



 嫌な予感がする。




 そして、机の上にぽつんと置いてある封筒を目にする。


 表には、『アンタへ』と書いてあった。


 頭が真っ白になる。


 彼は、字がかけかった。


 不格好な字だけど、これは、確かに彼の字だった。




 手が震えて、上手く開けられない。





 長々と書いてある文章をみて、私は思わず口を押さえた。










『拝啓、アンタへ


 急にこんな形になってすまない。

 どうか、オレを許してほしい。

 これしかないと思ったんだ。


 ニホンゴっていうやつは、やっぱり難しいな。平仮名も、カタカナも、漢字も、全部使わないといけない。この世界のやつら、みんなマスターしてるのか?


 言葉が変かもしれないが、オレなりに描いたから、読めよ。


 懐かしいな。今日で、アンタの世界に来て半年が経つんだぜ。

 この世界は、オレにとっておかしいことだらけで、毎日が探索だった。


 変な廃墟はあるし、下落庶民だらけだし、歩きってやつで学園に行く。


 全部が新しいことの連続で、刺激的な毎日だった。


 アンタは、本当にうるさいやつだったな。服を脱げば叫ぶし、オレ様がなにか言うだけで反抗してくる。 ほんと、ガキかよ。


 毎日、手料理とか家の仕事とかなんやらで任せっきりだったな。今思えば、オレも何かやっておけばよかった。おもろそうだったし。


 オレさ、よく寝る前になんでアンタにところに来たのか考えてた。他のヤツらでもいいだろって。なんで、アンタなんだろうって。





 言いたいことがある。




 ここの世界に来る前までは、たしかに桃香のことが好きだった。でも、アンタも『宮桃香』なんだよな。


 いつか言ってたよな? オレがいるゲームっていうやつは、自分で選択肢を選んだり、デートに誘ったりして、恋人になるって。



 だから、オレのいる世界でも、アンタはたしかに存在してたのかもしれないって。



 見た目は違うけど、中身は一緒なんじゃねえかって。



 そう思ったら、オレは、最初から二次元のアンタが好きじゃなくて、アンタっていう存在に惚れていたのかもな。


 うるせえし、すぐ泣くけど、一直線で、人の悪口を絶対言わない、そんな姿に。


 オレは、父上も母上も仕事熱心で、オレの後継ぎのことしか考えてなかったから、家にいても窮屈してた。寝て、休憩を取る場所くらいにしか思ってなかった。




 でも、アンタの家にいるようになってから、自然とそうは思わなくなった。

 毎日ご飯作ってくれて、洗濯物もやってくれて、時には言い合いもしたりして。



 楽しかったよな。



 気づいたら、オレは “帰るべき世界” のことを忘れてた。


 使命も、責任も、全部。


 アンタの隣にいるのが、当たり前になってた。




 でも、ダメなんだ。




 オレには、オレの世界がある。

 そこにしかできない役目がある。

 逃げるわけにはいかない。




 だから、オレは戻る。




 ほんとは、触れたかった。

 名前を呼ばれたかった。



 でも、それをしたら、きっと行けなくなる。

 ずっと、ここにいてしまう。

 だから、アンタが寝てる間に出ることにした。



 最低だよな。





 体育祭、来てくれてありがとな。

 教室で2人で踊ったの、一生忘れない。

 もう一度、あの時に戻りてえよ。




 アンタとだったから、全部が特別だった。







 桃香。







 俺は、桃香が好きだ。


 どうにもできないくらいに愛している。


 どうか、オレの分まで幸せになってくれ。






 約束だぞ?





 じゃあな。


 


リュシアン・アーチャー』




 読むたびに、文字がにじんで見えなくなる。

 涙がポタポタと紙に落ちた。


 


 紙を持つ手が震える。


 自分が、自分でなくなる気がした。



「うそ……うそ、でしょ……」



 言葉にならない嗚咽が、喉の奥からあふれ出す。

 床に膝をついて、ただ、手紙を胸に抱きしめた。





 もういない。


 もう、隣で笑ってくれない。


 もう、振り返ってくれない。


 意地悪も、何気ない会話もできない。




 家に帰ったら、リュシアンがいるのが当たり前になっていた。



 夢みたいな日々だった。



 リュシアンがいた世界が、どれだけ特別だったか、いまさら知るなんて。


 別れは、突然やってくる。


 感情がぐちゃぐちゃになって、もう何をどうしたらいいのか分からなくなって。


 壊れた。

 理性を失った生き物のように。


 ただ、本能のままに。






「あああああああああああああああああ!!!!!」







 叫んでも、叫んでも、収まらない胸の苦痛。


 その度に、リュシアンの表情がフラッシュバックされる。


 ムッとした顔。


 ニヤリと笑った顔。


 驚いた顔。


 全てがパノラマみたいに浮かんできて、私は更に苦しくなった。


 会いたい。


 声が聞きたい。


 触れたい。



 リュシアンのそばにいたい…。




 そう思った瞬間、私は居ても立ってもいられなくなって、家を飛び出していた。

 玄関の鍵を閉めることすら、忘れていた。


 行き先は——もちろん、あの『陽結の鳥居』。




 この世界の太陽と、異世界の太陽が、一瞬だけ重なるという、奇跡の鳥居。

 きっと、そこへ行けば何かが変わる。会える。

 そう信じるしかなかった。


 あの鳥居が、私達をもう一度出会わせてくれる…。




 最後の手段だった。




 でも、足が思うように前に出てくれない。

 もっと速く、もっと速く、と心が叫んでいるのに、足は重く、もつれて、うまく回転しない。




「はぁっ……! はぁっ……!」




 荒れた息を必死に吸っては吐き、肺が焼けるように熱い。

 胃の奥がぎゅうっと締めつけられて、吐き気が込み上げる。

 酸っぱいものが喉を上がってきて、私は口元を手で押さえた。




 それでも止まらない。止まれない。




 虫の鳴き声も、風の音も、全部遠くに消えていく。

 聞こえるのは、自分の足音と、激しく打ち鳴らされる鼓動だけ。


 胸が痛い。呼吸が苦しい。




 けど、それでも、リュシアンに会いたい。

 この世界に戻ってきてって、ただ、それだけを伝えたい。




 自分がどうなったっていい。

 倒れたって、吐いたって、壊れたって——




 リュシアンがここにいてくれれば、それでいい。

 私は、ただひたすらに、ひたすらに、走り、再び会えることを願い続けた____。



 100段まで続く鳥居までの道を、私は、1段飛ばしで素早く駆け抜ける。





 朝日が綺麗だ。


 目覚める時間。


 大事な人に、『おはよう。』と言える時間。


 朝ごはんが食べれる時間。


 新しい日の訪れ。


 一歩、踏み出す時。


 それなのに、、、


 私は、リュシアンがいないと…一歩も踏み出せないよ…。




 頂上まで登っても、彼は、いない。





 頭が真っ白になって、何も考えられない。 ただ、両手で砂利を強く握って、指の隙間から涙がこぼれ落ちるのを見つめた。



 悔しくて、苦しくて、


 無能な自分がものすごく情けなかった。




「ぅゔゔっっっ………!!! ……あ゛あ゛あ゛………!!!」



 その場で、地面を強く叩いた。






「戻ってきてよ!!!!  リ゛ュ゙シ゛ア゛ン゛!!!!!」




 私は、強く、強く、願い続けた。


次回で完結です。

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