第22話 『異世界へ繋がる鳥居』
あと2ヶ月以内に完結します。
ヒグラシの鳴き声が、遠くから波のように鳴り響いてる。
悲しいのか、悔しいのか、腹立たしいのか、気持ちがわからなくなっていた。胸がはち切れそうだ。
心がいっぱいいっぱいになったとき、私は幼い頃から、『あの場所』に行く。
ここだけは、私を落ち着かせてくれるから。
夕焼け色に染まりはじめた坂道は、長く、どこまでも続いているように見える。
石段は全部で100段。数えながら登った回数は、きっと両手じゃ足りない。
母が生きていた頃、一緒に歩いた道。
よく段数を一緒に数えながら登ったっけ。
私は、一段一段を噛みしめるように登った。
「はぁっ…はあっ…。」
ついた…。
地元での有名観光スポット、『陽結の鳥居』。
太陽と太陽と結ぶという言葉が由来らしい。
夕陽に照らされて、真っ赤に染まるその姿は、まるで世界を繋ぐ扉のようだった。
私がずっと大切にしてきた場所。
ここだけは、どんなときでも変わらない。
振り返ると、地平線に沈みかけた太陽が、山の稜線を金色に照らしていた。
空は赤とオレンジと群青が滲むように混ざりあい、風は涼しく、肌をやさしくなでていく。
私はその光景に見とれながら、頬を濡らす涙を拭った。
ここは、いつ行っても綺麗だ。
私の涙さえ、強く光輝いている。
いつか、リュシアンに見せてあげたいな。
田舎で、なんにもないところだって思われてるかもしれないけど、こんなところもあるんだよって、伝えたいな…。
自然に、さっきの出来事を思い出す。
リュシアンの、驚いた顔。松城さんの、恋に落ちている表情。
そう思うと、また視界がぼやけて見えなくなってしまう。
私は、鳥居の近くにある説明書きを読んだ。
『陽結の鳥居。 紀元前、この鳥居は『奇跡の鳥居』と呼ばれた日本最古の鳥居です。ここは、異世界と現実世界が繋がる唯一の場所として、古くから親しまれてきました。』
私は、一文字一文字、彫られた文字をゆっくりとなぞる。
だから、リュシアンがここに来たら…。
本当はずっと知っていた。リュシアンがどうやったら異世界に帰れるか。
『ももちゃん。』
お母さんの優しい声。今でも、遠くから声が響いている気がする。
温かくて、柔らかい。いつも、私の小さな手を優しく握ってくれた。
階段を100段数えた後に見えた、初めての夕日は今でもはっきり覚えている。
私は、幼さなかったから、あまり体力がなかったけれど、お母さんがおんぶをしてくれたりして、よく連れて行ってくれたっけ。
『なあに? まま。』
私は母の背中越しから話しかける。おんぶをされながらだったから、肩からひょこっと顔を出す。
『ここは、お母さんが一番大好きな場所なの。ほら見て? 夕日がきれいでしょう。』
『ままぁ。疲れたよぉ。ももか、眠たい。』
『あらあら。ごめんね。階段多くて、疲れたよね。』
母は、軽く私の体を持ち上げ、また背中で揺らしてくれる。
そのたびに、胸の奥まであったかくなっていった。
『ここは、異世界とつながる鳥居と呼ばれてる、伝説の場所なのよ。 ももちゃん、この前、読み聞かせた絵本覚えてる?』
『うんっ。もしかして、お話の続き、教えてくれるの!?』
『ふふ。それは教えませーん。ももちゃんが続きを考えるって、話したでしょう?』
私は頬をふくらませる。
答えは、いつだって教えてくれなかった。
『ルイスとソフィアは、置かれている環境が違かったけど、恋に落ちた。』
『もし、この伝説が本当で、異世界から王子様が来たら…ももちゃんは、ソフィアみたいね。』
その横顔はいつだって綺麗で、夕日に照らされて、もっと輝いていた。
まるで、今ここにいてくれるかのように、鮮やかに思い出される。
「はっ!!!!」
夕日をぼーっと見ていたら、昔のことを思い出していたようだった。
光の速さで、現実に引き戻される。
もう、隣に母はいない。
ちっぽけな私が一人、いるだけ。
息が荒い。
涙が、また止まらなくなった。
なんで、今頃こんなことを思い出したんだろう。
私がソフィア…?
幼い頃に読み聞かせしてくれた絵本、『たった一つの君との約束』では、ソフィアがルイスに会いに行って…それで…
ちがう。
私は、ソフィアなんかじゃない。だって、何も行動できなかったんだから…。
私のお話の続きはなに?
これじゃあ、ルイスは婚約者と結婚しちゃうよ…。




