第11話 『揺れ動く恋心』
メインキャラ登場です!
リュシアンが私の家に来て、一ヶ月が過ぎようとしていた。
彼と同じ家に住んでいるが、周りの人に『同棲している』という既成事実を知られたくないので、出来るだけ別々に登下校している。
本当は、いつも一緒に帰りたかったが、トラブル防止のためである。でも、『二人だけの秘密』というのも、なんだか悪くない。
合鍵も作ったので、私が帰ったときに、彼が『おお、帰ったか』と言われるのが、一つの楽しみでもある。
外に出れば、既に夏本番という感じで、セミが『ミーンミンミン』と勢いよく鳴いてる。
窓際の席だと、外の景色が見れて良いのだが、その分、日当たりが良すぎて、かえって暑く感じる。激しい太陽を手で隠しながら、私は教室から窓を見つめていた。
周りの生徒達を見ると、下敷きで扇ぐ男子生徒や、手持ち扇風機で涼しさを楽しむ女子生徒など、さまざまである。
昼休み。私は、バレないように、リュシアンの姿を見つめた。
転校してきて、一ヶ月もすれば、男女関係なく、色んな人が集まっている。
今は、所謂『一軍』と呼ばれる、陽キャ系男子の中に、ムードメーカー枠として囲まれている。彼は、その中でも別格で、さりげなく見せる笑顔を私の胸をときめかせた。
「ちょっとー、見すぎだぞー。どんだけ好きなんだよ。」
横から莉々が私の顔を覗き込む。
「わ!なに、なんの話!」
私は、バッと彼女の姿を見つめる。そんなに私の心の中がわかりやすいものなのか、思わず顔が熱くなる。このあと、彼女が何を言うのか、何となく予想できて、不意に胸がドキドキした。
「桃香の話でしょ。他に何があるのさ。リュシアンのこと、好きなんでしょ?」
「ど、どうして…。」
「見てればわかる。何年の付き合いだと思ってんの。それにしても珍しいね。いつもなら、『好きな人できた!』って嬉しそうに話してくるのに。今回はなんか、元気ないじゃん。なに、もう諦めてるの?」
「ちがう…好きなんかじゃない…。」
私は俯いた。そして、スカートの裾をぎゅっと強く握る。
本当は気づいてた。もっとずっと前から、この気持ちに。
恋愛体質の私は、好きな人ができるたび、『今回こそは絶対いける。』と思って、恋を楽しんでた。
でも、今は違う。『0パーセントの恋』が確定しているのだ。
だって、彼は私とは違う世界で生きているのだから。
指輪を選んでいた時、彼は『違う私』のために、一生懸命選んでた。あんなに、真剣で、たまに彼女のこと想像したのか、ちょっと嬉しそうな顔。
たまに私が夜眠れない時も、彼がリビングの窓の外を切なそうな顔で見ていたり…。
『2次元の私』のことを話しているときの彼は、本当に幸せそうで、そのたびに胸が締め付けられる。
「別に振られてるとかじゃないでしょ。ライバルもいつも以上に多そうだけど、早めアタックしないと、ね?」
すると、彼女はスマホの画面を私に見せる。
そこには、『第50回 天音寺花火大会』と書かれていた。
「誘っちゃえ。」
「い…いいよ。私なんかが…」
「ちょっと、いつもの自信満々な桃香はどこいったの。余裕で誘えてたじゃん。なに、どうしたの。」
本当にどうもない。何もないのだ。何もないからこそ、つらいのだ。
私は彼女に何も言えないまま、黙り込む。
天音寺花火大会は、6000発も打ち上げられ、全国的にも非常に有名な花火大会の一つだ。
毎年、6万人が訪れるほどの人気で、浴衣姿の人でごった返す、天音寺花火大会。
確かに私は浴衣を持ってるし、リュシアンと一緒に行けるなら行きたい。
でも、私ばかり、彼のことを連れ回して良いのかな?
