第25話 『私と踊ってよ。』
私は、入場門への方へと急ぐ。
行かなきゃ。
今すぐに。
グラウンドの白線が、足元をかすめ、風が頬をなでていく。
遠くから音楽とアナウンスの音が混ざり合って、耳にざわざわと入り込む。
焦る心だけが、どんどん前のめりになっていた。
入場門付近にいくと、体育祭前日練習の並びとは全く違くなっていた。
みんな、それぞれ踊りたい人と隣同士にいる。ハチマキの色はすごくカラフルだ。
こういうときだけ並ぶのが速い。
私は遅れてきたので、居場所がなくなっていた。
入場を知らせる曲とアナウンスが鳴り響く。
『午後の部、トップバッターは、2年生学年パフォーマンスです!!! 今年のダンスは…』
そのアナウンスの声と同時に、私達は入場門から走り出す。
中には、今から手を繋いでいる男女ペアもいて、2人だけの世界に入っている人もいた。
リュシアンはもう、松城さんとペアを組んだのかな。
さっき会ったとき、ペアのこと聞けば良かった。
しかし、彼の姿がどこにもいない。
髪の色が白色だから、どこにいても目立つはずなのに。
どうして。どこに行っちゃったの…?
ほとんどの生徒が、皆、立ち位置につき、踊りを構えている。
「宮!!!」
振り向くと、野々木くんの姿があった。
彼は、私に向かって走ってきていて、肩で大きく息をしている。
「やっと見つけた…。 あそこら辺、空いてるから行こうぜ!」
いつものようにヘラヘラ笑っている。
彼に手を取られ、思う方向へ引っ張られた。
しかし、私はその手を振り払った。
「…宮?」
心配そうに眉を八の字にする彼に、私は後ろめたさがあった。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
野々木くんはいい人。優しい人。私が一度好きになった人。
でも今は——
前に橋元くんが言っていたことを思い出す。
『変にいい人ぶって、後悔するのは自分だよ。』
私の答えはもう、とっくに決まっていた。
ううん。
彼がこの世界にきた、『あの日』から______。
私は、野々木くんの顔をじっと見つめる。
「野々木くん。 私、野々木くんとは踊れない。」
沈黙が流れる。
周囲では明るい音楽が流れて、みんなが笑っているのに。
私たちのまわりだけ、時間が止まっているみたいだった。
「え……どうして?」
「リュシアンが好き。 リュシアンと踊りたいの。」
彼はしばらく黙り込んで、微笑みながらこう言った。
「……そっ…か。わかった。」
すごく申し訳なかった。
私が、彼の立場だったら絶対に、絶対に許せなかったと思う。
そして、彼はすこし、何かを考えてから口を開く。
「行ってきなよ。」
「え?」
「俺、校舎内にいたのさっき見たから。校庭にはいないんじゃん?」
「ありがとう!!! 私、行くね!!!」
私は、くるっと背を向けて走り出す。
胸の奥が熱い。風を切るたび、心臓の音が大きくなっていく。
探さなきゃ。
絶対、見つけ出すんだ。
だって——
この想いは、ずっと走り続けてるんだから。
私は、校舎を駆け抜けた。
靴音が廊下に響く。
教室、階段、誰もいない空間をすれ違いながら、呼吸がどんどん荒くなっていく。
額には汗。だけど、校舎の中はクーラーが効いていて、汗は冷たくなって肌に張りついていた。
——そして、ついに。
いた。
彼は、2年4組の教室で、自分の席に座っていた。
頬杖をついて、窓の外をぼんやりと眺めている。
白い髪がふわりとなびいていた。
「リュシアン!!!!」
私は息を飲み、声を張り上げた。
彼が、ゆっくりとこちらを振り向く。
「…ダンス、踊らないの? 誰かと約束は?」
「断った。」
その言葉に嬉しくなる。
ほっとして、でもどこか切ない。
「ど…どうして!」
「興味ないし。あーゆーの。女子って好きだよな。 オレにはよく分からん。」
彼は、どこか遠くを見つめたまま、ポツリと呟いた。
「そっか…。」
この距離が、どうしようもなくもどかしい。
私の想いは、まだ届いてない。
「アンタこそ、なんで?」
「…探しに来たの。」
「野々木ってやつのことか? それなら、校庭に_____。」
「ちがう!!!! 」
私は息を吸い込んで、声を張った。
胸の奥から、言葉があふれ出して止まらなかった。
「リュシアンを探してたの!!!! 私が踊りたいのは、リュシアンだからっ_____!」
彼の目が、静かに私をとらえた。
今まで見たことないような、まっすぐなまなざし。
「…私と踊ってよ。」
一瞬、教室の空気が止まった気がした。
窓の外では、まだ午後の太陽が校庭を照らしているのに、ここだけ別の時間が流れている。
「アンタ、オレのこと好きなのか?」
「好きに決まってるじゃない!」
言葉が震えても、目は逸らさなかった。
今にも泣きそうで、感情が溢れ出そうで、胸が苦しい。
逃げたくない。もう、自分に嘘はつきたくないよ。
「私はリュシアンが好き……。 もう、他の誰かなんて考えられない。」
そういうと、彼は黙って私の手を取った。
「!!」
その手は、思ったよりもあたたかくて、しっかりしていて。
体温がゆっくり伝わってくる。
それだけで、胸がぎゅっとなった。
「ここの振り付け、こうだったか?」
「う、うん…。」
私は、あふれる涙をこらえるのに必死だった。戸惑いと嬉しさが、胸の奥でぶつかって、言葉にならなかった。
リュシアンは、私の方を見つめたまま、もう片方の手を静かに動かす。
ぎこちないけど、それはたしかにダンスの振りだった。
午後の光が窓から差し込んで、床に長く影を落としている。
その中で、私たちはたった2人きり。教室という舞台の、たった1組のペア。
校庭から聞こえてくる音のこもった音楽を頼りに、私達はゆっくりと足を前に出したり、1回転したりと2人だけの時間を噛み締めた。
カーテンの向こうの校庭では、歓声が遠くにこもって聞こえた。
静まり返った教室が、今だけは誰にも邪魔されないステージになった。
目を合わせながら、ゆっくりと足を踏み出す。
一歩、一回転。拍手や歓声もないけれど、心が踊っていた。
胸の奥で、『好き』が何度もこだまして、全身にあたたかく広がっていく。
踊り終わったあと、教室にしんと静けさが戻る。
私たちは向かい合ったまま、どちらからともなく手を離す。
名残惜しさが、指先にまだ残っていた。
「……そろそろ綱引きだ。私、行かないと。」
私は少し息を整えながら、軽く笑って立ち上がる。
行きたくないな。本当は。
リュシアンともっとこの時間を噛み締めたい。
私は、彼の顔をじっと見つめる。
そして、手を強く握られた。
「……行くな。」
彼からもう離れられない。
私はその言葉を聞いて、思わずニヤけてしまう。
「オレ様の隣にいろ。終わるまで。」
その瞳は、からかってるわけじゃなかった。真剣で、私の胸をさらにときめかせる。
知れば知るほど、リュシアンのことがもっと好きになる。
冷たい言葉の奥にある優しさも、
ふいに見せる照れた顔も、
今みたいに、素直に引き止めてくれるその手も——全部。
私は、彼の手を優しく握り返した。
そろそろ終わります




