第18話 『お隣さんはクラスメイト』
新キャラ登場回です
その日の夜。
私は、リュシアンと共に夜ご飯を食べたあと洗い物をしていた。
彼はもちろん、一番風呂である。相変わらず、わがままなおぼっちゃまである。
でも、そんな彼も嫌いじゃない。彼とクラスのようになってから、家事をきっちりをやるようになって、なんだか毎日充実している気がする。
外はまだ蒸し暑いけれど、窓の向こうでは、か細くコオロギの鳴き声が響いていた。秋が、ほんのり近づいてきているのかもしれない。
私はそのリズムに合わせるように、小さく鼻歌を口ずさみながら、スポンジを滑らせる。
すると、足音が聞こえる。
濡れた髪をタオルでゴシゴシと拭きながら来る彼。熱いお湯につかった後であり、まだまだ外の気温も暑いせいなのか、いつも露出の多い格好でリビングで涼み来る。
ウルフカットの白い髪の毛が生乾きで、恵まれた美貌と相性がいい。
黒いズボン。
上半身は、今は何も着ていない。
足は熱さで、ほんのりと赤みがかかっている。
私は、その度にいつも目のやり場に困ってしまう。プライベートゾーンは隠されているのだが、溜る雫に鍛え上げた筋肉が思いっきり見えてしまう。
濡れた肌の上に浮かぶのは、無駄のない筋肉。
派手に鍛えたようなマッチョではないのに、ラインがはっきりわかる。
肩から腕にかけてのシルエットはなめらかで、それでいて鋭い。
とくに上腕二頭筋が動くたびに陰影を変えて、ぞくっとする。
腹筋も、見えてしまっていた。
ルームパンツのゴムの上に、きっちりとした縦のライン。
水滴がそこに溜まり、ゆっくりと流れていくのを目で追ってしまう。
汗じゃない、湯上がりの湿気。
それが余計に彼を、艶っぽく見せていた。
本人は、そんな私の視線にまったく気づいていない。
彼は、冷蔵庫からそっと牛乳を汲み、ソファーでくつろいでいる。
私はその様子を、一部始終ずっと見つめていた。
どうしても目が離せなかった。
彼の筋肉を、もっとガン見したい。
すると、彼の鋭いルビーの瞳と目が合う。
私は、その視線を感じ取り、照れ隠しのように皿をこするスピードを速めた。
「…おい、何見てんだ。」
「は、はぁ!?!? 見てません!! 誰があなたの筋肉なんか!!」
「…やらしー。」
彼は、私を覗き込み、ニヤニヤと笑う。
その表情も、色気MAXで胸が高まった。
その時、インターホンの音がなった。
時刻は、午後21時を過ぎている。
こんな時間に誰だろう。
私は、玄関に向かった。
すると、リュシアンが私を遮り、玄関に向かった。
「待て、オレが出てやる。」
「ち…ちょっと! 待ちなさいよ! インターホン確認して! 誰か分からないんだから!」
彼が出るなんて珍しい。一応、乙女ゲームから転移してきた人間なので、いつ誰かにバレるかわからないため、不要不急の外出はするなと警告している。
別に、私が言える立場ではないが、騒がれたりして、元の世界に帰ってほしくないのである。
私の言うことをフル無視し、彼は黙って玄関の扉を開けてしまった。
どうしよう。もしかして、これを機に帰っちゃったら…!
急に不安感が私を襲った。
心臓がバクバクする。
うそ…こんなあっさり…?
