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第13話  『不機嫌な王子様と、夏の作戦』

 野々木くんと一緒に帰るのは、今日で連続二日目。


 終礼を知らせるチャイムが鳴った途端、彼が三組の廊下でこっそり待っていてくれた。


 時々、私の姿を探しに、教室のドアから彼の顔が見えたとき、私はなんだか意識しちゃって、無意識に視線をそらしてしまう。


 莉々に、『桃香、最近そわそわしてるね。』と言われるようになった。

 勘が鋭い彼女だから、きっと、毎日野々木くんと一緒に帰ってることはバレているかもしれない。

『彼とは、普通に一緒に帰ってるだけ』って、ちゃんと伝えないと。


「よーーっす。宮。 三組遅いんだな。帰ろうぜ!!」

「野々木くん…。」


 私が、廊下に出た時に、野々木くんは、いつも嬉しそうに大声で話しかけてくるので、時々周りに噂されていないか心配になる。彼は、クラスでも人気者で、友達も非常に多くて、周りかもすごく信頼されているからだ。


 でも、彼は、そんなこときっと1ミリも思っていなさそうで、純粋で私と帰るのが楽しんでるようだった。



「荷物重いだろ? 籠に入れていいぞ。」


 彼が、私の隣で自転車をひきながらそうつぶやく。

 自転車のかごには、自分の鞄を入れることなく、空いているようだった。彼は、右腕に鞄をかけている。


「ううん。 大丈夫。今日はそんなに重くないし。」

「宮、そんなに肩の力強くないんだから。入れろって。」

 彼はニヤリと笑う。


「一言いらない気がするんだけど…。そこまで言うなら、お言葉に甘えて。ありがとう。」

「そうだぞー。 こういうときは頼れ頼れ。」

 彼は、アハハと笑っていた。


 私は、軽く会釈をしながら、彼の自転車の籠の中に鞄を入れた。

 この無邪気な笑顔が、好きで、ずっともっと隣にいたいと前はそう思ってたっけ。


 今日も、やっぱり暑い。日に日に、気温が上昇し続ける気がする。一体、どこまで暑くなるのだろうか。

 今から考えるだけで恐ろしい。


 風も、全く吹いてなくて、夕方だと言うのに日差しが強い。空気が生暖かくて、息が吸いづらくなる。


 そんな中、彼は笑っていた。日焼けした頬がほんのり赤くて、汗で前髪が額に張りついている。

 なんでそんなに、いつも楽しそうなんだろう。


 私は、彼の隣を歩きながら、少しだけうつむいた。


「やっと学校終わったな。あと一週間で夏休みだなー!」

「ね。今日はすごく眠かった。ふわぁ。」


 私は、軽くあくびをする。目元に少しが涙が浮かんで、雫を静かに拳で拭き取る。

 彼が、からっているかにように、私の顔を覗き込む。


「宮のことだから、授業ぐっすりだろ? よだれとか垂らしちゃってさ。」

「ち、ちょっと! さすがによだれは垂らさないもん!」

「でも、寝てたんだろ?」


 私は口をとがらせる。図星で、何も言い返せない。


「あはは! 悪い生徒だ!」

「野々木くんこそ、寝てるくせに。」

「いーや?俺は、睡眠よりも飯だからな!今日は5限で、2個目の弁当を食ってたな。美味かった。」

「わぁー…すごい食いしん坊。」

「女だからわからないと思うけど、男はすげー食うんだぜ?」


 そういうと、彼は、私に鍛え上げた筋肉を見せつける。私より、ずっと腕が太くて、刺激を与えても、ビクリともしなさそうな、そんな硬い腕。ぷっくりと、血管が浮き出て、無意識にどきりとしてしまう。


