第14話 『あの場所で見た花火大会』
今回は、夏祭り編です。皆さんは、屋台のなかで何が一番好きですか?
私は、焼きそばです。
そして、ついに、花火大会の日になった。
今日は朝から、地元の人がソワソワしている様子。
朝から、商店街に訪れた時に、近所のおばあちゃんにお祭りことを聞かれた。
ちょうちんや、屋台の準備、まだ何も始まっていないのに、みんな今か今かと、祭りを待っている。
もちろん、私もその一人。リュシアンたちと、お祭りにいくこの日を、ものすごく楽しみにしていた。
思えば、異性と花火大会に行くのは初めてである。
去年は、女テニのメンバーで行ったし、一昨年は、莉々と二人で行ったし。
異性とお祭りなんて、少女漫画でしか見たことない。
リアルは、どんな感じなんだろうか。
ちょっとだけ、あるはずのないことを期待しちゃったり。なんちゃって。
「おい、いつまでちんたらしてるんだ。遅刻するぞ。」
リュシアンの声がドア越しから聞こえる。彼はもう、準備が終わっているようだった。
『買い物にはついてくるな』と言われたので、彼が今日どんな服装になっているのか、知るはずもなかった。
私は、ソワソワしながら、最後の浴衣の帯をきつく締める。
ドレッサーに映った自分を見つめて、自然にニコッと笑った。
ピンク色の花がらの浴衣。
子供っぽい色じゃなく、淡くてどこか儚い色。
派手すぎず、地味すぎず、華やさをイメージされてる。
これは、お母さんが若い頃に着ていた浴衣である。
髪の毛も自分なりにアレンジしたつもり。
薔薇の髪飾りと、ピンクの綺麗な花。より華やかになるように、花飾りをぎゅっと集めて、後ろで髪の毛をお団子にした。
『7月25日の花火大会。』
私は、この日になると、いつも思い出すことがある。
リュシアンに出会ってから、余計に。
あの夏の日、父と母と3人で行った日。
『花火がよく見える場所がある』と言われ、母に連れられた私たちは、あの場所で確かに花火を見た。
あの鳥居には、昔から受け継がれてきた言い伝えがあって…。
…やめよう。
これは、自分だけの秘密だ。
リュシアンには、言えない。言えるわけがない。
言ったら、きっと彼は…。
それに、夏はこれからなんだから。もっと、楽しまないと。
「女の子は時間がかかるんですー。はい、おまたせ。」
私は気を取り直して、わざと大きな声で彼に話しかける。
自分の部屋の扉を開けて、彼の姿を確認する。
思わず、息が止まる。
そこには、黒い浴衣の姿があった。
灰色の帯も綺麗に結んである。
髪の分け目も、いつもとは反対に分けられており、普段とは違う雰囲気を漂わせる。
「…なんだよ。」
「…似合うじゃん。浴衣。」
「当然だろ。オレ様が似合わないわけがない。約束の時間、そろそろだろ? とっとと行くぞ。」
時刻は17時50分を指していた。
野々木くんとは、18時に近所の公園で約束している。彼は、自宅からかなり離れているが、わざわざ私の家の近くまで迎えに来てくれるそうだ。
彼には、絶対リュシアンと一緒に暮らしていることは内緒。だから、リュシアンとは家が近いという設定にしてある。
早歩きで玄関に向かう彼の背中を、小走りに追いかけながら、私は彼の様子を確かめる。
「ちょっと!私の浴衣に関する感想はないわけ?」
「早くついてこい。」
「もう!」
やっぱり、何も言ってくれない。私ってやっぱり、女の子扱いされてない?
