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第十六話  『届かない気持ち』

 祭りが終わった。


 パタン、と自分の家の扉を閉める。

 リュシアンの下駄はまだなかった。きっと、今ごろ、あの陽キャ女子と一緒に楽しんでいるんだろう。

 少しでも、彼が他の女の子と楽しそうに話している姿を想像しただけで、胸がチクリと痛む。


 それと同時に、今日あった出来事を、もう一度ゆっくりと思い出す。


『俺さ、やっぱ、宮のこと好きだ。』


 嘘じゃない。確かに、野々木くんは、私のことを言ってた。

 まっすぐに。花火より、私を見つめて。


「いやいや!!! ちょっとまって!!! えええ!?!?」


 家の中で、大声をだす。家に誰もいないからこその特権である。 


 告白された。

 初めて。

 それも、一度はいいなと思ってた人に。


 心臓の鼓動が収まらない。家の中に誰もいないはずなのに、うるさくて、うるさくて。

 あの後、野々木くんは、終電に間に合わなくなるといって、花火が終わった後、すぐに走り出してしまった。

 せめて、駅まで送っていくよとは言ったのだが、断られてしまったのである。


 なんでだろう。彼の性格なら、断らない気がしたのに。

 もしかして、これは、照れ隠しってやつ?


 確かに、言われてみれば、顔が赤くなっていたような気がしないでもない。

 …て、なにいろいろ考えてるんだろう。私。今は、リュシアンが好きなんだから。


 とりあえず、莉々に報告しよう。彼女は、彼氏持ちだし、いろいろわかることもたくさんあるだろうか。


 携帯の電源をつけて、やっぱりやめた。


 大事な気持ちを誰かに報告するものではないと思ったからだ。

 とりあえず、お風呂に入ろう。見なくても分かる、胸のあたりから汗がたらりと流れてくる感覚があるからだ。


 浴衣の生地が汗を吸い取って、なんだか少し湿っている気がする。

 私は、帯を外し、素早く浴室へと向かった。


 ぽちゃん、と雫が湯船に落ちる音がする。

 やはり、夏となると、いつもは丁度よかった温度も、今じゃすごく息が苦しい。


 湯船から立ちのぼる湯気をぼんやりと見つめる。顔にもまとわりついて、さらに視界がぼやけた。


 野々木くんと付き合ったら、どんな感じなんだろう。


 きっと、絶対一途で、不安にさせないんだろうな。


 記念日は絶対忘れないし、女絡みも最低限にしてくれそう。


 友達に『俺の彼女。』って紹介してくれそう。


 ナンパなんかで絡まれた時には、あの筋肉で、迷いなく私を守ってくれるんだろうな。


 あー。筋肉かぁ。そういえば、野々木くんの筋肉、間近でちゃんと見たことないな。


 脱いだら、どんな感じだろう。


 足の太もものほうも触ると硬いのかな。


 野々木くんの身体…身体…。

 ん…? 身体…?


 不意に頭の中で、彼の素の姿が浮かんできて、私は更に顔が真っ赤になる。


 場面は、なぜかピンクの可愛らしいお部屋。まるで、お城の中みたい。

 それで、私は、ベットの上でボーッとしてるの。


 そしたら、目の前に野々木くんがいて____。


「ぎゃああああ!!!」


 居ても立ってもいられなくなって、私はその場で勢いよく立ち上がる。


 反動で、お風呂のお湯が溢れた。

 頭に血が上らなくなって、さらに視界がぼやけ、少しふらついた。


 だめだ。ちょっとは落ち着こう。


 私は、お風呂の扉を開け、まだ涼しい風を身体で感じた。


 外の空気に触れて、肌の水滴がひんやりとしていく。

 私はタオルを手に取って、ゆっくりと身体を拭いた。


 リュシアンは……まだ帰ってきていない。


 今、何時だろうか。

 もしかして、このまま誰かの家に泊まって帰ってこなかったり…?


 いやいや、そんなまさか。


 私は、わざと気にしないふりをして、身体を拭いた。


 その時、バタンとドアが開く音がする。


 音に反応して、その方向を見つめた。


 浴衣の彼の姿だった。

 出かけたときよりも、浴衣が少しはだけていて、胸元の隙間から、ちらりと白い肌がのぞいていた。


 一方、私はというと、恐る恐る身体を見下ろす。


 彼は、その場で固まっている。


 濡れた身体。何もお手入れしてない肌で、羞恥心で胸が熱くなる。


「ぎゃああああああああ!」


 見られた。見られたー!!!

