第一章7 『ティア』
「ぁ……」
ミャミュの透き通った紫色の瞳が、こちらを見つめている。
ティアラは慌てて口を開けるも、何も言えずに閉じてしまう。
「ねぇティアラちゃん、ひずるって誰? 珍しい名前だけど、異国の人? それに今の、独り言じゃ、ないよね?」
「ぁ……いや、ち、違うわ。あたしひずるなんて言ってない」
「バレたらまずいって言ってたけど、だから隠すの?」
「そ、それは……ミャミュには、関係ないわ……」
「――――っ! そんなこと、言わないでよ……」
見れば、ミャミュは視線を落としていた。
少し涙で潤んだその瞳に気付けば、ティアラは酷いことを言ってしまったことを自覚する。
「たしかに、私はただのメイドだよ? でも、ティアラちゃんが産まれた頃から世話してるし、大切に想ってるの。……心配するの、ダメ?」
「ぁ……」
思わず、喉が鳴った。
ティアラ自身、ミャミュがこんなに自分のことを想ってくれているとは、思いもしなかったからだ。
『俺はティアラの体に勝手に宿った身だ。話すか話さないかはティアラが決めるべきだと思う。……それと、一つ言っておくが、メイドは主人のわがままを聞いてなんぼだ。迷惑をかけてもらえないのは、それはそれで辛いんじゃないのか』
「――――」
付け加えられたひずるの助言――それを聞かされれば、ティアラは迷わざるを得なかった。
『迷惑をかけてもらえないのは、それはそれで辛い』だなんて、ティアラは考えたこともなかった。
ただただ、迷惑をかけないようにすることしか、考えていなかった。考えられなかった。
だがそれがミャミュを傷つけていたのだとしたら、ティアラはもう今まで通りではいられない。
「ティアラちゃん……」
もう一度、ミャミュの顔を見る。
その表情はどこか不安そうで、けど悲しそうでもあって――、
「お母様とお父様に、言わないでくれる?」
その表情を見てしまったら、隠そうとは思えなかった。
「内容によるよ。大変なことなら、アミリスとアドバンにも話さないといけない……。けど、どうしても隠したいなら、ちょっとくらいなら協力してもいいかな」
正直、迷う。
もしひずるのことを素直に話して、ミャミュが両親に話したりでもしたら、迷惑がかかるどころの話じゃない。
それに何より、ひずるがどうなるかわからない。突然、しかも体に宿ったひずるだが、案外ティアラは気に入ってたりする。
それゆえの不安、だがミャミュになら話してもいいと、不思議にもそう思えた。まぁ第一、この状況で話さないのも無理がある。
「なんでわかったの?」
「わかるよ。何年一緒にいると思ってるの? もうすぐ十年だよ? 昨日明らかにティアラちゃんの様子がおかしかったもん、気づくよ」
「……実はね。えっと、信じてもらえるかはわからないんだけど、昨日あたしの体に、異世界人の魂? が宿ったの」
「――?――、ごめんティアラちゃん、よくわかんない」
『ティアラ、俺と代わって』
「え? わかった。ミャミュ、今その人と代わるから」
「へ? か、代わるってなに!? ティアラちゃん?」
慌てるミャミュをよそにして、ティアラはひずるに体の主導権を受け渡す。
それを受け取ったひずるは、手を何度かグーパーして体の感覚を掴み、それからミャミュの方へと向き直る。
「えっと、その、俺がティアラの言う異世界人? のひずる、です……」
「へ? ぁ、え、ど、どうも……」
と、礼儀良くお辞儀をするミャミュ。なんかかわいい。
そんなことを思いつつも、ひずるは妙に緊張していた。今思えばひずるはあまり人と話すのが得意なタイプじゃないのだ。
ティアラとの初対面時は、あれこれと話す事柄があったからうまくいったが、今はそうというわけじゃない。
「ぁ……ティアラごめん俺無理だわ」
『何なのよあんた……』
心底呆れたようにそう言って、ティアラはひずるが受け渡す体の主導権を受け取ってくれる。
「今のがひずるよ」
「な、なるほど? ……ごめんちょっとやっぱりよくわかんないかも」
「う~んと、じゃあ続きはあたしの部屋で話すわ。ちょっと寒いし……」
「――っ! 寒いのはダメだね! 早くお屋敷に入ってティアラちゃん!」
慌てたミャミュが、ティアラの背中を押して屋敷へ向かう。
