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第26話  『君と交わる夜』

 夢のような体育祭が終わった。



 4組は、なんと学年準優勝を獲得した。


 放課後は、近所の飲食店を予約し、打ち上げをした。


 クラスの人に、散々私たちのことを聞かれた。『綱引きのとき、なんで宮さんだけいなかったの?』と。


 リュシアンに対しては、多くの女子生徒が、『ダンスは誰と踊ったの?』としつこく言われていた。



 私達は、きごちなさそうにヘラヘラ笑う。

 誰もいない涼しい教室で踊ったのは、2人だけの秘密。





 こうして、私たちだけの秘密がまた、増えていく。









 その日の夜。


 私達は、何も喋らず、家に2人きり。


 時計の秒針の音だけが、チク、チクと鳴り響く。


 お風呂上がったし、洗濯機も回したし、歯も磨いた。


 ……あとは、寝るだけ。


 そんなこと、いつものルーティンなはずなはずなのに、なぜか心臓がドキドキと鳴り響く。


 彼も、何も話さない。


 ソファーで、どこか別の方向を見つめながら、なにか考え事をしているようだった。


 私から声をかけたほうがいいのかわからなくて、時々チラッと彼の方向を見つめる。





「そろそろ……寝る、?」





 緊張が走る中、とうとう我慢ができなくなり、私は口を開く。


「そうだな。今日はもう疲れたし。」





 ドキン、ドキン。





 私は、彼のこのあとの行動をじっと見つめる。


 何かかが起こるわけじゃない。そんなのは分かっている。




 だけど、ずっと胸の鼓動が早い。




 彼は、そっとソファーから立ち上がり、寝室に向かおうとしていた。


 そして、私に背を向け、そっと呟く。


「……来い。」



 たったそれだけの言葉なのに、耳に残る声が、やけに優しく聞こえた。



 緊張で、息が浅くなる。


 声がうまく出なくて、私は小さくうなずいた。





 彼の背中を見つめながら、そっと足を動かす。





 静かな夜。歩くたびに床がきしんで、音がやけに耳についた。


 恥ずかしくて、顔を上げられない。



 今夜、初めて彼と同じ場所で眠る。

 私にとっては、世界でいちばん特別なことだった。


 夜空に浮かぶ月が、私達を照らしているようだった。







 だって、夜は、これからだから_____。







 彼の部屋に誘導され、私は言われるがままに、ベットに座り込む。

 バタンと、ドアを閉める音に、私はドキッとする。





 元は父親の部屋のはずなのに、なぜだろう。


 妙に緊張して、匂いも、置いてあるものも、置かれている本や小物、布団の折り目、ちょっとした乱れすら、彼の存在を感じさせる。


 ここで、彼が毎日の夜を過ごしていると思うと、もっとドキドキした。


「電気、消すぞ。」

「…へ? あ、あ、うん。」


 スイッチが落とされ、部屋が一気に静寂に包まれた。

 暗闇に慣れない視界の中、私はひときわ彼の存在を強く感じた。



「緊張しすぎだろ。たかが一緒に寝るくらいで。」


 声が震える。


「うるさい。だって……初めてだから。好きな男の人と、一緒に寝るの。」

「…緊張するのも、当然でしょ。」


 自分で言っておいて、顔から火が出そうだった。


 胸がドクドクと脈打って、息が浅くなる。




 すると、彼の手がふいに頬へ触れた。


 優しい指先。だけど、内側がじんっと熱を帯びてく。




「顔に出やすいんだな。分かりやすいヤツ。」



 小さく笑う声が、やけに近くて、心臓が跳ねる。


 息が触れそうな距離。彼の体温が、こんなにも近いなんて。




「……もっとくっつけ。もっとだ。」




 彼は、私の耳元でそう囁く。


 吐息が耳にかかって、背中がゾクッとした。


 いつもとは違う、甘く、低い声。


 背中を優しく触られ、私は更に彼の存在を強く意識する。



 布団が擦れる音、2人の息の音。



 鼓動がうるさくて、呼吸すらうまくできない。



 ゆっくり、恐る恐る身体を寄せた。

 布団の中、肩が触れて、次に腕、そして足を絡ませる。




 私は、彼の顔をチラッと見つめる。




 目が暗闇に大分慣れてきたため、顔がうっすらと映った。




 ノーセットの姿のリュシアン。


 私だけが見れる特権。


 私だけに見せる顔。


 もっと、彼のことを独占したくなる。





「………何チラチラ見てんだ。」




 目が合い、私は、思わずはっとして逸らす。



「別にいいでしょっ。」


「……見たきゃ見ろよ。 オレ様の美貌をもっと焼き付けておけ。」




 相変わらずオレ様口調の彼。




 でも、今は、そんな一面全てが愛おしいから______。




「うんっ……。」




 私は小さくうなずくと、そっと身体を寄せる。


 シーツがかさっと鳴り、彼の体温が、距離を詰めるごとに濃くなる。


 お互いの呼吸が、ぴたりと重なった。




 目が合う。


 一瞬、空気が変わった。


 彼の顔が、そっと近づいてくる。


 視界が、彼だけで埋まっていく。



 言葉も、音も、もういらない。



 そして、柔らかく、唇を重ねる。




 ほんの一瞬なのに、世界が止まったみたいだった。

 体中の感覚が、彼の存在だけに集中して、なにもかもが熱を帯びていく。




 離れたくない。

 ずっとこのまま、彼の傍にいたい――そう願わずにはいられなかった。

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