「の、野々木くん!!」
時刻は18時ぴったり。 約束の場所に向かうと、すでに野々木くんは私たちを待っていた。
彼もまた浴衣だった。
リュシアンとはまた種類のちがう、紺色の薄いストライプ柄の浴衣。背をすらりと強調していて、見慣れた制服姿とはまるで別人のようだった。
髪の毛もワックスで綺麗に固めている。
そして、ヘラヘラと私たちに笑いかけながら、手を大きく振っている。
夜のせいだろうか。暗闇にいる彼は、光の影で、いつも以上に魅力的に見えた。
「おー! 来たか来たか、リュシアンも。」
「やあ。誘ってくれてありがとう。」
リュシアンは、いつもの嘘くさい笑顔で、彼に笑いかける。
「宮、浴衣じゃん〜。色気づいちゃって。」
彼はニヤニヤ笑っている。
「ど、どういう意味よ。」
「いい意味だぞー。 宮っぽくて、可愛い。」
心臓が、ひゅんと何かに引っ張られたように跳ねた。
『可愛い』なんて。 初めて言われた気がする。
しかも、異性に。かつて、好きだった人に。
今日のために、髪のアレンジも何度も練習したし、それが認められたみたいで凄く心地よい。
思い切って、浴衣を着てきてよかった。
リュシアンには、褒められなかったけど!
「あ…ありがと…。 野々木くんこそ、浴衣似合ってるよ。」
「あはは! どうもな!! さあ、行こうか。人が混むらしいし。」
「う、うん!!」
私たちは、人混みの場へに向かった。周りをみると、会場から距離があるのにも関わらず、ちらほら浴衣の人を見かける。
それだけではない。うちわを持ってる人や、小さな子どもたちがいつもとは違うテンションでさわいでいるのも、きっと今日がお祭りだからである。
私も、子供にに負けないくらいのテンションで楽しもうと思った。
そして、バレないように、リュシアンの方をちらっと見つめる。
しかし、彼はどこが遠くを見つめて、何か静かに考え事をしているように見えた。
何を考えてるんだろう。
聞こうとして、やめた。
だって今日は楽しいお祭りだから。
屋台は想像以上にすごい人。
毎年、来場者が倍になっているのではないかと疑うほどである。
この時間は夜ご飯時ということもあり、屋台も混雑のピークである。
背の低い私は、周りにどんなお店があるのか、見えにくくなってしまう。
そして、途中で立ち止まったりする人もいるので、なかなか前に進めない。
様々な人の大きな話し声が混ざって、近くにいる二人にも声が届きづらい。
「あ、じゃがバターだ!」
二人に聞こえやすいように、私は大きい声をだし、ふたりをみつめる。
甘じょっぱい香りに引き寄せられるように、私は背伸びした。
見えた。「じゃがバター」の文字。思わず声が出た。
背伸びをして、やっと見えた文字。
屋台の中で、一番好きな食べ物。嗅覚は非常に敏感なのである。
「宮、じゃがバター好きなんだ? 」
野々木くんが、私の言葉に反応して、顔を覗き込む。
「うん! 去年、部活のメンバーと行ったときにはなかったから。毎年屋台も変わるんだね。」
「俺も好き。 うまいよなあ。 まあ、やっぱ屋台といったら、焼きそばだよな!」
「もう! まあ、おいしいけど! それじゃあ、買えるだけ買おう!」
そういって、私たちたちは、できるだけ早めに歩いた。
もう、お腹が限界なのだ。お腹の虫が鳴りそうで、しょうがない。
何軒か回って、ようやくじゃがバターが買えた。一つ買うのも大量の人が並んでいるので、買うだけで精いっぱいである。
「んー! やっぱじゃがバターおいしい〜!」
「ほんと、美味そうに食うな。 俺のもいる?」
私の言葉に、野々木くんがそうヘラヘラ笑いながら言う。
私3人はそれぞれ、一つずつじゃがバターを注文。一つ400円だった。
近くの座れる場所に3人並んで、ホカホカのじゃがバターを口にする。
「さすがに大丈夫だって。でも、早く食べないと、私が食べちゃうよ?」
「あはは! 早食いなら任せろ。」
野々木くんといると、やっぱり楽しい。なんだか、初心に戻ったみたいで、くだらないことでも笑える気がする。
