第20話 『オレはここにいる』
考えれば考えるほど、胸が痛い。
苦しい。
平常心を装おうとすると、余計に辛くなる。
「おい。」
震える唇を開こうとすると、遠くから低い声が鳴り響いた。
その声は、だんだんと近づいてくる。足元と共に。
白い髪のウルフカット、汗でキラリと光っている筋肉質の腕。
赤いルビーの瞳。
私の好きな人、リュシアンだった。
「リュシアン…なんで…。」
しかし、彼は、私の言うことを無視したのか、無理矢理腕を引っ張る。
「帰るぞ。腹減った。」
力強い腕力で、私の身体は彼が思う方向へ持っていかれる。
「アーチャーさん…。」
彼は、橋元くんに背を向け、ポツリと低い声でつぶやいた。
「…お前には関係のない話だ。ただの隣人にすぎない。深く関わる必要なんかないだろう。」
彼のルビーの瞳がキラリと光っていた。
まっすぐ、けど、鋭く橋元くんを見つめる目。
私は、彼を見て、少し怖くなった。
でも、胸がぎゅっと苦しくなる。
さっきとは違う種類の苦しさ。
「リュシアン!! リュシアンってば! 痛いよ!」
私は、彼が強く握る手を見つめる。
それにならって、彼が歩くのをやめた。
「う、腕…」
「…ああ。」
彼は、私の手から静かに離す。
「どうしたの。リュシアン。おかしいよ。今日。」
「おかしいのはどっちだよ!!!」
穏やかな空気の中、彼の声色で、雰囲気がガラリと変わる。
その声で、私の心臓もどきんと鳴り響いた。
「なんで…アンタが泣いてるんだよ。」
「ちがうの…。これは。」
私は、慌てて溢れていた涙を拭き取る。
複雑な感情が入り混じって、胸が痛い。
「ちがくないだろ。なんか言われたのかよ。あの野郎に。」
慌ててその感情を、唾でゴクリと飲み込んだ。
わざと、彼から目を逸らす。
「…リュシアンのこと、聞かれたの。橋元くんに。この世の人間じゃないって。」
私は、息を大きく吸い込む。
そして、空一面を見あげた。
雲一つない、まるで絵の具でグラデーションされたかのような夕暮れの空。
その鮮やかな色は、私の心を浄化させてくれるようだった。
「わかってるよ。私が一番がわかってるの。」
声が震える。
そして、私は、また唾を飲み込んだ。
彼の顔は見ない。そしたら、また苦しくなるから。
ただ、空の一点だけを見つめていた。
「そうなのは…知ってる。だけど、その事実を突きつけられたら、急に辛くてさ。」
声のトーンは明るい。
リュシアンは、いつかはゲームの世界に帰る。
ヒロインの私と結ばれる。
今の私なんか忘れて。
それを、受け止めないといけない。
彼はこの世に生まれた人間じゃないことくらい、線引きをしないといけないことなんて、私が一番よくわかってる。
私は、彼らの幸せを繋げるための人でしかないんだから。
なのに、なのに…。
気持ちが従ってくれない。抑えないといけないのに。
これ以上好きになっても、いいことなんて、一つもないのに。
そう思ったら、私の雫は、重力にならって、地面へ流れ落ちた。
顔は、ずっと上を見上げているのに。
「辛いの…。私っ…。もう、どうしたらいいのかわからなくて。リュシアンは、本当はここに存在しないんじゃないかって思って、すごく怖いの…。」
感情をポロリと口に出したら、もう涙が溢れて溢れて止まらなかった。
幼い子供みたいに、大粒の涙を流した。
最低だよ。私をこんなに、こんなに苦しめて。
本当に、罪な男だよ。
リュシアンのばか。
すると、彼は、私の身体を優しく包みこんだ。
私のツインテールの髪が、ふわりとなびき、彼の胸の中へと入っていく。
肩幅がしっかりしていて、一つ一つの骨が硬い。外敵から守られた姫のようだった。
制服のワイシャツが擦れ合って、より一層密着感を感じさせる。
突然のことで、私は、さらに動悸が収まらくなった。
きっと、リュシアンには私の鼓動のこと、丸聞こえなんだろうな。
目を大きく開き、今の状況を必死に確認する。
「オレの体温、伝わるか。」
彼は、私の耳元でそれだけ呟いた。
吐息が耳にかかって、少しだけくすぐったい。
その、色っぽい声も、余計に私の心をドキドキさせた。
彼の身体は、体温で、温かくて、心地よい。
私は、彼の背中を強く握りしめ、静かに頷いた。
「オレは、今この世界にいる。こうして、アンタのそばに。ちゃんと、生きてるから。」
「だから安心しろ。」
私は、また静かに頷いた。
目頭がジーンと熱くなっていき、心が苦しくなる。
ずるいよ。
またそうやって、私を虜にさせていく。
沼からはまって、もう抜け出せなくなっちゃったよ。
私のことなんか、ほったらかしにしておけばいいのに。
見捨てちゃえばいいのに。
そうやって、優しくするから。
私は、リュシアンのことが諦められなくなるんだよ。
周りには、私達以外誰もいない。
ただ、2人が抱き合う影がくっきりと浮かびあがっていた。
ねえ、リュシアン。
私は、いなくなってほしくないよ。
いつまでも、ここにいてほしいよ。
どんなに他の人をすきでも、生きていた世界が違っていたとしても。
私は、リュシアンがいいよ。
これからも、ずっと______。
まだまだ続きます




