第1話 『振ってきた王子様』
「ええ! 振られた?あの、野々木に!?」
ある日の放課後。私は、クラスの同級生・下沢莉々と近くの喫茶店で恒例の女子会。莉々とは、中学の頃からの親友。見た目も性格もとにかくボーイッシュ。身長も172センチとスタイル抜群。ものすごく現実志向で、私の空想癖に、いつも飽き飽きしているようだ。
オレンジジュースの中の氷が、カラン、と音がする。私は、ストローを手に持ち、口をとがらせる。
「莉々、面白がってるでしょ。はーあ。今回はいけると思ったんだけどな。」
「私はあんたが心配なだけ。はい、これで何人目?」
あきれる彼女に、私は静かに指で三、と見せる。つまり、これで失恋3回目、ということだ。
1人目は、中学生の時。完全インテリ系一個年上の生徒会長の春部先輩だった。直接は関わったことがなかったけど、毎回の生徒総会で、彼を見つめていたら、いつの間にか目で追うようになっていて・・・。艶のある黒髪に、黒くて四角い眼鏡。
ああ、好きだったな。顔が。
先輩の卒業式の日に、莉々と様子を見に行ったら、先輩に似合いすぎる大人っぽい女の子が隣にいた。どうやら、学校中で、お似合いカップルで有名だったらしい。それで、私の初恋は撃沈。
2人目は、高1の入学式の時。莉々とクラスが離れちゃって、高校生活終わったと思ったときに、隣の席に座っていた気さくな男の子の斎藤くんだった。きっと、ひとりぼっちだった私を元気づけようとしてくれたんだよね。短髪のスポーツマンだった。後に、水泳部に入ったらしく、引き締まった身体は、女の子を魅了させていた。あーあ、私もその一人だったのに。
好きだったのに、顔が。
勇気を出して告白したけど、『今はそういう気分じゃない。』って言われて、そういうときもあるよねって思ったら、次の日、彼女ができたという噂を聞いて撃沈。
それで、本日3人目。男子テニス部に所属している、隣のクラスの男の子の野々木くんだった。私達、女子テニス部の隣で活動しているから、時々、ミスしたボールが転がってくる。その笑顔がいつも眩しくて、何だか好きになってた。気がついたときには、ボールがいつも転がってくれないかなとか思ってたっけ。たまに、『今のフォーム綺麗だったよ。』って言ってくれて凄く嬉しかった。
彼には、どうやらずっと思い続けている好きな人がいるらしく、部活帰りに、その人と付き合えないならもう、他には何もいらないって言ってて、私じゃ無理だなって思ったの。
莉々には、いつものように『今日の放課後、緊急女子会ね!』と、明るめに接したが、実際のところ、結構落ち込んでいるのである。だって、今回の恋だって嘘じゃなかったんだもん。
彼女は私と比べて、割と冷静な性格なので、なんと言い返されるか、内心、少しだけヒヤヒヤする。ばれないように、そっと、視線を逸らす。
店内のBGMが私の心を少しだけ落ち着かせてくれている気がする。灯りも薄暗くて、何だか少しだけ大人になった気分。昔ながらのレトロな雰囲気も、嫌いじゃない。カウンター越しにマスターが静かにコーヒーを淹れる音がしたり、木製のテーブルには、年季の入った傷がいくつもついていた。高校の近くにこういうおしゃれな店があって、本当に良かったと思う。
彼女は、静かにため息をついた。壁に掛かったアンティークの時計が静かに時を刻む。
「はあ。ほんと惚れっぽいよね。ある意味、羨ましいというか・・・。」
「やっぱり面白がってる。あれは絶対脈ありだったのに! 廊下でよく目が合ったし、部活お互い頑張ろうなって言ってくれたのに! もう! 私じゃだめなの? 」
「どこが好きだったのよ。」
「顔!!」
「相変わらずの面食いなんだから。」
「ふん、本気だったんだもん。」
これ以上返す言葉が見当たらなかったのか、沈黙が走る。
「それも何度も聞いた。別に、無理して作るもんじゃ無いと思うけど。」
「彼氏持ちに言われたくなーい。」
すると、彼女は、自分の恋人の事を思い出したのか、微かに口角が上がったように見えた。彼女は、男子バスケットボール部に所属する一つ下の高校一年生であるかわいらしい後輩と付き合っているのだ。
悔しいけど、認めたくない。私だって、超ハイパーイケメンと付き合ってみせるんだから。
私は、ストローで勢いよくオレンジジュースを吸い上げた。