 私はその場で、近所にも聞こえるくらいの大声をあげた。


 叫び声を上げながら、手に持っていたタオルで慌てて体を隠す。

 でも、焦りすぎてうまく隠せない。あちこち、微妙に見えてる気がして、その場で腰を抜かした。



 廊下の奥から、足音が近づいてくる。

 リュシアンが、バスタオルで髪を乱暴に拭きながらリビングへ入ってきた。

 湯気をまとったその姿に、私は思わず目をそらした。


「…見たでしょ。」


 先ほどのことを思い出し、私は、彼をきつく睨みつける。


「誰が見るかよ。あんな小さいの。」

「はっ!?!? 」


 私は、顔を真っ赤にした。そして、パジャマの上から自分の胸元を隠す。


 やっぱり、やっぱり見られてた…!


 恥ずかしい。


 彼は、冷蔵庫からグレープフルーツジュースをコップを注ぐ。


 時計の秒針と、ジュースを注ぐ音しか聞こえない。


 どこから話せばいいのか。


 私は、必死に頭の中で整理をしながら、口をモゴモゴさせる。


「それで?  楽しかったわけ?  ハーレムデートは。」

「楽しくも何ともねえよ。疲れるだけだ。」

「ふうん。その割には、長くいたみたいじゃん。」

「帰らせてくれなかったんだ。」

「でも正直、女の子に囲まれてうれしかったくせに。」


 こんなこと聞きたいわけじゃないのに。


『どんな話をしたの?』


『後日、そのメンバーとどこかに行くの?』


『好みのタイプは、その中にいたの?』


『私よりも、魅力的に見えた?』


 言いたい言葉が、頭の中でぐるぐる回って、どうにも口に出せない。

 意味もないことばかり、発してしまう。


「アンタこそどうなんだ。アイツに手引っ張られて。」


 彼が、一口、ジュースを喉に流し込む。

 その言葉に、私は目を丸くした。


 気にしてくれてる。


 私のことを。


「…べ、別になんともないし。」


 咄嗟に、私は知らない顔をして、目を合わせないようにした。


「どうせ告られたんだろ。」

「は!?  どうして!」

「まあ、あの空気だとそうなるだろ。」


 沈黙が走る。


 何て返したらいいのかわからなくて、意味もなく唇を噛む。


 すると、彼が向かい側のソファーに座り込み、ポツリと呟いた。


「付き合うのか。」


「…付き合わないよ。今はもう、好きじゃない。」

「昔は、好きだったんだな。」

「…な!」


 私は目を丸くした。


 そういうつもりで言ったわけじゃないのに。


「アンタのことなんだから、また惚れ直すだろ。アホ同士お似合いだし。」

「誰がアホよ! 野々木くんのこと悪く言わないで。」

「へえ、かばうんだ。」


 彼は、苦笑している。


 複雑な感情が胸に詰まって、苦しくて、押しつぶされそうになる。


 恐る恐る、私は口をした。


「…じゃあ、もし仮に私が野々木くんと付き合ったら、リュシアンはどう思う?」

「別になんとも。オレにとって、この世界のことは何も興味がない。」

「興味ないって…。いつも一緒に住んでるのに、私のこと、ちっとも興味ないの?」

「ああ。」

「付き合ったら、寂しいとか、悔しいとか、何とも思わないわけ?」

「思わないな。」

「じ、じゃあ…付き合っちゃおうかな…。」


 咄嗟に嘘をつく。


 引き止めて。


 お願い。


 だめって。


 そうじゃなくても、引き留めるなら何でもいい。


 少しでも、私に可能性があるって、教えてよ_____。


「いいじゃん。お幸せに。」


 彼は、私の期待を一瞬で壊したかのように、短くそう答えた。


 声が消えると、部屋の静けさが肌を刺すようだった。時計の秒針が、やけに大きな音を立てていた。


 心臓が、どくんと響いたきがした。


 目頭が熱くなる。


 胸が苦しい。


 声が震えそうになる。


「ね、ねえ、 どうして、わかってくれないの…。」


 最後の方は、声が震えて、うまく出なかった。


 彼には、届かなかったかもしれない。


「…オレ疲れたから、今日は寝る。」

「ちょっと…! リュシアン! 話聞いてよ!」


 父親の部屋に向かう彼に、私は必死に引き留める。

 リビングのドアを勢いよく開けて、階段を静かに登る彼の背中を見つめて。


 私のうるさい声だけが、家中に鳴り響いた。


「おやすみ。」


 彼は冷たく、そう答えた。

 階段の上で、彼の足音が消えた。


 リビングには、冷めきったグレープフルーツジュースだけが残っていた。


 私は、その場で力が抜け、座り込む。


 そして、静かに、涙を流した。拭いても拭いても、溢れてきて。


 こんなにも胸が痛くて、辛い気持ちは、初めてだった。


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