その様子を精神世界から見ていたひずるは、ミャミュがティアラのことを心から大切に想っているのだと感じ取った。まるで、自分の娘のように。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――なるほどね。死んだと思ったら次の瞬間ティアラちゃんの体に意識が入ってたと、それからレリーファ様に助けられてお屋敷に帰ってきたんだ。どうりで昨日帰りが早かったんだね」
「えぇ、そのあとひずるが屋敷の中を歩いてる時に、あたしが目覚めたわ」
「うんうん、経緯はわかった」
言葉に合わせて頷くミャミュ。
「念のため聞いておくけど、作り話じゃないよね?」
「本当よ。まぁ、こんな話簡単に信じられるわけないわよね」
「うん……実感は全然ないね」
「そりゃそうよね」
目を半分だけ閉じて言うミャミュに対し、ティアラは同感とばかりに言葉を返す。
「ひずるくん、だっけ? その子と話すことってできるのかな?」
「できるんじゃない?」
『あっちょっと待て、心の準備するから』
「そんなの必要ないわよ」
「え?」
緊張していたゆえに心の準備の時間を欲したのに、ティアラは無情にもひずるに体の主導権を強引に握らせる。
「ひずるくん、であってる?」
「ぁ……はい」
緊張した声でひずるは応じる。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。話によれば、ひずるくんも災難だったんでしょ?」
「それは、まぁ……そうですね」
「――。ひずるくんって何歳?」
「十八です」
「近いじゃん! 私二十三!」
「五歳離れは近いって言わないだろ! ……言わないですよ」
「う~ん、敬語じゃなくていいよ? 歳近いんだし……」
「歳が近いかはおいといて、わかり……わかった。これからはタメ口で話すよ」
「うん、それがいいよ」
うんうん、と頷くミャミュ。
「……けどよかったのか? 俺はティアラの体に勝手に宿ったんだぞ? そんなやつ、普通なら警戒する」
「いやもちろん警戒はしてるよ? 正直隠すのは気が進まないけど、ティアラちゃんのお願いは久しぶりだからね。一先ず様子をみることにするよ。その間、ティアラちゃんに害を加えたりしないとわかったら、全面的に隠すの協力する。する気はないんだよね?」
「あたりまえだ……」
「なら私から言うことはもうないよ」
「ホントにいいのか……?」
「だって、ティアラちゃんが隠すくらい大切な人なんでしょ?」
『――っな!』
「大切な人だなんて言ってないわ! ひずるはそんなんじゃないのよ!」
強引にひずるから体の主導権を奪い、頬を赤くしたティアラがミャミュに叫ぶ。
「そうなの?」
「そうよ!」
必死に否定するティアラの姿を見て、若干ニヤついたミャミュが笑う。
「とりあえず様子をみるにしても、名前がこのままなのはちょっと困るかな。もっとこの国に馴染んだ名前じゃないと、うっかり口に出る可能性を考えるとね……」
「それは、そうね……」
名前、名前……
「ティアとかどうかしら?」
『安直すぎねぇか? しかもそれ女じゃ……』
「うるさいわね。女の名前の方が疑われづらいでしょ? それに名前が似てれば聞き間違いで通せるわ」
「いいねいいね! それにしよう」
『え? まぁ別にいいけど……』
ということでひずるのこの世界での名前が『ティア』に決まる。
「それとひずるくんが体を使う場合、口調もどうにかしないとだよ?」
「ひずるいけそう?」
『一回やってるしな』
「いいって」
「そっか。なら一先ず大丈夫だね」
安堵の息をついたミャミュは、なんとなしに窓から外を見る。そして次の瞬間『あ!』と言って立ち上がる。
「そうだそうだ、私夕食の準備しなきゃだ! じゃあティアラちゃんまたね?」
そう言ってティアラの部屋を後にするミャミュ。それを見送ると、ティアラがポツリとひずるに聞いた。
「ひずるは、元の世界に帰りたいの?」
『え? ……まぁそうだな。あかねのことも気になるし……』
「あかね?」
『何でもねぇよ。ティアラは気にしないでいい。こっちはこっちで勝手に元の世界に帰る方法を探すから』
「へぇそう、なら体貸さなくてもいいのね……?」
ひずるの隠すような態度にティアラはちょっと機嫌を悪くする。
『いやごめん、たまにでいいから貸してくれ』
「まぁ、たまにならいいわよ」
と、ちょっと意地悪く言うのだった。




