第9話 『2人きりで過ごす初夜②』
今回は長めです。
「アンタ、どうしたんだ。オレのこと、ちらちら見ては、顔隠しやがって。そんなに、今のオレ様がイケてるか?」
時刻は、もうすぐ二十四時になろうとしていた。家事や、入浴を全て済ませた私は、リビングで、意味も無くバラエティ番組を見ていた。
窓の外では、激しい雨が降り続いている。時折、風に煽られた雨粒が窓を打ち、ぴしゃり、と音を立てた。
私が座る、ソファの向かい側。リュシアンが足を組み、片腕を背もたれにかけて、ゆったりと座っている。
リビングの照明に照らされて、彼の白い髪がさらりと光った。
ソファーで、ゆったりとくつろいでいる彼が、私の瞳を見つめる。
げ。ばれてる。
なんでこんなに、私の考えていることが分かるのよ。
彼に反抗しようと、ムッとした目付きで、彼のいる方向に身体を向ける。
「は、はあ!? 違うし!! 今日は、隣の部屋で寝てよねっ。」
「今日『は』? これから、そうしようと思ってたんだが。」
彼は首を傾げている。
その無邪気な仕草に、ますます腹が立つ。
私は、慌てて先ほどの言葉を取り消そうとする。
「は! そっ、そうですよねーーー。分かってるし、そんなこと。」
「ふうん。」
彼は、なにか見透かしたように、私をみる。
雨の音が、一定のリズムで窓を叩いている。
けれど、それよりも彼の視線のほうがずっと騒がしい。
「な、なによ…。」
「アンタさ、結構やらしいのな。」
「は、はあ!? だ、誰が! そっちでしょ!」
「オレ様は、アンタなんかに一ミリも興味ない。ここで、いきなり脱いでも無駄だからな。着てくれとしか、言わん。」
「ぬ、脱ぎませんよーだ!」
この後のことを期待している訳じゃないけど、これ以上彼を見ていられなくなって、視線を外す。
全く興味もない、深夜のお笑い番組。ボケとツッコミが2人並んで、マイクに向かってコントを披露している。ツッコミが、ボケの頭を激しく叩いてるのを見て、いつも痛くないのかと、見る度心配になる。
もちろん、内容は一ミリ単とも、入ってこない。
きっとこれは、内容がつまらないだけではない。
「ふん。ムキになってる。あほだな。ほんと。」
顔を見なくても、わかる。彼は、にやりと笑っている。
「うるさい。アホじゃないし。」
悔しい。
私、今日一日で、散々リュシアンに振り回されてるよ。
なんで、そっちは余裕なのよ。
その顔も、声も、ぜんぶずるい。
私の恥ずかしさも、雨と一緒に流れてくれたらいいのに。
結局、リュシアンは、空き部屋である、父親の部屋で寝ることになった。
ベットも既にあるし、なにも準備する必要がなくて、気が楽だからだ。
今日は、いつも一人分だったのを、いきなり彼が来るのだから、家事の負担が二倍になったので、いつもより疲労が凄い。
ま、まあ、こうなるよね。それは、そう。普通はそうなる。だって、まだ、初日、だし。
いやいやいやいや! なにが、『まだ』よ!!!!
私のバカ!!!
一人ではしゃいで、恥ずかしい。お花畑な自分が情けない。
彼は、もう父親の部屋へ行ってしまった。
いや、しまったってなによ。
そりゃあ、寝るよね。
こっちの世界にきて、いつもの常識が通用しないんだから。ゆっくり休んでほしいし。
私はいつも夜型なので、二十四時になっても、全然眠くない。むしろ、夜はこれからである。
いつもは、しずかになったら、乙女ゲームをするのが日課であるが、今は本人がいるので、なんだかやりにくい。
今から何をしようかと、ソファーで仰向けになっている時、扉を開ける音がした。
何事かと、わたしは無意識に胸が高鳴る。
「お…おい。アンタ、なんか使わなくなったでかいぬいぐるみあるか。」
「え? 人形? あ! …っぷ!」
そうだった。彼は、ゲーム内でも、おおきなぬいぐるみがないと、寝れなかったんだった。
なんだか、その設定が変わってないのが、おかしくて、自然と笑みがこぼれる。
彼は、すこし、照れたような表情をしていた。
「なんだよ…いいだろ、別に。」
「うんうん。いいじゃん、いいじゃん。はい、じゃあ、これ、クマさんのお人形。おやすみなさい。」
私は、彼に、自分の部屋にあった大量のぬいぐるみの一つを彼に渡した。
「ああ。ありがとな。」
そう言って、彼は私の顔を一度も見ずに、父親の部屋へ入っていった。
彼の一面を、直接見ることができて、嬉しかった。
明日も、リュシアンはまだいるかな。
急にいなくなったり、しないよね。
雨の音がしなくなって、しんとした夜。
リビングのカーテンをあけると、先ほどの大雨が嘘かのようにやんでいた。家の傍に植えてある、葉の滴がキラリと光ってる。
嬉しさの反面、彼はこちら側の世界の人じゃないという不安が、胸の奥でそっと疼いた。




