第15話 『初めての告白』
「よぉ! めっちゃ混んでたわ。 待たせてごめんな。」
私が、言葉を放とうとした瞬間、野々木くんが木の陰から姿を現した。
「あ! うん! 大丈夫! 全然待ってないし。ね? リュシアン。」
「ああ。」
リュシアンは、相変わらずぶっきらぼうな返事。
本性を隠すために、あえて口数を減らそうとしているのだ。
下手に口を滑らせると、彼の腹黒な性格が出るからである。
私は、今彼の考えていることがわかって、ほんの少しだけほっといている。
「花火そろそろ上がるし、あっちのほう行こうぜ。空いてそう。」
「うん! 行こう。」
野々木くんの言葉に、私たちは、賛同した。
「花火、きれいに見えっかな…。」
「いい席あるといいね!」
私と野々木くんは、二人で嬉しそうに会話を交わす。リュシアンは、私の後ろで静かに歩いてるようだった。
残り5分。
屋台にいた人々もだいぶ少なくなって、みんな花火が見やすい席に移動している。
もう、良い席は埋まっているようだった。
「ほんとにな。 あと、帰りのことも考えないと。 俺、電車できたから。 ほら、ここ終電早いだろ? 帰れなくなっちまうからさ。」
「今日は本数がいつもより多くなってるけど、混んでそうだしね。」
「あれ!? あれ、リュシアンじゃね!?」
遠くから、聞いたことのある声がする。
甲高い声。自分に自信があるかのような、大声。背筋がピン、と伸びている。
「ぎゃー! え! そうじゃん!」
声がだんだん近くなってきて、少しずつ確信がついた。
私のクラスの陽キャ女子である。
全部で4人。髪もバッチリ決まっていて、割と派手めなメイクをしているようだった。つけまつげがバサバサしていて、チークとアイシャドウが濃いピンク色である。
そして、見事に全員浴衣姿だった。着付けもバッチリで、帯をきつくしめている。後ろのリボンも綺麗だった。
「やっほー! うちらのことわかる? 同クラだから、当然だよね?」
「ひとり? ひとりできたの? うちらと花火見ようよ!」
金魚の袋を持っている女(金魚)、りんご飴を片手で持ちながら、ペロッと舐める女(りんご飴)が次々と口開き、リュシアンを口説き始める。
「いや…あはは。」
リュシアン、困ってる。
目を泳がせていて、自分でもどういう対応をしたらいいのか分からなくなっているのがわなる。
彼は、こうやってぐいぐい来られる女の子が苦手なのに。でも、もしかして、陽キャじゃないだけで、私もこうやって彼に思われてたり。
でも、どちらかと言えば、追いたいタイプなはず。
私はいつも追いかけてばかりで、空回りしてるけど…
なんだか、自分の日頃の行いを思い出すと恥ずかしくなって、肩身が狭くなった。
「誰この女。」
すると、グループのリーダーっぽい自撮り棒をもっている女(自撮り棒)が、私を姿を見つけて、きっと睨みつける。
彼に囁いていた甘い声とは、紙一重で、どこから出ているのか分からないくらいの低い声で私を見る。
心臓がひゅん、となる。
まさか、そんなに言われるとは思わなかった。
本気で、嫌がられてるのかもしれない。
過去にいじめられた経験などないが、男より女に嫌われたほうが、この先の学校生活が大変なことになるのはよくわかっている。
それに、スクールカースト上位層になら、余計にだ。
ショックで身体が硬直している私に、りんご飴が焦ったように自撮り棒にコショコショ話をしているようだった。
「ちょっと…! 同じクラスの…!」
自撮り棒は、私の反応など見向きもせずに、言いたいことをズバッと言う。
「てか、なんで、一緒に来てるの。どういう関係なわけ? 意味分かんない。」
「うちらと一緒に回ろうよー。」
「そうそう。絶対楽しいし? 席も取ってある。」