 やっぱり、私より日焼けしている気がする。


 汗がキラリと光って、彼と目が合う。


 いつもの眩しい笑顔で、ニコっと笑った。


 その光を遮りたくなって、私は彼から視線をそらす。


「そ、そういえばさ、今年も開催されるんだってね。天音寺市の花火大会。」

「確かに。夏休み始まった数日後だったな。花火大会ここしかないから、絶対混むんだろうな。」

「野々木くんは、好きな子と行くの?」

「うーん、どうだろ。先約がありそうだし。」


『先約』。


 私には、既に約束している人がいない。


 やっぱり、気になってる人は私じゃないんだろうな。

 野々木くんが好きになる女の子って、どんな子なんだろう。


「そっか。」


 私は、ポツリとつぶやく。


「宮は?」

「まだ、決まってない。けど…」

「当てる。あの転校生と行きたい。違う?」


 彼は自転車を引くのをやめる。


 隣に彼がいなくなって、私は後ろを振り返った。

 立ち止まって、私の顔を真剣に見つめていた。


『転校生』、きっとリュシアンのことだ。


 今日の生物の実験で、彼はなんとなく察しがついたのだろう。


 私が彼でも、きっと気づいてたと思う。あの時、自分でも魔法がかかったみたいに顔が熱くなったんだもん。

 私はこっそり、今日実験で怪我をした指を触る。


「無理だよ…。きっと。」

「やっぱり。それなら、俺も着いていこうか?」

「え?」


 彼は、笑みをこぼす。


 そして、何事もなかったように、また自転車を漕ぎ始めた。私は、それに釣られるように歩幅を合わせる。


「断られたら、二人で行けばいいし。三人で行けたら、なおいい。どう? 結構名案だと思うんだけど。」

「野々木くん、好きな子はどうするの?  花火大会って、チャンスな気がするけど…。」

「たった今、状況が変わった。なんだか、宮の片思い見てる方が面白そーだし?」

「…からかってる。」

「あはは! かもな。 じゃあ、一旦俺との約束は決定で!」

「ちょっと…! 私まだいいなんて…。」


 やっぱり、野々木くんって勝手。


「明日、頑張って誘えよ? じゃあな!」


 彼はそう言い捨て、左へ曲がってしまった。


 私たちは同棲しているから、明日じゃなくて、今日まだ会える。


 野々木くんには、絶対言えないけど。


 でも、もう時間がない。モタモタしていたら、あっという間に当日になっちゃう。

 もしかしたら、既に他の女子に取られちゃうかもしれないし。


 覚悟を決めよう。私。


 私も自宅へ向かって走り出す。

 セミの鳴き声が、いつも以上にうるさい気がした。



「ただいま〜。」


 私が玄関のドアを開けると、彼は、机の上においてあった一つの広告を手に取っている。


 リビングから涼しい風が吹いている。彼が、冷房をつけていてくれるんだ。


 遠くからでもわかる。 花火の写真がプリントされていた。

 あまりにも、タイムリーすぎる。まるで、恋の神様が私に味方をしてくれているみたい。


 私は、洗面台に行く前に、彼のもとへ走り寄った。


 リビングのドアを開けた瞬間、涼しい風が肌に触れて、汗が冷やされて気持ちがいい。


「これは、なんて読むんだ。郵便ポストに入ってたぞ。」


 彼もさっき帰ってきたばかりなのだろう。制服姿で、ネクタイが緩くなっている。

 ワイシャツの第一ボタンが空いており、その隙間から何かが見えそうで、私は思わず心臓がドキンとする。


「リ、リュシアン、これは、『花火大会」って読むの。夜になって、空にぱっと明るい花が映る、この世界では伝統行事なんだよ。』

「へぇ。」


 リュシアンが興味を持ってる。よし、ここはチャンスだ!

 話の流れも自然だし、いける、私。


 高鳴る鼓動を抑え、できるだけ、落ち着いた口調を心がけようと、軽く深呼吸をした。


「ねえ! 一緒に見に行かない? 野々木くんも一緒に。」

「なんで。」


 彼は、私の顔を見て、ムッとしている。


 ぎく。


 やはり、この作戦は不自然すぎたと自分でも考え直せばわかるはずである。


 でも、これも恋を叶えるためだと思い、私は咄嗟に話を無理矢理自然にさせる。


「な、なんか野々木くんがリュシアンのこともっと知りたいみたいでさ。」


 真っ赤な嘘。ごめんね、野々木くん。


「どういうことだよ。たかが今日の実験だけで。 アンタ、なんか企んでるだろ?」

「企んでないって! ほんと、普通の理由だし!」

「悪いけどオレ、そっちの趣味はないからな。」

「…どっちの趣味よ…。で、行く? 行こうよ!」


 少し間が合ったが、彼はそっぽを向いて頷いた。


「…まあ、暇だからな。」

「よっし!  決定!!  それじゃ、今度浴衣一緒に選びに行こうね!」


 気合が入った声とは裏腹に、彼は静かにポツリと呟いた。


「そんなもの、オレ一人で行く。 もう場所も分かる。 アンタもたまには一人で行ったらどうだ。」


 相変わらず、冷たい。振られてないのに、もう振られた気分。

 優しくなったり、冷たくなったり、気難しい人である。 


 でも、彼と、花火大会に行ける。


 めいいっぱい、髪も、おめかしも頑張らなくっちゃ。


 私は心のなかでガッツポーズをする。




 そして、私の誰よりも熱い夏休みが、幕を開けようとしていた______。


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