莉々と別れた私は、徒歩で約十五分ほどでつく自宅へと向かった。本当は彼女と一緒にいたかったのだが、どうやら愛しの彼氏クンとやらに用事があるらしい。彼女は本当に秘密主義で、詳細を探偵のように聞き出そうとしたのだが、1ミリ単位も教えてくれなかった。なにか言いたくないやましい事でもあるのだろうか。ぐぬぬ、リア充め。
私の母は、幼少期の頃に他界したため、父親との2人暮らしである。兄弟もいないものだから、よく小さい頃は近所の人に『可哀想な子』と蔑まれたこともあった。当の本人の私としてはそんなこともないのである。母には毎日挨拶しているし、父親は会えるし、兄弟は・・・できたこともないから、寂しさもないのである。
それに、私には「アレ」があるから。
自宅に着いた私は、すぐさま手を洗わずに、真っ先に自分の部屋へと急ぐ。歩いている時も、『アレ』の事ばかりを考えていたのである。
そう、私のいう『アレ』とは、乙女ゲーム『kiss♡me in the castle』である。テレビとの接続に時間がかかるため、手を洗っている間に、接続を済ませちゃおうということである。
私は、早足で洗面所へ向かった。この時間さえも無駄と感じるくらい、あのゲームが楽しみで楽しみでしょうが無かった。別に、プレイするのが初めて、というわけでもないが、こうして失恋してからのイケメンの癒やしというモノは、染みるモノがあるのだ。
ゲームの起動音が2階から聞こえてきたので、私はそれに吸い込まれたように急いで自分の部屋に行く。
現在、父親は単身赴任中なので、一人暮らしのようなもんである。だからこそのの特権がある。何時に帰ってきても怒られない、好きなときに家事ができる、好きなときに趣味ができる・・・。
『kiss♡me in the castle』は、累計200万本も売れた、超人気恋愛シミュレーションゲームである。お金持ちの御曹司や、有名バイオリンニストの息子、有名アスリートの息子、数学者の息子、などなど、ハイスペック2世との熱い恋愛をするストーリーとなっている。彼らは、その二世に生まれてきたからこその、強いプレッシャーを抱えている。そこも、受け止めてあげたいというプレイヤーの母性をくすぐられるのである。もちろん、簡単に攻略できるわけでもなく、イベントを発生させたり、デートの選択肢を相手好みに考えないといけないのである。ちなみに、選択肢によって相手の性格が変わったりするのでそこもまた、魅力である。
世界観が、ヨーロッパ風のロマンチックなお金持ちの学校が舞台になっている。幼少期の頃に母親が読み聞かせてくれた、『たった一つの王子との約束』と同じ匂いがしたので、数年前これが発売されたときに衝動買いしたのである。まあ、魔法が使えないが。
最近は現実の恋愛で忙しかったので、なかなか二次元のイケメンに構う暇が無かった。しかし、もうそれも終わったのである。今日は、朝まで、本作1番のイケメン、リュシアン・アーチャーを必ずモノにしてみせる。
リュシアン、待っててね、今遭いに行くから。
彼は、本作のメインヒーロー。父親が超有名ドクターで、母親は、世界的に有名な画家である。幼い頃から、将来は父親の跡を継ぐことを強いられてきた。しかし、彼は・・・。
白髪のさらさらヘアのウルフカットで、透明感ある赤色の瞳が私の頬も赤くさせる。身長も、公式では185センチ超えだと書かれている。実は、意外な趣味があり、ゲーム中の彼とのイベントでも、『誰にも言えないオレの好きなこと』というスチルが存在する。ちなみに、『意外な趣味』とは、可愛いぬいぐるみを作るのが好きで、ぬいぐるみに囲まれながら眠りにつくのが彼のルーティンらしい。
『誰にも言えないオレの好きなこと』では、彼が一生懸命可愛いくまちゃんを作るために、お裁縫をしているところを主人公が偶然放課後の教室で目撃してしまう。教室の窓から柔らかい午後の光が差し込んで、リュシアンの手元が浮かび上がる感じ。周りの音は静まり返り、ただリュシアンが1針1針、丁寧にぬいぐるみを作る音だけが響くあの瞬間。
彼は、クラスのモードメーカーで、とにかく優しく、誰にでも平等に接するタイプ。ゲーム内でも、これと言って取り柄のない主人公に、優しく話しかけてくれたのである。しかし、その『可愛いぬいぐるみ作り』というのを主人公にばれた事がきっかけで、彼の態度が激変する。つまり、彼にとってその趣味が『恥ずかしいこと』だと思っているらしい。
