第24話 『運命を決める体育祭』
個人的に、こういう青春ものが凄く好きです。
スイスイ描けて、楽しかったです。
『これより、第43回水尾高校体育祭を開催します。』
そして、ついに体育祭当日となった。
スピーカーから開会のアナウンスが響き渡り、去年よりも一段と緊張感が増す。
私達は4組のため、ハチマキの色は黄色である。全部で8クラスあるのだが、赤、青、緑、紫、オレンジ、ピンク、白がある。
生暖かい風が、ハチマキの垂れをゆらゆらと揺れる。
開会式は背の順なため、私は1番前にいる。そのため、リュシアンの姿は見られなかった。
そして、私が出場する種目は、玉入れ・全員リレー・そして、学年パフォーマンスだ。
個人種目である綱引きは、他に100メートル走・玉入れがある。
リュシアンと野々木くん、そして莉々は、100メートル走、橋元くんは私と同じ綱引きに出場するようだった。
みんな、それぞれの場所で活躍するからきちんと見ておかないと。
校庭のざわめきの中、それぞれの選手たちが準備を始める。
太陽がじりじりと照りつけ、周囲からは応援の声が遠く聞こえてきた。
『続いては、2年男子100メートル走です。出場者は、入場門付近に集まってください。』
私は、そのアナウンスに思わず息をのむ。
リュシアンと野々木くん。
心臓が跳ねる。目の前がざわざわして、気持ちだけが先走った。
「あっ、次うちらの学年じゃん! 見よ!」
「う、うん!」
莉々の言葉に、内心私は、すごくソワソワしていた。
「きゃーーー!!!! リュシアンだ!!」
そして、リュシアンの走る番が来た。
まるでスターでも現れたかのような歓声。
リュシアンが登場すると、同じクラスの女子はもちろん、他のクラス、さらには学年が違う子たちまで、みんな彼に夢中だった。
彼は、流れる汗を手の甲でぬぐい、額にかかる前髪をさりげなくかき上げた。
太陽の光を受けたその姿は、まるで光をまとった王子様みたいで、思わず、息をのんでしまう。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
かっこいいとか、きれいとか、そんな言葉じゃ足りない。
そして、彼はスタートラインに立ち、軽く深呼吸をしているようだった。
あわよくば、私のことに気づいて目が合わないかな。
なんて、あるはずもないことを期待してしまう。
「宮ーー!! オッス!!!!」
その時、私を呼ぶ声が聞こえた。
緑のハチマキをつけた野々木くんだった。彼は、握り拳を私に見せる。いつもの満面な笑みで。
よく見ると、リュシアンの隣は、野々木くんなようだった。
大声で名前を呼ぶから、咄嗟に恥ずかしくなって、軽く手を振り返す。
その声がよほど大きかったのか、リュシアンも、私のほうをちらっと見つめていた。
「ウェ〜イ。桃香ってばやるぅ。」
莉々に軽く肘で突っつかれて、なんだか焦れったい。
「ちょっとやめてってば、莉々。」
「少し前までは、野々木に振られたとか言ってたくせに。勘違いじゃん。」
「早とちりだったみたい。でも今は…」
私は、スタートラインに立つ彼の姿から、目を離せなくなっていた。
世界が、リュシアンしかいなくなったみたい。彼だけに、スポットライトが照らされていた。
リュシアン……勝って……。
『バンッ!!!!』
スタートを知らせるピストルの音が、校庭中に鳴り響く。空に響いた乾いた音と同時に、風が走った。
「きゃーーー!! リュシアンかっこいい〜!!」
「速い〜!! イケメンすぎ!!」
私が声をかけようとしたその言葉は、周りの歓声にあっさりと飲み込まれた。
整った横顔に、まっすぐ前だけを見る鋭い視線。
軽やかに伸びた脚が、地面を蹴るたび風をまとうみたいに、彼の全身が光を切り裂いていく。
スピードも、空気も、なにもかもが『普通』じゃなかった。
その背中を、私はただ夢中で、目で追っていた。
「ちょっと桃香!! 野々木! 野々木見てよ!!」
興奮する莉々に、肩を強く叩かれ、私は彼の姿を探す。
信じられない速さで駆けてくる。まるで足が地面を蹴るたびに、空気ごと引き裂いていくようだった。
気がつけば、彼とリュシアンとの距離も、ピッタリと並んでいた。
「あんなに速かったっけ? リュシアンとの距離、近くない?」
彼女が声を上げる。
心臓がドクンと跳ねた。
想像もしなかった展開に、心がざわつく。
気づけば私は、拳をぎゅっと握りしめていた。
勝って……。お願い。
「リュシアン!!!! 負けんなぁぁぁぁぁああ!!!!」
私は、黄色い声援に負けないくらいの大声をあげた。
もう、周りの視線なんてどうだって良かった。私の心は、彼だけを追いかけていたから。
彼はその声に気づいたのか、見事1位でゴール!