そう思ったら、私はすぐさま玄関へと走った。
「リュシアン!!!」
私が大声で叫ぶ。彼とインターホンの相手は、何事かと私を見つめた。
息切れが苦しい。リビングから玄関なんて、ほんの少しの距離なのに。
彼がいなくなるのではと、いつもハラハラしている。
朝起きたら、ある日突然…なんてことも。
しかし、その景色は意外なものだった。
「え…? 宮さん…?」
私は目を丸くする。
来客は、同じクラスの橋元栄治だった。
重い前髪に黒い四角のメガネ。
いつも、クラスの端っこで本を読んでいる。口数もすごく少なくて、声を発したところをあんまり見たことがない。
珍しい私服姿。無地の白いTシャツに、黒いズボンという、質素なコーデ。
私達は、その場でボーッと硬直する。
無言で、今の状況を一生懸命整理しながら。
「えっと…ここの家って、宮さんの家だよね?どうして、アーチャーさんが…。」
「あっ、あーーーーー!!!!!!!」
私は、咄嗟に大声を出す。
バレた。
バレてしまった。
クラスの男子に、私たちが同棲していることを…。
「なんだよ。アンタうるせえな、今、夜だぞ。あっ、風呂の蓋閉めたっけな…。」
「ちょっと、リュシアン。話複雑になるから、黙ってて。」
「おい、オレ様に逆らうのか? あと、コイツだれ? アンタの知り合い?」
「…知り合いもなにも、同じクラスの橋元くんだよ。」
「はっ…。」
彼は珍しく、失敗をした。
目を丸くし、咄嗟に記憶を辿ろうとする。
瞬きの回数を速め、いつもの王子様スマイルになった。
「…橋元くんか。ごめんごめん。ちょっとボーっとしててさ。どうかしたの?」
さすがにそれは無理があるよ。リュシアン。
私は心の中でツッコむ。
「ええっと、僕、宮さんの隣に引っ越したんだ。それで、これ、母に菓子折りを届けるように頼まれて…。」
橋元くんは、右手にある紙袋を私に渡した。
私たちの様子に何一つ言及してこない。そこもまた、恐ろしい。
受け取る手が震える。まさかこんなことになるなんて、想像もしていなかったから、言い訳用のセリフを何一つ準備していなかった。
中身をちらっと見ると、なにやら麩菓子のようだった。地元の名物である。
私は、平然を装うとしているのに、思わず、話すスピードが早くなる。
「え!? あ、う、うん…どうもありがとう。隣同士仲良くしようね。」
「それじゃ、僕はこれで…」
「ちょっとちょっと!! 橋元くん!! 待って!! ねえってば!!」
隣の家に戻ろうとする彼を、私は、必死に追いかける。
家に向かう彼の背中が小さい。もともと猫背なタイプなのだろうか。
トボトボと、ゆっくり向かっていくように見えた。
なんとか誤解を解かないと。このままだと、明日の学校がやばいかもしれない。
「はーい。おやすみなさい。」
すると、リュシアンが私たちの言葉を遮るように、いつもの作り笑顔を浮かべながら、さらっと扉を閉めた。
バタンと、音がなりおわり、彼は腰を抜かした。
私は、その意外な一面を目の当たりして、いろんな意味で唖然とする。
開いた口がふさがらないとは、まさにこのことである。
彼は、ため息をつきながら、私をちらっと見つめる。
「おい…アンタ、知り合いなら早く言えよ。変なところ見せちまっただろ。それに、同じクラスだなんて。聞いてねえよ。」
「…顔と名前覚えてない人とどっちが悪い?」
「はぁ。アンタ、言うようになったな。」
「御曹司でも容赦はしませんので。」
私達は、お互いそっぽを向く。
今はそれどころじゃない。
それどころじゃないのだ。
クラスの人に、リュシアンと私が暮らしている事がバレてしまった。
どうしよう。
このままじゃまずい。
それかこの時間だと、そういう関係だと思われてたり…?
確かにあり得る。リュシアンはお風呂上がりで、上半身は裸だし。
嘘…もしかして、そっちに思われたとか!?
「ちょっともうー!! 私たちそんなんじゃないもん! ねえ? リュシアン?」
私は、一人で恥ずかしくなって、彼の肩を叩いた。
「さっきから、ぎゃーぎゃーうるせえ。じゃがいも女。」
「いたっ!」
そして、彼に軽くチョップされる。
ほんのちょっぴりだけ痛い。
だけど、嬉しくもあった。
いや、今は喜んでだめだ。
同じクラスの人に、私たちの秘密がバレてしまったかもしれない。
橋元くんに明日、説明しないと。
本気でまずいぞ…このままじゃ。