まさに『白馬の王子様』という言葉が似合う彼のはずなのに、秘密がばれたからもうどうでも良くなったのか、非常に毒舌キャラだったのである。可愛らしい主人公に対して、平気で『生意気なチワワみたい』と言ってきたり、ものすごく頬をつねってくる。この、満足げな、どこか人を見下したような笑い声は、いくらハイスペ男でも、ちゃんと『男子高校生らしさ』がにじんでいて、私を困らせるのだ。
何よりも、他の女子生徒には、優しくてうさんくさい笑顔を浮かべているのに対して、主人公に対しては、『アンタには、気を使わなくていいや。楽なんだよな。オレ、お前といるといろんな事が忘れられるんだよね。』と、特別扱いしてくれるのだ。
『桃香、そろそろ、オレらも進路考えないといけないな。』
『そうだね。リュシアンは、進路どうするの? お父様の跡を継ぐの? それとも、お母様について行って、世界を転々とするの? 』
『あ! わかった! かわいいくまちゃんを作る仕事とか? いやー、アレ知ったときはびっくりしたなあ。ねえ! お名前つけてないの? 毎日、お人形に囲まれてないと寂しくなっちゃうんだよねえ。』
『ちょ・・・バカ! 』
『く、苦しい!! 離してってばあ!! 』
『嫌だな。オレ様の言うことを聞けない罰だな。男の力をなめるでない。ぷぷ、すげえ顔。』
このシーンは、彼との親密度がMAXになった時しかない超レアイベントである。主人公の名前も自分で設定できるので、当たり前の本名である、『宮 桃香』としてあるため、キャラの性格に合った呼び方で呼んでくれるのである。もちろん、中身は声優であるため、名前までは音声付きではないが。
高校3年秋の帰り道のシーン、リュシアンと主人公である私が、仲良く下校している場面だ。相変わらずこの2人は、見ていて飽きない。秘密を知ってしまった主人公が、リュシアンに対して、ニヤニヤしながらいじっており、彼は顔を赤くして、照れ隠しに、主人公の口を押さえる。まるで夫婦漫才のようなやりとりに、私も思わず笑みがこぼれる。この、高校生特有の甘酸っぱさが、現実にはない感覚を味合わせてくれる。
ゲームの背景も手が凝っていて、微かに学校の鐘の音が聞こえており、いたるところで、『ごきげんよう。』というお嬢様の声が聞こえてくる。風景もまた、ヨーロッパ風の建物が多く、プレイしている私もお姫様になった気分である。
ああ。こんな人が現実に現われればいいのに。顔がよくて、頭が良くて、身長が高くて、ちょっと意地悪で・・。
考えれば考えるほど、彼との妄想が膨らむ。リュシアンは、本当の私を見てどう思うのかな。私がもし、このゲーム中に転生したら、、それでも好きって言ってくれるのかな。どうしよう! 『本当の桃香の方が、まあ、その可愛いだろ。』って言われちゃったりして!?
きっといい匂いするんだろうな。あーーー!! やばい。
思わず、テレビ画面に向かって雄叫びを上げる。いや、私は女だから雌叫びだろうか。
『オレさ、卒業後の舞踏会、行けないかもしれない。アンタだから、言えるんだ。信頼しているからさ。
『どうして?』
『父上と、まあ、いろいろ、あって、旅立たないと行けないんだ。』
『え…。それって…』
『卒業しても、オレ様もこと、忘れんなよ。最後の舞踏会、楽しぶんだぞ。』
このゲームでは、打ち上げとして、学園の隣であるお城で、舞踏会が行われる。そして、最後に踊った人に告白されるというシチュエーションになっている。
先ほどの夫婦漫才のようなやりとりが嘘だったかのように、彼は、主人公から口を押さえる手を離し、顔を見られたくないのか、学園の近くにある、ベル・エタルノ城を切なそうに見つめていた。
彼は、きっと父親の跡を継ごうとしているのである。攻略情報によると、彼の父親は非常に教育熱心であり、恐らくそのための下準備期間なのだろう。主人公が心配しているのも、気にしないフリをしながら。綺麗ごとをつらつら並べて。ホントは、リュシアンだって参加したいくせに。
その声は今でも泣き出しそうな声で、触れられたら、すくに壊れそうな、弱い声だった。
あああ! もう、私のリュシアンったら。切ないくて、私も泣き出しそうだよお。
来てね。リュシアン。私、お城で待ってるから。
そして、迎えた舞踏会。私の本命は勿論、リュシアン一択。
主人公が、リュシアン思って、お城のベランダに黄昏れているときに、彼が走ってお城へ急ぐのだ。
『桃香の事を思ってたら、いても経ってもいられなくなって、気がついたらここにいた。』と、息切れしながらそう私に話すのだ。