でも、私はやっぱり、リュシアンの様子が気になっていた。
じゃがバターを不思議そうにみる彼。リュシアンは、バターがとけた部分をただ見つめていた。
一口かじっても、何の感想も言わない。目線は、どこか遠くて。まるで、何かを考えているような。
今日、異常に口数が少ない。いつもなら、食べた感想とか、文句とか何かしら話すはずなのに。
「リュシアン、おいしい?」
「ああ…。」
まるで、息を吐いただけなような返事。
なんだか、彼の元気がない。人混みが苦手なのだろうか。それとも、じゃがバターがおいしくないのだろうか。
「次、りんご飴食べよう!」
楽しいお祭りなのに、空気を壊しては行けないと思い、私は勢いよく立ち上がった。
「あっ!!」
私が誰かの足を踏みつけ、転びそうになる。
体制を崩す私に、まるで、予測をしていたかのように、リュシアンは私の肩を優しく抱いた。
彼は何も喋らない。ただ、私を顔だけをじっと見つめていた。
目と目があって、身体が硬直してしまう。
浴衣姿の彼に、私は更に魅了していくようだった。
「あ、ありがと。」
「…危なかっしい。」
彼は、私の耳元でそう低くつぶやいた。
「そうだぞー。 宮、おっちょこちょいだからな〜。」
「も、もう! さっきのたまたまだもん!」
野々木くんにも注意されちゃって、私は思わずヘラヘラ笑っていた。
「楽しい? リュシアン。」
「どうだろうな。」
野々木くんが、トイレに行きたいということだったので、私とリュシアンは近くの木の下で待つことにした。
風が生暖くて、本格的な真夏を感じさせる。これは人混みのせいなのか。
辺りを見渡すと、浴衣姿の恋人や、小さい子供、老夫婦など、様々な人が祭りを彩っていた。
時刻は、18時50分。 花火の打ち上げは、19時から。
「体調悪いの?」
私の言葉に、彼はそっぽを向いた。
浴衣がほんの少しだけはだけ、リュシアンの鎖骨がちらり、と見えた。
「…そうじゃねえよ。」
「え?」
「アンタさ、本当わかってないな。」
彼は空を見上げた。
「…誰かがいると、気を使うんだよ。かといって、学校の評判を落とすわけにもいかないしな。」
「いつもより、疲れる。余計なことを喋ると、バレそうだし。」
「リュシアン…。」
私、気づけなかった。毎日一緒にいるのに。彼の考えていることが分からなかった。
「こんなことになるなら、アンタと二人でもよかったかもな。」
彼の言葉に、思わず胸が高鳴った。
瞳がなんだか、切なそうにみえて、そう思って欲しかっただけかもしれなかったけど、少なくとも今はそう見えた。
それって、それってそれって、つまり、私と二人で行きたかったってこと!?
『私となら、気を遣わない。』
そういえば、ゲームにも確かこういうシーンがあったような…。
主人公の前だと、途端に毒舌になる、リュシアン·アーチャー。
両親から厳しい教育を受けさせられ、常に『アーチャー家、期待の息子』として、気高く生きてきた彼。
その理想と現実のギャップにいつも悩んでいたのだろう。
もしかしたら、彼は私にとって、『安らぎの場所』だったのかもしれない。
それなのに私は、『疲れる場所』に彼を連れてきてしまった。
自分の不甲斐なさに、呆れてしまう。
それと同時に、リュシアンは私のことを『他とは違う』と思っていてくれていることも分かった。
あと10分後に始まる花火を見て、彼は誰を想うのだろうか…。
きっと、私じゃないのはわかってる。
でも、それでも私はリュシアンが好きだ。
どうしようもなく、不器用なところも。
私にだけ、弱みを少しずつ見せてくれるところも。
ちょっとだけ、家ではだらしないところも。
全部…、全部…。
「リュシアン…あのね…。」
彼は私の声に反応して、見つめる。
私が、これから言い出すことなんか予想できてないくせに。
彼はこの世界に長くいられない。そんな予感が、ずっとしていた。
もしかしたら、『あの日』を思い出すからかもしれない。