私達黄団は、更に歓声をあげた。
「やったあ!! リュシアン1位だよ!! ねえ! 莉々!!」
私は、ぴょんぴょんその場で飛び跳ねながら、彼女の手を握る。
彼女は、なんだか落ちいてるみたい。
くすっと笑いながら、私を見つめた。
「ほんと好きだね。恋超えて愛って感じ。」
「あ、愛!?」
私は思わず、先ほどまでの行動を振り返る。
そういえば、人の目を気にしないで堂々としたのって、初めてかもしれない。
私ってばいつの間に……。
「ほら、王子様がおかえりみたいだよ。」
彼女の声に、私は、テントに戻ってくるリュシアンを見つめていた。
滴る汗。
みんなの期待を裏切らない、クラスのヒーロー。
彼の姿を見つけたクラスメイトは、一瞬で周りを囲んでいた。
人でごった返してしまい、私の居場所はもちろんなし。少し遅かったのかもしれない。
「あはは。みんなありがとう。」
たくさんの生徒に声援や差し入れをもらったようで、彼は申し訳なさそうに笑っていた。
その笑顔は、たくさんの人のもので、私だけのものじゃない。
少しだけ胸がチクリと痛んだ。
午前の部がすべて終わり、今はお昼休憩。これが終わったら…
想像するだけで、目が泳ぐ。
私は、得点係。そのため、この時間に得点板を変えにいかないといけないのだ。
グラウンドの隅。
他の生徒はテントや食事場所へ移動していて、ここだけぽっかりと時間が止まったように静かだった。
「…アンタ、大声出すとあんな声なのな。すっげーうるせえ。」
すると、背後から、リュシアンの声がして、ビクッとなる。
学校で、彼から話しかけてくれたことがあまりなかったので、嬉しくなる。
それに、周りに人がいないところで。
なんだか、特別扱いされているようで舞い上がりそうになった。
「は、はぁ!? 人がせっかく応援したのに…。」
嬉しくてしょうがないのに、また強い言葉をかけてしまう。
私ってば、本当に不器用。
でも、こんなお昼時間に、どうして私のところに…。
…って! また、勘違いしそうになってる!
「!!」
すると、彼が私の頭を優しく叩いた。
距離が、一瞬だけ近くなって、鼓動が速まる。
「サンキュな。オレ様がその応援、受け取ってやった。」
びっくりして、彼と目が合う。
ニヤリと笑う表情に、私もまた笑みを隠せなかった。
もう抑えられない。
彼を想う恋のスピードは。
私はテントへ帰っていく姿を、ただゆっくりと、遠くから見つめていた。
『これより、午後の部を始めます。2年生学年パフォーマンスに出場する選手は、入場門付近に集まってください。』
そして、お昼休憩が終わり、校庭にアナウンスがなり響く。
私は、得点板の下で、ゆっくりと立ち上がった。
頭を撫でたリュシアンの手の余韻が、まだ髪の先に残っているようで。
心臓の鼓動だけが、さっきから止まらない。
空を見上げると、まぶしい光が差し込んで、まるでこの先に何かを照らしているようだった。
午後の部が、始まる。
みんなの視線が集まるあの場所へ、今から向かうんだ。
私は、もう、決めたから。
絶対迷わない。
クライマックスまで、そろそろです。




