第一章5 『慌ただしい一時』
「服を、脱ぐ……?」
『そうよ。早く脱ぎなさい。……ミャミュが来たら変に思われるでしょ』
「いやけど……」
『……お願いしたのはあたしよ。大丈夫』
「……わかった」
ティアラの覚悟のこもったその言葉に、ひずるも意志を固める。
それから服を脱ごうとするのだが、
「ん? あれ? これどうするんだ? 脱ぎ方がわかんねぇ!」
『あぁそうよね。あんた男なんだものね。えっとね、それは……』
と、ティアラの指示に従って、ひずるは服を脱ぐ。
やがて脱ぎ終わって正面を向くと、ティアラの裸姿が鏡に映り込んで思わず目をそらす。と、そこに――、
「ごめんねティアラちゃん、途中レリーファ様に会って玄関まで送ってたら遅れちゃった。さ、お風呂入ろ」
「え? うぇあ!?」
目の前で、服を脱ぎ始めるミャミュ。
その予想外の出来事にひずるは顔を真っ赤にして慌てて顔を背ける。
「ミャ、ミャミュ、わたし先に行ってるわね」
「え? あぁうん、わかった。足元滑るかもしれないから、気を付けてね」
「う、うん……」
そそくさと、ひずるは右手側にある扉を開けて浴室へと足を踏み出すのだが、その大きさに思わず目を見開く。
「デ、デカいな……」
ひずるの家のお風呂の六倍近い広さと言えた。もっとわかりやすく言えば、温泉と同じくらいの大きさと言ったところだ。
左手側には体を洗う場があり、右手側には大きな湯舟が波打っている。
『先に洗い場で体を洗いなさい』
「わかった。……この世界ってシャンプーとかボディーソープってあるのか?」
『シャンプー? ボディーソープ? 何よそれ……』
「体とか髪に付着させて汚れを落とすもの? 石けんみたいな?」
『シャンプーやボディーソープなんてものはないけど、石けんならあるわよ』
「あるのか……」
驚きと関心を胸に生じさせながら、ひずるは洗い場の椅子の一つに腰を下ろす。
「石けんって固形なイメージあったんだけど、液体なのな……」
正面に壁に隣接したカウンターのような場所があり、一直線に端から端まで伸びているのだが、そのカウンターと一体化した四角い二つの器、その中にティアラの言っているものがあった。
「これどっちがどっちだ?」
『左が体で右が髪よ』
「了解……。あの、お湯は?」
『そこにある桶でお風呂から汲みなさい』
「あぁ、なるほど……」
ひずるは桶を取って立ち上がり、お湯を汲んで戻ってくる。
それから体を洗おうとするところで、ミャミュが浴室に通じる扉を開けた。
「あ、ティアラちゃん」
「――――ッ!」
思わず声の方へ顔を向ければ、全裸のミャミュが視界に映り込み、慌てて目をそらす。
そんなひずるの隣の洗い場に腰を下ろしながら、ミャミュは口を開く。
「今から体を洗うところ? 洗ってあげよっか?」
「なぁ!?」
ひずるは全力で、首を横にぶんぶんと振る。
「そっかぁ。残念……」
わずかながらミャミュは落胆を表情に滲ませるが、すぐに元に戻り、ひずるの隣で体を洗い始める。
早く終わらせよ……
裸のミャミュが隣にいる状況は落ち着けない。
ひずるはそそくさと体を洗った。
やがて終わると、湯舟に浸かる。
「ふぅ、やっと一息つける……」
『……ありがとうね。あたしのわがまま聞いてくれて……』
真っ白い精神世界の中で、ティアラは自分の膝を抱えて座っていた。
その声音は、ちょっと申し訳なさそうで、だが感謝の意もしっかりとこもっている。
「――わがままだなんて思ってねぇよ。それにティアラには貸しがあるしな、体奪ったっていう……」
建前だ。だが実際、ティアラに恩を返したかったというのもあるにはある。
でも一番の理由はそれよりも、お願いするティアラの声音が、どうしようもなく切なく聞こえたからだと思う。
『……理由、言った方がいいかしら』
「別に言わなくていいよ」
言いたくないことは言わなくていい、そういうつもりでひずるは言う。
しかし――、
『そう……』
ただ一言、そのティアラの声音はどこか寂しさを感じさせた。まるで理由を聞いてほしかったのではないかと、そう思えてきて――、
「ティアラ、やっぱり――」
「ティアラちゃん!」
「うわぁ!?」
後ろから抱き着いてきたミャミュの胸が後頭部にぶつかり、ひずるは思わず声を上げる。
慌てて逃げようとするが、そんなひずるの脇腹を両手で捉え、ミャミュは抱きかかえる。
「ねぇティアラちゃん、さっきから私に隠し事してなぁい?」
「か、かか、隠し事?」
後頭部の胸に動揺を隠せないながらも言葉を返すが――、
『……ミャミュで変なこと考えるんじゃないわよ』
か、考えるわけねぇだろ!
冷めた目をしてそうなティアラの言葉に、ひずるは咄嗟に内心で叫ぶ。
「そう、隠し事……してない?」
「し、てないよ……」
「ホントにぃ?」
「ホ、ホントホント」
あれぇ、これもしかして勘づいてね?
そんな憶測がひずるの脳裏に飛び交う。
そして一、二、三、四、五秒と沈黙が続いて、
「そっか。なら私の気のせいだったのかな」
「な、何が?」
「う~ん? 内緒」
目をそらしながらミャミュはそう言う。
その後は特に疑わることもなく、ひずるは無事に慌ただしいお風呂の時間を終える。のだが、
まさかこのあとにさらなる難関が用意されているとは、思いもしないのだった。