なんだか空回りしている気がする。あっちは全然気にしてないのに。
自分ばかり、ぐるぐる考えていて、なんだか、恥ずかしい。
「お疲れ様でしたー!!」
放課後。私たち女子テニス部は、この炎天下なのにも関わらず、お構いなしに、テニスコートで練習試合をさせられている。
三年生からの指示により、私たちは深くお辞儀をし、瞬く間に試合でミスをしたテニスボールを拾いにいく。
気温は三十℃を超えている。朝起きたときも、テレビで『熱中症警戒』と言われていた。そのせいなのか、頭がジンジンと痛み、額から流れる汗が止まらないのである。
本当は今すぐにでも帰りたい。だって、私の家には、リュシアンが待っているから。
彼は、部活に入らなかった。『桃香がいない部活とか意味ない』と言っていた。
もちろん、彼の言う『桃香』というのは、私ではない。どこまで一途なのかと、逆に尊敬してしまう。
「よう。おつかれ。宮。」
聞き覚えのある声に、反応して身体を向ける。
短髪に、凛々しい瞳。私よりもずっと背が高くて、筋肉質な人だった。
彼もまた、汗が額に流れており、太陽でキラリと光っていた。
「野々木くん。おつかれ。男テニも今終わったとこ?」
『野々木淳弥』こと、野々木くんは、私がリュシアンの前に好きだった3人目に振られた男子テニス部の人。
誰にでも平等に優しく、困っている人は放っておけないタイプ。
そんなところに、チョロい私はだんだん好きになっていった。
「そうそう。同じタイミングだったんだな。よかったら、途中まで一緒に帰らない?」
「え?いいけど…」
このタイミングで、なぜ彼は私を誘ってきたのだろうか。
私はとっくに振られているはずなのに。
断る理由も特にないので、私は、なんとなく承諾をした。
彼は部活の片付けが終わるまで正門前で待っていてくれた。
彼の姿を見かけた私は、小走りで駆けつけた。
足が長くて、顔も小さい。切れ長、とまではいかないが、目も男らしい目をしていた。涙袋も大きい。
て、私ってばさっきから野々木くんの顔とか体付きばかり見てる。
自分がなんだか気持ち悪い。
私は、『行こうか』と言いながら、行き先を指さした。
「こうやって、帰るのも久々だな。いつぶりだっけ。」
夏となると、だいぶ日が長くなってきた。もう、18時をすぎているのに、空はまだ明るくて、昼と言っても信じる人がいそうなくらいだ。
彼の自転車を引く音が鳴り響く。相変わらず人がいないので、辺りも静かだ。
私達を映す2つの影が見えて、なんだか勝手に焦れったくなる。
「二年生になってから少しだけ一緒に帰ってたぐらいだったよね。」
「あはは。まあ、そうだったな。てか、なんで俺ら、一緒に帰らなくなったんだっけー。」
「野々木くんって、好きな人いなかったっけ?ほら、『その人がいれば、もう何もいらない』って。」
「よく覚えてるな。そんなこと。いるけど。」
忘れるわけない。私は、彼のその一言で振られたのだから。
『実は、ちょっと前まで、野々木くんのこと、好きだったんだよ。』って、少し冗談交じりで言いたかったけど、話がややこしくなりそうだったから、やめておいた。
「私と一緒帰るより、その人と帰ったほうが良いのかなって思ってて、なんとなーく、気を遣ってたかも。」
「なーんだ。そういうことか。気をつかなくていいのに。」
彼は、正面を向きながらヘラヘラ笑っている。
「え?」
「俺は俺のペースで振り向いてもらえるように頑張るし、それに、付き合ってるわけじゃないし。」
「まあ、それはそうだけど…」
「俺は、宮と一緒に帰るのが毎日楽しかったからさ。思い返してみたら、最近一緒に帰れなかったから、寂しいなって思ってたんだよ。」
彼の言葉に、ほんの少しだけ、ドキッとした。
『私と帰れなくて、寂しい。』
これって、もしかして、もしかしてだけど、野々木くんも少しは私のこと、いいなって思っていてくれてたってこと…?
いや、やめよう。きっと自意識過剰だ。私って、すぐいい方向に考えちゃうから。
こんな癖、早く辞めたいのに。いちいち期待しちゃう自分が情けない。
しっかりしないと、私。
自分に喝をいれるために、両手でほっぺを強くたたいた。
それがよほど、面白かったのか、彼は私の顔を覗き込んでは、ニヤニヤと笑っている。
あまりに距離が近いため、私は身体が硬直する。瞬きの回数を早めて、彼のきれいな二重を見つめていた。
「…宮、焼けたな? ほっぺが黒くなってる気がする。」
「ちょ、ちょっと! これでもちゃんと日焼け止め塗ってるの。外部なんだからしょうがないじゃん。」
「あはは! まっ、俺も外部だけど、宮よりは白いな?」
「もう! からかってる!」
ほら、やっぱり私のいつもの癖。やっぱりこういうことだと思った。
野々木くんは、たまに私をからってくる。一体、私の何が面白いのだろうか。
そして、私の顔をみては、ゲラゲラと笑い出す。
私って、そんなに面白い顔してる?
「はは! あちーからアイス買いに行こーぜ。そこのコンビニまで競争だ!」
彼は自転車を漕ぎ出して走り出した。
「あ!待って!」
もう、私徒歩なんだけど…。
野々木くんのほうが早いに決まってるじゃん。
私は、彼の背中を追うように走り出した。
「…明日も一緒に帰らないか? 部活オフだけど。」
私たちはコンビニのアイスをそれぞれ購入し、お店の前でアイスを口にした。
私は、食べる手を止める。
「ど、どうして、さっきから…」
「別にいーだろ! 宮と一緒に帰りたいからに決まってる。そんなの。」
「ふ、ふん。好きにすれば。」
「あはは! 良いってことだな! 決まり! じゃあ、またな!」
彼は、私より早くアイスを食べ終わり、自転車で走り出してしまった。
一緒に帰るんじゃなかったのか。彼は、どこまでも、勝手な人である。
それにしても、どうして、私と一緒に帰りたいなんて…。
やっぱり、私のこと…。
いやいやいや! また、私の変な癖が出てる。
どうせ、ただからかわれてるだけ。
そういいながらも、身体が火照っていくのがわかった。
これは、きっと、暑さのせいだ。