金魚とりんご飴も口々に言い出す。
やばい。キャラを守っているリュシアンのことだから、きっと彼女らに取られてしまう。
今日のために、私が勇気を振り絞って祭りに誘ったのに。
リュシアンを先に誘ったのは、私なのに。
「リュ…リュシアンは…!」
私がそういいかけると、野々木くんが私の顔を見た。
「宮。 こっち。」
「野々木くん!?」
「別行動だ。 一緒に行こう。」
彼に手を取られ、私たちは奥の海岸の方へと走り出した。
一瞬だけ、冷たい風が吹いて、私の前髪がふらり靡いた。
「ちょっと! 野々木くん! 野々木くんってば!」
きつく握りしめた手。少しずつ手のひらが湿っていく。それは、きっと暑さだけじゃない。
彼は、私の手を離さない。更にリュシアンたちから、遠くへ、遠くへと私を連れて行く。
背中が広い。目の前がか見えなくて、少しだけ不安だった。
人混みを器用に避け、でも時々、近くの人の肩とぶつかる。立ち止まっている人も多くいたので、足を引っ掛けそうだった。
「あっちの方が、よく花火見える。 リュシアンは、女子に囲まれてたし。」
「そうじゃなくて!!」
大声を出す私に、彼はその場で立ち止まり、顔を見ずにポツリと呟いた。
「…アイツら、宮にすごい嫌味言ってた。なんで、宮が悪く言われないといけないんだよ。何も悪いことしてないのに。見ていられなくなった。」
「ありがとう。 心配してくれたんだね。」
「…俺、やっぱり最低だな。」
「え?」
彼は、私の方向を向く。
その顔は、今まで見たことない真剣で、でも少し寂しそうな表情をしていた。
私の視線から外そうとしない。
雑音がうるさいくらい聞こえるはずなのに、不思議と少しずつ聞こえなくなっていく。
手は、繋いだまま。
「今日、宮を応援するために一緒に来た。2人が、上手くいくようにって。」
「うん。」
「でも、こうして、宮を連れ出してしちまった。もっと、二人きりにさせようと思えば、たくさんできた。」
「さっきだって、本当はトイレなんか行ってない。宮が少しでもリュシアンと話せるならって、二人きりにさせて、俺は一人で花火を見ようと思ってた。」
「でも、どうしてもできなかった。心では、ずっと応援してるのに…。」
今にも泣きそうな目頭が見える。
私は、状況が追いつかなくて、次の言葉を見失っていた。
「それって…」
その瞬間、海から華やな光が見えた。
ヒューという音が、観客をより一層期待させる。
私たちも、光に誘われて、視線を変える。
周りは、歓声で溢れていた。拍手する人、『た~まや~』と叫ぶ人、写真を撮る人。
花火は、何発も、何発も、私たちに姿を見せる。
緑、ピンク、紫、色は様々で、続けてあがるので、全てが混ざってより色鮮やかに見える。
「俺さ、やっぱ、宮のこと好きだ。」
彼と目が合う。
片方の頬が光で照らされていて、表情が先ほどよりもはっきりと見える。
彼は、いつもの笑顔で、クシャッと笑った。
「え?」
「どうしようもなく好き。もう、応援なんかできない。」
心臓が飛び跳ねた。
花火の音で、聞き間違えかとは一瞬思った。でも、そう思いたくなかった。
「野々木くん…。」
「宮が、リュシアンのこと好きなのは知ってる。見てればわかる。でも俺、諦めないから。諦められないから。だから、ちょっとでも、俺のこと考えてくれないかな。」
そんなこと言われたら、今まで以上に意識しちゃうよ。
「…うん。ちゃんと考える…。」
私の中で何かが揺れた。
今まで、ずっとリュシアンだけを見てたはずなのに。
でも今、手を繋いでるのは——野々木くんだ。
どうしよう。
今、私が見てるのは、どっち?
次の花火が、夜空に咲いた。
大きく、そして、儚く。
色とりどりの光が、これからの私たちを導いてくれるようだった。