最後に王子様姿になった彼が、『桃香姫、踊ってくださいませんか?』という台詞があったら、もうこっちのもんである。
城の広間のシャンデリアがきらきらと輝き、壁には大きな絵画が飾られ、ステージではオーケストラの演奏が流れている。華やかに仕上げられた女子生徒達と、キリッとした凜々しい姿の男子生徒がこの舞踏会に色をつける。皆、最後の曲は今か、今かと待ちわびているのだ。卒業して離ればなれになる前に、このベル・エタルノ城にまつわる伝説を信じているのかも知れない。
最後の曲になった。生徒達は、曲が始まった瞬間、そわそわし出すものや意中の人の元へと走り出すもの、既に相手が決まっており、ゆっくりダンスを始めるものと、さまざまな人がいた。
来ない。
リュシアンが来ないのだ。
主人公は、当たり前のようにベランダで、リュシアンのことを待ち続けている。白の水色のリボンが沢山ついている豪華なドレス。裾を持ち上げるのも大変なくらい、素敵なドレス。これも、絶対に、リュシアンのためなのに。手すりに手を添え、冷たい風が髪を揺らしている。
『リュシアン、やっぱりもう来ないのかも。』
なぜだ。エンディング条件も満たしているはず。デートも何回もしたし、必要なスチルも全部手に入れた。選択肢も間違えていない。最後の難易度SSの『溢れてしまう思い』というものも先ほど、発生させたはず。
「桃香さん。」
すると、背後からあまり聞いたことのない声がした。リュシアンではないことは、確かである。
現われたのは、リュシアンとは別人の人だった。吹き出しの台詞が??になっている。
ディオル・ローリアードだった。聞き覚えのない名前。一体、彼は、誰なのだろうか。
!?
思い出した事がある。リュシアンはとにかく、攻略難度・激難で、主人公の事が3年間好きなモブ男がいると。親密度が上がりやすく、普通に過ごしていると、このモブが追いかけてくるのだ。だから、できるだけ、彼からの誘いは断らないといけないといけなかった。
そういえば、私は好かれている事が嬉しくて、席が隣になったら、積極的に話しかけたり、移動教室に行ったり、ランチ一緒に食べたり、休み時間も一緒にいたりしてた! もう、私のバカ。
髪の色も、瞳も黒くて、特別お金持ちでなく、特にこれといって変わったところのない、普通の男子生徒。
しかし、今日という今日は、髪の分けもアレンジし、ワックスで固めているようだった。青いネクタイもビシッと引き締まっており、誠実さを感じさせる。
まっすぐな瞳で、こちら側の私を見つめる。
「僕、桃香さんのことが好きです。高校3年間はずっと、遠くで観てることしかできなかったけど、最後くらい、桃香さんとの思い出が欲しいです。」
物語上、キャンセルができないので主人公はされるがままに承諾し、結ばれようとする。
わ、私は、リュシアンという大事な人がいるのに! 今日告白されそうだったのに!
やだ! 私、嫌だよ! リュシアンじゃなくちゃ!
逢いたいよ。わたし、リュシアンが来るまで、ずっと、ずっと、お城で待てるわ。
お願いだから、迎えに来て・・・。
すると、テレビ画面から、何か不気味な光が見えた。眩しくて、思わず、目を細めてしまう。一体、何が起こったのだろうか。今まで見たことのない強く白い光、彼の魂がこちら側に来るようだった。
思わず、ゲームコントローラーを机から地面に落とす。
「ぎゃあああああ!!」
恐る恐る目を凝らすと、画面の中からゆっくりと人の形をした物体が現れ、どんどん私の方へ迫ってきた。
だんだんとその形は大きくなり、まるで目の前に迫ってくるような錯覚を覚える。呼吸が乱れ、心臓が激しく鼓動する。
な、なに!? 何が起こったの!?
私の恐怖心が、ますますその存在を巨大に感じさせる。
その時、何かが、私の額に当たる感覚がした。驚いて目を見開くと、耳元でリュシアンの声が優しく響く。
「桃香…。」
その声が、暗闇の中で遠くからでも確かに届いた。
私の心は、ますます混乱し、身体は、無意識に力を抜いて、床に倒れ込んだ。床に触れる感覚が冷たく、でも、その手を繋いでいるような感覚があった。生暖かくて、少しだけ柔らかな手のひらが、私を包み込むように感じられる。
久しぶりに人のぬくもりを感じ、心の中に不思議な安心感が広がった。その手が、まるで私を守ってくれているかのような温かさを伝えてくる。
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。